アルベルトは息を呑んだ。しかしこう質問された場合の答えは決まっていた。そしてそれを何気なく言うこともライナーと申し合わせている。あくまでも自分達からジークが男だと偽ったのでは無いのだからここで嘘を言えば逆に問題になるだろう。だから・・・

「ジークは女性です」
ローラントはあっさりと答えられて拍子抜けしたが怒りが湧き上がって来た。

「お前達は私を騙していたのか!ライナーまでも一緒になって!」
「いいえ!騙そうなどと思っていません!ジークは・・・ジークリンデは昔からああでした。だから自分もジークが男だとか女だとか意識せずに付き合っていました。でも性別がどちらかと聞かれれば答えます。嘘を言う必要は無いのですから・・・しかし遊び心で出場した剣術大会で優勝してしまって皇子の護衛官を拝命して女でも構わないかとは流石に言えなかったと思います。家の体面もありますし、何かと支障があったのはお察し下さい。隊長も少しだけ入隊させて除隊させるつもりでした・・・」
「除隊など許さない!」
除隊と聞いてローラントは思わずそう言ってしまった。

「皇子?その・・・本当に騙すつもりなど無かったのは皇子もご存知の筈です。ジークは本当に皇子をお護りする仕事を誇りに思い誠心誠意務めていました」
「・・・・・・・・」
ローラントはジークの今までを回想しているのか無言になってしまった。そんなことは改めてアルベルトから言われなくても分かっている。しかし、はっと思い立った。
「まさか・・・ドレーゼの夜会の女はジークだったのか?」
「―――それはお詫び致します。あの時はジークの姉シャルロッテと言いましたが、本当はシャルロッテの身代わりになっていたジークです」
アルベルトは嫌な予感がしていた。もちろんダマーも・・・

「皇子、クレール伯爵家の家系は数代遡って皇家との姻戚関係はございません。ですから花嫁候補としては下位も下位。何番目か後に娶るのは構いませんが今の段階では継承者を産む花嫁候補として認められま――」
ダマーはローラントに睨まれて言葉を呑み込んでしまった。整った顔が突き刺すように鋭く冷たかった。まるで薄く尖った刃先で撫でられた感じだ。

「ダマー、ジークが女だと誰かに言ったか?」
大神官は冷や汗をかきながら首を振った。

「言って無いのだな?ダマー、それは誰にも告げるな。もちろん父にもだ。それを違えたならお前の一族もろともこの世から消えて無くなると思うがいい。俗世を離れたとはいえ無視出来ぬものであろう?お前の言動一つで罪の無い者の未来を奪うのだ。これは脅しでも何でも無い・・・本気だ。分かったか?ダマー?」
ダマーは、ごくりと唾を飲み込み頷いた。ローラントの鬼気迫る迫力に逆らう事は出来なかった。

「アルベルト、お前は此処での事は一切他言するな。もちろんジークにもライナーにもだ。ジークの秘密を私が知ったと言うのは絶対に漏らすな」
「な、何故でございますか?」
「お前の言う通り、ジークは私を騙した訳では無い。近衛隊に女が入隊してはならないと言う規定は無い。勝手に誤解していたのは私達だ。だが・・・それが分かればジークは去ってしまうのだろう?ライナーも当然そうさせる。違うか?」
皇子の言う通りだ。この事が発覚すれば当然ジークは此処に居られないだろう。当人達が良くても世間の評判は厳しいものだ。

「私は・・・私はジークに今まで通りに此処に居て貰いたいのだ。ジークもそれを望んでいるのだろう?楽しそうに調練に参加する剣術馬鹿だからな」
ローラントの様子が少し和らいだようだった。何と無く微笑んでいる感じだ。
それにア
ルベルトは少し、ほっとした。何故なら皇子がもしジークを異性として気にしているのならこんなややこしいことをせずに何番目かの妃として召し上げれば良い事だ。そうしないのはジークをそういう対象として考えていないからだろうと思った。
それから皇子にもう一度念押しされた後、アルベルトは退室させられた。

その後ろ姿を見送ったローラントの考えはアルベルトと反対だった。ジークを無理矢理自分のものにすれば絶対後悔すると思ったのだ。命令すれば言うことを聞くだろうがそれは主に対する義務なだけだ。ローラントの命令なら家族でも親友でも殺せると言った言葉は嘘では無いだろう。
自分と結婚しろと言えば迷いもせず言う通りにするに違いない・・・
だから尚更ジークには言えないとローラントは思った。どう言い現せばいいのか分からないがそれは違うとだけ感じた。ジークが示す忠義や誠意以上のものが欲しいのだ。
自分と同じだけの想い・・・それが欲しい・・・

(男とか女だとか関係無い・・・性別を越えて惹かれていたのはジークの心だった・・・飾らない、媚びない真っ直ぐな心に惹かれた・・・だからその心の全てが欲しい。そう全てを・・・)
昼と夜の顔を持つ宵闇の女神―――
ジークは捕まえようとすれば夜の闇に瞬く間に消えてしまう幻の女神のようだと思った。
その彼女を振向かせるにはローラントは自分が余りにも未熟で愚かだと感じた。

(宿命から逃げて駄々を捏ねている子供のようにしか思われていないだろう・・・)
その証拠に何度もそれを諌められていた。ローラントは先ず今の関係を維持しジークに全てに置いて認めて貰うことが先決だと思ったのだった。今の状態でジークに愛を告白し返答を求めても返ってくる言葉は想像出来る。彼女は誤魔化さず正直に言うだろう。それが良い所でもありつらい所でもある。

「ご、護衛官の件は承知しましたが、クレール家のシャルロッテ嬢は候補として認めませんぞ!皇子がその者を所望であれば早く他の候補とご結婚下さい。継承者がお生まれになられたらご自由です」
ダマーは自分達を黙らせてまでジークを護衛官として引き止めたいと思う皇子の真意を測りかねたがシャルロッテを例に出して釘をさした。誰が見ても皇子が気に入っていると思う護衛官を只の女性として見るようになると困るのだ。ローラントの第一子は次代に冥神の血を引き継ぐ大事な継承者だ。
そのより濃い血の直系を産む相手は皇家の流れを汲む血統でなければならない。
そういう点でクレール家は問題外なのだ。

「お聞きになっていらっしゃいますか?皇子!護衛官と皇子の花嫁は別問題でございます!先日、申しました三人からお選びになるのに変わりはございません!」
ローラントはそれを問題視していなかった。今は初めての感情に突き動かされて深く考
える余裕が無かったと言うのが正しいだろう。この恋が実ったとしても両親と同じ道が待っているのだ。
愛する人以外と婚姻しなければならない定め―――

ローラントは煩く食い下がるダマーの言い分にようやく耳を傾けた時、その意味を理解した。
しかしジークを手に入れる前に他の女と結婚しなければならないと言う条件は、やはり気に留めるようなものでは無いと思っていた。それならそれで構わなかった。
ジーク以外に興味が無いのだからどうでもいいのだ。
しかし・・・何故か決断したく無かった・・・どうしてなのかローラント自身も分からない感情だ。

「―――ダマー。お前達がこの時期まで迷いに迷って決めた候補者に間違いは無いと思う。だがそれでも念には念を入れたらどうだ?候補者を発表して皆の様子を見ると言うのはどうだろう?まだはっきりと決まっていないとなればその候補者の背後で息を潜めていた者達が動き出すかもしれない」
ダマーは皇子の提案を黙って検討し始めた。確かにその方法は最終的にする価値があるものだろう。
難航したこの花嫁選びは皇子が言うように増長する貴族の背後関係が一番問題だったのだ。

「承知致しました。大神殿からの正式な発表とさせて頂きます。それで様子を窺った後は・・・速やかにお選び頂きご結婚して下さいますか?」
「分かった、分かった!何度も言うな。そうしてやる!」
皇子から結婚の約束をどうにか引き出したダマーは漸く、ほっとした顔をした。そして皇子の気持ちが変わらぬうちにと急ぎ戻って行ったのだった。

一人残された部屋で皇子は花嫁候補者の問題など頭の中から消え失せていた。今はもうジークのことだけでいっぱいだった。静まり返った部屋の中で思い起こすのはジークの言動や仕草だ。
全く女性らしくないのに思い出せば、どきりとするものばかりだった。
そして、はっとした。

「腕!妖人にやられた・・・あの傷・・・」
ローラントを守って受けた傷を思い出した。
あれは酷い傷だった―――男ならいいが若い女性が持つようなものでは無い。完治した痕を見てはいないがあの状態なら深い傷痕が残っている筈だ。

「私は何ということを・・・」
ローラントはあの時も後味の悪い思いをしたが今は更に深く反省した。護衛官は皇子を守るのが仕事かもしれないが皇子は万民を妖魔の脅威から救うのが使命だ。それを怠った結果がジークの傷だ。
その後も帯剣せずに部屋の片隅に立てかけてある聖剣に視線を流した。
冥神の血の継承者の証である胸の刻印と、聖剣を見る度に気分が滅入って反発してい
たのだが・・・
ローラントはその愚行を恥じた。そして思いを新たに帝国の安寧をもたらす聖剣に手を伸ばし腰に付けたのだった。その皇子の心を感じたのか聖剣が歓喜して鳴ったような気がした。


「アルベルト、今・・・何か音がしなかったか?」
「え?何?俺は何も」
「皇子の部屋から聞こえたような・・・」
ジークは閉ざされたままの扉を見つめた。
大神官もそうだがアルベルトも皇子の部屋から出て来た後はどこか様子が可笑しいのだ。
アルベルトを問い詰めても口外出来ないからと言われてしまった。
皇子に関わることは何でも知っておきたいと思うのは護衛官としての思いなのか・・・それとも単なる興味なのか・・・その境目があやふやだった。護衛官としての責任感なら頷けるが興味となると何故なのか?と・・・ふと、思ってしまう。気になる理由がジークには分からないのだ。

「・・・やはり気になる。皇子は大丈夫なのだろうか?」
アルベルトが止める間も無くジークが扉を控え目に叩いていた。

「皇子・・・皇子・・・大丈夫でございますか?今、何か音がしましたが?皇子?」
「ジーク、駄目だ!扉を叩いて皇子を此方から呼ぶなんて作法に反する」
「しかし変な音がしていた。危険かもしれない」
「俺は聞こえていない。気のせいじゃないか?」
「嫌、違う。確かに聞こえた・・・」
不安が広がるジークは皇子の顔を見るまで安心出来なかった。
しかしアルベルトはジークの真実を知ったばかりの皇子と彼女を早々に対面させたくなかったのだ。
少し時間を置きたい。それで無くてもジークは何か感じて不安に思っている。
そこに皇子が微妙な態度を取れば彼女に勘付かれてしまうだろう。皇子が構わないと言っても真実が明るみになった時ジークがどう判断するか分からない。
残るのか?去るのか?

(俺だってジークにはずっとこのまま居て欲しい・・・)
アルベルトはこの関係が気に入っていた。
男同士の親友とは微妙に違う危険に満ちた奇妙な関係・・・手が届きそうで届かないもの。ジークを女性として時々見てしまってもこの関係を壊したく無かった。アルベルトはこの後も、ずっとこの一線は越えられないだろうと思うのだが・・・越えてみたい気もする今日この頃だ。

ジークとアルベルトが押し問答を繰り返している間に静かだった扉の向こう側から音がした。
皇子が部屋から出て来たのだ。すっと開いた扉から姿を現した皇子にジークもアル
ベルトも目を見張ってしまった。相変わらず美しく整った顔はそのままだが顔つきがまるで違っていた。
ジークが以前、月の光のようだと称した瞳はそんな淡い夢のようでは無かった・・・
月を思わせていた双眸は強い意志を窺わせる光彩を放ってまるで陽の光のようだった。
それがローラントの雰囲気をがらりと変えてしまっていたのだ。

「皇子・・・」
「どうした?ジーク?何を揉めている?」
ジークは皇子の声を聞いて、はっと我に返った。

「皇子、何もございませんでしたか?聞きなれない音が部屋の中から聞こえましたが?」
「音?ああ、ジークにも聞こえたのか?これから音がした」
ローラントが腰の辺りで、カチャリと音をたてた。ジークはその時、皇子が聖剣を腰に付けているのを見た。今まで一度も見た事が無かった姿だ。

「皇子・・・聖剣を帯刀なさったのですね?」
「ああ、何かと最近は物騒だし・・・使わなければ只のガラクタ・・・そう言ったのはジークお前だろう?だから少しは使ってやろうと思ったら変な音を出した」
「それはもしかして喜んだのでは?」
「喜ぶ?剣が?まるで生きているみたいな言い方だな?」
「そうだと私は思います。剣には魂があると・・・聖なる剣となれば尚更でしょう。皇子に使って貰えると思って喜んでいるのではありませんか?」
ローラントは、ふっと微笑んだ。その表情は優しく見慣れないものだった。
「喜んでいるそうだ、アルベルト」
「えっ?あっ、は、はい!そ、そうですね」
ハラハラと二人の会話を聞いていたアルベルトは皇子から急に話しを振られて驚いてしまった。
心配する必要が無いくらい皇子の態度は今まで通りだった。
逆にアルベルトの方の態度がぎこちないぐらいだ。

「アルベルト?どうした?」
ジークが不審がってそのアルベルトに声をかけた。

「な、何が?」
「何がって・・・さっきから変だ」
アルベルトはジークからいつものように真っ直ぐ、じっと見られると全部正直に話してしまいそうになる。しかしその彼女の後ろから皇子が黙っていろ!と言うように威圧してきた。

(うううう・・・胃に穴開きそう・・・絶対開く!)
アルベルトを無言で威圧していたローラントだったが直ぐに仕方が無いと言うような顔をした。

「―――出かける」
その声にジークが振向いた。

「どちらへ?ご予定では――」
皇子はもう歩き出している。

「皇子!」
「ベッケラートのところだ」
皇子が嫌そうに短く答えるとジークとアルベルトは顔を見合わせた。

ベッケラートと言えば帝国三大公爵家筆頭なのだが只の公爵では無い。建国時代から続く家柄で第二の皇家と云われる大貴族だ。皇家との繋がりが深く皇帝が最も信頼している家と言えるだろう。帝国の要職に就くことの多い家柄だが現当主テオドール・ベッケラートは帝国軍の元帥を務め全ての軍事力を掌握している。そういう人物だから皇子が会いに行くと言っても不思議がることは無いのだが・・・
ローラントが自分から会いに行くと言い出すのは珍しいよりも多分初めてだろう。その理由は・・・



 TOP   もくじ  BACK  NEXT