魔法の蜜 3


「ん?まだあのちっこい侍女戻っていないのか?」
オラール王国の王アランがイレーネの部屋で出された茶を一口飲んでそう言った。

「ちっこいって?リリーの事でございますか?」
「おおっ、そうそう!リリー」
「陛下、女性に対してそういう言い方は宜しくありませんわ」
「そうか?ちっこいって可愛いっていう意味だぞ」
イレーネは複雑な顔をした。それを見たアランの顔が輝いた。

「おっ!今、嫉妬したのか?なぁー嫉妬したか?」
イレーネはぱっと頬を染めた。

「知りません」
アランはまた、にやりと笑った。
こうなったら手が付けられないのが分かっているイレーネは話を戻すことにした。

「リリーが居ないと良く分かりましたね?」
「ああ、茶の味が違うからな」
イレーネがくすりと笑った。

「陛下はお酒の味だけでは無く、クロード様のようにお茶の味もお分かりになるのですね?」
アランはむっとした。

「それは嫌味か?クロードを褒めているみたいで気に入らないな」
「クロード様を褒めたのでは無くて陛下に感心しただけです。言い方がお気に召しませんでしたか?」
イレーネが眉をひそめて心配そうな顔をして言った。

「う――っ・・・その顔は止めろ!むらむらくるだろう!今日は今から会議があるんだからな!やっぱり寄るんじゃなかった。お前がちょっと寂しそうだと思ったから、つい顔を見に来てしまった・・・がぁ――もう!」
アランは溜まる熱を発散するように大声を上げた。そして真剣な目でイレーネを見た。

「イレーネ。お前、何か思い悩んでいるんじゃないか?」
「悩みというものではございませんわ」
イレーネはそう言って微笑んだ。アランは自分を甘やかし過ぎると何時も思うのだった。直ぐこんな風に聞いてくるのだ。でも何か言わないと納得しないのも分かっていた。

「今、リリーがセゼール家に行っていますでしょう?あの子の事は妹のように思っていましたので少し寂しいと思っていましたの」
「なんだ、それなら直ぐに呼び戻したらいい!」
「いえ、今のことでは無くて・・・いずれあの子は帝国に戻るだろうと思ったからその日の事を思って寂しくなったのです。こんな風な日々が来るのね、と思っていただけですの」
「帰らせなければいいだろう!」
「そういう訳にはまいりませんわ。年頃なのですから実家から結婚の話しが決まれば帰りますわ。だから仕方が無いことなのです」
イレーネはそう言って微笑んだ。
アランは納得が行かず考え込んだのだった。

それからの彼の行動にクロードは何事かと思い問いただした。

「陛下、何をお調べでございますか?」
「何の話だ?」
「とぼけられても駄目でございます。どうして出入りの商人達に年頃の息子がいないかと訊ねられるのですか?皆、何事かと騒いでおります」
「そんなことぐらいで騒ぐなと言っておけ!」
「陛下!お答えを聞くまで今日は解放いたしませんよ」
アランは舌打ちした。
クロードがこう言い出したら動かない奴だと知っているからだ。だから声を潜めて言った。

「いいか、イレーネには内緒だぞ。彼女の侍女の結婚相手を探しているんだ」
「イレーネ殿の侍女?まさかリリー!」
「しっ、声が大きい!誰かが聞いていたらどうするんだ!」
突拍子も無いことを言い出した王に、クロードは明晰な筈の思考が止まりそうだった。

「陛下、どういう事ですか?」
「イレーネが悲しい顔をするんだ。その娘が帝国から縁談がきたら帰ってしまうだろうって。だからその前にこっちで縁談を用意しようと思ってな。実家が文句を言わない良縁を用意して先手必勝だ!」
「彼女はまだ幼いく結婚なんて・・・」
クロードはやはりそう思ってしまう。

「はん?何寝ぼけたこと言ってるんだ?確かに背が小さくて顔が幼いが立派な大人だろうが?あんなに小柄なのによ、胸なんかたっぷりあるし・・・」
クロードはぎょっとした。

「陛下は何時見られたのですか!」
アランがへぇーと愉快そうな顔をした。

「俺は何時見たのかだって?お前はもう見たんだ」
クロードは滅多に慌てないが、アランの突っ込みに意表をつかれ、言葉に詰まってしまった。
先日の夜、彼女の夜着にかかったお茶が、胸のふくらみを露にしていたのを見たばかりだった。
しかも抱きつかれたのでしっかり感触も確かめていた。
アランの言う通り、見かけによらずと言うか、着痩せしているせいかそれを見て内心驚いたのは確かだった。子供と思っていたのに、一瞬で女として意識してしまったのだ。
アランはにやにやと笑っている。

「俺はなぁ〜最初からあの娘には目を付けていたんだ。イレーネとこんな風にならなかったら間違えなく手をつけて妾にでもしていたな。あれは良い女だ。この俺が言うんだから間違いない。何も知らない童女のような顔をしていてあの体だろう?その不調和が堪らない・・・まっ、今の俺には全く興味は無いけどな!」
女好きで数多く女達を手に入れていたアランが、そこまでリリーを絶賛するとはクロードは正直思わなかった。自分自身こういうのに興味が無いせもあるだろうが・・・・

(しかし縁談とは・・・)
「陛下、イレーネ殿はもちろんですが本人に許可も無く、そのような話を進めるのはどうかと思います」
「驚かせてやるんだよ。感謝されるだけさ!彼女の家は商家であの娘は跡取りらしいから、こっちで嫁いでこっちと向こうで同時に商売したらいいだろう?店は拡大して万々歳だ!と、言う訳だからお前も協力しろよな」
クロードは絶句してしまった。
イレーネの為とはいえ国王が一介の侍女の結婚話をまとめようとしているのだ。

「それとな明後日、ほら商工会議があるだろう?あれにリリーを連れて来い。茶を淹れさせろ。あの会合には跡取り息子達を同席するように言っているから丁度いいだろう?内緒の見合いだ」
「いつの間にそんな勝手なことを!」
「お前忘れていないか?俺は誰だっけ?王様だろう?俺様がするのに文句は言わせない」
アランは上機嫌でそう言った。今日はクロードに勝ったと思っているようだった。いつもならやり込められるのはアランの方だったが、今日のクロードには冴えが無かったのだ。彼が言い返せないまま、更に調子良く注文を付けてきたのだった。

「それと服装。侍女服はまるで修道女みたいだから着替えさせて来いよ。もっと色気のあるものにな。命令だ!ふふん」
鼻歌混じりで去って行く王を呆れて見送るしかクロードは出来なかった。
考えると頭が痛くなるようだった。

(こんな雑事にかまけている暇は無いと言うのに・・・)
クロードは雑事だと自分に言い聞かせた。自分が関わる内容では無い。
関係無いのだと―――そして大きく溜息をついたのだった。



 キトリーは朝から上機嫌だった。
執事のブノアからリリーはその訳を教えて貰った。
今日はセゼール侯爵が遠征から久し振りに帰って来るからだとの事だった。侯爵はその家柄にも関わらず軍に従事し、今は東西に分かれる国軍の一翼東の元帥を拝命している。実直な侯爵は先王の信任も厚くアランの後見人でもあった。そして王家の姫キトリーを娶ったのだ。
その身分のせいなのか?彼の性格上そうなのか?何時も・・・

「お帰りなさい。ヴァラン」
「ただいま戻りました。姫」
ヴァランはそう言うと跪いてキトリーの手を取りそれに恭しく口づけした。
侯爵は幾つ
になってもキトリーを姫と呼び、それを守る騎士のような態度らしい。
リリーは驚いてしまった。
彼女が名前を呼ぶものがいないと言っていたが、夫の侯爵は呼ぶだろうと思っていた。
しかし目の前に展開される二人は見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの関係なのだ。
礼儀正しい夫と、どちらかと言うと高飛車な妻。
しかし侯爵の態度がよそよそしい訳でもなく、本当にキトリーを大切に思っているようだった。
キトリーもそれが分かっていて彼の姫という立場で接している。
夫婦と言うよりも主従関係のような雰囲気だ。

(不思議な夫婦だわ・・・)
その二人が難しい顔をしだしたのだった。

「あの子には本当に困ってしまうのよ。縁談を全て断ったのですって・・・大神官が泣き言を言ってきたのよ」
「またですか?」
「ええ、結婚はしないそうよ。そんなのに時間をとられるのが勿体無いと言い捨てたらしいわ・・・困ったこと。アランみたいに節操無しでは困るけれど少しはねぇ・・・ヴァラン、あの子は貴方に似たのよ」
「私にですか?」
キトリーはにっこり微笑んだ。

「だって貴方、妾一人持たないじゃない?浮気すらしないし淡白よね?・・・・違ったわ。淡白では無かったわね。ふふふっ・・・」
夫の淡白とは程遠い情熱的な夜を思い出して笑った。

「姫!からかうのは止めて下さい」
「いずれにしてもこの際、あの子をその気にさせてくれるなら誰でも良いわ。犬でも猫でも」
ヴァランはそれこそ驚いた。息子の嫁に犬や猫でも良いと言うのだから。
相変わらずキトリーの思考回路は変わっていて、振り回されるのは何時もの事だった。
だからクロードは彼女似だとヴァランは思う。
拒否は許されない大神官からくる王族の責任でもある婚姻を断る神経が並みではない証拠だ。

(クロードは姫にそっくりじゃないか・・・)
キトリーは大神官の決めた婚姻は嫌だと我が儘を言って、更にひと目惚れしたヴァランと結婚させろ、と王や大神官を脅したのだ。

(そう・・・あれはまさしく脅しだった・・・)
結婚出来ないのなら死んでやると言って神殿の塔から飛び降りたのだ。
危なくそれを受け止めたのはヴァランだった。今、思い出しても冷や汗が出る。
その調子でヴァランも結
婚を承知させられたのだった。
しかし破天荒な変わり者の姫だったがそれが結構可愛くなってしまって今に至っている。

二人が黙り込んでしまったところにリリーがお茶を出した。

「ありがとう、リリー。気が利くわね。それにあれも頂戴、魔法をね」
「はい、畏まりました」
リリーは何時ものように硝子の小瓶を出し一滴落とす。
ふわりと漂う甘い香りがキトリーは大のお気に入りだった。同じくクロードもだが。

ヴァランは彼女の事をクロードから聞いていた。そしてキトリーがとても気に入っているとも。そのキトリーが急に奇声を上げたので、ヴァランは飲みかかった茶を気管支に入れて咳き込んでしまった。

「姫!何ごとですか?」
「そうよ!そうだわ!これが一番だわ!ねぇ、リリー、うちの息子と結婚しない?うちは一応侯爵家だし、あの子も役立っているのかどうか知らないけれど宰相とかしているでしょう?結婚して損は無いわよ!」
リリーは今までの人生の中で一番驚いた。驚き過ぎて瞬きも出来ず硬直してしまった。
だから代わりにヴァランが言ってくれた。

「姫!何を言っているのですか!」
「何をですって?とっても簡単なことだわ。リリーがここに嫁いでくれたら私は何時でも美味しいお茶が飲めるじゃない?それにあの子、リリーをちゃんと認識していたのよ。あの子が侍女の名前なんか覚えた事無かったもの。毎日必ず帰って来てお茶をするし、脈がある証拠よ」
ヴァランは次の言葉が出なかった。きっと理由は一番目に言ったものだろう。犬や猫より当然良いと言えるが、侯爵家というよりも王族の一員であるクロードの相手に他国の侍女など考えられない。

「ねぇ、リリー、どうかしら?」
「ど、どどど、どうだと・・おっしゃられても・・私とは身分が違います」
それはそうだとヴァランは思った。キトリーがヴァランと結婚したいと我が儘を言って、それが通ったのはセゼールの家柄が良かったからだ。

「姫、彼女を困らせたらいけない」
「ヴァラン!あなたは黙っていらして!ねえ、リリー?」
リリーはもう気が遠くなりそうだった。

「やっぱりあの子じゃ駄目かしら?家柄に財力と権力もまあまあで、顔もまあまあだと思うのだけど・・・あの性格じゃあ考えるかしらね・・・何を考えているか分からないし、陰険で嫌味だし・・・」
「そ、そんなことありません!クロード様はお優しくって、とても、とても素敵です!」
リリーは真っ赤な顔をして剥きになって言い返した。そしてはっとする。キトリーはあらっ?というような顔をして微笑み、ヴァランは渋い顔をした。

「リリー?もしかしてあの子のこと好きなの?」
キトリーがまるで内緒話をするように囁くような声で言った。

「ち、違います!誤解です!私、クロード様のこと好きではありません!」
リリーは尚更、真っ赤になって大きな声で否定した。

「そこまで貴女に嫌われているとは思わなかったですね」
急に後ろから少し怒ったような声がした。
リリーは驚いて振向いた。もちろんその声の主はクロードだった。



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