天人の囁き19



 真っ青な空―――
強い陽の光りと熱い風・・・そして肌に纏わり付くような粘つく空気。
じっとしているだけで汗が吹き出るような熱い地―――それが猛牙国。

リネアに指定されていた場所―――
人里離れた密林の入り口のような岩陰に開路を繋げ、カルムとサシャはその地点に降り立った。
同行者はレーナ一人だった。連れて来たと言うよりもサシャから離れようとしなかったから仕方無く同行させたようなものだ。


「まさか!カルム!貴方が来たの!」

悲鳴のような声にカルムとサシャが振り向いた。
サシャの目に飛び込んで来たのは漆黒の瞳と豊かな髪に象牙色の美しい肌を惜しみなく大胆に露出させた衣装を身に纏った艶やかな美女だった。
驚いた顔の額には金色の眼―――

「リネア、元気だったかい?」
温かく優しい笑顔と声でカルムが答えるのを聞いたサシャは思わず驚いて横を見上げた。
彼女の隣に立っていたカルムがリネアに向かって歩を進めていたが彼のそんな表情も声も今まで一度も見た事も聞いた事のないものだった。

(彼女が妹のリネア殿か・・・兄君・・・天眼の御方を好いていたという・・・)
天眼軍を束ねていたという強く美しい天眼の姫―――
怒った顔も美しく、それを受け流しているカルムと並べば・・・

「まるで美しい絵画のようですね、サシャ様」
レーナが溜息混じりにそういうとサシャは少し胸の奥が、チクリと痛んだ。

(・・・何だ??)
経験したこと無い息苦しいような痛みにサシャは胸に手を当て何かと思ったがその痛みは一瞬の事で見当が付かなかった。

「ねぇ、サシャ様。そう思われませんか?」
「・・・ん。そうだな・・・」
(何だったのだろうか?病の前兆だろうか・・・)
「サシャ様?」
色々な症例を考えるサシャはレーナの問いに生返事をしていた。

そんなサシャから離れて両手を広げ、溺愛する妹を抱擁しようとするカルムにリネアが怒鳴った。

「馬鹿!どうして来たの!」
「馬鹿は無いだろう?リネア。君が困っているって聞いたからわざわざ来てあげたのにさ」
「別にカルムじゃ無くて良かったのよ!困るわ・・・」
「困る?どうして?」
声の勢いが無くなり肩を落としたリネアにカルムが首を傾げて訊いた。

「内緒に・・・と思っていたのにカルムが来たのならサガンに言わないと駄目だもの」
「どうして?」
「どうして?どうしてって聞くの!私がカルムとこっそり会っていたなんて彼に知れたら変な誤解を受けるでしょう!」
それはカルムがサウルに言った言葉だ。まさか自分も言われるとはカルムは思わなかった。

「えっと・・・それってあの男は君の・・・私とのこと知っているとか?」
「当然よ。私がずっと心に秘めていた・・・貴方への想い・・・馬鹿みたいね。今はこんなに簡単に言えるのに前は心に鍵をかけて・・・好きよ、愛しているって言葉にしたことが無かったというのにね――」
リネアはもうすっかり遠い昔のような気持ちだった。リネアはそう思ってもサガンはまだ記憶に新しいものだ。きっと気分を害するに違いないと思った。

「リネア――」
喋りかけたカルムと困った顔をしていたリネアが同時に、はっとして空を見上げた。

大きな羽音―――
雷のように速く飛ぶと云う神の遺産エンライ。翼を持った獅子だ。
その背中に立って怒気で顔を真っ赤にしているのは誰もが恐れる暴虐の王子と名高いサガンだった。

「リネア――っ!」
サガンは大声で叫ぶとエンライの背から飛び降りて来た。
リネアは悲鳴を上げた。まだかなり上空を飛んでいたのにも関わらずサガンが飛び降りたからだ。

「サガン、何て無茶をするの!幾ら何でもあんな高い所から飛び降りるなんて危ないじゃない!」
駆け寄って来たリネアにサガンが吼えた。

「お前こそ何をやっている!こんな場所でコソコソと!今更、告白かっ!許さんからな!」
「告白?何を言っているの?あっ・・・聞こえたのね?本当に耳が良いのね。でも、お馬鹿さん、全部は聞いて無いじゃない?」
「うるさい!うるさい!この男とコソコソ会っている時点で裏切りだ!何をやっていたんだ!」
ほらね、とリネアが肩を竦めてカルムに心眼で訴えた。
リネアからの用件も聞かないうちに面倒な事になりそうだとカルムが内心溜息をついていると、シャララと音がした。黙
っていたサシャが動いた音だった。
「猛牙の王子、リネア殿は兄上が来て怒っておいでだった。何故来たのかと詰め寄っていた。それに来てしまったのならそなたに内緒には出来ぬから言うとも申していた。だからそなたは怒る必要は無いと思う」
毅然として言うサシャの存在にリネアは初めて気が付いたかのように目を見張った。
もちろんサシャとレーナは目に入っていたが、カルムが珍しく召使いを連れて来たのかと言う感じで気に留めていなかったのだ。

「お前は何?」
サシャを良く見れば召使いのような格好では無かった。
もう一人の怯えている娘とは明らかに違っていた。猛牙国の気候に合わせようと天眼国で用意出来る一番の薄着姿のようだったがそれはかなり上質なものだった。

「私はこの天眼の御方の妻―――名はサシャと申す。夫の妹君は私にとっても妹。今後共、宜しく」
「つ、妻?カルム、いつ結婚したの!」
「数日前だ」
サシャが指を折って数えながら答えた。

「サシャ!黙りなさい!君が話すと話しが混乱する!」
「ねぇ・・・カルム、冗談よね?この子、まだ子供でしょう?」
「私は子供では無い!」
「サシャ!君は黙っていなさい!」
サシャはリネアから子供だと言われて何だかとても気分が悪くなった。
癪に障ると言うのだろうか?ムカムカして堪らなかった。

見た感じ子供のようにしか思えない小娘に面と向かって意見されたサガンは一瞬、呆けていたが大声で笑い出した。

「あ〜はははっ、傑作だ!こんな良い女のリネアにお前が手を出さなかったのはそんな趣味だったからか?嗤える話だな!」
「サガン!違うわよ!カルムの趣味は広いのよ!幼い子だけが趣味ってこと無いわよ!」
「リネア、何でお前が剥きになるんだ!そんなにこいつに抱かれたかったのか!」
「何故そうなるの!」
「止めなさい!」
リネアとサガンが言い争い始めた時、カルムが割って入った。

「猛牙の王子、貴方は自分の血が繋がった妹が美しく魅力的に成長したとしてそれに欲望を感じますか?」
「ふん!ユーシャにそんな気なんか起こるか!」
「私もそうです。リネアは私の妹。そんな感情を抱く事は昔も今もありません。貴方の懸念は全く無意味なことです」
「そうよ、カルムの言う通りよ」
「ふん、どうだか!俺はそんな気は無いが誰もがそうだと言えない。兄妹同士で乳繰り合っているものなんか山のようにいるんだからな!リネアが惜しくなってやって来たんだろう!」
「そうなのか?天眼の御方?」
息巻くサガンの問い詰めにカルムが答える前にサシャが口を挟んだ。

「サシャ、あなたは黙っていなさいと言ったでしょう」
「・・・そなたは色事に関して不道徳だから・・・猛牙の王子の言うわれることも一理あると思って・・・ここに来たのは私が来たがっていたからだと思っていたのに・・・違うのか?」
サシャの力なく沈んだ声にカルムが、はっとした。今にも泣きそうな声だったからだ。

「サシャ、此処へは君が来たがっていたから来たんだ。それに君から見れば私は不道徳の塊かもしれないが妹に手を出すほど堕ちていない!」
「本当か?そなたは嘘付きだから・・・」
「本当だとも!リネア、本当だと言ってやってくれ!」
焦っているカルムにリネアは驚いていたが、クスクス笑い出した。

「そうねぇ〜確かにカルムは私が胸を押し付けようと間違った振りをして裸で抱きつこうと全く無反応だったものねぇ〜」
「おいっ!そんなことしたのかっ!」
「サガン、怒らない、怒らない、昔のことよ。それにその時、どうかなっていたのなら貴方と会うことさえ無かったでしょう。今はカルムが私に手を出さないでくれて良かったと思うわ。好きよ、サガン。愛しているのは貴方だけ」
「い、いきなり何だ!何時もそんな風に言わないのに!だいたいだな――」
サシャの、じっと自分を見る視線に気が付いたサガンが言葉の途中で何だ!と言うように睨み返した。邪魔な視線はそれだけで怯えて俯き外れるものだ。しかしサシャは違っていた。何やら喜んだようで瞳が輝いてしまった。

「な、何だ!お前!」
いつもと勝手が違う反応に戸惑ったサガンが怒鳴るとサシャはまた喜んだ。

「すごい!本当に天人が言っていた猫のような目だ!猛牙族はもっと毛むくじゃらで獣みたいだと思っていたのに全然違う!とても綺麗だな!」
「なっ!」
はしゃぐサシャにサガンは言葉を無くし唖然とした。
同じく驚いていたリネアだったが軽やかに笑いだした。

「あなたもそう思う?でもサガンは特別よ。無駄の無いこの強靱な体躯に射るようなこの瞳は誰よりも綺麗」
リネアはそう言いながらサガンの隆起したむき出しの胸に手を這わした。逞しく引き締まったそれに触れるだけでリネアの体は熱くなる。

「俺が綺麗だって?そんなの女に言う台詞だ!気色の悪い事を言うな!」
「あら?綺麗よ。ねぇ?」
サシャに同意を求めたリネアは楽しくなっていた。
瞳を輝かせながら頷くサシャにリネアは興味津々だ。初対面なのに誰もが恐れるサガンに臆せず、しかも冗談だとは思うがカルムの妻だと名乗るのだから・・・

(普通の子供では無さそうね・・・面白いわ)
カルムに、チラリと視線を流したリネアはクスリと笑った。

「リネア、今、笑ったでしょう?」
カルムが、ムッとして言った。サシャの嬉しそうな声はサガンを称賛するもので何故か腹立たしく思っていたところだった。

「あら?聞こえた?ごめんなさい。カルムってそんな顔もするのねぇ〜と思ったから」
「顔?」
リネアの言っている意味が分かったサガンも、ニヤリと笑うと、その原因だと思うサシャに手を伸ばした。
「おいっ、チビ!お前、俺が恐ろしく無いのか!お前なんか片手で殺せるぞ!」
そう言いながらサガンはサシャの首に手をかえたが、サシャは悲鳴を上げるどころか嬉しそうに笑った。
「怒るともっと瞳が綺麗だな!私はそなたを害するつもりは無い。安心するが良い」
「は・・・あっ、ははははっ!これは傑作だ!この俺様にこんな口を利くのはリネアぐらいかと思ったら此処にも居たな!あははははっ」
サガンは大笑いしながらユーシャを抱き上げるようにサシャを片腕で抱き上げた。

「きゃっ!」
「サシャ!」
サシャの小さな悲鳴にカルムが天眼を開いた。

「カ、カルム?」
滅多に開かないカルムの天眼を見たリネアは驚いてしまった。
余程の事が無い限りカルムが天眼を開く事が無いと親族であるリネアは誰よりも知っている。イエラン共々、リネアは兄カルムの表に出さない心眼に対する憂いを薄々気が付いていたのだから尚更だ。

いきなり抱き上げられたサシャは初め驚いたが、サガンの意外と優しい表情に緊張を解いた。

「チビだと思ったがユーシャよりは重いな!」
「当たり前じゃない!ユーシャちゃんは未だ本当に子供でしょ!」
「そうか?同じぐらいかと思った!あははははっ」
「サシャを放せ!」
カルムはサシャが落ちないようにとサガンの肩にすがっている姿を天眼で視て完全に腹が立っていた。嫌がるどころか嬉しそうに抱えられているのがもっと怒りを煽った。

「怖い顔だなぁ〜安心しろ。俺はこんなガキなんか興味無い。有るか無いかのような胸に骨と皮だけのような貧弱な身体。しかもこんなにチビだったら俺のを突っ込んだら二つに裂けてしまいそうだ!お前はこんなのが良いのか?変態だな」
それは言い過ぎだとリネアが怒る前にサガンの頬が、バチン鳴った。
唖然としたのは叩かれた本人もだが怒りかけたカルムもリネアも驚いてサシャを見た。彼女がサガンの頬を叩いたのだ。

「こ、このっ!何をしやがる!」
「叩かれて当然だ!私の事をどう言っても真実なのだから構わないが天眼の御方を変態と言うのは聞き捨てならぬ。そなたの言うような趣味ではない御方が温情を持って私を助けて下さっているのだ。誤解するな!」
「へぇ〜妻だって言うのに抱かれて無いって言うのか?」
「そ、それは・・・妻だから・・・」
「抱かれているんだろう?じゃあ、やっぱり変態だ」
「違う!」
サシャはそう言って、サガンの腕から、ピョンと飛び降りると、グッと顎を上げてツンとした顔をした。その何とも言えない可愛らしい仕草がサガンの毒気を抜いたようだった。サガンは大笑いをし、またサシャを抱き上げようと手を伸ばした。
しかし、それはカルムによって妨げられた。

「いい加減にして下さい!」
「そうよ、サガン!彼女を気に入ったからってそんなに構うなら私も気分良く無いわよ」
「へぇ〜リネア。嫉妬しているのか?こんなチビに?」
「して悪い?貴方は私のものなのだから当たり前じゃない。でも、もし浮気するなら死ぬ覚悟でして頂戴。生かしておかないから」
リネアの答えが気に入ったサガンは、ニッと笑った。

「リネア、お前以上の女なんかいやしない。お前は最高だ!」
サシャを捕らえようと伸ばしていたサガンの手はリネアを捉えた。グッと引き寄せ胸元へ密着させた。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!こんな所で――んっ・・・うっん」
サガンはリネアの口を噛み付くような口づけで塞いだ。

「うううっ・・・んんっ・・・」
サガンの鞭のような腕はリネアの背中に回り抱きしめる力を強めていた。リネアの豊満な胸がサガンに密着し押し潰れている。呼吸さえ出来ない激しい口づけに指先が痺れてくるようだった。
そして背中に回った手が下に下がり柔らかな尻の肉を弄り始めるとリネアは力いっぱい腕を突っぱねてサガンの唇から逃れた。

「もうっ!止めなさいって!」
「俺は朝から燻ったままだ。目を覚ましたらお前がいなかったんだからな!」
「そ、そんなの何時ものことじゃない!」
「今日は朝からしたかったんだ!お前が悪い!」
「そんなのわが・・・んん・・・まま・・・よ・・・あっ、あ、・・・カ、カルムがいるのよ」
再びサガンに引き寄せられたリネアはもう逃れられなかった。


 サガンが目覚めるとリネアがいなかった。確かに珍しい事では無かったがリネアが最近何か隠しているような気がしてならなかった。嫌な予感がして彼女を捜してエンライを駆けさせるとカルムと会っていたのだ。
リネアが自分を裏切る筈が無いと思っていても嫉妬してしまうのはどうしようも無かった。彼女がずっと好きだった相手なのだから仕方が無い。だからこの場でリネアは自分のものだと見せつけようとサガンは思ったようだった。
そう決めたサガンの手にかかればリネアの羞恥心は瞬く間に消え失せ抵抗は無くなっていた。
「おや、おや・・・これは激しい。流石、年中発情していると揶揄される猛牙族だね。ねぇ〜サシャ?」
呆れたカルムは硬直してしまっているサシャの耳元で囁いた。
利発そうな緑の瞳は大きく開かれ、あっ、と言う声が漏れた。サシャが釘付けの方向を見ればサガンご自慢の大き
く勃ったものが勢い良く下げた衣服から飛び出た所だった。
「へぇ〜流石に自慢するだけある。大きなものだ。あれで突かれると・・・どんなんだろうね、サシャ?」
サシャは恐ろしさの余り、カルムの衣の端を握り締めながら見入っていた。
レーナはずっと怯えていて岩陰に隠れたまま顔を伏せている。サシャもそうしたい気持ちだった。
カルムのものは何度も見たしそれで何度も突かれて穢された。だから間近で見ていた筈なのに客観的に見るのとでは大違いだった。確かにカルムより大きなものだがそんな事よりもそれで穢されるリネアの表情に驚いていた。

(よ、喜んでいる?ど、どうして?)
サシャはどうしてなのか分からなかった。何故なのか?・・・



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