銀の龍9




 サーラはそれ以来、度々この砦を訪れるようになった。

交友関係の広い彼女はイザヤの思惑通り役立っていた。

今日も久しぶりに彼女が来ていた。サーラが来れば直ぐ分かる。彼女の周りには人が集まるからだ。

人付き合いの悪いラシードでさえも彼女を無視する事は無かった。

逆にイザヤが彼女とどう接して良いものか戸惑っていた。

もちろん表情に出ることも無く淡々とはしているのだが・・・・・
 その彼女が珍しく一人回廊を歩いていた。

広い砦の中でイザヤは何故だか何時も彼女を見つけてしまうのだ。

向こうも此方に気がついたようだった。

軽く手をあげて微笑みかけたが、後ろから呼ばれる声にさっさと踵を返していた。

その声の主はラカンだった。その横にはラシード・・・・・
「どうしたの?イザヤ、難しそうな顔をして?」
 ルカドが兄の顔を覗き込んで言った。今ではもう兄さん≠ニは呼んでいない。

一人前の宝珠として対等に契約したのだからとイザヤからそう言われたからだ。
「あっ!サーラ様だ!それにラカン様達も戻られたんだ」
「・・・・・そうだな」
「でも本当に驚くよね。あのラシード様が親しげにされる人ってそういないから。

ぼくは今でもあの人の前では緊張するもの。サーラ様は凄いよ。ねえ、イザヤ。イザヤ?」
 ラシードは女性に対して来る者は拒まないが、冷たい態度を崩すことの無いのだ。

二人の恋人説も密かに囁かれているぐらいだった。
 三人は楽しそうに話しこんでいた。イザヤは風を操る特性上、風にのる声は良く聞き取れる。
「こないだはマジに驚いた!やっぱサーラは女だったんだよなぁ〜

薄絹のひらひらした女の衣を着て現われるんだからさぁ〜いやぁ〜マジ絶世の美女だったぜ!」
「まあ!失礼ね。ラカン怒るわよ!私も驚いたわよ。あれが噂の放蕩息子達かと思ってね。

本当に馬鹿やっていたのね、貴方たち。だけどラカンは今と全然変わらないわね」
 三人は先日、たまたま訪れた宴で偶然出会ったようだった。表の顔同士で。
「ひでぇ〜サーラだってそんな男みたいな衣を着てないで、あの夜みたいに女の格好をしろよな。

俺ら男共の目の保養の為にもさ!なあ〜ラシード」
「私はどちらでも構わない。サーラはサーラなのだから」
「ちっ、優等生な答えだな。つまんねぇ〜ちなみにサーラ教えてやっとくけど、

こいつの今の言葉最大の賛辞だぜ!女にそんな言葉かけたのなんか聞いたことないからな」
「ぷっ、あれだけ宴中の女性を口説いていて?」
「口説いてはいない。あしらっていただけだ」
「そう?」
「あはははっ、ラシード不味いところ見られたな。

だけどサーラこいつに恋しちゃいけないよ。危険な男だからね。凍傷になってしまうよ」
「冷たいって訳ね?そんな人なら嫌という程知っているわ」
 だから平気よ。とサーラは笑った。
「え〜何々?それってやっぱ――おっとイザヤだ!こんな所で油売っていると睨まれる。

じゃあ、俺らは報告があるからもう行くな。じゃあ、またなサーラ!」
 サーラは呆れたように首をかしげると手を振った。
「ラシードも、またね」
「ああ」
 ラシードが珍しく受け答えをして口の端をあげたようだった。

微笑んだか微笑んでいないかのような微かな笑みだ。

 ラカンは目ざとくそれを見ると口笛を吹いた。
「へえ〜珍しいもん見た!ラシード、お前本当にサーラを気に入っているよな?」
 ラシードはそれに答えず、足早に歩いてイザヤの横を通り過ぎた。

お互いチラリと視線を合わしただけで言葉を交わす事は無かった。
「ほんと!勝手な奴!おいっ、待てよ!おっと、イザヤ。

俺らカサルアに報告に行って来るな。じゃあ、後で」
 サーラは笑っていた。
「本当に賑やかな人ね。飽きないわ・・・こんにちは、イザヤ、ルカド」
「・・・・・・・・」
「こんにちは、サーラ様。お仕事お疲れ様です。素晴らしいご活躍ですね」
「ありがとう。今回は幸運だったのよ。でもイザヤは成果が気に入らないのかしら?

何か足りないのがあれば言ってちょうだい。貴方が命じるものは何でも従うわ。

何時もそんな顔をしているわよね・・・・何が気にいらない訳?」
(気にいらない顔?私が?)
 サーラは十分過ぎる程の成果をあげてきている。それも狙った以上の土産付きだった。

 目の前にいるのは昔から知っていた我が儘な公女では無い。だがその面影が無いわけでは無かった。

真っ直ぐに人を見る瞳に、命じる事に慣れた歯切れの良い口調。揺るがない信念―――
 自惚れでは無いが彼女は昔、自分に恋をしていたと思っていた。

しかし今、同士として自分の前に立つ彼女は見事な変貌と共にその恋心も捨て去ったように思えた。
(昔を引きずっているのは私か・・・・)
 自己分析をすれば簡単だった。ラシードに嫉妬していたのだ。

仲間で無かったら付き合いたく無い種類の人物だが、彼のその力は十分認めてはいる。

だからそのラシードに対して競争意識が無いとは言えなかった。
 イザヤは考えがまとまると薄く瞳を閉じた。

そして再び銀灰の瞳が開いた時には一切の感情をその表情から読み取る事が出来なかった。
「いいえ、貴女の仕事は満足しています」
「・・・・そう。ならいいわ」
 ルカドは素っ気無い二人の会話を聞きながらもどかしさを感じていた。

もちろんイザヤに対してだっ
た。

どんなにサーラが変わったとしても彼女の心は変わっていないのは手にとるように分かっていた。

転換の時の相手だからかもしれないが、彼女の表には見えない感情がルカドに流れてくるのだ。

サーラは切ないくらいイザヤを好きなのだ。だがその想いを押し殺している。

ルカドがそうありたいと願って禁忌の貴石を使ったようにサーラもイザヤの性格上、

彼に認めてもらえてから始まると思っているようだった。

それにイザヤも十分意識していると思うのに、出てくる言葉は素っ気無く冷たい。

ルカドはどうなるのだろう?と、心の中で大きな溜息をついた。

  


 それから数年、何ら変わることの無い二人の関係に、ぼくも半ばあきらめていた。

 そんな時、伝説の宝珠アーシアが仲間に加わった。

彼女はまるで春の風のように、全ての人達に幸せを運ぶようだった。

その影響を大いに受けたのはラシード様と兄さんだった。

アーシアはとても大好きだから兄さんの宝珠になってもらいたかった。

そうすれば何時も一緒にいられるし、兄さんの龍力も絶大になるからだ。

だけど兄さんはそんな事は考えていないようだった。でも、アーシアの事はかなり気に入っている。
(宝珠じゃなくて彼女自身が好きなのかな?じゃあサーラ様は?)
 ルカドは淡々と書簡を整理している兄をじっと見た。
 その視線に気がついたイザヤは整理していた手を止めた。
「なんだ?ルカド」
「ねえ、イザヤ、ぼくの事好き?」
「なんだ、突然」
「ねえ、姉さんの事は?」
「だから何が言いたいんだ」
「アーシアの事好き?あっ、でも一番はカサルア様かなぁ〜ねえ、どう?」
「何を突然言い出すかと思ったら」
「・・・・・イザヤ。サーラ様は好き?」
「・・・・・・・・・・」
 サーラは既に州公として就任していた。

今やカサルアと並んでも見劣りしない堂々とした州公ぶりだった。

ラシードとの恋人説から一変して、今ではカサルアに最も相応しい結婚相手とさえ言われていた。

新時代の王の隣には当然、それを支える王妃が必要だった。まさにサーラは条件にピッタリなのだ。

イザヤが夢に描いた世界―――その中に彼女が織り込まれる存在になるとは思ってもいなかった。
 輝く陽の龍≠フ傍らに立つサーラの姿を想像すると、胸の奥がチリチリと痛む気がした。

だがカサルアになら良いと思っている。
 思っているのに本当に?≠ニ、何処からか声がする。
 本当に?――――と。
 サーラは焦っていた。思わぬライバルの出現にだ。

イザヤに認めてもらえるような龍となって、彼を
振り向かせたいなどと

悠長な事を思っている場合では無かった。

伝説の宝珠≠ヘ龍達を惑わしていたからだ。龍なら手に入れたい宝珠。

しかもその宝珠は天地をも動かすと云う絶大な力を持つ美しい少女という。

噂を聞けば自分とは正反対の容姿と性格。

 不安が募り、用も無いのに砦へと出向いて行ったのだった。
 其処で見たのは珍しく、嫌、初めて見たイザヤのくつろいだ様子の話し声と笑顔だった。

相手はその噂の宝珠―――噂以上の珠力の輝きに満ちた可憐な宝珠。

宝珠という価値以上の魅力をその少女は持っているようだった。

 完全なる敗北を感じられずにいられない・・・・・
 サーラは目の前が真っ暗になり吐き気を覚え、立っていられなかった。

自分がどんなに努力してもイザヤは微笑んでくれる事は無かった。

何時も難しい顔をして、時には苛立っているような顔しかしてくれなかったのだ。

それなのにあの少女には欲しかった顔をしている。
 サーラは絶望で胸が締め付けられるようだった。この数年の努力が全て泡のように消えていった。
 どれくらい其処に立っていただろうか?身体は硬直して石となったかのようだった。

 重い足を動かして心の赴くままイザヤの居室へと向かった。

すっかり陽は暮れて、彼の部屋の扉から灯りがもれていた。

イザヤは在室しているようだった。サーラは静かに扉を開けた。
 その音に気が付いたイザヤが振り向いた。
「サーラ?どうしたのです?今は何も無い筈ですが」
 イザヤは何時も自分に対して丁寧な言葉を使う。

それはカサルアに対してもそうだが彼とは違うのだ。

カサルアに対しては絶大なる敬意であり、自分に対しては他人行儀なものだからだ。

決して心を許す事の無い一線を引いた感情の表れなのだ。

只一度、ルカドの転換時にのみ感情のままに言葉をぶつけられた事があった。

それも何年前だっただろうか―――それ以来、彼の感情が揺れる事などなかった。
 サーラは、ふと、そんな事を思い出した。
「・・・・・用が無ければ、此処に来たら駄目なの?」
「そう言う意味では・・・・サーラ?」
 サーラの様子がおかしかった。自信に満ちて輝いていた瞳はまるで迷路を彷徨っているようだった。
「ねえ、イザヤ。私の事・・・・どう思ってる?」
「何を突然言い出したかと思えば・・・ルカドといい貴女といい、何を私に求めているのか?」
「求める・・・・そうね、私は昔からずっと求め続けていたわ。そう、幼い頃からずっと・・・

貴方だけを求めていた―――貴方が好き!貴方をずっと愛しているのよ」
 サーラは今まで素直に言葉に出来なかった想いを叫んだ。そして答えを聞きたかった。貴方は?と。
 イザヤは思いがけない告白を聞き、さすがに無表情が崩れた。驚きに銀灰の瞳を見開いた。
「な、何を・・・突然そんな事を・・・」
「わ、わたしは――」
 サーラの言葉の途中でイザヤの表情が一切無くなった。もう、何時もの彼だった。

サーラは言葉を飲み込んでしまった。

そう・・・何時もの冷たい顔・・・・見慣れているとは言っても今日ばかりはかなり堪えた。
「今はこのような話をする時期では無いでしょう。それに――」
 サーラは彼の話が終わる前に踵を返した。もう続きの言葉を聞きたくなかった。
「サーラ!」
 扉が閉まる隙間から彼女の瞳が見えた。悲しげな色に彩られたその瞳には光るものがあった。

 涙?勝気な彼女の涙など今まで見たことは無かった。
「さようなら・・・イザヤ」
 扉が閉まる音と別れを告げた声が重なった。
 イザヤは追いかけようとした足を止めた。追いかけたとして、どう言えばいいのか分からなかった。

今でも彼女が自分の事を想っていたという事実は衝撃だった。

何時も何か言いたそうな表情だったが、特にそのような素振りが無かったからだ。

いずれにしてもこの雌雄を決するこの大事な時期に色恋沙汰にかまけている場合では無いのだ。

 そう思う心の奥では何かがざわめいているようだった―――
 本当にこれで良かったのだろうか?

と何手も先を見通す事が得意なイザヤが珍しく判断に迷いがあったようだった。





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