魔法の呪文9


「・・・・それも良いだろう。目の前にいて触れる事も出来ないのなら・・・同じだろう。イレーネの愛する紫の瞳の男の下に戻してやるがいい・・・・きっともう帰りたいと思っているだろうからな。あんなに愛しげに刺繍を刺す姿を見なくなって俺もせいせいする」

アランが自虐的に嗤って言った。

「刺繍?刺繍でございますか?あれは先日花嫁になられたツェツィーリア殿の為に刺されていると聞いております。なんでもツェツィーリア殿は皇帝の紫の瞳がとても好きだそうで、苦労してその色が手に入ったから急いで刺していると言っておりました」
アランはわざわざ取って付けたような話をするクロードを睨んだ。

「今さら気休めか?」
「私が何故陛下に気休めを言う必要がございますか?女遊びは何時もの事、そんな事で一々構いません」
アランはかっとした。

「女遊びだと!イレーネをそんなものと一緒にするな!イレーネは言っていたそうだ!好きな人の為に刺す?あっ・・誰が好きなとは言っていない・・・じゃああれはその女の事だったのか?」
「早とちりだったのでしょう?」
「しかし、娘達が紫の瞳の奴が好きか?と聞いたら、そうだと答えていた。これは聞き間違いでは無い。確かにそうね≠ニ言った」
クロードは溜息をついた。

「そうね≠セったらそうよ≠ニいう肯定では無いのですから、それは返事では無かったのでは?その後に何かしら続く感じの言葉だと私は思いますが・・・本当に最後まで聞かれましたか?」
クロードに指摘されてアランは自信が無くなって来た。
彼はイレーネの気持ちを確かめる為に探りを入れていたのだ。根回しは怠らないのが性分だ。その刺繍は自分も気になって聞きだしたばかりだった。そして彼女の心の在り処を確かめたのだ。
だからクロードはこの話を簡単に終わらせるつもりは無かった。

「それに私がイレーネ殿から聞いた時は、その紫色は陛下貴方の怒った時の色もそうだと言われていました。私も言われて見てそうだと思いましたが、貴方は怒るとあんな色の瞳になられる。イレーネ殿はそう言って微笑んでおられました。私から見れば彼女があれを見つめている姿は、かの君では無く貴方を思い浮かべていると思っていましたが?」
「はは・・・そんな馬鹿な?それこそ幻想だ。万が一そうだとしても俺の気持ちは変わらない。俺が愛せば皆死ぬのだから・・・だから絶対にイレーネはいらない!」
クロードは目を見張った。

「陛下!まさかあの戯言を言った呪い師の言葉を信じていたのですか?」
アランは嗤っている。

「信じるしか無いだろう?全て予言通りじゃないか?」
「陛下・・・これは王族殺しの大罪でございます。ですから私は密かに調べておりましたのでまだ報告しておりませんが、一連の死亡事故は全て人の手によるものでございます」
「なんだと!」
「呪いなどという非現実的なものでは無いのは確かです。今回の三件・・・いえ、正妃の死亡も関わるかと思われます。巧妙で疑う余地が今までございませんでしたが、流石に子供だけで三件目となると偶然では片付きません。これは後宮の勢力争い・・・そして後ろにいる実家の陰謀かと思われます」
「信じられん!そんな愚かな事をする奴がいるのか!証拠は?」
「今しばらくのお待ちを・・・手は打っておりますので」
クロードが瞳を細めて言った。
この男がこういう顔をする時は、ほぼ間違いなく相手の止めを刺す。
しかし本当なのだろうか?にわかに信じられない・・・

「そこで陛下は呪いとかいう懸念が無くなれば、イレーネ殿を迎えるおつもりでしょうか?もちろんそうされるのを私はお薦めいたしますが?」
長い間凝り固まった考えはそう簡単に払拭できるものでは無い。
それに先程の都合のいい話を真に受けて告白したものの、拒絶されたらと思うと答えられなかった。
何と情けないと自分でも思うのだが・・・

クロードは大きく息を吸い込むと怒鳴った。

「アラン・ドュ・オラール!貴方はいつからそんな情けない男になったのか!妖魔の大群にも怯まない勇猛果敢な王は何処にいった!好きな女ぐらいさっさと攫って来い!」
そして咳払いすると胸に手を当てて深々と礼をした。

彼の一喝に度肝を抜かれたアランだったが、豪快に笑った。

「確かにそうだ!俺は王だ!アラン・ドュ・オラールだ!誰も俺に逆らわせない。呪いがあるのなら倍に呪い返してやる!イレーネがあの男に心を残しているのなら帝国ごと葬ってやろう。三界の盟約なぞ俺は知らん!奴をぶっ殺して好きな女を俺は抱いてやる!」
彼らしくなったと思ったら、物騒な事を言い出した主君にクロードは苦笑いをした。
意気揚々と出て行く彼を見送りながら、先程、報告してしまった案件の処理にかかる事にしたのだった。これも程なく解決する筈だ。


 イレーネはツェツィーリアから贈られてきたものを見ていた。
それは土に植わったままの沢山の鈴蘭だ。
此処には無い品種のものでイレーネが幼年期過ごした田舎にあった花だった。
懐かしくそれを眺めているところに台風の目がやってきた。

息せき切ってやってきたのはもちろんアランだ。
ずっと避け続けられたイレーネにとっ
て久し振りに間近で彼を見たのだった。
アランは勢いよく、まるで吼えるように言った。

「イレーネ!俺の后になれ!」
それはまるで彼がオラールへ来いと言った時とまるで同じだ。
イレーネは自分の聞き間違いかと思った。

「何をおっしゃっていますの?わたくしに何をしろと?」
「聞こえて無かったのか?もう一度言う。お前は――」
此処まで同じ問答だ。
だが、アランは言葉を切って驚くイレーネをかき抱いた。そして耳元で囁いたのだ。

「俺はお前を愛している。だから后になれ。お前一人でいい。他に誰もいらない・・・」
「わたくしが・・・」
イレーネは急な愛の告白に驚いて言葉が出なかった。本当に彼はいつでも唐突だ。

返事をしない彼女を否ととったアランは抱擁を解くと、紫色に染まった瞳でイレーネを見下ろした。

「俺が嫌でも否とは言わせない!あいつがまだ好きなら奴を殺してやる!絶対に渡さん!帝国が懐かしいと、帰りたいと言うならお前の為に国だって奪ってやる!」
「何をおっしゃっていますの?わたくしが誰を好きだと思って・・・まさかナイジェル様?」
アランは彼女の口からその名前が出ただけで全身の血が煮えくり返るようだった。
もうその名を呼ぶのも許せない。

「うるさい!黙れ!その名を呼ぶのも許さん!」
やはり彼は誤解しているのだ。しかもこんなに自分を欲してくれている・・・信じがたいことだがアランの瞳が嫉妬に狂っているのは明らかだ。

「アラン様・・・わたくしの心がお分かりになりませんか?あの夜・・・わたくしが何も思わず、貴方にこの身を許すとお思いでしたか?」
あの夜と聞いてアランははっとした。
イレーネが自分を訴えるような瞳で見上げている。

「わたくしがそのような女だとお思いですか?意に沿わない殿方に恥辱を受けるぐらいならその場で死を選びます」
「それじゃあ・・・」
アランはイレーネが頷くより先に彼女を抱きしめた。
沢山の花を愛でていた王はたた一つの大切な花を見つけたのだ。

それからイレーネは自分とナイジェルやツェツィーリアとの関係を話した。
アランがそれを聞いているのかどうか分からない。
とにかくイレーネを片膝に据わらせ抱いたまま、時折返事をしながら髪や顔や指先まで口づけの雨を降らせているからだ。
そして側で見つけたツェツィーリアから届けられた鈴蘭を見つけると、さっと手折りイレーネの髪にさした。

「お前、この花みたいだな」
何処かで聞いたような言葉だった。イレーネは、あっと思った。

「アラン様は昔、デュルラーとオラールの境にある谷の都に来られたことございませんか?この花が一面に咲いた土地がある・・・」
アランは少し首を傾げて考えた。

「ああ、一度だけ。ヴァランの目を盗んで国境を越えた事がある。そんな所も確か行ったかな?」
イレーネはやはりと思った。
彼はそんな些細な事は覚えて無いだろうが、イレーネにとってはとても大切な思い出だ。
幼いイレーネに道を聞いてきた少年を案内すると、礼にと鈴蘭を髪にさして同じ言葉を言ったのだ。
イレーネは思い出してクスリと笑った。

「なんだ?今、笑っただろう?」
あの時聞けなかった事をイレーネは聞いてみる事にした。

「アラン様。わたくしがこの花みたいとは、葉の影に咲く花の様に地味だからですか?」
アランは驚いたように彼女を見た。

「そんな訳ないだろう?気品があるのに可愛らしいからじゃないか。お前にピッタリだろう?透明感のある爽やか甘い香り・・・そうか!お前の香はこの花だな?なんだそうか!じゃあ俺はこの花の葉になろう。いつもこの花を守っている大きな葉のようにな」
そしてひと笑いするとイレーネに口づけをした。
甘く蕩けるようなアランの口づけにイレーネは目眩を感じるほどだった。
「ぁ……んん」
「イレーネ…イレーネ……」
深く合わせた唇を解く度に、アランが甘く切なくイレーネの名を呼ぶ。
イレーネは幸せ過ぎて怖かった。
だから思わずアランの腕をぎゅっと掴んだ。
「イレーネ?」
彼女の瞳に涙を見つけたアランはその涙を唇でぬぐった。
「何故泣くんだ?」
イレーネは涙で潤んだ瞳で愛しい人を見上げた。
「幸せ過ぎて…怖いのです…」
「――っ!ああああ――もう!そう言って俺を煽るな!これでも一応この場で押し倒さないように自制しているんだ!本当にお前って奴は、俺の気も知らないでまったく」
イレーネがぱっと頬を染めた。それを見た途端アランが喚いた。
「うっ!そ、それも!ああああ――やめてくれ――っ!お、俺の心臓に悪いだろうが!」
イレーネがくすくす笑った。
「陛下が遠慮する姿を始めて見ましたわ」
「当たり前だろう?こんな誰が来るか分からん所で、お前を裸になんか出来るものか!誰かに見られるなんてとんでもない!お前を見ていいのは俺だけなんだからな」
イレーネがまたぱっと頬を染めた。
「うわっ!だからそれをやめてくれって――っ!畜生!」
「きゃっ!……ぅんん」
アランは堪りかねてイレーネに口づけをした。
先ほどとは比べ物にもならない激しい口づけにイレーネは腰を引いてしまった。
しかしそれを許すアランでは無い。流石にその場で押し倒しはしないが熱を冷ます必要があったのだろう。彼女を更に力強く引き寄せ、深く唇を合わせる。
息さえも奪うかのような口づけにイレーネは甘く痺れた。
束の間に解かれたアランの唇からもれる言葉。
「イレーネ…愛している…」
甘い吐息のような声にイレーネは再び涙して、今度は自分から唇を重ねた。
瞳を見開いて驚くアランが、再び口づけを深くする前にイレーネは唇を離して微笑んだ。
「わたくしも愛しております…」
アランの息を呑む音が聞こえた。
「もう許さん!煽るなって言っただろう!」
イレーネはアランの癇癪に困ってしまった。何をしても何を言ってもそうなるのだから……

 その後、クロードの摘発で後宮の陰謀は幕を閉じ、その件もあってアランは後宮を整理した。
女達には恩給をとらせ、まさしくイレーネだけにしてしまったのだ。
そして盛大な婚礼が執り行われる事となった。
イレーネはいいと言ったのだがアランが聞かなかったのだ。
結局のところナイジェルと張り合いたいのだろう。
自分の方がイレーネを大事にしていると言いたいらしい。
その上、自分は名を騙って勝手に参列したのにナイジェルにも自分は行ったのだから来いと招待したようだ。それが届いたらきっとナイジェルは苦笑するだろう。

「イレーネ!何をしているんだ?」
「文を書こうかと・・・」
アランはむっとした。
「あいつにか?駄目だ!俺の用が先だ!」
我が儘な王はそう言うと広げていた書紙をぐるぐると丸めてぽいっと捨てた。
そして真剣な顔をして言った。

「お前の居場所はもうここだ!いいな、ここだからな!大丈夫だなんて言う呪文も唱えるな!そんなもの唱える前に俺が全部叶えてやる。だから我慢するな、全部俺に言え!分かったな?」
イレーネは微笑んだ。

「はい、陛下。仰せのままに・・・」
アランは満足して笑うとイレーネを抱き上げた。

もう幸せの魔法はいらないのだ。
もしかしたら鈴蘭の咲く谷でかけられた魔法が続いていたのかもしれない。
この人と出逢う為に―――


あとがき

「魔法の呪文」終了いたしました。イレーネを救済する外伝でしたが如何だったでしょうか?
そもそも次世代編を考えた時、冥の花嫁になった皇女の相手は当然皇家の血筋でなければならない。となったら帝国内の普通の貴族では物足りない…と考えていて、じゃあオラールなんてどう?と閃き!えっ!じゃあ誰かを向こうの王家に嫁がせる?となり、そうだ!イレーネだ!となりました。イレーネはナイジェルの相手に選ばれたぐらいの皇家縁の血筋。そこでイレーネの相手はどんな人を?と想像した結果ナイジェルとは逆にと思うと…今まで私の好きなタイプでは無かった筈のアランが出来上がってしまいました。女は山のようにいるし、子供までわんさかいて、とてもロマンスの主役には不適合かと思ったのですが…意外とツボにはまりました(笑) それに俺様は好きでも、粗野で直情型は好みでは無かった筈ですが…書き始めるとイイかもなんて思い始めたら、あれよあれよとページが進み、あっという間に話が出来てしまいました(笑) やっぱり好きなものを書くと違いますねぇ〜自分でも驚きです。まぁ〜好きなものしか書かないと公言している私ですから許して下さいませ。
それでは、ますます広がる「盟約」シリーズを今後とも宜しくお願いします。


TOP   もくじ   BACK  

感想はこちらまで    ゲストブックへ 
                                              (URLは必須ではありません。お気軽にコメントください)