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魔法の蜜 5![]()
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けたたましい音と共に、何かが飛び出して来た。
そして腐ったような臭いと耳を覆いたくなるような甲高い咆哮―――
会議室にいた者達は目の前に存在するはずの無いものを見て、その場で硬直する者、悲鳴をあげて駆け出す者達で騒然となったのだった。
それは商工会の者から王へと贈られた数々の箱の中から現れた妖魔の群れだったのだ。
人間の子供の大きさぐらいしかないその醜悪な妖魔は二つ足で立っているが、背中を深く折り、手のようなものは前へだらりと垂らしていた。しかしその動きは速く、鋭い爪が凶器だった。
「なんだってこんな所に!」
襲いかかる妖魔を払いながらアランは怒鳴った。
「あっははははっ、皆死ぬがいい!王もそしてクロード・セゼール!お前など八つ裂きにされるがいい!」
「誰だ?あの馬鹿笑いしている奴は?」
アランは妖魔の攻撃を防ぎながらクロードに聞いた。
クロードは切っても、切っても、立ち上がる不死身の妖魔を切り捨てながら平静に答えた。
「こないだの残党のようですね」
「残党?お前、手ぇ抜きやがったな?おっとっと、全く煩い奴らだ!聖剣を抜く暇がねえ」
「手抜きとは心外です。それよりも賄賂は貰ったら最初に見るべきでしたね。会議前に見ると決議内容に支障をきたすとか言わずに。でもこんな贈物が入っていたら驚きですけどね」
「馬鹿か!こんな時にそんなこと言っている場合か!」
クロードは嫌そうに妖魔を串刺しにしながら言った。
「はい、申し訳ございません。反省しています」
「おっ、意外と素直に認めたな!ちっ、それにしても近衛はまだか!」
クロードは本当に反省した。後宮の陰謀はほぼ決着はついていた。しかしその中で一人だけ取り逃がしていたものがいたのだった。商工会の一員で資金元でもあった商人だ。財産を持って逃げ出した奴が、まさか復讐に帰って来るとは思わず読み違いだった。だいたい王家を狙おうと思う狂信的な者が、一般的な思考では無いと判断しなければならなかったのだ。
多分、持ち出した資金で人を雇って妖魔を捕らえ、それを薬で眠らせてこの定例会議を狙ったのだろう。単純過ぎて見落としてしまった。
それにしても剣を使えるものなら防げるぐらいの下級妖魔だが、数が多く死なないので面倒だった。
アランを中心に剣を使える者達で皆を守り、応戦しているが切りが無かった。
「陛下、早く聖剣で、ちゃっちゃとやってください」
「簡単に言うな!こいつらがちょこまか来るから、呪を詠じる時間が取れないんだ!クロード、お前、もっとしっかり時間をかせげ!」
「無茶でございます。私は頭脳派、父と違ってこういうのは得意ではありませんので」
平然と答えていたクロードだったが、後方でリリーの悲鳴を聞き顔色が変わった。そして即座にその場の守りを放棄してリリーの下へと向ったのだった。
「リリ――っ」
脇から襲ってきた妖魔がリリーに飛び掛る寸前、クロードは間に合った。
彼女を抱きしめるように胸に庇い、背中に妖魔の爪を受けたのだった。
「きゃっ――クロードさまぁ――っ!」
アランが妖魔を払い、二人の所に寄って来た。
「クロード!大丈夫か!」
クロードはリリーを庇いながら立ち上がって平然と言った。
「問題ございません。それよりも陛下、遊んでいないで早く始末して下さい」
「俺が遊んでいる?まったくお前は!心配してやったのにまったく可愛げの無い!ああ、もう煩いんだよ!」
アランは二、三体の妖魔を薙ぎ倒すと、二振りの光りの聖剣の鞘を払いのけた。そしてその剣の力を解き放つ呪を詠じ始めた。
「ʃΞΨΠΛΣʃ・・・・創世の煌く源よ、我は汝を召喚する。我にその黄金の輝きと虚を滅ぼす光りを貸し与えよ・・・・ΥΠΟΦΥЩ」
アランはその呪を詠じ終わると双剣の刃を頭上で重ねた。
その重なった剣から眩い光が溢れ、一切の色を消し去る閃光が駆け抜けた。
虚無の王から人々を救う光り・・・・
何時見ても美しい光景だとクロードは思った。
そして聖剣の結界内は影も色彩も奪われる。その光りに射竦められた妖魔達は身動き一つ出来ず、アランが振り下ろす双剣に斬られ霧散していったのだった。
「ふん、手応えのないもんだ。まあ、数を用意したのだけは褒めてやる」
アランはそう言いながら聖剣を鞘に戻すと結界が消えて色彩が戻ってきた。
そして呆然としている犯人を、ぎらりと睨んだ。
「あの馬鹿どうする?斬ってもいいか?」
「いいえ、そんな温情必要ありません。貴方を狙ったのですから死ぬより恐ろしいことがあると分からせなくてはいけませんからね」
「怖いねぇ~はい、はい。それよりもお前、傷かなり深いだろう?」
近くにいたリリーは既に泣いていたが、大粒の涙がぽろぽろ大きな瞳からこぼれ出した。
「クロード様!申し訳ございません!私、私のために・・・」
クロードは余計なことを言ったアランを、ギロリと睨んだ。そして何時もの言葉を言った。
「大丈夫です。問題はありません」
「おーお、やせ我慢して」
愉快そうに言うアランの顔が急に満面の笑顔になった。
「陛下!ご無事でございますか!」
顔色を変えたイレーネが息を切らしながら走って来たのだ。
「お怪我は?アラン様?」
「ん、大丈夫だ!何とも無い!」
アランはイレーネが滅多に呼ばない自分の名前を呼んだので、尚更笑みが広がった。
「ああ・・冥神よ、感謝致します―――アラン様!」
そして彼女が神に祈りを捧げると、アランの胸の中へ飛び込んで来た。
またもや滅多にない状況なのでアランは素早く腕を回すと唇を寄せた。しかしその口づけはイレーネの手で遮られてしまった。
「駄目でございます。今、冥神に貴方の無事を感謝し、一月の潔斎を捧げました。わたくしに触れてはなりません」
「はあ?何だそれ?お前に一月も触れられないなんてそんな馬鹿な話があるか!それなら妖魔にでも食われて死んだほうがマシだ!」
「そんな・・・わたくしは陛下の為に・・・」
「うるさい!ここはオラールだ!ここにいる神は冥神ではなくて天神だ!俺が太陽の刻印を持つ神の化身なんだから俺の言うことを聞けばいいんだ!分かったか?」
相変わらず無茶苦茶な論法のアランだ。しかしイレーネはそれが堪らなく愛しいと思ってしまうのだから、自分でも変だとこの頃思ってしまうのだった。
だから少し困ったような顔をしても頷いてしまう。
「はい、承知致しました。でも、ここでは嫌でございます。皆がおりますから・・・恥ずかしいですので・・・」
最後の恥ずかしいと言う言葉はアランにだけ聞こえるように言った。
「ううううっ・・・イレーネ、お前、それ反則だ!どうしてお前はそうなんだ!あああっ、もう知らん!覚えておけよ、今夜!寝かさんからな!」
「へ、陛下!もう知りません!」
イレーネが真っ赤になって走り去ってしまった。
「イレーネ様!」
リリーがその後を追い掛けて行く。
残されたクロードは大きく溜息をついた。
「陛下、程ほどにお願い致します。婚儀前にご懐妊でもされたら婚礼行事に支障きたしますので」
「ふん、お前こそ澄ました顔をしやがって!もう彼女はいないぞ。やせ我慢せずに倒れたらどうだ?どうせ心配させると思っていたんだろう?お前こそ馬鹿だ」
平然としているようだったクロードも流石に顔色が悪く、額には汗をかいていた。
「・・・・・そうですね。確かに問題ないとは言えません・・・・」
「おいっ!クロード!クロード・・・・」
アランが呼ぶ声をクロードは遠くで聞いた。意識が無くなっているのだろうと思いながら浮かんでくるのはリリーの泣き顔だった。
(困りましたね。ここで意識が無くなると・・・誤魔化せ・・な・・・・い・・・・)
そしてクロードが目覚めた場所は見慣れた自分の部屋では無かった。
ここは何処だったかと記憶を捲り始めた。
「あら?目が覚めたの?」
「母上?では此処は屋敷ですか?」
キトリーが寝台へ近づいて来た。
「違うわ。ここは王宮の一室よ」
屋敷の雰囲気に似ていたのはそのせいかとクロードは思った。それは逆だ。屋敷がキトリーの為に王宮風に造っているのだ。
「それは母上には御足労かけて申し訳ございませんでした」
内心、屋敷に運ばれなくて良かったと思った。
「アランに感謝することね」
「え?」
「お前、リリーに心配かけさせないように痩せ我慢したそうね?だからアランはそれを汲み取って此処に運んだそうよ。馬鹿ね!我慢するなら死ぬ気でしなさい!中途半端はみっともないわ」
母親の酷い言い草には慣れているが、アランがそんな繊細な気遣いをするとは驚きだった。変われば変わるものだと感心した。
(私に関しては、ただ面白がっているだけかもしれませんけどね・・・)
アランの気遣いはイレーネ限定だろう。それを思うとリリーは彼女の大事な侍女。
(そのリリーのためと考えればこうなるのか?)
クロードは笑いが込み上げてきた。そんなアランが愚かしいと思うのか自分も似たり寄ったりだと思って笑ってしまうのか?とにかく笑いが出てしまうのだ。
「何?急に笑いだして。気味が悪い子ね」
「母上、酷いですね。名誉の負傷をした息子にそう言われますか?」
「リリーを守るのは当たり前のことです」
「母上には敵いません。その彼女はどうしていますか?私の事は?」
クロードはさり気なく聞いたつもりだが、キトリーは嫌な微笑み方をした。
「リリーはね、お前が何故帰って来ないのかと心配していたわ。だから傷はたいしたこと無くて、事後処理で忙しいから王宮で寝泊りしていると言っているわ」
キトリーは息子が、ほっとした様子を見逃さなかった。
「ねぇ、クロード。私、リリーが気に入ったの。だから娘に欲しいのよ」
「え?養女にでも迎えるのですか?」
怪訝な顔をした息子にキトリーは楽しそうに笑った。
「何を言っているの?お前が彼女と結婚しなさいと言っているのよ」
クロードは傷の事を忘れて、飛び起きてしまった。
「くっ――っ・・・な、何を馬鹿なことを・・・」
それだけ言うと寝床に臥した。
「どうせお前、誰とも結婚しないのでしょう?大神官が持ってくる由緒正しい娘達との結婚蹴るでしょう?それなら誰でもいいじゃないの?だから誰でもいいなら私の為にリリーと結婚して頂戴」
クロードはまたもや思考回路が止まりそうだった。
アランの滅茶苦茶な論法と変わらない。何がどうしてそういう結論になるのかさっぱりなのだ。
確かにリリーの事は好ましく思っているし、これが恋愛感情だというのも認めるところだ。そういった感情は制御出来ると思っていたが、意外と難しいということにこの数日で感じたところだった。
とはいえ・・・・だけど、ただそれだけで制御不可能ではないのだ。
(それが急に結婚話?有り得ない・・・)
煩わしいだけの結婚など問題外だ。
「話になりませんね、母上」
冷めた目で自分を見る息子に、キトリーは心の中で溜息をついた。
(やはり一筋縄ではいかないわね。だいたい理性が強すぎるのよ。すぐ頭で考えるから心が自分で分からない。頭が良すぎるのも考えものね。アランみたいに勘だけで動けばいいのに!こうなったら理性を吹き飛ばすようなものを用意するしかないようね)