銀の龍5
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ルカドは泣きながら走った。絶望で胸が苦しくて息が出来ない。
誰かにぶつかって抱きとめられた―――その人は甘い花の香りがした。
宝珠の中でも一番年上で実力も経験も一番で、皆から一目おかれているイリスだった。
「どうしたの?何があったの?」
イリスはルカドがイザヤの弟という事は知っていた。
彼女が事実上、この砦の宝珠達をまとめている人物だからだ。
凛とした白い花を思わせるような彼女は優しく、慈愛に溢れて誰からも好かれていた。
その彼女を見た途端、ルカドは更に泣きだしてしまった。
幸いにイリスの部屋がすぐ近くだったので彼を部屋に入れて思い存分泣かせる事にした。
ようやく気持ちが治まって泣き声も小さくなった頃を見計らってイリスが子守唄を歌いだした。
優しい旋律と、透きとおるような声は次第にルカドの心を癒してくれた。
泣きやんだルカドに彼女は再び同じ問いかけをした。
するとルカドはポツリ、ポツリと話始めた。
「―――だからぼくは兄さんの宝珠になれないんだ。そうなったらもうぼくどうしたらいいか・・・・
ううん、なれないなら死んだほうが楽かも・・・・こんなに胸が苦しいんだから・・・」
(ああ・・この子はもう既に龍を選んでしまっているんだわ。
契約に関係なく魂にそれを刻んでいるのね)
宝珠は龍を選ぶ。それは心に従って選ぶものだが無二を誓うまでその心は揺れ動くのは普通だった。
誓いたい龍に出逢わない者もいれば、普通は複数と出逢ってしまう者が多い。
そんな場合、宝珠は吟味をするのだ。
自分を捧げるのに相応しい相手かどうか・・・・それがよく宝珠がお高くとまっている
といった陰口になっているのだった。
ルカドは早々に見つけてしまったのだ。そうなればもう他の龍は見えないだろう。
でも彼はまだいい―――
「ルカド。ある宝珠の話をしましょうか?うんざりするぐらい
龍達の申し込みが殺到した彼女は嫌気がさしたし、龍も嫌いになったのよね。
それで全てを捨てて旅に出たの。宝珠と分かったら大変だから顔を汚したり、
輝く髪は逆毛を立てたりしてみすぼらしい農家の娘のような格好をしてね。
だけどその旅の途中で出逢ってしまったのよ。
運命の龍に―――毒虫に刺された娘を助けてくれた彼は地の龍だった。
それは心地良い力で治してくれたのよ。力強い地の力に娘は驚き、
その力にも惹かれたけれど異性としても惹かれたわ・・・・」
「その宝珠は・・・・もしかしてイリス様の事ですか?」
「そう私の事よ。身体から毒が抜けて熱も下がり、
久しぶりに湖で身体を洗って身支度をして彼の前に立った時の彼の顔ったら今でも忘れないわ」
「お、驚いたでしょうね」
イリスは微笑んだ。とても綺麗だとルカドは思った。
「ふふふ。彼はその治癒の力を使って人々を助けていたわ。
ゼノアに苦しめられた貧しい人々を中心にね。私も彼を宝珠として手伝いたかった。
だけど私の特性は地≠ナは無かった―――」
ルカドは、はっ、とした。
「それでも宝珠はある程度こなせる筈だった。
だけど私は地≠セけは全く駄目だったのよ。しかも彼の力は強かった。
そこで私は禁忌とされた貴石を探しに出かけたの」
「禁忌の貴石?」
「そう・・・その貴石は宝珠の特性を変える事の出来るもの・・・」
ルカドの瞳が輝いた。
「じゃあ」
「だけど成功すればの話―――その石を使ってなりたい特性の龍と力を注ぎあうというのだけれど、
その激痛に耐えられなくて死ぬ宝珠がほとんどという代物だったの。
成功率は一割から二割・・・だから禁忌。それでも私は彼の宝珠になれないのなら
死んだ方がいいと思っていたのよ。今のあなたと同じね。
彼は宝珠なんかどうでもいい自分と普通の女性として
結婚して欲しいと言ってくれたけれど私の宝珠としての性が承知しなかったのよ・・・・」
「それで?今、こうしているっていう事は・・・」
イリスは悲しそうに首を振った。
「使って無いのよ」
「え?どうして?」
「その貴石を手に入れて戻って来た時、街は火の海だった・・・・ゼノアに皆殺されていた。
彼も最後まで抵抗したようだったけれど魔王に敵うものでは無かったわ。
もう少し私が早く帰っていればと何度も自分を責めたわ。
でもその転換が成功するとも限らなかったけれど、
失敗しても自分が死ぬだけで彼が死ぬ姿を見なくて済んだでしょうね。
彼は私の唯一の龍だった・・・・」
ルカドは何と言っていいのか言葉が出なかった。彼女の言葉の端々には痛みがまだ残っていた。
契約をした宝珠が龍の後を追って死を選ぶのは普通だった。契約したら最後、心が共に死ぬからだ。
では未契約だった彼女はどうなんだろうか?新しい龍を選ぶのでも無く、
亡くなった龍の影を想っている。
「私、死んでいないでしょう?簡単には死ねない。
ゼノアを斃して彼が救いたかった人々の生活を取り戻すまではね。
ルカド、簡単に死にたいと言うものでは無いわ。契約が出来なくても
宝珠になれなくてもあなたの龍は生きているのだから・・・・
彼の為に何が出来るのか考えるのよ。間違った答えを出したらいけないわ―――さあ、
昔話はおしまい!でも、何かあったら何でも相談してね。一人で抱え込むのはよく無いから」
彼女がどれだけの想いでこの答えを見つけたのか・・・・ルカドは自分が恥ずかしくなった。
死にたい思いを抱えていてもそれを乗り越えて今を生きている彼女の強い心が眩しかった。
お礼を言ってイリスの部屋から出たものの一つの言葉が頭から離れない。
禁忌の貴石$ャ功率は一割から二割―――
答えを間違ったらいけない≠ニ言ったイリスの言葉も過ぎったが、答えは一つだった。
その夜、砦からルカドの姿が消えたのだった。
「なんだって!ジェマ!ルカドが居なくなっただと!」
「そうなのよ。こんな置手紙を残してね。姉さん少し思う事があって出かけて来ます。
兄さんには内緒にして下さい。なるべく早く帰って来ます≠セって!
兄さん何処に行ったか検討つく?ルカドみたいな世間知らずの子が
ウロウロしていたら売りとばされてしまうわよ」
イザヤはジェマがヒラヒラとさせていた手紙を奪うと内容を確認した。
ジェマが駆け込んで来たのはカサルアの執務室だった。
其処にはカサルアは不在だったがラカンとラシードがいた。
「やべぇ〜やっぱあののせいかなぁ〜」
ラカンがラシードをチラリと見て言ったのにイザヤが反応した。
「何があった!」
「こいつ冷たいからさぁ〜」
「ラシード貴様!」
ルカドはやはりラシードを望んで彼に玉砕されたとのだとイザヤは思った。
彼の何時もの宝珠に対して毒を吐くような言葉を、
傷付きやすいルカドにあびさせたのだろうと―――想像するのは簡単だった。
そのショックで砦を飛び出したのだろうか?
「イザヤ、落ち着けって。まあ実際きつい言葉だったけど本当の事だったからな」
「兄さん・・・・どうするの?連れ戻しに行く?このままだと絶対危ないわよ」
「・・・・・・・・」
イザヤは激した感情を、すっ、と押さえ込んだ。
彼には珍しい感情的な様子だったが今はそれがまるで嘘のように何時もの無表情に変わっていた。
「・・・・放っておく」
個人的な事で自分が動く訳にはいかない。
「怖い男だな、イザヤお前は――」
いつの間にか戸口にもたれかかっていたカサルアが揶揄するように言った。
「全くお前は・・・もう少し感情的になったらどうだ?イザヤ、お前が探してこい」
「カサルア!それは」
カサルアは、ニッ、と嗤った。
「ルカドは大事な仲間だ。それもお前の言い方をすれば・・・戦力でもある貴重な宝珠だ。
何かあっては一大事だからな。早々に保護するように――以上だ。反論は許さない。これは命令だ!」
いいな?イザヤ?とカサルアは念を押した。金の瞳が微笑んでいる。
イザヤにとってカサルアの言葉は至上のもの・・・逆らう事は出来無い。
イザヤは頭を垂れ胸に右手を当てて受諾した。
こうなれば一刻の猶予もならない。
既にまる一日は過ぎてルカドの足取りが分からなくなってしまうからだ。
イザヤは自分の持つ全ての情報機関を総動員して情報を集めた。そして程なく行き先が判明した。
そこは砂漠都『離龍州』だった。別名『貴石の都』
その州は砂漠地帯で他に何もない荒れた土地だが、その別名の通り貴石や宝石の産地でもあり、
貴石の中の最たる貴石と呼ばれる宝珠も多く現れるのでも有名な所だった。
ルカドは一人砂漠の地を歩いていた。
無計画で飛び出したが入るのは難しい砦も出るのは以外と簡単で出入りする者達にまぎれて出た。
それから話しに聞いた一瞬で遠い地へと飛ぶことの出来る次元回廊を商売にしている者から、
離龍州へと運んで貰ったのだった。
これも運が良かったというものだ。次元回廊の生業は違法であり、
それを行なっている者は裏の家業をしている者も多い。
主無しの世間知らずの宝珠がフラフラとやって来れば金の成る木が舞い込んで来たようなものだ。
だがルカドが尋ねて行った所はまともな人物で何かと親切にしてくれたのだった。
しかし此処からが問題だった。
禁忌の貴石の場所は直ぐに分かったから此処まで来た訳だがその在り処というのが州城なのだ。
ルカドが知らなかっただけで禁忌の貴石というのは有名でその石は離龍州で発掘される。
珍しい石だから貴重なものに違い無いのだがそれを管理しているのがそこの州城だったのだ。
離龍州の州公クエント・オーガは宝珠好きで有名なのだが、
宝珠に関する物を集めるのにも余念が無かった。
しかも宝珠の命が危険にさらされる石は市場に出す事が無かったのだ。
砂漠の真珠≠ニ呼ばれる州城をルカドは見上げると目眩がした。熱砂の砂漠を歩き過ぎたのだ。
白く輝く城がゆらゆらと揺れたかと思うとルカドは倒れ込んでしまった。
近くで騒ぐ声が聞こえたが耳鳴りのように遠くこだまして意識を手放したのだった。
ひやりとするものが額に触ってルカドは意識を取り戻してきた。
うっすらと開いた瞳に映ったのは心配そうに覗き込んでいる見知らぬ男だった。
身分の高そうな服装をしたしかも龍のようだ。どうと言う特徴は無いが気弱そうな風貌だった。
「おや、気がついたようだね」
「あの・・・ぼく――」
ルカドは起き上がろうとした。その時カチャリという音がして自分の額から何か落ちたようだった。
慌ててそれに手をだしたらひやりとした感覚が指から伝わってきた。
「駄目だよ。まだ寝ていないと。これは熱を取る貴石だからね。
かわいそうに・・・太陽に照らされ過ぎたのだよ。大人しく寝ていればすぐに良くなるからね」
「あの、此処は何処ですか?貴方はどなたですか?」
その人物はまるでとろけるかのように目尻を下げた。
「声も可愛いね。本当に姿も何もかも可愛い」
「あ、あの・・・」
「私は離龍州の州公でクエント・オーガだよ。怪しいものでは無いから安心して休むが良い」
「えっ?州公様?」
ルカドの問いに頷くその人物は、宝珠の収集家で有名だった。
自分の力の増幅の為に宝珠を欲するのでは無く、愛玩する為だけに集めているのだ。
ルカドはひと目で宝珠と分かる雰囲気を持っていたので、
城の門前で倒れた時は直ぐに州公へ報告があがったのだった。
まして珍しい少年の宝珠なのだから公は嬉々として直ぐに手当てを指示した。
収集家の公でさえもルカドは非常に貴重な様子で、公務を放り出して傍にいたようだった。
ルカドは勢い良くこの地へ来たものの州城へどうやって入るかなどは考えてはいなかった。
だが難無く入る事も出来、更に州公にまで会えたのには幸運だった。
後は目的の物を譲ってもらうだけなのだ。しかし、どう切り出したら良いのだろうか?と迷っていた。
正直に言っても断られるのは目に見えていたし、かと言って嘘は言いたく無かった。
ルカドは決心した。
「あの・・・オーガ様。助けて頂いてありがとうございました。
少し休ませて頂きましたからもう大丈夫です。本当にありがとうございました。それで――」
話の途中にオーガはそれ以上、ルカドが何も言え無いように言葉を遮った。
「まあ、ゆっくりしていきなさい。ところでそなたの名は?」
「ルカド・ラナです。あのオーガ様!実は――」
「ルカド!おお、名も良い名だ。さあもう暫くゆっくりするが良い。
その後、城の中を案内いたそう。きっと気に入ると思うよ」
「いいえ、あの・・・」
ルカドの返事を聞こうともせずに州公は背を向けて退室してしまった。
結局、ルカドに何も喋らせ無いままと言うよりも、彼が喋るのをわざとらしく避けたのだ。
ルカドは大きく溜息をついた。外はとても暑かったのに此処は別世界のように涼しかった。
外界の明るさは取り込んでいるが、巧みな構造で直接日光が当たらないのだ。
「何やっているんだろう・・・ぼく」
そう呟くと勢い良く寝台に仰向けに寝転ぶと、天井をただぼんやりと見つめた。