銀とサーラ 後編 

 
  自分達に非は無いと言うように兌龍州の州公は話しだした。
「あのシアンと言う者は罪人の父を持つ貧民窟出身でして・・・生まれがそうですから態度もあのようで手癖も悪く、城に召抱えたのも人を騙して入り込んだようなものでして・・・宝珠としての価値は認めても・・・その・・・」

「公女には相応しく無いと言う訳ね?」
サーラが核心を言った。サーラ本人にも経験はある。宰相だったネフェルが彼女の為に宝珠を選んでいた時も基準はそんな感じだった。公女ともなればそれなりの場に出ることが多い。となればそれに寄り添う宝珠は生まれや育ちを重要視されるのが一般的だ。力重視のこの世界でもそんな旧世代の考え方は根強い。だから最初、代々宰相を務めるラナ家の由緒正しいルカドはどうかと薦められたものだ。

「あれは駄目です。しかも力の弱い子供に本気な訳が無い。何か含むところがあるに違いありません。何も分からない子供のうちから手懐けて何かをしようと企んでいるのです!」
「だから彼を売った・・・それにしてもよく大人しく言う事を聞かせましたのね?」
宝珠を売ったと聞いたイザヤは片眉を上げたが、サーラは後で説明すると耳打ちして今は黙らせた。

「・・・娘が契約出来る歳になった時に本人が望むなら認めてやると言ったのです。その時は他の宝珠と交換して返してもらうからとの条件で・・・数年もすれば公も飽きるだろうしと言って・・・子供のことだから少し離しておけば忘れるだろうと思いまして・・・」
「それにオーガ公ならそうそう宝珠を手放さないと思ったのでしょう?」
「ええ、此方は厄介払いも出来て全く損は無かったのですが・・・宝珠に目が無いオーガ公さえも厭うやからだったのですね。やはり私達の考えは間違い無かった」
サーラは聞いていて段々腹が立って来た。
多分この感じだとシアンにはオーガ公が首飾りを返品しても首を縦に振らなかったと言うのは嘘だろう。返品は嘘でシアンにそう言って足止めしたに違い無い。そのシアンは納得して売られたものの、あのオーガ公から逃
げられないと感じサーラを巻き込んだのだろう。それに心に決めた龍と離れるのは思ったよりつらかったのかもしれない。
「公!それは違います!シアンと出逢った時、彼の心に偽りは無かった。まさかこんな小さなお嬢さんだとは思いませんでしたけれど彼の想いは本物でした。だから私は苦労して連れ帰ったのです。私の為に狂った歯車を戻したいと思ったから・・・それにオーガ公はシアンをとても気に入っていました。眩いばかりの宝石を見に付けた贅沢三昧。シアンは出て行くこと以外なら何でも叶えて貰えたと思います。彼がマリカちゃんをどうかしてと面倒な企みをするより遥かに良い生活でしょう。それなのにただ此処に帰るのを彼は望んだのです。この意味はお分かりですか?」
「そのようなことを言われても・・・これは私共の問題で貴女に関係無いでしょう?」
「公!」
娘を心配してのことだが考えが偏り過ぎだ。
更に説得しようとしたサーラをイザヤが止めた。彼は青天城で見る銀の龍≠フ顔をしていた。
天龍王の片腕―――表情の無い冷徹な風の龍。

「―――宝珠で品物の代価を払うのは禁止されている。これが事実ならそれなりの処分は覚悟してもらおう。妥当なものとして身分剥奪のうえ追放・・・悪くて斬首だ」
州公は悲鳴を上げて真っ青になった。言い争っていたシアンとタジリがその声を聞き振向いた。

「ご、ご、ご冗談を・・・追放?ざ、斬首?」
「人身売買の罪は重い。シアン、お前が訴えるのなら直ぐにでも証拠を集めて裁きにかけよう。もしくは今、裁いてもいい。公、貴方がた一族は水の龍だから私がこの場で処分する権限が無いから碧の龍を呼んで来てもいい。ラカンは特に人身売買を嫌う。だから私より厳しいだろう」
あの気さくな碧の龍が?と思うが、厳しいと有名な銀の龍が言うからには脅しではないだろう。

「あんた、話が分かるな!ああ、こいつらが俺を―――」
シアンは嬉々として言いかかったが、はっとしがみ付く小さなマリカを見下ろした。彼女にまで処分は及ばないだろうが、父親や兄がもし追放や死刑になれば悲しむだろう。それは当然見たく無かった。マリカは絶対に守りたい大切なもの―――

 シアンは宝珠として発現した後、手のひらを返したように態度が変わった人間が嫌になった。
シアンが腹を空かせて盗んでいたパン屋の主人は見つけると棒で叩き出していたのに、店の前を通っただけでニコニコ笑ってパンをくれた。男を連れ込むのに邪魔だと言って真冬でも部屋の外へ叩き出していた母親は馬鹿みたいに優しくなった。誰も彼もが後の
恩恵を考えて媚を売り出したのだ。
宝珠は政府高官か軍上層部の龍に乞われるのが殆どだ。そうなれば媚は売って損はしない。
シアンはそれが堪らなく嫌になり家を飛び出した後は宝珠を隠し盗みはもちろん何でもして独りで暮らしていた。そしてどれくらいの時が流れたのかすっかり悪党になったシアンは誰一人頼るものも友と呼ぶものも無く過ごしていたある日、マリカと出逢ってしまった―――

迷子になって泣きべそをかきながら彷徨っていた小さな女の子はシアンを見付けるとトコトコ近づき、にっこり笑った。その笑顔が余りにも無垢で汚いものばかりを見続けていたシアンには眩しすぎた。
その時、この小さな龍に捕まってしまったのだった。
宝珠は龍の力に惹かれるがそればかりでは無い。
心の何かが足りないものを求めるように惹かれるのだ。
それからのシアンはどうにか州城に潜り込んでマリカに再会し、彼女も慕ってくれたのだが・・・幸せは続かなかった。シアンの素性が判明し引き離されたのだ―――

(マリカ様・・・)
シアンはもう一度マリカを見ると、射抜くような眼光を放つイザヤを見返した。

「俺は自分が望んで離龍州に行ったからそんな話しは知らない・・・首飾りと交換だなんて冗談じゃない。俺はそんなに安くないさ。何処に行こうが宝珠は自由だろう?違うかい?」
彼のまさかの発言にタジリとその父親も驚いた。

「シアン・・・お前・・・」
タジリは信じられないと言うような顔をした。彼がまさか自分達を庇うとは思わなかったのだ。

「ねぇ、シアン。もうどこにも行かない?」
マリカはしんと静まり返った周りを、きょろきょろ見渡して言った。

シアンは少し困ったような寂しい顔をしてマリカの高さまでしゃがみ込んだ。

「マリカ様、俺・・・またちょっと出かけて来るから・・・」
「い、いやっ!こんど会ったらもうどこにも行かないって約束したでしょう?シアン、駄目!」
マリカはまた涙を溢れさせて力いっぱい訴えた。駄目だと何度も言ってシアンを叩いている。

「訴えないと言うんだな?」
イザヤの一言にまた緊張が走った。

シアンは頷くだけで癇癪を起こしているマリカを見つめているだけだった。
肉親の反対の中、この城に居るのは難しいだろう。
かといって彼女を攫う訳にはいかない。シアンはこの地を去る覚悟をしている感じだ。

「公、良かったと胸を撫で下ろすのは早い。私は納得していないし疑いは晴れていない」
イザヤの追求はまだ続いていた。

「そ、それは・・・」
シアンが立ち上がった。

「俺が違うって言ってるだろう!だからいいじゃないか!」
「駄目だ。駄目だからお前に仕事を言いつける」
「え?何?」
シアンは銀の龍が何を言っているのか意味が分からなかった。

「サーラ、これはお前のだろう?オーガ公から友好の証に贈られた宝珠は?」
「ええそうよ。売買は駄目なのに贈物は良いなんて変は話しだけどね」
「サーラのものは私のものだから問題は無いな。シアン、お前にこの者達の監視を言いつける。この地に留まり定期的に報告するように」
サーラが、くすりと笑った。
イザヤがシアンの身元引受人になったようなものだ。後ろ盾のような感じだろう。

「そ、それって・・・」
シアンは驚き、サーラを見ると微笑んだ。良かったわね、と言っているようだった。

「公、もちろん承知だろうな?それとも裁きを受ける方がいいか?」
「と、と、とんでもない。承知致しました」
タジリもその父もシアンのマリカへの本当の想いを感じたようで、もう反対する気持ちが薄れていたようだ。後はシアンの努力次第だろう。

ようやく一連の騒動を収拾したサーラはイザヤと共に故郷へと向い数日の休暇を楽しんだのだった。



「イザヤ、サーラのご機嫌は治ったかい?」
好奇心いっぱいに金色の瞳を輝かせたカサルアがイザヤの顔を見るなり言った。

「・・・・・愉快そうですね。そんなに退屈でしたか?」
「ああ!急がし過ぎて楽しみが無かったよ。で?どうだったんだ?愛想つかされていたのか?例の宝珠はどんな男だった?」
次から次へと質問攻めするカサルアにイザヤは冷ややかな視線を送ると呆れたような溜息をついた。

「貴方が心配するようなことはありません。ですから仕事に戻って下さい」
「相変わらず面白味の無い男だなぁ〜まあいい。上手くいったなら上々だ」
「はい。貴方のご忠告通りに今後はさせて頂きます。休みも積極的に沢山頂きますので、その分宜しくお願い致します」
「ああ、そうしろ、そうしろ、どんどん休め・・・えっ!何だって?休む?」
カサルアは適当に答えていたが、ぎょっとして聞き返した。

「はい。週に二日は休ませて頂きます。国境にサーラと暮らす家を買って来ました。そこから毎日通います」
「家は何処でもいいが・・・次元回廊を使えばいいのだから。国境か・・・お前達らしいな。対等と言う訳だ。しかし二日も休む?」
「不服ですか?では三日に?」
「じょ、冗談じゃない!お前が三日も休んだら此処はどうなるんだ!」
「何時も休めと言ったのは誰でしたか?私の空耳でしょうか?」
「う・・・それは・・・」
イザヤが珍しく表情を崩して笑んだ。

「肩の力を抜きましょう。先は長いのですからゆっくりと確実に余裕を持って・・・貴方の未来は輝いております。いえ、私が輝かせてみせます。そうでしょう?私の陽の龍よ」
「・・・イザヤ、どうしたんだ?随分丸くなったものだな。しかし本当にお前は何でも叶えてくれるような気がするから不思議だ。で?家を買って、共に暮らし始める・・・と言う事はいよいよ結婚か?」
カサルアは興味津々に聞いた。

「まだ、本人にも言っていないのに貴方に言う訳ないでしょう」
「それはそうだ」
「では、そう言うことで明日も休ませて頂きます」
「な、何がそう言うことなんだ!」
「勘が悪いですね。もちろん求婚に決まっているでしょう?」
「昨日まで一緒にいたのだから済ませてくれば良かっただろう?何をやっていたんだ?」
カサルアが呆れて言った。

「何を言っているのですか?それが意表を突いていいではありませんか」
「イザヤ、お前・・・性格変わってないか?」
「そうですか?たぶん純粋な恋に触発されたのでしょう」
「何?なんだそれ?」
「今度、暇な時にでもお話します。感動の物語ですからね―――」

そして翌日―――

思いがけないイザヤの訪問にサーラは驚いた。

「イザヤ、どうしたの?何かあったの?」
「サーラ話がある。来てくれ」
州城で執務中のサーラをイザヤは攫うように連れ出してしまった。

「イザヤ、何処に行くつもり?」
「直ぐ戻るから黙って少し付き合ってくれ」
さあ、と言って次元回廊を渡らされた。到着した場所は知らない土地に建った何処か懐かしい感じの屋敷だった。

「此処は?」
「覚えていないか?お前は小さかったから忘れているかもしれないが・・・お前が幼い頃、両親と休暇を過ごしていた別宅に似ている」
「あっ・・・そういえば・・・」
イザヤ達親子もよくその屋敷に招待されていた。皆が幸せだった頃の思い出―――
しかしその屋敷は魔龍王によって焼かれてしまった。

「これを見た時・・・私たちの住む場所は此処しか無いと思ったから買った」
「え?私達?」
「そうだ。サーラ、お前と私。そして私達の子供達・・・私と結婚して欲しい。サーラ」
「貴方って本当に意地悪・・・期待させることも言わないし。それで突然これだもの・・・馬鹿・・・」
滅多に涙しないサーラが喜びで泣き出してしまった。

「サーラ、返事は?」
「・・・馬鹿。貴方が否と言わせる筈が無いでしょう?」
「あたりまえだ」

サーラとイザヤは共に微笑みながら新たな出発の地となる懐かしい香りがする屋敷を見上げた。
幸せだったあの頃のような自分達の世界をこれから二人で作るのだ。
全州で最も忙しい恋人同士は、最も忙しい夫婦となるのだった―――


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