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鉄仮面の貴公子 2![]()
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リリアーヌは恐る恐る言った。
「あの・・・王子。申し訳ございません。騙すつもりは無かったのですが・・・あの・・・」
「リリアーヌは悪く無い!彼女は言い出せなくて・・・だけど私がやろうと言ったのです!お咎めなら私にしてください!」
ジョゼットはリリアーヌを庇うように言った。リリアーヌも違うと言って彼女を庇っている。
「本当に二人は大親友なんだね。女の子だって別に構わないよ」
「えっ?」
「でもそこの部署は男ばっかりだし、頭の固いマティアスだからこのまま男の子の格好でいたほうが良いと思うけれどね」
ジェラールはそう言って片目を瞑った。
「あの・・でも大丈夫でしょうか?」
リリアーヌは聞いた。自分達では結構上手く変装出来たと思っていたのに、直ぐ見破られたからだ。
「ああ、たぶん大丈夫だよ。私は分かるけれどマティアスみたいな仕事の虫なんか全然分からない筈さ。あれにとって女性とはドレスを着ていたら女だと認識する程度のものだよ。あれの部下達も似たり寄ったりだしね」
リリアーヌは何の事やらさっぱりだったがジョゼットは分かった。
この王子はひと目で見破るぐらい女性に慣れていると言う事だ。今は天の花嫁が現れて彼女に夢中らしいが、昔はかなりの女たらしのようだったと聞くからそうなのだろう。
しかも面白がっているのが目に見えて分かる。
「王子。面白がられてませんか?」
ジョゼットの不満気な言葉にジェラールはにっこり微笑んだ。
「わかる?面白いよ。だから私も協力するから是非、勤めて欲しいな」
溜息が出るような碧い瞳を妖しく光らせて、ねだるように言う王子に逆らえる女性はいないだろう。
「でもやはり心配です」
リリアーヌは段々自信が無くなって来たようだった。
男ばかりの所でもし女性だと分かったらと思うと心配になって来たのだ。
そういう事に疎いリリアーヌでも容易に危険だと予想が出来たようだ。
「心配は分かるけれど一応彼らは獣では無いから、女の子だと正体が分かったからって急に襲い掛かるなんて事は無いと思うよ」
「襲い掛かるですって!」
リリアーヌは気絶しそうにふらついた。
「わーっ!リリアーヌ!ごめん、冗談だよ。冗談!そんな事にならないように私も気にかけているから。それにフェリシテにも頼んでおくからね」
「そんな・・・フェリシテ様にご迷惑をおかけしたら申し訳ないです」
「リリアーヌ、フェリシテ様って?」
「私の愛しい婚約者だよ」
ジェラールが嬉しそうに笑って答えた。
ジョゼットはそれが天の花嫁≠フ名前だと知った。
それに王子はどうしてもこの企みを続けたいらしい。
「本当に困ってるんだ。君の事リリアーヌから聞いた時、天界神に感謝したぐらいだよ。マティアスが煩くて毎日夢まで出て追いかけられていたんだ。君は一度見たものは覚えているらしいね?リリアーヌともそれがきっかけだとか?」
ジョゼットの母は今では病気がちで寝ている事が多いが、菓子の研究家で有名だったのだ。
それこそ本まで出していてリリアーヌが教授願いたいと訪問したのだ。
そこで彼女達は本を色々開いて探す必要は無かった。ジョゼットが全て覚えているから便利な目次のようだったのだ。その記憶力にリリアーヌは驚いたという訳だ。
リリアーヌは大貴族でジョゼットの母など呼びつければいいものを自分でやってくるのだから、ジョゼットは彼女に好感を抱いたのだった。それからお互いにとても仲良くなったという訳だ。
「それにね。本当に大事な友達なんだろう?リリアーヌがこんなに積極的なのは珍しいから是非協力してあげたいんだよ。元婚約者としてはね」
「えっ!」
ジョゼットは驚いた。オベール公爵も王族だったが、この王子の婚約者だったとは知らなかったのだ。リリアーヌは本当に生粋のお姫様なんだと感心した。
しかしリリアーヌは少し頬を赤らめて小さな声で言った。
「王子、そのお話しは・・・」
「ごめん、リリアーヌ。いつもの癖でね。ここに叔父上がいると面白いんだけれどなぁ」
「ですから、その話題は・・・」
ジェラールはいつもそういう言い方をしてギスランが嫉妬で、むっとする顔を見るのを楽しんでいるのだった。
「本当に叔父上ときたらリリアーヌが可愛くて仕方が無いんだよね。元婚約者っていう肩書きにも嫉妬するんだから心が狭い、狭い」
リリアーヌはもう真赤になっていた。
結局、王子の強力な押しにも負けたがジョゼットは続ける事にしたのだった。
早速、ジョゼットは王子に連れられて魔の資料室へと向った。
魔の資料室≠ニ自分は呼んでいると王子は笑いながら言った。
その監督指揮をしているのがジェラール王子の従弟のシャブリエ公爵家の嫡男マティアスという人物らしい。彼は次代の宰相と言われる王国一の頭脳を持つ切れ者という事だ。
しかし王子が言うには真面目で融通の利かない完璧主義者の鉄仮面。
だから今回の仕事は彼についていけず逃げ出す者が多いということだった。
「だからジョゼ、無理せず適当に頑張ったらいいよ」
「王子、その仕事はどうでもいい仕事なんですか?」
「?どうでも良くはないけど・・・これが完了すれば短時間で検討書類が用意出来るようなって、政務が比較的に早く片付くようになるかな」
「それでは適当にする事は出来ません。働く以上お給金分、しっかりと精一杯頑張ります」
ジョゼットはきっぱりそう言った。
「頼もしいね。じゃあ宜しく!さあ、此処が資料室だ」
王子が笑って扉を開いた。
その中を見たジョゼットは目眩がしそうだった。リリアーヌなら気絶するだろう。
つんと鼻についた嫌な臭いが充満していた。そして天井高く組まれた棚という棚には本が並び、床は書類が足の踏み場も無いほど散乱しているのだ。
それから亡霊のように生気なく動く男達の目は真赤に充血していた。
「うわーやっぱり何度見ても此処は酷いなぁー」
ジェラールが嫌な顔をして言った。
「手伝いもしない貴方に言われたくありませんね」
ジョゼットは真後ろからした声に驚いて振向いた。
整った顔立ちだが神経質そうな感じで、いかにも身分が高そうな人物が立っていたのだ。
無表情だったが緑がかった青色の瞳は冷たく王子を見ていた。
その視線が振向いたジョゼットへと移った。
「まさか彼がリリアーヌの言っていた者と言うのではないでしょうね?」
淡々とした口調だったが不満そうな感じが声音に滲んでいた。
ジョゼットは馬鹿にされたみたいでむっとしたが、王子は気にすること無くジョゼットを紹介しだした。
「そう、彼がジョゼ・アルトー。奇跡の少年だよ」
マティアスは上から下まで不躾にジョゼットを見渡した。
ジョゼットはバレたのか?と、冷々して生きた心地がしなかった。
彼は物静かな雰囲気はするが、全てを見透かすような眼光には迫力あった。
「――子供とは思いませんでした。子供には此処は無理でしょう。リリアーヌには申し訳無いですが早々に引き取って貰って下さい」
ジョゼットはまたむっときた。女を馬鹿にし、子供も同様だと思っているのは腹が立った。子供だって貧しければ大人のようにちゃんと働いているのだ。そういう子供達を沢山知っている。
それを見た目だけで判断するこの男が許せなかった。
(王族かなんだか知らないけれど頭にきた!)
ジョゼットは、きっとマティアスを睨んだ。
「お言葉ですが、使ってもいないのにそういう風に言われるのは心外です!それとも子供に出来た仕事が今まで滞っていたと思われるのが嫌なんですか!」
ジェラールは吹き出し、マティアスは珍しく驚いた感じで瞳を大きく見開いた。
彼ら王族にとって面と向って文句を言われる経験はそう無いのだろう。
「ぷくくくっ・・マティアス、お前の負けだ。この子の言う通り、使って無いのにそういう言い方は無いだろう?」
マティアスは笑う王子を冷ややかに見た。
「この子はかなりお気に入りという訳ですか・・・・知りませんよ。貴方が言うように此処は魔の資料室≠ナすからね。大の大人が帰りたいと泣く場所なんですから」
「わた・・僕は泣くもんか!絶対使って良かったって言わせてみせる!」
ジェラールがそのジョゼットの挑むような言葉を聞いて再び笑い出した。
マティアスはまた冷ややかに王子を見たが、その視線をジョゼットへ流した。
彼女も負けずそれを睨み返す。
マティアスは表情にこそ出さないが気分は最悪だった。
本来の仕事もあるのに更に課せられたこの仕事は、誰も今までしたくなかったのも頷けるものだったのだ。しかしいずれはしなければならないもので、必要なものだというのは十分わかっている。
しかしそれは人材不足で遅々として進まず、しまいにはこんな子供を押し付けようと言うのだから・・・・
だがジェラールは言い出したら引かない。一度受けて早々に追い出すしかないと決断した。
「分かりました。それ程自信があるなら結構です。やっていただきましょう。では王子、貴方はお引取りください。邪魔ですから」
ジャラールは肩をすくめて、頑張れよ、と言うようにジョゼットに片目を瞑った。
ジョゼットは頷いてマティアスがさっさと行く後を付いて行ったのだった。
内容的にはかなり細かく分類した内容別に陳列していく仕事らしい。
そこで内容の把握も必要なのだが量が多すぎる為に大変なようだった。
マティアスは政務官僚なので通常の仕事をこなしつつこの場所にはまっていた。
そして自分がこの場所を離れる時は、指示をして行くのが主な毎日だった。
マティアスは他の部下にこの子供を預けても負担になるだろうと、自分が直接指示をする事にした。
どうせすぐに根をあげるだろうから、そんなに時間はとらないと思ったのだ。
早速指示をだして様子を見た。すると意外と早く仕上げて持って来たのだ。
顔を見れば、出来ただろうと言わんばかりの表情だった。そして何か言葉を待っている感じだ。
「こんな事が出来たぐらいで褒めないといけませんか?一々言ってさしあげる暇などありません。それを期待しているのならさっさと出て行ってください。邪魔ですから」
マティアスは冷たく言うと自分の書類に視線を落とした。
ジョゼットは真赤になって、鉄仮面のマティアスを睨んだ。
「貴方に褒めて貰おうなんて思ってません!次の指示を下さい!」
マティアスは驚きと共に、さっと顔を上げ次の仕事を渡したのだった。
その後、リリアーヌの前評判は大げさでは無い事が直ぐに判明した。
マティアスは自分でも記憶力にはかなり自信があったが、ジョゼはそれを遥かに上回るものだったのだ。言ったものは直ぐに取って来るし、言いつけたものは通常の何倍もの速さできちんと分類してくる。それからの毎日は驚きの連続だった。
マティアスも安心して自分の仕事に出て行ける日が来ようとは思ってもいなかった。
そしてその日は午後には戻ると言って出て行った。
ジョゼットはマティアスがいなくなるとほっとして背伸びをした。
啖呵を切って居座った以上、絶対に見返してやろうと思っていたから必死だったのだ。
それと今日は絶対にしようと思っていた事があった。
言われた仕事を急いで済ませると、冊子になっていない資料は重しをのせてまわっていた。
「ジョゼ、何をしているんだい?」
一緒に働いている一人のレジスが言った。
この魔の資料室≠ナ唯一長く勤めている優秀な青年だ。しかし疲労の色は濃いのは皆と共通だった。
「窓を開けて空気を入れ替えるんだよ。こんなに天気が良いんだからたまにはそうしないと身体までカビが生えそうだからね」
「窓は駄目だよ!大事な資料が外にでも飛んだら大変だろう?」
「大丈夫だって!重しをしているから」
そう言ってジョゼットは大きな窓を次から次へと開け放った。
澄んだ空気の風が墓場のような室内を清めてくれるようだった。
その風に気持ち良さそうに顔を向けながら明るく笑うジョゼットに、レジスはもちろん他の仲間達は思わずドキリとした。
「さあ、鉄仮面の司令官がいない間にもう一つやって来るから、ちょっと待っててね」
「シャブリエ閣下をそう呼ぶのはジョゼだけだな。怖いもの知らずだね」
つい最近来たばかりのジョゼットをマティアスの部下達はお気に入りだった。
当然だがマティアスに是と言っても否と言う事を許されない立場の彼らには、ジョゼットの言いたい事をハッキリ言う姿に拍手を送っていた。そして何よりも明るい笑顔はほっとして忙しい中にも潤いを感じていたのだ。
「女の子だったらもっと良かったのになぁ〜」
「ははは・・可愛いから女の子と変わらないんじゃないか?」
「それもそうだなぁ〜そう思っとこう」
と、言う会話も時々あるようだ。
ジョゼットは資料室を抜け出し、届いた荷物を取りに行った。
それはリリアーヌに頼んでいたものだった。ジョゼットは部外者なので一応決まりとして外への連絡関係は禁止となっていた。だからこの連絡は世話係になってくれたフェリシテに頼んだものだった。
ジョゼットはフェリシテを初めて見た時、女の自分が嫌になるくらい呆然としてしまった。
あの誰もが褒め称える美貌の王子の顔が、しまり無くにやけるのが分かる気がしたのだ。しかも綺麗だけでなく優しかった。
ジョゼットは戻りながら思い出しているとそのフェリシテを見かけた。
声をかけようとしたところで思わず身を隠してしまった。
彼女と一緒にいたのはマティアスだったからだ。いつも鉄の仮面のように無表情な顔しか見た事無いのに笑っていたのだ。
その顔にジョゼットはドクンと胸が鳴ったような気がした。
| 下に展開するのはショートストーリーです。「鉄仮面の貴公子」に関連したりしなかったり、オラール王国の登場人物で構成したいと思っています。時々登場しますのでどうぞ息抜きして下さいませ。 |
お菓子よりも![]()
「リリアーヌ、いい香りだね?」
「ジェラール王子!どこからおいでなのですか!?」
いきなり庭先から現れたジェラールにリリアーヌは驚いて持っていたお茶をこぼしそうだった。
「私にも一杯貰えるかな?」
「は、はい、もちろん」
何時も突然やってくるジェラールだが決まってお茶の時間を狙って来るのだ。
ふらふらしているように見える彼だが結構、忙しいらしい。
その息抜きの場所としてもっぱら利用されているのが王城の近くにあるオベール邸だった。王城での公務が多いギスランが通いやすいようにと建てた別邸で妻のリリアーヌも今はそこに移り住んでいるのだ。
もちろん一番の息抜き場所はフェリシテの所なのだがそこは王宮の中なので、昼間は結構邪魔が入りゆっくり出来ないらしい。そこで遠くもなく近くでもない聞き上手のリリアーヌもいて、美味しいお茶とお菓子のあるこの場所がお気に入りという訳だ。
そしてそこにあるものが加われば最高だった。で、もちろんその情報はしっかり入手済みで今日は来ていた。
「王子、今日は何かとても楽しそうですね?何か良いことでもございましたか?」
「ああ、そうだね。今から楽しいかなぁ〜」
「今からでございますか?」
そうだよ、と言って誰もがうっとりするような微笑を浮かべた。見慣れているリリアーヌでさえもドキリとしてしまう性質 の悪い微笑みだ。だから思わず、頬を赤らめてしまった。
「リリアーヌ、顔が赤いよ。熱がある?」
「い、いいえ。何でもございません」
「そう?」
自分が及ばす影響を十分知っているジェラールは愉しむように、また微笑んだ。
そして早く来ないかな〜と思った。早く?誰が?
そしてようやくジェラールが待った人物が現れたのだった。
「ジェラール!こんなところで何をしている!」
大きな声にジェラールは、にっと笑って視線を送り、リリアーヌは驚いて立ち上がると振向いた。
「ギスラン様!今日、お戻りだったのですか?」
言わずと知れたオベール公爵ギスラン。ジェラールの叔父であり、リリアーヌの夫だ。
「叔父上、ご視察お疲れ様でした」
ギスランは叔父と言う呼び方が気に入らないが、何度言ってもジェラールは直そうとしない。
そのふてぶてしい甥をギロリと睨んだ。
しかも自分の留守の間に屋敷に入り込んで、リリアーヌと仲良くお茶をしているのも毎度の事だが気に入らない。
ギスランは足音も高くその二人に近寄ると、リリアーヌの座っていた横の椅子に、どかりと腰掛けた。
そして腹立たし気にテーブルの上にあった菓子に手を伸ばした。
「あっ、ギスラン様、その菓子は駄目でございます」
リリアーヌが慌てて止めたがギスランは何だ!と言うように片眉をつり上げた。
「それは私用の菓子なんですよ、叔父上」
ジェラールは得意そうな顔で言った。
「何!リリアーヌ、どういうことだ!」
「あの…王子用というか…王子はあまり甘いのがお好きでは無いのでそういう味にしておりまして…ギスラン様はお好みではございませんから、お止めしました。申し訳ございません」
ここ最近頻繁に来るジェラールの為に、リリアーヌは常備できる焼き菓子を作っていたのだ。しかしそれでもギスランは気に入らなかった。何時来ても良いようにしていること自体特別な感じで嫌だったのだ。
「リリアーヌ!お前は―――えっ?」
「あの、ギスラン様にはこれを…」
激昂するギスランの前に出されたのは生菓子だった。たっぷりとしたクリームやジャムがのったとても甘そうなものだ。
「これは…」
「あの、ギスラン様は今回何時お帰りになるか分からないとおっしゃってたので、何時お帰りになっても良いようにと毎日作っておりました。お疲れでしょうから直ぐに召し上がりたいと思いましたので…」
リリアーヌは頬を染めて言った。
「愛されていますねぇ〜叔父上は。私には日持ちする菓子で叔父上にはそれだものなぁ〜」
「そ、そんな、王子を軽んじた訳ではございません!私…」
「ジェラール!お前にリリアーヌの菓子一つでもやるのは勿体無い!それをそんな事を言うなど以ての外だ!」
「はいはい、リリアーヌの菓子は全部自分のものだと言いたいのでしょう?ごめんね、リリアーヌ。君を責めた訳じゃないんだよ。叔父上をからかいたかっただけなんだ」
ジェラールの楽しみの一つ。ギスランをリリアーヌをネタにからかうことなのだ。だから今日もわざわざ彼が戻って来る日時を聞きつけて来た次第だ。
「まったくお前は私を何だと思っているんだ!」
「何?もちろん、叔父上でしょう?だから親睦を深めたいなぁ〜と思って」
「なら、留守の時に来るな!」
「何故?リリアーヌとは友達だし、元婚約者として昔からの顔なじみだしね」
ギスランがその言葉に不快感をあらわにした。むっとして眉間にくっきりとシワが刻まれたのだ。
元婚約者≠ニ言うのは禁句だった。しかしジェラールは嫉妬するギスランを見るのが何よりも好きだからよく使う言葉だ。
(それも今日は見れたし怒鳴られる前に退散しようとするかな…じゃ、その前にと…)
ジェラールは、にやりと微笑んだ。
「ではお二人の邪魔をしたらいけないから帰るけど…あれっ?リリアーヌ、虫にでも刺された?」
二人の険悪な雰囲気を心配そうに見ていたリリアーヌの首筋を指さして言った。
「えっ?」
「ああ、ごめん。口づけの跡かな?」
「えっ!」
リリアーヌは驚いた顔をしたが、ギスランは立ち上がって彼女を見た。
「馬鹿な!そんなところに私は付けた覚えは無い!」
リリアーヌは耳まで真っ赤になってしまった。
「ああ、ごめん。見間違えたぁ〜じゃ、叔父上、久し振りだからってリリアーヌを食べ過ぎないように」
「ジェラール――っ!」
ギスランが怒鳴った時にはもうジェラールの姿は出て来た庭の奥に消えていた。
「まったくあの馬鹿はユベールの時と全然変わらん!」
悪態をついてリリアーヌを見ると彼女はもっと赤くなっていた。
一応、首筋に視線を落とす。華奢な首筋には当然何も無かった。
その視線に気が付いたリリアーヌは涙が滲んできた。
「私をお疑いですか?私は何も…」
涙が溢れて言葉に詰まった。
(ジェラールの奴、今度会ったら許さん!波風たておって!)
「ああ、分かっている。あの馬鹿が私をからかっただけだ。私が付けたのはここだからな…」
ギスランはそう言って彼女の胸元を指差すと、またかっと頬を染めるリリアーヌを抱き寄せた。
そして身を屈めると彼女に口づけをした。
「………んっ」
食べ過ぎるなとジェラールが言ったが本当にリリアーヌの口づけは甘い。食べ過ぎそうになる。
ここは庭先だと思いながら仕方なく唇を解いた。煽られた訳では無いが……
(嫌、奴のせいにしておこう)
自分の胸に身を預けているリリアーヌの頬に手を滑らせて顔を覗きこんだ。
彼女は口づけの余韻で、ぼうっとしているようだった。
「リリアーヌ中へ入ろう」
「えっ?でも、お菓子は?」
リリアーヌは、はっとして反射的に言った。
「菓子?ああ、それを食べるよりもお前が先だ。その跡も消えかかっているだろうしな。また奴にからかわれては堪らん。跡を付けた場所を二人でしっかり把握しようではないか?リリアーヌ」
「ギ、ギスラン様…」
リリアーヌは真っ赤になって口をぱくぱくさせた。いつまで経っても恥じらいを無くさない彼女が愛おしい。
ギスランは愛しい砂糖菓子のリリアーヌをさっと抱き上げた。
「ギ、ギスラン様!」
そして彼女の胸元に顔を寄せて香りを確かめるように息を吸った。
「――やはりお前は甘い香りがする」
そう呟くと、また赤くなったリリアーヌに軽く口づけを落とした。
食べ過ぎないように≠ニ言った、はた迷惑な甥のにやけ声が浮かんできた。
だからむっとして思わず声を出してしまった。
「ジェラール、うるさいぞ!」
「えっ?ジェラール王子?」
リリアーヌは驚いて辺りを見回していると、その目をギスランが空いた手で塞いだ。
「何でもない。リリアーヌ、お前は他を見なくていい。私だけを見るんだ」
「……はい、ギスラン様」
「ジェラール、楽しそうね?」
長椅子に寝転びながら上機嫌のジェラールにフェリシテは嫌な予感がした。
「そう?そうだね、楽しかったな。今頃は、ふふふっ…」
「どこかで悪戯をしたのでしょう?白状しなさい!」
「夫婦の絆の活性化をだね――うわ――っ!ちょっと待って!」
フェリシテが怒って持っていた本を振り上げた。
「また、あの二人に余計な事をしたのでしょ!」
ジェラールは頭を両手で庇いながら口を尖らせて言った。
「だって楽しいじゃないか。叔父上の反応が面白いんだよ。あの叔父上がリリアーヌにメロメロだからね」
「だからって駄目でしょう!からかったら!」
フェリシテは振り上げていた本を王子めがけて下ろしたもののそれは彼に届かなかった。
手首をあっさりと掴まれ、引き倒されると胸に抱かれてしまったのだ。
「もうっ!ジェラール!放して!」
「嫌だね。口づけしてくれるまで自由にしてあげない」
こうなってしまったら我が儘大王のジェラールは手が付けられない。
本当に今日は機嫌が良いのだろう。甘やかす自分も悪いと思うが……
フェリシテはおずおずと顔を上げてジェラールの唇にそっと口づけした。そしてさっと顔を上げる。
「したわ。もう良いでしょう?」
「う〜ん、それは無いだろう?フェリシテ、口づけと言ったらこうだろう?」
ぐるりと上下の体勢を入れ替えたジェラールに押さえ込まれたフェリシテは、彼の本気の口づけを受ける羽目になってしまった。
「きゃっ、ん、ん………っ」
フェリシテは一つ勉強になった。上機嫌のジェラールは我が儘だけでなく、要注意だと―――