陽の龍6

 


 青天城の庭先で何人かの龍と宝珠達が楽しそうに歓談しているのを

カサルアは城の一角から眺めていた。

向こうから此方は陰になって見えない。その集団の中にはイリスとその亡霊がいる。

何を話しているのかまで分からないが実に楽しそうだ。
「もう!何を見ているの?カサルア!兄さま?」
 アーシアが一緒にいたようで、自分の話しを上の空で曖昧に頷く兄を責めた。
 アーシアは、それでもぼんやりと外を眺めている兄の視線を追った。
「ああ、イリスさんね。兄さまったら飽きもせずイリスさんの事が好きなのね。

でも本当に珍しいわねぇ〜今までの兄さまの好みの女性とは正反対だもの。

どちらかと言えば華やかで艶やかな感じが好みだったでしょう?

ん〜そう!サーラさんみたいな。ねっ?で、どこが好きなの?」
 カサルアは耳元でごちゃごちゃ言うアーシアを、チラリと見ただけでふて腐れていた。
「もう!無視?感じ悪いわよ。私には色々かまう癖に自分の事になると、だんまりな訳?

ずるいわよ。いいわよ、それならそれで!でもね、イリスさんは無理よ。

亡くなった恋人を忘れていないんだから――」
 アーシアは最後まで言葉を繋げられなかった。

カサルアの突き刺す様な視線を受けたからだった。
「アーシア、人の心配をするより、自分はどうなんだ?

この頃、沈んだ顔をしているじゃないか?だいたいお前達、どうなっているんだ?」
 アーシアの顔が一瞬で曇った。
「ラシードは忙しいのでしょ?私、避けられるような覚えは無いもの・・・」
 その声は消え入りそうだった。
 ゼノアを斃したその後、みんな忙しく後処理をしているが、

それだけの理由では無いとアーシアは感じていた。

ラシードから意図的に避けられているとしか考えられなかった。

何故なのかアーシアは見当がつかず戸惑っていたのだ。
 二人は羨ましいことに好き合っているのだからどうとでもなるだろう、とカサルアは思う。

 アーシアから尋ねられたことを、ふと考えた。イリスのどこが好きなのか?

容姿は宝珠ならば誰でも美しいのだからそんなものは関係無かった。

彼女はまるで森林の奥深くにある静かな湖水を思わせる。

静寂の中に漂う安らぎを彼女から感じるのだ。慈悲深く美しい心が荒んだ心を癒してくれた。

何処が?など言葉に言い表せるものでは無かった。
「―――さあ、行くかな」
「何処に?」
 カサルアは佇んでいた窓辺から離れてアーシアの横を通り過ぎた。

出口で一度立ち止まり行く先を聞く妹に答えた。
「この時期に行くと言ったら、いつものところさ」
 アーシアは兄妹そろって本気の恋には不器用だと思い肩をすくませると、

いってらっしゃい、と言って送り出した。
 いつもの所とはもちろん毎年欠かさず贈り続けた春一番に咲く花を取りに行く事だったが、

運悪くイザヤに捉まり仕事が立て込んで結局数日を要してしまった。
 この花も大地が癒えると共に年々、花を沢山咲かせるようになっていた。

最初に贈ったものとは比べものにならないくらいだ。
 カサルアは花びらを散らさないよう細心の注意を払いながら持ち帰ると、

真っ先にイリスの元へ向かった。

早く彼女の喜ぶ顔を見たかった。イリスの気配を探し、

ようやく見つけた時は又、あの亡霊と一緒だった。

しかもその厚かましい亡霊は、同じ春一番に咲く花の枝を差し出している場面だった。
 イリスの表情は後ろ向きだから見えない。しかし見えなくても分かる―――
 奴の後から贈るなどしたくなかった。本当に忌々しい限りだ!
 カサルアは心の中で悪態をつき、くるりと踵を返した。

その途中の曲がり角でアーシアと出会い頭ぶつかってしまった。

花の枝がカサルアの手から落ちる。
「いたっ!誰?カサルア?あっ、花!大変!」
 アーシアは慌てて拾おうと、しゃがみ込んだ。
「少し花びらが散ったみたいだけど・・・カサルア?どうしたの?」
 拾い上げた花の枝をアーシアは差し出したが兄の様子がおかしいのに気が付いた。
 その枝を受け取る気持ちは無いらしく両手は下げたままのうえ、

暗く沈んだ瞳で花を見つめていたのだ。
「何かあったの?」
「・・・・・・・・」
 カサルアはその問いに答えず彼女の横を通り過ぎようとした。
「ちょっと!これ!」
 アーシアは慌てて花の枝を差し出したがカサルアは肩越しに振り向いて一言、

いらないとだけ告げた。
「いらないって、どういうことよ!ちょっと待ってったら!もう!知らないわよ!」
 アーシアは兄の態度に憤慨しながら罪の無い花の枝を見た。

毎年欠かさずこの花をイリスに贈っていると聞いていた。

何があったのか知らないが、これでいいのだろうか?

と、溜息をつくと行き場の無くなった花を持って歩きだした。
 その姿をイリスが運悪く見かけてしまった。

サラサラと月光の髪を揺らしながら歩くその手には春を告げる花の枝があった。

この地方には咲かない花だ。
 イリスは胸に氷の矢が突き刺さったような衝撃を感じた。

自分自身願った事なのに事実を目の当たりにすると心が冷たく凍るようだった。
 いつもなら既に贈られても良い時期なのに届かなかった花―――
 偶然かも・・・と、心の隅で小さく囁く声もする。
(馬鹿な私・・・あの方がもっと自分に相応しい誰かを選んだ方が良いと思っているのに、

あの花だけは変わらず届くと思っていたなんて・・・・本当に馬鹿な私)
 イリスは逃げるように駆け出して行った。
 その足音にアーシアは振り向いたが建物の陰に消えて誰だか分からなかった。

しかし、こちらに向かって来る地の龍が見えた。その手には春を告げる花の枝が握られていた。
「あっ、アーシア様」
「こんにちは。えっと・・・」
「最近此方へ参りましたケルトです」
 ケルトは伝説の宝珠との偶然の出会いに興奮気味に答えた。
「はじめまして、ケルトさん」
 アーシアは彼の花を見た。やはり自分が持っているのと同じ花だった。ケルトも気が付いた。
「アーシア様もお持ちなんですね。これは自分の故郷に咲く花で珍しいと思ったのですが、

此処にもあるのですね・・・」
「そんな事ないわよ。珍しいわよ。これはたまたま貰っただけだから・・・」
「そうなんですか・・・・」
 ケルトはなんとなく元気が無い。
「あの、良かったらこれも貰って頂けませんか?」
「私は嬉しいけれど良いの?誰かに贈るつもりだったのではないの?」
「まあ・・・そうだったのですが断られてしまって・・・あっ、すみません!

そんなものを差し上げるなんて!」
 慌てて引っ込めようとするケルトの手をアーシアは止めた。
「気にしないで、喜んで頂くわ。ありがとう」
 そして花のように微笑んだ。ケルトはその誰をも魅了するアーシアの微笑みに呆然とし、

返事もたどたどしく花を渡した。
 結局アーシアの腕の中には二本の花―――不機嫌な兄と落ち込んでいた彼。

なんとなく符合しそうでしない何かを感じた。
 何かを探すようになんとなく振り向いてみると、遠くに黒装束の人物が瞳に入った。
 アーシアの顔に笑みが広がる。
「ラシード!」
 それは彼女の愛する火の龍だった。

真紅の瞳が此方を向いたかと思ったのに、視界から遠ざかって行く。

アーシアは振り上げていた腕を下ろした。
「私に気が付かなかったの?違うはね・・・」
 鼻の頭がツンと痛くなった。涙が出そうだ。
 最近ずっとこんな調子だった。今も絶対に気が付いていたと思うのに・・・・
(でも今度の即位式と四大龍拝命式には絶対逃げ出せないんだから・・・)
 今度こそ理由を問いただそうと思いながらも心は沈むばかりだった。
 ―――彼女のその瞳はいつも、此処では無い何処かを見ていた。

時折、遠くを見つめるその瞳に魅せられていた。何を想っているのだろうか?と―――
 行き先を失った花。
 届かない花。
 イリスの瞳は、望んではならない陽の龍を想い、遠くを彷徨う―――
 彼女の想いを知らないカサルアはその瞳の行方に心をかき乱す。

それでも時だけは残酷に過ぎて行った。あれから言葉も顔も合わすこと無く式典の日がやって来た。
 イリスは天龍王≠ニして即位するカサルアのその輝かしい姿を永遠に心に焼き付けるように、

呼吸するのも忘れるくらい見つめていた。

人々に暖かく降り注ぐ陽光のような金色の龍―――
(さようなら。私の金の龍――)
 黄金に輝く陽の龍の隣には、月の光に似た伝説の宝珠がいた。

太陽と月―――素晴らしい組み合わせだった。カサルアの幸せを誰よりも望むが、

それを見るのは耐えられなかった。

華やかに行なわれた新王即位式の後、イリスは消息を絶った―――






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