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鉄仮面の貴公子 4![]()
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あの事件以来、魔の資料室≠ヘとても変化した。
毎日、お茶をする休憩が入り、皆の顔つきも明るく生き生きと仕事をしている感じだ。
先日のマティアスの様子も気になったジェラールは、その資料室を覗いて驚いていた。
そして更に気になるものを感じてしまった。
(バレてなさそうだけど・・・これって・・・)
ジョゼは相変わらずこの場の中心だったが、彼女に対する周りの者達の態度や視線が気になったのだ。
高い所にある資料を取ってあげたり、重たいものを持ってあげたりと女の子にするのは当然のような事をジョゼにしている。
そしてその中の何人かはジョゼの気を惹きたいような感じさえ受けるのだ。
(なんか不味いかも・・・)
邪魔だと言うような視線を向けてくるマティアスに、ジェラールがそっと耳打ちした。
「マティアス、ジョゼのこと気を付けてやってくれよ」
何を?というようにマティアスが見たので、ジェラールはもっと声を落として言った。
「ここの連中のジョゼを見る目がね・・・まあ女の子みたいに可愛いから仕方が無いかもしれないけれど・・・間違って押し倒されたら大変だからね」
「王子!何を!」
急に大きな声を出したマティアスに、皆が一斉に注目をした。
ジェラールは慌てマティアスをその場から連れ出した。
外へ出ると引っ張るジェラールの腕をマティアスは払いのけた。
「王子、先ほどの話しですが、私の部下が彼に対して邪な恋情を持っている。と言いたいのですか?」
マティアスはまるで自分が言われたかのように苛立ちを感じていた。ジェラールにもそれを感じた。
「マティアス、お前も同じ顔をしている」
「なっ!何を!私は・・・」
マティアスが珍しく慌てた様子を見せると、ジェラールは愉快そうに笑いながら言った。
「もう少し楽しみたかったけれど潮時かな?思い余った奴がジョゼを襲ったら大変だし、マティアスだって道ならぬ恋に悩んでも可愛そうだしね・・・」
「だからそれは!いったいどうしたらそんな話しになるのですか!私にはそういう趣味も性癖もございません!」
ジェラールは珍しく怒って言うマティアスを、ちらっと見て続けた。
「ふ〜ん。ジョゼを見て、健気だなぁーと笑顔が良いなぁーとか可愛いなぁーなんて思わなかった?」
「そ、それは否定しませんが、そういう事は女でも男でも関係なく感じるものでしょう?」
「やっぱり認めるんだ。連中もそう思っているんだろうけれど・・・本能は正直というか。なんというか・・・」
マティアスは王子が何を言いたいのか分からなかった。
こんな理解不能な話しをされると内心苛立つばかりだ。
何でも一を言えば十まで先を把握する彼にとっても昔からこの王子の真意はつかみ難いものだった。
その彼が勿体つけて話しをする時は決していいものでは無いとは良く分かっている。
「これ以上内緒にしているとかえって厄介になるかな・・・告白するけど、ジョゼの本当の名前はジョゼット。リリアーヌの女友達さ」
マティアスは聞き間違いなどする事は未だ一度も無い。しかし正直自分の耳を疑ってしまった。
(ジョゼがジョゼット?女友達?女!)
マティアスはまさかと思った。又、王子の冗談だと。
だがジェラールの顔を見れば本当なのだと思った。愉快そうに微笑んでいたからだ。
これは悪戯が成功した時に見せる得意顔に間違いない。
マティアスは驚きのあまり初め声も出なかった。
「―――王子・・・お戯れが過ぎます。女性を男と偽るなんて・・・何故こんな真似を」
マティアスの初めて見るような驚愕ぶりにジェラールは満足したようだった。
彼は声を弾ませながら答えてきた。
「彼女は仕事が欲しかった。お前は女はいらないと言った。だからこうなったんだよ。女の子だったら会うことさえしなかっただろう?」
マティアスは大きく息を吸って吐いた。それは驚いたのでは無く精神を静める為だった。
「・・・・・経緯は分かりました。しかし事情があったとしても彼、いえ、彼女が嘘を言って私の信頼を裏切ったというのには変わりません」
マティアスは低く冷たく言った。
ジェラールでも、はっとして彼を見たぐらい珍しく本気で怒っている様子だ。
「マ、マティアス、これは彼女が悪い訳じゃなくってだ――」
マティアスはジェラールの言い訳を聞く様子は無かった。
言いかけた途中で踵を返すマティアスをジェラールは制止したが、それも無視して資料室の扉を開いたのだった。
勢いよく開かれた扉に中にいた者達は一斉に注目した。
そこからつかつかと入って来たのはマティアスだったのだが・・・・彼はまた怒っていた。
部下達は珍しいものをこうも頻繁に見るとは思わなかった。
おいっ、またなんか怒ってるぞ
何かしたか?お前じゃないか?お前だろう?
と、こそこそ言い合っているのをマティアスは一瞥して、ジョゼへ視線を定めた。
「ジョゼ!」
ジョゼはまた何かしてしまったのかと、驚いて返事を忘れた。
「ジョゼ!聞こえませんでしたか!ジョゼット!」
(い、今・・ジョゼットって言わなかった?)
ジョゼットは確かにマティアスがそう呼んだのを聞いた。バレたのだ!
「あ、あの・・・」
マティアスは間違いなくその事で怒っているようだった。彼は周りの事など眼中に無い様子でジョゼットだけを睨んでいた。
「もう遊びは終わりです。あなたにはこの仕事から外れて頂きます」
女と分かった途端、そうきたのかとジョゼットは腹が立ってきた。
「遊びって・・・何故ですか!私が女だからですか!納得出来ません!」
ジョゼットのその言葉に様子を窺っていた周りの者は驚きの声を上げた。
おいっ、今、女って言わなかったか?
さっき閣下はジョゼットとか呼んでたよな?じゃあ、本当に女の子?ジョゼが?
ざわめきと共に歓喜にも似た声を上げる一団もいた。
それらにマティアスは、むっとした顔をして答えた。
「私は人を騙すような人物を最も嫌悪すると言えば納得できますか?」
その言葉はジョゼットの胸を鋭く突き刺した。呼吸が止まりそうだった。
尊敬し始めていた彼の信頼を失ったというのが何よりもつらかったのだ。
ジョゼットは蒼白になって震えだした。
続けて入って来たジェラールが、支えるように彼女の震えるその肩に手をかけた。
「言い過ぎだ!マティアス!理由は言っただろう?彼女はお前も認めたようにこの仕事には喉から手がでる程、欲しかった人材だった。でもお前は女なんてと初めから相手にしていなかったからこうなっただけだろう?それに、お前!そんな事言うなら私の事も嫌悪していると言うのか?私こそ十三年も皆を欺いてユベールとして生きていたんだからな」
ジェラールは王子殺しの犯人を見つける為に皆を双子の王子ユベールとなって偽り続けていた。
志を同じくするこのマティアスさえも騙していたのだ。
「貴方と彼女とでは次元が違います!」
「マティアス!お前こそ頭を冷やせ!彼女も私も同じだろう?嘘に区別をつけるのか?それに次元が違うというのなら、彼女の嘘なんて可愛いものじゃないか?それで何の迷惑をかけた?仕事ははかどり何もかも良いこと尽くめじゃないか。それなのに女と分かっただけで追い出すなんて間違っている」
ジェラールの意見に周りの者達も、そうだと頷き始めた。
しかしジョゼットはその場にいるのが堪らなくなり、ジェラールの手を振り切り走って出て行ってしまった。
「ジョゼット!」
追いかけようとしたジェラールをマティアスが止めた。
「私が行きます」
ジェラールはマティアスを見た。そして肩をすくめると彼にその役を譲ったのだった。
マティアスはジェラールの叱責がきいたのか、冷静さを取り戻していたようだった。だから任せても大丈夫だろうと判断したのだ。
走り去ったジョゼットは涙で前が霞んでいた。
元々、喜怒哀楽の激しい彼女だが本当に悲しい時は声を殺して泣き、涙だけがはらはらと落ちる。
ジョゼットは追って来たマティアスに、腕を引っ張られ無理やり振向かされた。
その手を振り解こうと抵抗したが、逆に彼の手に力が入って払えなかった。
マティアスは悲しみに耐えるように泣くジョゼットを見た。
彼女は唇を噛み締め顔を背けて俯いた瞳から、大粒の涙を地面にぽたぽたと落して渇いた土に染みをつくっていた。
マティアスは自分でも分からなかった。
ジェラールの言葉では無いが、こんなことぐらいで頭に血が上り、心に浮かんだ思いをそのまま口に出すなど有り得ない事だった。言葉は出してしまったら取り消しはきかないのだから、そんなことは政治の世界では許されないものだ。
だから口に出す前はその先の先を読んで言う。もちろん表情を殺すのはお手の物だった。
それをまだ保護さえ必要かと思う少女を傷つけてしまったのだ。
「言い過ぎました・・・戻って来て下さい」
この言葉も今浮かんだ気持ちだった。
ジョゼットは、はっとして顔を上げた。
「わ、私・・・でも・・・」
「・・・・・・私の負けです。女性でも子供でも仕事は出来るとあなたは証明しました。だから戻ってください」
「でも・・・私が嘘をついたのは本当だから・・・閣下を裏切ってしまって・・・」
ジョゼットの止まりかけていた涙が再び溢れ出した。
マティアスは珍しく困ったような顔をすると言い難そうに言った。
「言い過ぎでした。些細な事で怒った自分を反省しています。だからあなたへの信頼は損なわれていません。その証に許可無く私に話すのを許します」
許可無く話すのを許す?何の事なのかジョゼットは分からなかった。
王族には許可無く先に話しかける事は許されないというのは宮廷作法だったので知らないのだ。
後日、レジスに言ったら驚かれた。そしてどういう事か教えられて納得した。マティアスが喋らなかったら一日中、誰も彼と会話しない事があり、違和感を覚えていたのだ。
そしてレジスは付け加えた。許可を受ける者は本当に少数で、大貴族でも貰っていない者は多いと言う事だ。それを聞いてジョゼットは本当の価値が分かったのだった。
しかし今は何の事やら分からなかったが、マティアスが許してくれているという事は分かった。
「ありがとうございます。私のほうこそ本当にごめんなさい。これからも一生懸命頑張ります」
そう言って乱暴に手で涙を拭おうとした手をマティアスが止めた。
そしてハンカチを差し出した。それは几帳面な彼らしい清潔で折り目がきちんとついたものだった。
「これで拭きなさい。こんな状態で連れ帰ったら王子にまた色々言われそうです」
ジョゼットはそれを受け取ると、にっこりと日向に咲く花のように笑った。
それを見たマティアスは鉄仮面の筈の頬に朱がさしたような気がしたのだった。