鉄仮面の貴公子 3


(何あれ?あんな顔もするんだ・・・)
次は何だか、ムカムカして来た。

「何、こっそり見てるんだい?ジョゼ?」
急に後から声をかけられて心臓が飛び出しそうだった。後ろを振向くと、

「お、王子!」
「しっ!あ〜浮気現場発見かぁ〜」
ジョゼットはジェラールに後から口を塞がれて身動きが取れなかった。
それでももがいてその手から逃れると小さな声で言った。

「何を言ってるのですか?浮気って!」
「冗談だよ。でもマティアスの奴は未練あったりして」
「未練って?」
ジョゼットは何故か、ドキドキしながら質問した。

「ああ、リリアーヌから聞いて無い?叔父上もそうだったけれど、マティアスも彼女の夫候補だったから当初みんな本気でフェリシテを口説いていたんだよ」
その話しはリリアーヌからはオベール公についてだけは聞いていた。候補が何人かいたとは聞いていたが彼もそうだったのだ。

「うーむ。やっぱりむかつくから邪魔しに行こう。なあジョゼ?あれ?ジョゼ?」
ジェラールが気付いた時にはジョゼットはくるりと背を向けていた。そして走って去って行った。
変な奴だとジェラールは思いながら隠れていた茂みから出て、二人の邪魔をしに行ったのだった。

 走り去ったジョゼットは動悸がしてたまらなかった。

(あんな奴でも好きな女の前ではあんな顔をするんだ!なんだろう?何で悔しいと思うんだろう?いつも嫌味を言うし鉄仮面だし・・・本当に嫌な奴なのに・・・でも・・・)
でもマティアスが仕事に対して誇りを持ってやっているのが良く分かっていた。
それにかなり優秀な事も分かっている。他人にも厳しいが自分にはもっと厳しいことも・・・部下にさせる事の倍は自分でやっていた。そういうところは見直していたのだ。

ジョゼットは息せき切って資料室へ飛び込んだ。

「どうしたんだい?ジョゼ?」
ジョゼの様子にレジスが驚いて言った。

「な、何でも無い・・・」
「何でも無いって・・・ん?何かいい匂いがするけど?」
レジスはジョゼットが持っていた箱を指さした。
それはリリアーヌに頼んだ焼き菓子だった。疲れているみんなに甘いものを差し入れして貰ったのだ。リリアーヌは喜んで協力してくれた。

「あっ、そう、そう!これ差し入れ。お茶淹れるし、ちょっと休憩しようよ」
休憩≠ニ言う言葉にみんなが、ほわーっと夢を見るような顔をした。
そんな言葉があったのかと言う感じだ。男ばかりでそんな気を遣うものなんかいないのが現状だった。ジョゼットも此処は休憩禁止なのかと思って様子を窺っていたが我慢出来なくなったのだ。

「い、いいのかなぁ」
「そうだな。閣下に見られたら嫌味言われるかも・・・」
「大丈夫!鉄仮面の司令官も外で美女といちゃいちゃしていたから!」
ジョゼットは、むっとして言った。

「美女?もしかしてフェリシテ様?うわーいいよなぁ」
みんながざわめいた。驚くのもいないから公認らしい。
羨ましいと騒ぐ男達にもジョゼットはむっときたが、フェリシテなら仕方が無いと思い直した。

そして子供のようにはしゃぐ男達にお茶とお菓子を配ってまわった。

「うまい!ああぁー目が覚めるようだ」
「本当だ!菓子なんか女子供が食べるもんだって思っていたが疲れた時は酒よりいいな」
「ジョゼ、これどうしたんだ?」
ジョゼットはお茶のお代わりを淹れてやりながら笑った。

「知り合いの差し入れなんだ。しかもとても可愛い貴婦人の手作りだよ」
それを聞いた男達はいっそう喜んだが、ジョゼットは心の中で(人妻だけどね)と付け加えていた。
嬉しそうに食べる彼らを見るとリリアーヌの気持ちが分かったような気がしてきた。
まだそれを見た事は無いが、彼女はいつも言っていた。
ギスラン様のお菓子を食べる姿が可愛らしい≠ニ―――

 マティアスは資料室の扉の前で足を止めた。中が騒がしいからだ。
どうしたのかと扉を開くとその扉はいつもより重く感じた。
しかし開けた途端、清清しい風が吹きぬけたのだ。淡黄色の束ねた長い髪がその風に踊った。

(窓を開けている?資料は?)
何を考えているのかとマティアスは思い中を見れば、もっと驚いてしまった。

部下達が嬉しそうに笑って茶を飲んでいるからだ。
いつも亡霊のようにしている彼らだったのに?その中心にいたのはやはりと言うかジョゼだった。

若草色の瞳を輝かせて、黄色いひな鳥のような色の頭が光りを弾いていた。
そしてその笑顔はつられて微笑んでしまうように、人懐っこくとても楽しそうに笑うのだ。
マティアスは無意識に魅入ってしまっていた。
最初の出会いから険悪だったから仕方が無いが、ジョゼはマティアスに対してあんな風に笑わない。
しかし他の皆には笑顔の大盤振る舞いだった。
マティアスから指示を受けている時は苦虫を潰したかのような顔をして、横から声がかかればそちらにだけ、にっこり笑いかけていた。
マティアスはそれを見ると、無償に苛立つ感じがして自分でも何故なのか説明がつかなかった。

それで今まさに苛立ってきたところだ。
周りからは鉄仮面のマティアスとか囁かれるほど自分を律していた彼だが、このところそうなっていなかった。感情が表に出る事はまれだったのにジョゼと話しをすると剥きになっている自分がいた。
子供なのだからと自分には言ってきかせるのだが成功しなかった。
とても相性が悪いのだろうと最近では思うようになったぐらいだ。

「楽しそうですね。皆さん」
マティアスの冷ややかな声に、ぴたっと皆の笑い声が止まった。
恐る恐る出入り口を見ればマティアスが腕を組んで立っていた。
その冷たい瞳は細められ唇は冷笑を刻み、見るからに怒っている―――

お、おいっ、やっぱり怒ってるぞ
うわ〜やばい。減俸される?
ひ、久し振りに怒ったの見たかも・・・
そうか?俺は初めて見たぜ
部下達はこそこそ呟いた。その固唾を呑む中からジョゼがひょっこり出て行ったと思ったら、マティアスの腕を掴んで引いていた。
「一緒に休憩しようよ」
「え?」
マティアスは驚いたが、部下達はもっと驚いた。
驚いている間に足は自然と導かれるままその集団の中に連れ込まれて座らされた。

「はい、お茶」
ジョゼは王族に出すのに相応しく無い茶碗に淹れた茶を、マティアスへ差し出した。
マティアスが受け取ると、ジョゼはにっこり笑った。
その笑顔にマティアスはドキリとしてしまって自分でも驚いて再び内心呆然とした。

「はい、お菓子も」
それも無言で受け取る。

「みんな、お茶のお代わりは?」
と、ジョゼが呼びかける声に止まった時間が動き出したようだった。みんなが茶碗を差し出したのだ。

「待ってね。順番だよ。はい」
ジョゼはマティアスがそこにいるのを気にする様子も無く、次々に注いでいった。
そしてみんなの茶を注ぎ終わったらマティアスを見た。

「閣下お代わりは?あー駄目ですよ。飲んでくれないと!休憩はさぼりではありません。能率よく仕事をする為の必要不可欠なものです。でも上司が一緒にしてくれないとみんなし難いですからね。だから飲んでください!」
ジョゼの勢いに負けてマティアスはコクリと茶を飲んだ。
そしてはっとした。爽やかな刺激が口にさっと広がった。すっきりする味で初めての感覚だ。

「これは・・・不思議な味というか・・さっぱりしておいしい」
「ありがとうございます。わ、僕の考案した疲れを取るお茶なんです」
ジョゼは嬉しそうに言うとまたにっこり笑った。
今日はどういう訳かマティアスにも笑顔の大盤振る舞いらしい。

ジョゼットはさっきまでマティアスに腹を立てていたが、彼が素直にお茶を受け取ってくれた時から機嫌が良くなったのだ。

その時だった。急に強い風が吹いて一部の資料が重しを弾き飛ばし、窓の外へ飛ばされていった。
それを押さえようとしたジョゼットは慌てて、持っていた茶器をぶちまけてしまった。
資料を追い掛けて行ってくれたレジスが持ち帰ったのは、濡れて字が滲んでしまったものだった。
手書きのものだったが池に落ちたらしいのだ。
その上、残った資料にもジョゼットがこぼした茶でほぼ全滅だった。

マティアスはそれらを手に取って見た。
手書きのものは調べものとかで誰かが分かり易くまとめた比較的重要で無いものか、他に転ずることの出来ない最重要機密のどちらかだ。悪いことは重なるものだった。
それは誰の目でも明らかで後者の資料だったのだ。

さっきまでの和やかさが嘘のようにしんと静まり返ってしまった。
そして資料を確かめるマティアスの前には、真っ青な顔をしたジョゼットが立っていた。

ジョゼットはとうとうやってしまった、と何処かに消えてなくなりたい気分だった。
使って良かった≠ニ言わせてやるとか啖呵をきったのに、こんな失敗をしてしまったからだ。
きっとマティアスからは叱責されて思った通りだ≠ニ言われて追い出されると思った。
叱責で首になるだけならまだマシかもしれない。国家的重要なものなら投獄される可能性もあるのだ。

「ジョゼ、顔を上げなさい。これを見てごらんなさい」
マティアスの何時もと変わらない淡々とした声音は意外だった。
仕事一番の彼なら怒っても可笑しく無いのに?ジョゼットは恐る恐る顔を上げた。
そして差し出された水浸しになっている資料を見た。

「これは昨日、整理を頼んだものだったと記憶していますが・・・違いますか?」
ジョゼットは、はっとしてその何箇所か見える字を見た。

「は、はい!そうです!間違い無いです!」
「では書けますね。一言一句全て」
「はい!書けます!」
「それは良かった。では休憩は切り上げてそれに取り掛かって下さい」
「はい・・・あの・・首じゃないんですか?」
資料をまとめ始めていたマティアスがその手を止めた。

「どうして?窓を開けて空気を入れ替えるのも結構。休憩をするのも結構。気持ちが爽快になって能率が上がるのは確かでしょう。それにたまたま風が強かったせいで誰の責任でもない。それなのに優秀なあなたを首にする必要が何故あるのか私が聞きたいぐらいです」
淡々と言ったマティアスは言い終わると言葉の冷たさとは反対に、にっこり微笑んだ。

ジョゼットはその言葉もそうだが、初めて笑いかけてくれた事にまた鼓動が跳ねた。
それは嫌いだった筈のマティアスを少し気になり始めた証拠かもしれない。



 マティアスは自分の執務室でジョゼが書き直した資料を見ていた。
本当に一言一句間違いなく書いているようだった。
この内容はマティアスも大まかに把握していたものだが、ジョゼのように書くことは無理だ。
しかも間違った字までそのままだった。
こんな間違いがあると、自分でも気にとめた文章だったから覚えていたのだが、そこまで再現するとは・・・・驚異的な能力だというしかない。

ジェラールが相変わらず、ふらりとやって来た。

「どうしたんだい?珍しく難しい顔をして」
マティアスはそれを机の上に置くと、チラッとジェラールを見た。

「あのジョゼという少年・・・」
「何?ジョゼがどうかした?何か問題でもあった?」
「・・・・・・いえ。問題といえば問題ですが・・・あの子はもう此処から出せませんね」
「ええ―っ!なんだって!」
ジェラールは驚いてマティアスを見たが、彼は冗談を言っている訳でも無かった。
もちろんマティアスが今まで冗談を言った事は全くないのだが・・・・

「あの記憶力です。あれでは此処の機密が全て頭の中に入ったまま野放しになる訳です。そんな事は許されません。しかるべき処置をしなければ大変な事になります」
「しかるべき処置って・・・まさか投獄するとか言わないよな?マティアス?なあ、マティアスって」
マティアスは考え込んでいた。ジェラールを相手にしている場合では無かった。
しかるべき処置を考えなければならないからだ。
しかしこれと言って有効な手段が浮かばなかったのだった。



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