鉄仮面の貴公子 6


 
先日の甘い夢は捨て、やはり近くの女の子だろうと考え直した男達はジョゼットに行動をおこし始めた。その中でも積極的なのはレジスだ。
「ジョゼ、明日は休みだろう?でも家には帰れないんだよな?」
「ええ、そうよ」
「俺も明日休みなんだけど、俺ここに来るから会わないか?」
「え?ここにって――」
「それは駄目です。彼女は私と約束がありますから」
その声にぎょっとして二人が振向くと、彼らの真後ろにマティアスが立っていた。マティアスの細められた瞳で、上から見下ろされたレジスは飛び上がるようにしてそそくさと立ち去った。

「あの私、閣下と何かお約束した覚えはありませんけど・・・」
「そうですね。今からします。明日の十時、王宮図書館の特別閲覧室に来て下さい」
「仕事ですか?」
「・・・・・・いいえ」
「では何をするのですか?」
「・・・・・・私は少し調べものがありますが、その後は少し出かけます」
「はあ?」
ジョゼットの納得していないような返事にマティアスも一瞬黙り込んだ。
彼女を誘うレジスを見かけて思わず邪魔をしてしまったのだ。
ジェラールから再三言われていた。ジョゼットの正体を明かすと、今まで道ならぬ恋と思っていた奴らが出てくるだろうとの事だった。だから彼女に言い寄る男を特定がしやすくなるから見張って守れというのだ。忙しいのにと思ったがいつの間にか率先していた。まるで保護者の気分だ―――

 次の日、早朝からジョゼットはお昼の弁当を作って籠に詰めていた。
王宮に泊り込みと言ってもジョゼットは使用人達が住まう棟に入っていた。それでも食事は食堂で出来上がったものを食べられるし、宿屋に泊まっているようなものだった。厨房の人達とも仲良くなっていたので、快く材料と場所を提供して貰ったのだ。

「準備終了!」
ジョゼットはこれが必要なのかどうかも分からなかったが、天気が良いので素敵な庭で食べるのもいいかなぁ〜と思い立ったのだ。しかしマティアスが一緒に食べると言う想像は出来なかった。

(一人でも外で食べたら休暇みたいでいいじゃない?でもどうしてこんな事になったの?)
ジョゼットは首をひねりながら図書館へと向った。

王宮図書館は資料室とは違いもっと幅広い内容の本があり、中は迷路のように広かった。
特別閲覧室の場所を見取り図で確認して向うと、その場所は直ぐに分かった。そこは王族しか使用出来ない特別仕様の空間だった。机も椅子も特別仕様だし、専任の侍女付きなのだ。
既にマティアスは何冊か本を積み重ねた状態で、ずいぶん前から来ていたようだった。

ジョゼットはそっと声をかけた。

「おはようございます。閣下、遅くなりました」
側に控えていた侍女が大きく目を見開いた。ジョゼットが先に声をかけたからだ。

「ああ、おはよう」
マティアスが何ともなく答えたので侍女は更に目を丸くしていた。

「調べもの、お手伝いしましょうか?」
「嫌、大丈夫。欲しいものは持って来たから・・・少し待っていて下さい」
マティアスは本から顔を上げずに言った。

ジョゼットは何処にいたらいいのかと辺りを見渡したが、彼女の動く気配を感じなかったマティアスは顔を上げた。

「此処に座りなさい。君、彼女にお茶を」
マティアスが示したのは彼のすぐ隣の席だった。そして侍女にお茶を頼んでくれた。

ジョゼットは何もする事が無いので、適当に選んだ本を持ってきてぼんやり読んでいた。
気が付くとマティアスが驚いた事に、本を開いたまま机にうつ伏せで寝ていたのだ。

(うわー疲れているんだろうな・・・だいたい今日、休むとか言って無かったし、休まれたのも見た事ないものね・・・あっ、まつ毛が長〜い・・・ふふふっ)
静かな寝息を聴いていると、ジョゼットも欠伸が出てきた。
昨日の夜は何だか興奮してよく寝られなかったせいもあった。ジョゼットもうとうとし始めて、とうとう同じく机にうつ伏せてしまった。
仲良く頭を付き合わせるように寝てしまった二人を、控えていた侍女は呆れ顔で見たのだった。

マティアスが先に気が付いた。ふと目を覚ますと、ひな鳥色が瞳に飛び込んで来た。
驚いて顔を上げれば自分が寝ていた事に気が付いた。そして目の前のジョゼットも、すやすやと寝ている。その顔はあどけなく楽しそうだった。
マティアスは誘われるように無意識に手を伸ばし、彼女の髪を触った。子供の頃、飼っていたひな鳥のようにふわふわ柔らかい。いつまでも触っていたいような気持ちになってきた。

(この気持ちはいったい・・・庇護する子供かと思ったり・・愛玩動物かと思ったり・・・)
マティアスは彼女に対する感情を持て余していた。持て余す・・・それが正直な気持ちだろう。フェリシテに以前抱いた熱い想いと全く違うこの感情を恋≠ニは呼べないのだ。恋≠ナ無いのなら何だろうと思うのだが・・・・マティアスの頭脳でも答えは出なかった。

ジョゼットが身じろぎしだしたので、マティアスは彼女の髪を触っていた手を引いた。
ジョゼットは、はっとして目が覚めた。

「えっ!私、寝てた?」
顔を上げるとマティアスの無表情の顔と目があった。

「す、すみません!私、寝てしまって!あっ、よだれ!」
ジョゼットは慌てて口元を乱暴に手で拭った。化粧はもちろん紅もひいていない唇は手でこすられて薄紅色に染まってしまった。

マティアスは頬を引きつらせて我慢したが、とうとう吹き出してしまった。ジョゼットの仕草や行動は予想を超えるものが多く、マティアスにとってかなり新鮮であり飽きない存在だった。

ジョゼットは真っ赤になってふて腐れた。最近こういう事はよくあるのだ。鉄仮面の司令官が急に表情を崩してしまう。ほとんどジョゼットに起因するのだが・・・部下達も見慣れない余り、今に天変地異が起きるだとか、妖魔が大軍で攻めて来るとか言う者までいた。

しばらく笑っていたマティアスは、すっと顔を元に戻した。

(・・・・やっぱりいつ見てもびっくり!ぴたっ、と止まって元に戻るなんて!)
ジョゼットは呆れ顔だったが、マティアスは気にした様子も無く淡々と言った。

「昼になってしまったから食事をして出かけましょう。二階に見晴らしの良い部屋があるからそこに用意させて・・・そこの―」
「あっ、食事でしたら私、お弁当を作って来ましたから、お庭で食べませんか?外で食べ易いように手で食べられるようにしてますし」
ジョゼットはそう言って、持参して来た籠を机の上にドンと置いた。
そしてほらっ、と言って被せてあった布を取って自慢げに中身を見せた。

それをマティアスは覗いたが側に居た侍女もそっと背伸びして覗いた。
中身は薄く切ったパンに肉や野菜や卵を挟んだものや、揚げものに可愛く切った果物など庶民的な素朴なものだった。もちろん王族が食する類では無い。

しかしマティアスは気に入ったようだった。

「これは素晴らしい。自分で作ったのですか?」
「はい。もちろん!お口に合うかどうか分かりませんけれど、私的には美味しいです」
「私的に?くくくっ・・・」
またマティアスが笑い出した。その言い方も気に入ったようだった。

始終呆れ顔だった侍女に見送られながら、二人は王宮の庭園にある東屋で食事を済ませた。
しかしその間もマティアスからずっと笑われ続けてしまった。

ジョゼットは大きな口を開けてパンにかぶりつき、その下から挟んだ具が飛び出してしまって大慌てした。ソースで手をベトベトにしているし、お茶を自分のドレスにひっくり返していた。

マティアスは笑ったら悪いと思いながらついつい笑ってしまった。
そして自分のハンカチを出すと、ジョゼットのソースの付いた口元を拭ってやったのだ。
その時、指が唇近くに触れてしまいお互いドキリとしてしまった。

マティアスは止まってしまったその手を再び動かして、ジョゼットに渡した。

「・・・・あなたといるとハンカチが一枚では足りないようです。今度から沢山用意する事にしましょう」
「す、すみません」
ジョゼットはまた真っ赤になってしまった。そして自分の悲惨になったドレスを見た。
何だか緊張してしまって失敗ばかりしてしまった。男の子の格好をしている時の方がいつも気を張っていて失敗しなかったのだが・・・・

(さすがに呆れただろうな・・・)
ジョゼットはドレスの染みの分だけ悲しくなってきた。

「すみません!私、ちょっと着替えてきます!」
立ち上がったジョゼットの手をマティアスが掴んだ。

「時間が勿体無いから次に行きましょう。私は構いませんから」
「閣下が構わなくても私が構うんです!」
マティアスは少し驚いた顔をした。

「そういうものですか・・・なら、途中で買ったらいいでしょう。さあ、行きましょう」
「えっ?ちょっと、ちょっと待って下さい!」
結局、ジョゼットはマティアスに無理やり手を引かれて、用意してあった馬車に乗せられてしまった。しかも王城から出てしまったのだ。

「ええ――っ!出て、出てしまってますよ!ほらっ、閣下!駄目ですよ!」
澄まして座っているマティアスにジョゼットは大きな声で叫んだ。

「大丈夫。上司が一緒の場合は許可されます。久し振りに家族の顔が見たいでしょう?」
「あっ・・・」
マティアスはふとジョゼットを見て、ぎょっとした。ぽたぽた涙を流していたからだ。

「ジョ、ジョゼ?」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます・・・」
何度も礼を言いながら、ジョゼットはマティアスの胸にしがみ付いて盛大に泣き出してしまった。
仕事の為とは言っても家族とは長く会う事も、手紙さえ許されなかったから寂しかったのだ。

泣き止まないジョゼットをどうしたらいいのかマティアスは困ったが、彼女の背中にそっと腕を回して包み込んでやった。その時、心に広がるものはいつもの不確かな感情だった。
そして思わず一瞬だったが抱きしめるように腕に力を入れて解いた。

「・・・・さあ、もうすぐ店に着くから泣き止んで。そうじゃないと私まで着替えないといけなくなりそうです」
「きゃっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて顔を上げたジョゼットだったが、もう手遅れのようだった。
上等の彼の服は涙で染みだらけになっていた。生地が上質な代わりに汚れたら悲惨だった。
ジョゼットは真っ青になってしまった。マティアスはいつも機能的でシンプルな服を着ているが、今日は仕事が無いせいか貴族らしい豪華なものだったのだ。
たぶん彼の袖の折り返し部分だけでジョゼットの普段服なんて何枚でも買えるだろう。

しかしマティアスは、やっぱりと言って笑っていた。

「城下に行くには派手過ぎるような気がしていたから丁度いいでしょう」
と言って慰めてくれた。
 そして街の中心地にある店に到着したようだ。
豪華な正面玄関をくぐってマティアスは早速店主を呼びつけた。

「店主、彼女と私に今から着るものを用意してください」
店の主人が慌てて出て来た。

「これは、これは、シャブリエ公爵様。ようこそおいで下さいました」
深々と頭を下げて顔を上げた店主は、ジョゼットのいかにも泣きましたという顔と悲惨な姿に内心怪訝に思った。しかもマティアスの服・・・彼が知る限り身なりを乱す事のないマティアスにも同じ思いを持った。だが流石は王家ご用達の大商人の事だけあって顔に出さなかった。

「ジョゼ、好きなものを選びなさい。頑張った褒美に私から贈らせてもらいます」
「そんな申し訳ないです。ちゃんと働いた分はお給金頂いていますし」
マティアスはいいからと言って、ジョゼットを係りの店員に預けたのだった。

しばらくして既製服だから着心地に文句は言えないがマティアスも着替えてジョゼットを待った。
奥から出てきた彼女は何でもいいと言ったのに、とてもシンプルなドレスを着てきたのだ。
夜会服までとはいかなくても、彼女を着飾らせてみたかったのに少し残念に感じたが、ジョゼットらしいと思った。普通なら何でもいいと言われれば、目の色を変えて贅沢なものを選ぶ女達は多い。そう当然だというように・・・

しかしジョゼットが近づいて来ると、はっとした。
彼女は美人系では無いが愛嬌があり、どちらかというと年齢より幼く見える。だから子供をみる感覚というかそういう気持ちが強かった。ところが今の彼女は少し大人の色香を感じるのだ。
どうしたのかと見れば、薄化粧をしていた。店員達に色々されたのだろう。

ジョゼットは、じっと無言で自分を見ているマティアスが気になった。

(顔が変なんだ!)
「へ、変なんでしょう?私・・普通お化粧なんかしないから・・・でも泣き顔がおかしいってみんなが言って・・・」
「―――いいえ、綺麗で大変結構です。あなたは気に入りましたか?」
ジョゼットは頷いた。そして褒められて頬が熱くなってしまった。本当は初めてつけた口紅は可愛い色で自分は気に入っていたのだ。

「店主、彼女が使ったものは全部用意してください。持って帰ります。ああそれとこれを・・・」
マティアスはふと目に入った腕飾りを手に取ると、ジョゼットの手首に滑らせた。

「大変結構。ドレスと化粧品ぐらいだけでは褒美にならないですから、それも贈らせて下さい」
ジョゼットは手を取られたのに驚いたが、飾りを付けられるとは思わなかった。硝子玉のようにキラキラ輝く石は当然宝石だろう。小粒な宝石を細い金の鎖で繋いであった。高級なのだろうが形がシンプルで抵抗なく付けられるものだった。手を動かすとサラサラと音がした。しかしこんな物を貰うわけにはいかない。多分今まで働いた給料の何倍もするものだろう。

ジョゼットは、ぱっと顔を上げてマティアスを見上げた。

「あのっ――」
マティアスが、さっと手をかざしてジョゼットの言葉を遮った。

「断るのは受け付けません。では行きましょうか」
ジョゼットは唖然としたが、マティアスはさっさと歩き出してしまった。ジョゼットも仕方なく後に続いて再び馬車に乗り込んだ。

「あの閣下、ありがとうございました」
化粧箱を大事そうに膝の上で持ち、手首を飾る鎖を触るジョゼットは本当に幸せそうだった。
暖かい陽だまりのような笑顔の彼女を、マティアスもついつい微笑みながら見つめたのだった。


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