銀の龍6





 どれくらい時間が経っただろうか?侍女達が現れてルカドの身支度を整え始めたのだ。

運び込まれた豪華な衣装は、まるで女性用かと思うような華やかな色合いと柔らかな生地だった。
「あの、これは?」
「オーガ様のお申し付けでございます。さあ、お急ぎ下さいませ。

オーガ様がお待ちでございますから」
「でも・・・こんな豪華な衣は頂けません。あの、ちょっと」
 ルカドの抗議は空しく着替えさせられてしまった。
 その姿に侍女達は、ほぅ、と溜息をついていた。

楚々とした少女のような容姿のルカドは華やかな衣装がとても似合っていたのだ。
 その頃、オーガ公は突然現れた訪問者を歓待していた。

その訪問者とは自州には無くてはならない、大切な存在の相手だった。

だからルカドを呼びにやっていた事を忘れていたのだ。
 そうとも知らず係りの者はルカドをオーガ公のもとへ届けたのだった。

通された一室は賓客をもてなすのに相応しく、金銀宝石を散りばめた豪華な内装で、

思わず瞳を細めてしまうくらいだ。
 ルカドもあまりの煌びやかさに大きな銀灰の瞳を細めた。

眩しさに慣れないが中に居た者達が一斉に此方を見たようだった。

 その中から声が発せられた。
「ルカド?お前、なぜ此処にいるの?」
 その声は聞き覚えがあった。凛として何にも動じない響きのある声―――
「サ、サーラ様?」
 瞳が明るさに慣れてくると間違い無く乾龍州の公女サーラだった。
 サーラは靴音も高々にルカドに近寄ると、周りに聞こえないように小声で話かけてきた。
「お前、イザヤの所に行ったのでは無かったの?」
「ぼ、ぼく大事な用があって・・・」
「用?此処が何処か分かってるの?宝珠キチガイの城よ。捉まったら最後出られないわよ。

それとも早々にイザヤから逃げて来たわけ?此処なら贅沢三昧だものね」
「そ、そんな・・・ぼく、そんなつもりじゃ・・城の前で倒れてしまって

気がついたらこんな事に・・・だからぼくは!」
「しっ!黙りなさい!」
 サーラは短くルカドを制すると、今度は急に大きな声で喋り出した。
「そんなに私と離れているのが寂しかったの?駄目じゃない一人で勝手に出てくるなんて!」
 ルカドは驚いて目を、ぱちくりさせた。
「サーラ殿?その宝珠は貴女のでございますか?」
 オーガは彼女達の様子を探るように問いかけた。
 サーラは、くるり、と公へと向きなおり、きっぱり、と言い切った。
「ええ。私が目にかけている宝珠です。今度、正式に契約を結ぶ予定でございます。

この者がオーガ公に世話になったとか?礼を申します」
「そ、そうですか・・・・貴女のですか・・・」
 オーガは未練がましくルカドを見たが、何か閃いたようににっこりと微笑んだ。
「サーラ殿。我が城にはまだ沢山の宝珠がいましてね。どうでしょうか?

彼と交換して頂けませんか?此方からは二人、二人だしましょう!

なんなら三人、三人でも・・・如何でしょうか?」
 オーガは余程ルカドが気に入ったらしい。破格の申し入れだった。
 周りに居た者達も、公の申し出には驚いた。

彼一人に掌中の宝珠三人も出すと言ったのだから―――
 確かにルカドにはそれだけの価値があると納得出来た。

その容姿と貴重な男型は誰が見ても龍なら手に入れたいと願う宝珠だろう。
 サーラは両腕を組み、ルカドをじっと見て少し考える素振りをした。
「サ、サーラ様――」
 ルカドは不安になってきた。
 オーガはもう少しだと思った。

あと一押しだと・・・・所詮、歳若い小娘だから魅力的な何かで釣れば良いと心の中で、

ほくそ笑んでいた。
「サーラ殿。それに先日採れた珍しい宝石もお付けしよう。

それは素晴らしくゼノア様でさえもお持ちでは無い代物ですぞ。

それに、これ!先程来た織物商人を此処へ通せ!

珍しい衣を沢山持参している者がちょうど来ておりますから、

お好きな物をお好きなだけお選び下さい」
 サーラは無言だった。
 彼女の前には宝石の数々が並べられ、更に織物商人が華やかな衣を運び込んで来た。
 その商人は一風変わった格好をしていた。

砂漠を渡る商人達は皆同じような服装だが一般的には見慣れないものだ。

離龍州は灼熱の太陽に負けない鮮やかな色調を好むが、

砂漠の商人達は光線を弾くように真っ白の衣を頭からすっぽり被るのだった。
 公達の前まで頭を垂れながら進み出たその商人が、そのまま一度深く礼をとって顔を上げた。
 ルカドは驚き声を上げそうになって両手で口を塞ぎ、

サーラは不思議な色をしたその瞳を一瞬見開いたが平静な振りをした。
 その商人はルカドを追ってきたイザヤだったのだ。
 イザヤも内心驚いたが、当然表情には全く出ない。

 ルカドの足取りを追って州城への潜入することになったのだが、

その手段として織物商人とすり替わったのだった。

運良く、州公が宝珠達へ衣を貢ために商人を呼んでいたのだ。

潜入してからルカドを探し脱出する計画だったが、まさか直ぐに会えるとは思ってもいなかったし、

この場にサーラが居るのは予想外だった。
「お前――」
 サーラの言葉を遮るようにイザヤが動いた。
「これなど如何でしょうか?貴女様にはとてもお似合いかと思いますが?」
 彼はそう言いながら鮮やかな紅色の衣を広げてサーラに手渡した。

 柔らかな口調とは裏腹に、鋭い銀
灰の瞳は十分威圧していた。合わせろ≠ニ―――
「・・・・・こんな鮮やかな色、私は似合わないわ」
 サーラはそう言うと、その衣をルカドの肩にふわりとかけた。
「ほら、お前の方が似合うわ。ほら、これも、あれも・・・・」
 目の前の宝飾もルカドにかざしては放り投げる。
「馬鹿らしい。オーガ公、せっかくの申し出ですが私、

自分に似合わない物を付ける趣味はございませんの。興味もございませんわ。

それにこれが一人いれば十分でしょう?万の貴石にも相当するのですから。

そう思いませんか?それはそうと私大変疲れましたから休ませて頂ますわ。

明日は早くに此処を出ますから――よろしいでしょうか?公?」
 サーラはきっぱりそう言うとルカドの手を引いてその場から去ろうとした。

そして控えるイザヤの横を通りながらそっと声をかけた。
「明日にはこの子を連れ出してあげるわ」
 サーラは彼らの事情は知らない。

だが変装して現れたイザヤを見たルカドの様子からして、

彼に内緒で何か行動をしているのでは無いかと予想できた。

しかもこのような場所で穏便に済ませるのは難しい状況だ。

ルカドを狙っているオーガ公の手の中から連れ出すには自分が動く方が無難だと思った。

憎まれ口をたたいていてもイザヤは好きだし、ルカドも結構気に入っている。

素直になれない自分がうらめしいが―――
 通された客室の扉が閉まると同時に、サーラは溜息まじりにルカドへ問いただした。
「それで、お前は何をしに来たの?それにイザヤは?」
 ルカドは彼女に答えていいものか迷った。

お披露目の日以降、何度かは会ったがほとんど話す事も無かった。

近寄り難い雰囲気だったのだ。

彼女は常にその場の中心であり辣腕の宰相である母さえもその影のような感じがしていたのだ。

だからこそ信頼出きる気がした。そう決心すると事の経緯を全て話したのだった。
 時折、爪を噛みながら話を聞いていたサーラは、じっとルカドを見つめていた。

そして彼の独白が終わると、サーラのその何の色と表現したら良いのか分からない

不思議な色の瞳に強い光りが宿った。
「お前の決心は良く分かったわ。私がオーガ公からその禁忌の貴石を譲ってもらってあげる」
「え?サーラ様が?」
「公は私の希望を叶えるしかないのよ。私の機嫌をとって

より多くの農産物を仕入れたいでしょうからね。だから難なく私なら出きるわ」
 此処はお金に不自由の無い州だが作物の実りが乏しい。

サーラの乾龍州で豊富に実る農作物は喉から手が出るくらい欲しいのだ。

だから好条件で取引したい為、何かとサーラ達の機嫌をとろうとするのだった。

 程なくサーラは禁忌の貴石を手にして戻って来た。
 彼女が差し出した手のひらで、妖しく輝く石をルカドは見つめた。
 望みを叶えてくれる希望の石なのか、死をもたらす滅びの石なのか?
 生か?死か?
 ルカドは恐る恐る手を伸ばしてその貴石に触れようとした瞬間、

サーラはその石を手の中に握りこんだ。
「ルカド、もう一度聞くわ。本当にやるのね?」
 ルカドは伸ばした手はそのままで、コクリとつばを飲み込んで頷いた。
 サーラはゆっくりと指を開きルカドに石を手渡した。
 その石は見た目の大きさよりずっしりと重かった。

ルカドは大事そうに両手で包むように感触を確かめた。

 その彼を横目で見ながらサーラは静かに言った。
「それ、イザヤに言っては駄目よ。

絶対に反対される・・・それに誰に力を注いで貰う訳?

風の龍としないと意味は無いのでしょう?

イザヤは絶対にしないわよ。お前が大事なんだから・・・」
 ルカドは、はっ、とした。そうだった―――この先の事は考えていなかったのだ。
 当惑した表情のルカドを、ちらりと見たサーラは溜息をついた。
「お前、大人しそうなのに無鉄砲なのね。誰もそんな相手をしてくれないわよ。

後味悪いじゃない?ほとんど失敗するのだから自分が殺すみたいでしょう?

誰もしたくないわよ。そんな役」
「あっ・・・・・」
「考えても無かったという顔ね?―――分かったわ、私がしてあげる。

私は火の属性が強いけど、風の属性もある双龍だから、お前に協力してあげる」
「本当ですか?でも・・・どうして?」
「そうね・・・お前と私では全く違うようでいて同じようなものかと思ってね。

振り向いて貰いたいのに完全な無視――

私の存在なんて道の端に転がる石のようなもの。

苦しくて、いっそ自分の存在を消してしまいたくなった時もあったわ。

だけど私の立場はそれを許されないし、それらを全うする責任と義務がある・・・・

私には出来なかったけど、お前の覚悟に付き合ってあげる。

もし、お前が死んでイザヤに一生怨まれるならそれも良いと思う。無視よりずっと良い―――」
「サーラ様・・・・兄さんの事をそんなに?」
「喋りすぎたわ。今の話は忘れなさい。

いずれにしてもこの城でするのは不味いから、明日此処を出てからにしましょう。

出来れば自州に戻った方が都合が良いのだけれど、イザヤが待ち構えているでしょう?それは駄目ね。

次元回廊でも使われると厄介だし・・・・何とか目を盗んで実行しないとね。分かった?ルカド」
「はい、サーラ様。ありがとうございます。ぼく絶対に風の宝珠になります!」
 嫌な役を引き受けてくれたサーラに感謝しながらルカドは祈った。

成功しますように―――と。




                   

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