それからのグレーテは人が変わったように貴族が集まる場所には積極的に顔を出していた。
そして何時も誰かを探しているように周りに視線を巡らしているようだった。
正体不明のロータルを無意識に探しているのだ。
しかしグレーテは相変わらず喪服のようなドレスを脱げずにいた・・・何度も色物のドレスを手にしたが気が進まなかった。ロータルの絵に暗い配色は無い・・・生命力溢れた色使いだ。
彼の為にも明るい色のドレスを・・・と思っても心の傷は深くどうしても着られなかった。
喪服はグレーテにとって自分の身を守る盾のようなものだった。喪に服している皇女を誰もが遠巻きにしているからだ。他人に関わる事によって傷つくなら関わらない方が良いとグレーテは思っている。

クラウスはそんなグレーテを静かに観察していた。
喪服を着た皇女は何処に居ても目立つ存在だ。クラウスには喪服が黒く見えなかった。逆に純白のドレスを身にまとっているような感じがしていた。自分の目がおかしくなったのかと何度も瞬きをして見たが印象は変わらなかった。貴婦人達の鮮やかなドレスの中で目立つ無彩色は純粋で、黒も白も変わらないのかもしれないとクラウスは思った。
その場で描けないもどかしさ・・・その想いだけグレーテを目に焼き付けては帰宅してそれを紙に写した。
風景や静物を描くより手間がかかるが誰かの一挙一動を見守るのがこんなに楽しいとは思わなかった。
グレーテの見た目の大人びた優美さと異なる可憐な仕草が特に目を惹いた。だからそんな場面を見るとクラウスは思わず吹き出してしまった。その日は丁度現れた親友のライナーにそれを見られ驚かれた。

「どうした?クラウス。お前がそんな風に笑うなんて珍しいな。何がそんなに面白かったんだ?」
「いや、何でもない」
「何もないのに笑うか?教えろよ」
まだ笑いを堪えている様子のクラウスを、ライナーが小突いた。

「ライナー、静かにしてくれ。お前は目立つから出来ればしばらく私に近付かないで貰いたいくらいだ」
「皇女にバレる心配か?顔は殆ど仮面で隠して見せて無いのだろう?用心深いな」
皇女の身辺警護を指示するライナーには色々と協力して貰う為に事情は話してあった。

「用心に越したことは無い。面倒事は嫌だからな・・・あっ、ほら、皇女がこっちを見ている。私は行くから後は適当に誤魔化してくれよ」
肩を竦めたライナーを置いてクラウスは、さっさとその場から去った。

グレーテは貴婦人達に取り巻かれていたライナーが、彼女達を丁寧に退けて行った先を何となく見ていた。クラウスが言うようにライナーは名家の出身で帝国一の剣士。しかも栄えある近衛兵の隊長。
更に眉目秀麗となれば立っているだけでも注目してしまう存在だった。
そのライナーの表情からすると向かった先の相手は親しい友人だろうとグレーテは思った。交友関係の広いライナーが誰と話しをしていても気になるものでは無かったが、グレーテはその相手が気になった。
だから思わず視線を定めているとその男は立ち去ってしまった・・・
グレーテは無意識にライナーに近寄っていた。

「ライナー、今の・・・」
グレーテはライナーと話していた人物が気になって尋ねようとしたが言葉が出なかった。
以前、何気なく誰か?と尋ねただけで変な誤解を招き嫌な思いをした事を思い出したのだ。
今もグレーテの言葉を周りの者達が何気ないふりをして、じっと聞き耳を立てている。

「何か?グレーテ皇女?」
「・・・いえ・・・何でも無いわ」
グレーテは誤魔化すように少し微笑みながらそう言うと去って行った。
それからのグレーテは視線を感じればクラウスの姿を探した。今までも視線を感じては周りを窺ったが皆同じに見えて特定出来なかったが今はその先にクラウスを確認出来る。

(あっ・・・また居たわ)
グレーテは視線を感じると、扇子で自分の視線を隠しクラウスを見つけるのだ。まるで悪いことをしているみたいに胸が、ドキドキしていた。日増しにロータルが誰なのか?気になって仕方が無かった。と・・・言うよりも・・・自分が思っている人物がロータルだったら良いのに・・・と言う想いが強くなっていたのだ。

そんなある日、ロータルから連絡が来た。時間が取れたから皇子宮で最終的な下絵を描きたいとの事だった。グレーテは胸を弾ませて向かうと既にロータルは来ていて絵を描いていた。床いっぱいに散乱している素描は全部グレーテだった。どれもこれもグレーテが頑張って色々出席した社交の集まりの時のもの・・・髪型やドレスが正確に描かれていてど
の日のものなのか分かるものだった。
「素晴らしいわ・・・」
グレーテは心からそう言った。しかし、ロータルは落胆したような大きな溜息をついた。

「これが?これが素晴らしいと言われますか?私には最低にしか思えません」
「そ、そんな事はございません!自分で言うのも恥ずかしいですが美しいと思います!」
「・・・本当の貴女が描けていない・・・うわべだけの薄っぺらなものだ・・・描きたいものが見つかったのに結局描けなければ見つからないのと同じだ・・・こんな筈では無かったのに・・・描けば描くだけ分からなくなってしまった・・・私が描けないのか?それとも貴女がまだ私に本当の姿を見せてくれていないのか?」
「ロータル・・・」
苦悶するロータルの前にグレーテは立ち尽くしてしまった。

「わたくし・・・わたくしは何を・・・何をすれば良いのですか?わたくしに出来る事は何でも致します!ロータル!貴方の為ならわたくしはどんな事でも致しますわ!」
グレーテは貴方の為なら≠ニ思わず言ってしまい頬を赤らめた。
それは恋をする乙女の顔そのものだった。クラウスはその表情に惹き込まれるようにグレーテに近付いていた。その恥じらう頬に、そっと手を伸ばすとグレーテが、ピクリと肩を揺らし更に頬を染めた。
クラウスは絵の為だと言い聞かせながら、皇女が驚く事を口にした。

「恐れながら・・・口づけさせて頂いても宜しいですか?」
クラウスは皇女の了解を待たず、驚くグレーテに唇を重ねた。
グレーテにとって初めての口づけは驚くだけでどうして良いのか分からなかった・・・クラウスは強引に唇を重ねても口づけは優しく、そっと忍び込んで来た舌は、ゆっくりとグレーテの口内を舐めては舌を絡める・・・初めての口づけはグレーテを夢心地にさせるには十分だった。
クラウスが唇を解くとグレーテの金木犀色の瞳は潤み、唇は紅く頬は薔薇色に染まっていた。
立っていられないような状態のグレーテをクラウスは抱き上げ、カウチに横たわらせた。
そして絵を描き始めたが・・・また惹き込まれるようにクラウスはグレーテを覗き込んだ。唇が口づけを誘うように少し開いていた。クラウスの心では駄目だ!必要ない!と叫んでいるのに唇を近づけてしまう・・
しかしその時、正気に戻ったグレーテがクラウスの仮面に手をかけていた。
避ける間もなく仮面が取られ・・・

「あぁ・・・やはり貴方でしたのね・・・貴方は誰?どうぞ本当のお名前を教えて下さい」
「・・・お約束を破られましたね・・・絵は完成させますが・・・もうお会いする事はございません」
同じく我に返ったクラウスはグレーテにのしかかって身体を正して言うと踵を返した。

「ま、待って!待って下さい!約束を違えた事は謝ります!どうか、去らないで下さい!好きです!わたくし、貴方が好きなのです!」
「光栄でございます。では・・・」
クラウスは振り返らずにそう答えた。

「待って下さい!わたくし、貴方の絵が好きだと言っているのではございません!貴方を、貴方をお慕い申し上げております!愛しているのです!だから・・・」
グレーテの懇願にようやくクラウスが振り返った。しかし、彼の表情は硬く険しかった。

「私は皇女と釣り合うような身分ではございません。しかも数回言葉を交わしただけの相手。何も知らないのと一緒です。ご冗談なら構いませんがもし本気だと仰るのなら・・・」
「本気です!冗談などではありません!」
クラウスは息を呑んだ。今、何が起きているのか意味不明だった。

「あの口づけで誤解させたのなら謝ります。確かに貴女様に口付け致しました。それはまだ見ていなかった貴女の表情を引き出す為です。先程の行為に何の感情もございません」
「あれが・・・あれが・・・何でも無いと?」
「はい。それに私にとって貴女様の想いは迷惑にしかなりません・・・貴女様にはもっと相応しい立派な御方が決まっておりますでしょう?」
グレーテはクラウスの言葉が胸に突き刺さった。一瞬、心臓が止まったような気がした。

「迷惑・・・わたくしは好きで皇女に生まれた訳では無いわ・・・でもわたくしは皇女だから言葉も行動も何もかも全てに影響がでる・・・そうよ・・・皆に迷惑をかけるから何時も我慢したわ!わたくしの三人目の夫候補は・・・わたくしの事を疫病神が憑いた皇女と言って嗤う友人達と陰口を言うような人!どう?貴方が言われるようなわたくしに相応しい立派な方でしょう?」
グレーテは毅然と立っていた。
しかし瞬きしない瞳からは止めども無く涙が溢れ頬を濡らしていた。
悲痛なその姿にクラウスは言葉を無くした。
そしていつの間にか小刻みに震えるグレーテの肩を抱き寄せていた。言葉は見つからないが今は言葉はいらなかった。
クラウスの胸の中でグレーテは声を上げて泣いていた。そして何度もクラウスが好きだと訴えた。
クラウスは皇女の気持ちに応える事が出来ない・・・皆が不幸になるだけだからだ。
皇族の婚姻は神殿が決め皇帝が了承する。選別方法は血統と無欲さだ。無欲であってもクラウスは皇家と釣り合う血筋では無い
l・・・

「私が言い過ぎました。申し訳ございません」
優しい言葉にグレーテは自分の想いが通じたのかと思い涙を止めて顔を上げた。しかしロータルはグレーテと目を合わせようとしなかった。

「お気持ちは嬉しく思います・・・しかし私達は決して結ばれる事はございません。私も貴女様も自分で選んだ身分ではございませんが、それを変える事も消去する事も出来ないのです・・・それに貴女様が正式な夫以外に恋人を持つような器用な方だとは思えませんし、私は融通の利かない性格です。貴女様は今、きっと混乱されているだけだと思います・・・」
グレーテはロータルのやんわりとした拒絶に言葉を無くし呆然と立ち尽くしてしまった。
だからロータルが頭を下げて去って行くのをただ見ていただけだった。
そして入れ替わるようにジークが入って来た時、ようやく我に返った。

「グレーテ様、どうなさいましたか?大丈夫でございますか?」
「ジーク・・・わたくし・・・」
グレーテは唯一親友と認めたジークの心配そうな声を聞くと再び泣き出した。
絵を描くのに気が散るからと入室させて貰えなかったジークだったが、兄クラウスが険しい顔をして皇女が泣いているとだけ告げて去った。立ち去る兄の後ろ姿にジークは何事かと詰問したが答えは無かった。

「私がまだ・・・グレーテ様の友だと思って下さっているのならどうか私に、お嘆きの理由をお聞かせ下さい。私に出来ることなら何なりと致します」
「ジーク・・・わたくしが貴女を避けていたのは貴女が大事だったからよ。わたくしに関わったら不幸になるから・・・」
「それは違います!あの愚かな男達のせいですね!あのような世迷言をお聞きになる必要はございません!やはりあの時、捕らえて厳罰に処せば良かった!」
本気で怒っているジークの様子にグレーテの心が少し晴れた。

「わたくしが臆病だから何もかも上手く行かない。でも・・・わたくし・・・憧れのロータルに会いたくて頑張ったのよ。一度しか会ってない・・・それも本名も顔も分からない状態で・・・それでもわたくしは恋をした・・・」
「グ、グレーテ様・・・それは・・・」
ジークは皇女の予想外の告白に驚いた。言葉にならず黙しているとグレーテが、ぽつりぽつりと自分の気持ちを綴り出した。

「そしてわたくしはロータルを探して社交界へ復帰したわ。周囲の様々な視線の中でわたくしを見つめる・・・皆とは違うものを感じて見るとそこに彼は必ず居たの。わたくしは本当にその方がロータルなのか確かめたかった・・・だから今日・・・仮面を取ってしまって・・・」
「顔を見たのですね?」
グレーテは涙をこぼしながら頷いた。

「わたくしが思っていた方でした・・・そしてわたくしの気持ちを伝えましたが・・・」
グレーテの言葉は途切れたが、その続きを聞かなくても二人の様子を見ればジークでも分かった。
ジーク自身、経験者だから・・・

「グレーテ様、私も正直に話します。ロータルを貴女に引き合わせようと考えたのは私でした。彼に会ってくれるように頼んだのも私です。条件としてはご存知のように正体を明かさない事・・・その約束を違えると私が自分を許せないでしょう・・・でも二人の為にそれを破ります・・・」
真面目なジークは約束を破った事は無いのだろうとグレーテは思った。破ると言いながら言葉をつまらせているのがその証拠だ。それにロータルは兄ローラントが知っていたのでは無くジークだとすると彼女と彼の接点が分からなかった。ジークの話を待つグレーテは不安を募らせた。

「・・・・・・ロータルは、私の兄、クラウスです。クレール家はご存知のように皇族と婚姻を結べる血筋ではございません・・・」
グレーテはその身近な存在に驚いた。
そしてもちろん、クレール家がそういう家系だとも知っている。そのせいでジークが皇子ローラントに想いを寄せても叶わない願いだ、と嘆いた話も、兄ローラントがそれで悩んだ話を聞いていた。
ジークの場合、ベッケラート公の落胤と分かり全て解決したのだが・・・

「ねぇ・・・ジーク。もしも、貴女がテオドール伯父様の子供で無かったとしたら兄を諦めた?」
「それは・・・それは諦めなければと頭で理解していても・・・心は否定していたと思います・・・私は融通が利く性格では無いので・・・」
グレーテが涙を浮かべたまま、クスリと笑った。

「貴女のお兄様も自分は融通が利かないと言っていたわ」
「そうですね。兄は私より堅物ですから・・・申し訳ございません」
ジークはクラウスの皇女へ対する接し方は想像出来た。一方通行の恋は悲しいが、両想いでなければまだ悲劇は半分だ。

(丁寧に、きっぱりと断ったのだろうけれど・・・兄上の本当の気持ちは?)
ジークは、ふと思った。肖像画を描くことが無かった兄がそれを承諾し、それこそ苦手な社交の場に顔を出し皇女を熱心に描こうとしていた。絵の為と言えばそれまでだが今までの様子と違うような気がした。ジークは自分がローラント皇子から告白された日を思い出した。

(血統問題で自分も同じ気持ちだと言えなかった筈だ。もしかして兄上も?)
ジークはあの夜の母と同じようにグレーテを慰めながら兄クラウスを心配した。


それから数日の事だった。
城の財務管理局で横領事件が発覚した。同僚による内部告発だったが犯人として挙げられたのはクラウスだった。先ずは局内での審議となりクラウスはその場に連行されていた。
告発者はクラウスをいつも敵対視しているアーダムと言う男だ。アーダムは自分と歳も経験も変わらないクラウスの優秀な仕事ぶりが癇に障るようだった。実際のところアーダムがクラウスに敵うものは爵位ぐらいで話にならないものだ。そのアーダムが財務長官や上級管理官の前で横領の証拠書類を出して罪状を述べていた。
長官達はその書類に目を通し、黙して立っているクラウスに問いかけた。

「クレール、申し開きはあるか?」
「ございます。私は無実でございます。証拠と言われるその署名を書いた覚えもございませんし筆跡など真似しようと思えば出来るものです。その証拠に署名には躊躇ったようなインクの溜まりがございます」
ザワザワとその証拠品を皆が透かして見だした。

「言い逃れるなよ、クレール。そんなのペン先が紙に引っかかっただけだろう?これだけ証拠が揃っているのだから罪を認めたらどうだ?」
アーダムがざわつくその場の流れを自分へ引き寄せるように言った。

「覚えのない罪を認めることは出来ません。それに証拠が有り過ぎるのが疑問だと、私は提議致します」
確かにそうだと周りがざわつき出すと、またアーダムが口を出して来た。

「皆さま、これをご覧ください!」
アーダムが勝ち誇ったように取り出したのは一目で高額なものと思える女性用の飾り櫛だった。
大粒な宝石がはめこまれた細工でアーダムの指先で輝いていた。
平静だったクラウスは怒気を上らせその宝飾品をアーダムから奪い取った。

「おお、恐ろしい。それが自分のだと認めるのだろう?宝石商もそれをお前が即金で払って買い求めたと証言している。かなりの大金だ。そんな資金はどこから来たのだろうね?金のかかる女でも囲っているのか?」
「クレール、そなたを疑いたく無かったがそれは本当にそなたが買い求めたものか?」
長官は信じられないと言う様子でクラウスに問いかけた。アーダムの言うように中流の貴族の子息が買える代物では無いと分かるものだ。

「・・・私のものに間違いございません。しかしながら私の個人的な場所にあったものが此処にある理由をアーダムにお尋ね下さい」
「自分の罪を認めず、俺を泥棒呼ばわりか?」
アーダムは、カッとして怒鳴った。

「別に泥棒したと言っていない。それに私が女性への贈物を買っても罪にならないと思う。違いますか?長官」
長官の返答の前に会議室の扉が開いた。
一同が注目する中、現れたのはローラント皇子だった。今日の審議内容の届けに気が付いたローラントが急ぎ駆けつけたのだ。

「長官!これは何の騒ぎだ!」
長官はもちろん、全員が立ち上がって頭を垂れた。

「恐れながら・・・クラウス・クレールの横領審議でございます」
「それは分かっている!審議するだけ無駄で馬鹿馬鹿しい議題だ!」
怒るローラントに怖々と長官は弁明した。

「恐れながら、クラウス・クレールは皇子妃と縁が深いと存じますが、疑惑がある以上審議せねばなりません。もちろん皇子の権限で黒を白にしろと言われるのでしたらそう致しますが・・・」
「・・・私を馬鹿にするのか?財務長官?」
「め、滅相もございません!私はただ法を曲げるべきでは無いと・・・」
長官は真っ青になって今にも卒倒しそうになったが、怒っていたローラントが表情を変えて急に微笑んだので更に腰を抜かしそうになった。

「私に向かって意見するぐらいでないと大事な役職は任せられない。公正な目は曇って無いのなら分かるだろう?罪を犯す人物かどうかの判断はつく筈」
「もちろん、クレールがそのような事をするとは思っておりませんが・・・何しろ本人が認める証拠品があっては・・・」
「証拠品?」
ローラントはその内容を聞き呆れた。

「そんなものぐらい買えるだろう?彼は」
「皇子!」
クラウスがローラントの言葉を遮った。

「黙っていてやってもいない横領の罪を認めるのか?それこそ馬鹿らしい」
「・・・・・・・・・」
黙したクラウスをローラントは承諾とみなした。
それからローラントの口からクラウスが謎の画家、ロータル本人だと明かされることとなった。
そしてクラウスの私物を許可なく持ち出した追及から本当の横領の犯人はアーダムであることが分かったのだ。アーダムがたまたま、クラウスが宝飾品を購入していた場面を見て、この計画を立てたようだった。もちろんクラウスの資金源は知らなかったがそんな事はどうでも良かったらしい。
要する
にクラウスに疑いをかけて困らせ、犯人をうやむやにしたかったようだった。
この横領事件よりロータルの正体発覚の方が城中を沸かせた。
グレーテのお喋りな侍女達も当然その話題を口にしていた。

「ロータルならそんな宝飾品、ぽんと買えるのに知らなかったとは言っても全く馬鹿な話よね?証拠だ!と出したものが自分の首を絞めた訳でしょう?」
「そうよ、馬鹿よね。それにしてもそのロータルが買ったと言う櫛、誰に贈るのかしら?」
「ロータルの恋人かぁ〜良いわよね。お金持ちで容姿も良いとなったら独身で一番人気のライナー様と肩を並べるんじゃない?」
「ええぇ――嘘!ベルツ伯爵家もお金持ちだし、同じ伯爵家でも格が違うわよ!血筋が違う!」
ライナー贔屓の侍女が地団駄踏みながら反論していた。
その侍女達のお喋りをグレーテは震えながら聞いていた。
ロータルの正体が公になり、そして彼には意中の女性がいるとの話・・・

「わ、分かっていたわ・・・あの方がわたくしを選ばない事は・・・わたくしは大丈夫。だからと言ってこの気持ちが変わることは無いのだから・・・陰ながらお慕いしても迷惑にならないでしょう。ねぇ・・・」
グレーテは愛しい人の名を心の中で呟いた。グレーテは心の整理を付けてそう決心していたのだ。
そんな皇女のもとへ贈物が届けられた。
大きな包みと小ぶりな包み・・・侍女達の手で解かれた中身にグレーテは驚きの声を上げた。
大きなものはグレーテの肖像画だった。初々しく頬を染め輝くような姿は純白のドレスを纏っていた。
そしてその髪には美しい櫛が挿してあった。しかもその櫛が小さな包みから現れた。
それに添えられたカードには絵の為に買い求めたものなので一緒に贈ると書いてあった。
素っ気ない文章―――グレーテは何度もその文章に目を走らせ煌めく櫛を見た。
侍女達が騒ぐ声も、昼間から激しく降る雨音も何も聞こえなかった―――



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