
珍しいと言うのも彼らは周りが様子を窺ってしまうほど仲が悪いのだ。
元帥は皇帝とは同年代でローラントと親子程の年の差があるせいか皇子を相手にしていないが皇子は何かと喧嘩越しで彼を嫌っていた。
原因はテオドールの妹が父親の二番目の妃。いわゆる第二皇后になっていたからだ。
しかし実際は妹グレーテが生まれて直ぐに病死している。それでもローラントは昔からベッケラート家が自分達の私欲の為、母ヘレーナを追いやったと思っていた。
でもそれはローラントの思い込みだけで昔からベッケラート家は神殿と同じく、皇家の敵になることは無い。私欲に走るなど有り得ず今も貴族達が皇帝派と皇子派に分かれていても中立の立場をとっていた。ベッケラート家にとってどちらも仕えるべき相手なのだから片方に傾くことは無いのだ。
「皇子、ベッケラート元帥とお約束があるのですか?」
「無い」
「では、お会いになるのは難しいと思いますが?お忙しい方なので」
アルベルトは皇子を追いかけながら急いで言った。
妖魔が跋扈する今、軍の仕事は膨大に膨れていた。気を抜けば妖魔によって村一つ一夜にして消滅してしまうだろう。その軍の全権を握る元帥は当然多忙であり思いつきで会えるような人物では無いのだ。
皇子が、ぴたりと止まって振向いた。
「私は誰だ?」
「はぁ?」
アルベルトは皇子の質問の意味が分からず気の抜けた返事をしてしまった。
しかしローラントは気にした様子は無い。
「皆がいつも言うだろう?私は帝国で最も高貴なる者だと。その私がわざわざ会いに行ってやるのだからベッケラートごときに否とは言わせない」
ローラントはそう言って自信たっぷりに微笑んだ。
皇子の雰囲気が急に変わり何故か不安を感じていたジークだったがローラントの変わらない傍若無人ぶりに少し安堵した。そして向った先では待たされること無く今現在、帝国で最も忙しいと言われるベッケラートと対面となったのだった。
「尊い御身をこのような雑多な場所へお通し致しまして申し訳ございません。どうぞお許し下さいませ。ご用がございましたら私が参りましたのに如何なさいましたか?」
テオドール・ベッケラートは当然ながら皇族に話しかける事が出来る人物だ。丁重に臣下の礼を取りながら慇懃無礼な態度はいつものことだった。しかし皇子も負けてはいない。
「自分が行く?上手な言い方だな?それなら来訪を告げたと同時に表へ出て来ればいいだろう?まさかお前の執務室まで足を運ばされるとは思わなかった。いつからそんなに偉くなった?」
「・・・・・・・・・」
テオドールがどう答えても皇子は気に入らないだろう。それが分かっている公爵は無言のままだった。ただ微笑んだまま目を伏せて軽く頭を垂れている。
「まあ・・・その時間が惜しい程忙しいと言う訳か・・・無礼は許す」
皇子の意外な言葉にテオドールが伏せていた目を上げた。いつもならもっと嫌味が続くのだが今日は、あっさりと引っ込めた上に事情を察している様子だ。
「皇子?本当に如何なさいましたか?」
「・・・今一番厄介な妖魔は何処にいる?」
「?何をお聞きになりたいのですか?」
皇子の不可解な質問にテオドールは眉をひそめた。ここまで供をして来たジークとアルベルトもお互いに顔を見合わせてしまった。彼らも何も聞かされず付いて来ただけだったからだ。
皆が注目する皇子の答えを聞く前に急使が形相を変えて飛び込んで来た。
「閣下!大変でございます!帝都の南に気炎を吐く妖魔が現れ守備兵が苦戦しております!」
「炎を吐くだと!町は?住民達はどうした!」
「はっ、とにかく妖魔を押し留めるのが精一杯のようで至急救援を願いたいとの旨でございます!」
炎を吐く妖魔など今までいなかった。封印の儀式が近付くにつれて年毎に強力な妖魔が現れるようだ。先刻も北方面に兵を派遣する手配をしたばかりだった。
「今度は南・・・」
テオドールが一瞬考え込んだ間にローラントが、くるりと向きを変え出口へと歩き出した。そして転がり込むようにやって来た使者に声をかけた。
「案内しろ」
「へっ?お、おおおうじ!し、失礼い、いたしました!」
動転していた使者は初めて皇子の存在に気が付き仰天してしまった。元帥が皇子との接見中とは知らずに飛び込んでしまったのだ。不敬極まりない己の行動に真っ青になって固まっていた。
下級の者からすれば当然の事だがローラントは舌打ちした。
「驚いてないで早く、案内しろ!南の何処だ?」
「皇子!何をお考えですか!」
テオドールが、さっと顔色を変えて皇子を引き止めた。まさか?
「放せ!私が行ってその妖魔を滅してやろうと言っている」
「じょ、冗談ではございません!」
「冗談だと?私が行けば簡単なことだ。無駄に兵の命を使う必要も無いだろう」
「いいえ!兵の代えは幾らでもおります!貴方様の代えはございません!御身にもし何かございましたら今よりもっと死者の数は増えましょう。ですからそのような危険な場所に貴方を行かせることは出来ません!」
「・・・意外だな。今まで私は妖魔の事は無視していた。だからお前は腹の中では呆れて悪態でもついているかと思っていた。まさか反対されるとは・・・本当に意外だ」
ローラントがそう言って、ふっと微笑んだ。
その目を奪われるような笑みに一瞬気をとられたテオドールは思わず皇子から手を離してしまった。
しかし再びローラントの腕を掴んで揺すった。
「反対致しますとも!血気盛んに妖魔退治に興味でも持たれた方が困ります!御身の誕生を人々が幾世代も望んでいたのかご存知でございましょう?何かあっては取り返しがつきません!」
「まるで深層の姫君のような扱いだな?」
「例えをご希望ならそれ以上です。馬鹿な考えはお止め下さいませ」
「ああ、分かった。気をつけよう。さあ、行くぞ」
ローラントは掴まれた腕を振り解いて立ち去ろうとした。
「皇子!何が分かったですか!ですから危険な場所に行くのはお止め下さいと言っているのです!皇子!」
ローラントは去りつつ振向いた。その表情にテオドールは、はっとした。
「お前は急ぎ周辺の住民の避難と及び奴が通った経路を調べろ。帝都に着くまで気が付かなかったとしたら通って来た道の村や町が心配だ。全滅しているかもしれない・・・急ぎ救援をだせ。分かったな」
「ぎょ、御意。しかし、皇子!」
「二度も言わせるな。私が行く」
「皇子!」
テオドールはそれでも食い下がろうとしたが皇子との間にジークが、すっと割り込んで来た。
「元帥閣下、私共が命に変えましてもお護り致します。ですからどうぞ皇子のお心のままにさせて下さい」
(この者は・・・)
テオドールはジークを初めて見た。何処かで会ったことがあるような気もしたが・・・
これが噂に聞く皇子お気に入りの護衛官かと認識した。剣はかなりの腕前だとは噂で聞いているが噂だけでは皇子を任せることなど出来ない。
しかしローラントが振向く事無く付け加えるように言った。
「ジーク、お前は残ってベッケラートを手伝え」
ジークは驚いて振向いた。
「皇子!私はお供致します!」
「いい。必要ない」
「皇子、私は皇子の護衛官です!納得出来ません!」
皇子の横にいたアルベルトがハラハラしながらローラントに小さな声で耳打ちした。
「皇子のお気持ちは分かりますがジークが不審に思います。自分が護りますので同行をお許し下さいませんか?」
ローラントはアルベルトがジークを護ると聞いて、むっとした。テオドールが皇子を危険な地に行かせたく無いと同じで皇子もジークを危険な目に合わせたく無かった。
だがジークは納得しない。護衛官として当然だろう。
(―――私も馬鹿だ。勢い良く妖魔討伐を思い立ちここに来たが・・・ジークが付いて来ると考えて無かった・・・なら私が護ればいい。彼女一人護れないで民を救えるものか)
ローラントはそう決意した。
「ジーク、付いて来い」
ローラントの瞳が強い意志に輝いた。幼少の頃より仕えるテオドールは皇子の変化に気が付いた。
(どうしたと言うのだ?)
今まで気だるげに息をしていただけのようなローラントが生き生きとしていた。待ち望んだ冥の花嫁の第一子で次代にその血を受け継がせれば良いだけの存在だった皇子だ。誰もが只彼が健やかに生きながらえていれば問題は無いと思っていた。多少我が儘だろうが素行に問題かあろうがそれはどうでも良い事だった。期待などしていないと言うのが一般的なものだろう。それなのに?
そしてそのローラントが妖魔を駆逐し無事に帰還した。報告によれば皇子の振るう聖剣の前に妖魔はあっさりと霧散したとの事だった。誰もが興奮してその様子を口々に語り皇子を賞賛した。テオドールは被害を最小限に抑えられたことよりもローラントの気持ちの変化に着目していた。それはやはり・・・
「この度は誠に申し訳ございませんでした。皇子のお手を煩わせたことお詫び申し上げます」
「別にお前から礼を言われるようなものでは無い。私が己に課せられたものを遂行したまでだ」
礼を言うテオドールにローラントは淡々と返事をした。誰もが英雄のように褒め称えたがこれくらいで浮かれる訳にはいかないとローラントは思っていた。今までが自堕落だっただけだからだ。周り目を向ければ自分のするべき事が数限りなくあった。それを今まで全て無視していたのだ。その一つが上手く行ったからといって自慢にも何もならない。逆に褒められて恥ずかしいくらいだった。
「心境の変化はやはり花嫁を迎えられるからでしょうか?」
テオドールの言葉に側に控えていたジークが驚き視線を上げた。そんな話は聞いていなかったからだ。
「流石に耳が早いな。候補が決まっただけでまだ先のことだ・・・」
「我がベッケラート家に妙齢の女子がいれば問題は無かったのでしょうが・・・候補者が三人とは少ないですが・・・それも又、選び易いでしょう。何れにしてもおめでとうございます」
「まだ祝いを言われるようなものでは無い!」
ローラントはこんな話を続けたくは無かった。花嫁候補の事はどうでも良いと思っているが何故かジークに聞かせたく無いのだ。それもその女達の為に心を入れ替えたように思われたく無かった。
「この話は終わりだ!次に聖剣が必要な場所を言え!」
「皇子が必要な所ですね?」
ローラントもジークも、はっとしてテオドールを見た。元帥は皇子が必要≠ネ場所と言ったのだ。
聖剣が必要な場所では無く・・・ジークは嬉しくなって皇子に微笑みかけた。
しかしそれを受けたローラントは、すっと視線を外し無視した。
(皇子?)
ジークの胸に不安が広がった。こんなに身近にいるのに皇子の花嫁候補が決定したのも知らなかった。それが少し腹立たしく感じるような気もした。自分の知らない所で何かが動いている・・・それが何故嫌なのか分からない・・・でも不安になる。