天人の囁き21



 周囲はカルムの地位や力の恩恵を授かろうとする利己的な者達ばかりだった。
リネアやイエランに心を許していたのは親族だからでは無くそういう利害関係が無かったからだ。
しかし他人はそうでは無かった―――
どんなに心を隠してもカルムの忌まわしい心眼の力はその醜悪さを感じ取ってしまう。
それを表の顔で受け流して過ごしていたのだ。

幼い頃、普通母親から受けるという無償の愛情を得られず愛に飢えていたカルムは、自分と同じ境遇のリネアやイエランを哀れみ愛情を注いだ。本当はその見返りに自分を愛してもらいたいから二人に構っていたのかもしれない。それが満足いくようなもので無くてもそれなりに気持ちは誤魔化されていた。その二人がカルムの手から離れた・・・
認めたくない飢えを再び感じ始めた時にサシャが現れたのだ。
自分とは異なる価値観は新鮮で、全ての事に目が離せなかった。今まで他人をこんなに気にした事は無かっただろう。例外として美羽は構っている方だったが彼女を気にかけるのはイエランの想い人だからに過ぎないのだ。驚くくらい心根が美しく希有な存在だが特別な感情は生まれなかった。もちろん男なら誰でも欲するような容姿の彼女と普通に出会っていたのなら適当に遊んだかもしれない。
もし美羽を本当に欲したのならイエランと争ってでも手に入れるだろう。
ものに執着しないカルムは本当に欲しいと思うものがあれば絶対に手に入れる主義だ。
と・・・なれば・・・

(―――サシャに執着している?この私が?)
カルムはまさか?と思いながらも今までの自分を振り返ってみた。そして色々な言い訳で塗り固めて誤魔化していたが本当の気持ちが浮び上がって来た―――

(もしかして・・・サシャが欲しい?彼女に要求した偽装の妻役でも・・・視力の補助でも・・・性的な欲求の捌け口でも無い?イエランが何を犠牲にしてもミウちゃんを欲したように?リネアが猛牙国を滅ぼしてでもあの男を欲したような熱い想いと・・・もしかして同じ?)
そんな馬鹿な・・・と思いながらカルムはその答えを否定出来なかった。
幾度と無く開いた天眼・・・苛々と心落ち着かない自分・・・その原因が全てサシャに起因しているのだ。そして一番明らかなのは去る者を追わない主義のカルムが、去ろうとする彼女を引き留めようと必死だということだ。

(・・・・・・・・・心眼なのに自分の心が視えないとはね・・・)
「どうした?大丈夫か?」
少し心配そうにサシャが声をかける。沈黙するカルムが気になったようだった。

彼女の中に特別はいない。何故かそんな存在を作らないと決めているようだ。
だからカルムを特別に気にかけて優しくしている訳では無いのだ。

「私は・・・私は大丈夫・・・大丈夫だよ。サシャ・・・」
カルムは微笑んでいた。リネアはそのカルムを見て、はっとした。
カルムの微笑は母親から殺されかけたリネアを血溜の中から救い出してくれた時と同じものだった。
怯えるリネアに、大丈夫だ、愛していると全身で語りかけるような微笑み―――
リネアが兄妹愛を誤解して恋をしたあの日の微笑・・・

(私と同じ?違う・・・今回は違うわ・・・カルム・・・貴方・・・その子を?本気なの?)
カルムはリネアの思考が視えたのだろう笑みが深まった。
カルムは驚くリネアを更に驚かせた。

「サシャ、君の言う通りだ。癇癪起こした後は自己嫌悪でいっぱいだよ。すまなかったね。痛かっただろう。直ぐに治してあげるよ」
「治す?そなた・・・エイセル殿と同じ転移治療とやらが出来るのか?」
「そうだよ。さあ、手を出して」
カルムは転移治療が出来るがそれを施す事は無かった。
心眼の持ち主は普通それをしない。そのまま転移させるだけならいいが、その時、神経過敏な心眼者にはその痛みが倍増して伝わるから絶対にしないのだ。
カルムは昔、それを甘く考えてやってしまい酷い目にあったことがあった。

「駄目よ!カルム!また大変なことになるわよ!」
手を出しかかったサシャがリネアの制止にその手を止めて聞き返した。

「大変なこと?」
「何でも無いよ。サシャ」
「何でも無いこと無いじゃない!心眼者には致命傷にもなるわよ!」
サシャはその意味が分からなかったが致命傷と聞いて手を引っ込めた。しかしその手はカルムに捉えられ引き寄せられてしまった。掴まれた手首はビクともしない。

「よせ!私なら大丈夫だ!」
サシャの抗議は虚しく、見る間に折れた指が完治して行った。その代わりにカルムの右手の指が折れていた。そして溜息の出るような美貌は苦悶に青ざめているようだった。

「さあ、サシャ。もう大丈夫だろう」
「あ、ああ・・・」
サシャは右手の指を握ったり広げたりして確かめた。
本当に元通りに完治しているようだった。

「そなたは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫。何とも無い・・・それよりも先程の話だけど君の気持ちは良く分かった。私が全部悪かったのも認める。最初の約束を守るから留まってくれないか?」
「そなたが全部悪いなんて言っていない。でも、そなたは嘘つきだから信用出来ない」
サガンが大声で笑い出した。

「あの痩せっぽち、言うなぁ〜」
「サガン!黙っていなさいよ!」
揶揄しようとするサガンをリネアは慌てて止めた。話しの邪魔をされたカルムが本気で怒れば大変だからだ。
しかし、カルムはその声がまるで聞こえていないかのように全く無視していた。
周りの声が聞こえないくらいサシャに集中していたのだ。

カルムはサシャへの気持ちを認めた今は溢れる想いを抑えるのに必死だった。
この気持ちを悟られれば確実に彼女を失うだろう。この気持ちを殺してさえいればサシャは側に居てくれる筈だ。一方通行の恋に狂っていたイエランにカルムは呆れていたが、今はその気持ちが痛いほど分かる。
嫌われても憎まれても美羽の側にいたいと願ったイエラン・・・

(この気持ちが通じなくてもいい・・・身体を重ねなくても構わない・・・サシャが私の横に居てくれるだけでいい・・・今なら分かるよ、イエラン)
「今は嘘をついているつもりは無いけれど・・・信用出来ないのも分かるよ。だけどもう一度だけ信じて貰えないかな?」
サシャはカルムの気持ちを量りかねていた。最初の約束はどう考えても自分にだけ利があってカルムに得があるとは思えないのだ。だからカルムの増大してくる要求を呑んでいたのかもしれなかったのだが・・・その悪条件をまた実行してくれるのは何故なのか?初めは自分のせいで若い娘が二人死ぬのが嫌だし気まぐれだと言った。

(また気まぐれなのだろうか・・・)
気まぐれな天人達は信用出来ないが憎めない者達だった。その気まぐれに振り回されていた時期もあったが、加減が分かれば人より付き合い易かった。
人の想いは重く苦手だが彼らにそれは感じられなかったからだ。
カルムはそんな天人に似ていた・・・似ていると思っていたが・・・

「私はそなたの事はもちろん、これからもずっと誰にも特別な感情は持たない。それを期待しているのだろう?」
「特別な感情?私が?君に期待?それこそそんな気持ちを持たれたらが逆にさよなら≠セね。私はもう人の感情にうんざりなんだよ。だから無感情な君のような存在が貴重だから優遇しているんだ。でも玩具になれないのなら仕方が無いと諦めるけれど、仕事道具ぐらいになって欲しいんだけどね?」
カルムはサシャに見透かされた本心を隠して言った。それでも疑うサシャにカルムは付け加えた。

「ああ、もちろん、今はそんな気持ちなだけど君が要らなくなったら遠慮無く捨てるよ」
酷いと呟いたのはレーナだけで、サシャは安心したようだった。カルムが気まぐれな天人のようだからだ。

「分かった。とりあえずそなたの気まぐれに付き合おう」
カルムは微笑んだだけで答えなかった。心眼は自分の心を隠すのは得意だ。だから嘘も上手だった。彼らの言葉は心眼者特有の拘束性のある言葉となり相手の心理に作用するからかもしれない。サシャはカルムを嘘つきと言う。今まで彼を嘘つきだと言った者はいなかった。カルムの作り上げた人物像に不誠実な者は最初からいない―――

サシャには心眼が通じない・・・自覚する前とは違いカルムが自覚し、本気で誤魔化そうと細心の注意を払ってつく嘘はリネアでも見抜くのは難しかった。リネアはさっきまで見え隠れしていたカルムの揺れる心が読めず量りかねていた。

(特別な何かがあるのかと思ったのに・・・やっぱりいつもの気まぐれ?)
リネアはカルムが自分のことを良く知っているような言い方だと皮肉を言われた時、自分ではそう思っていなかった。ずっと憧れ続け・・・恋い焦がれた兄の事なら誰よりも分かっていると思っていた。だからカルムの表面だけを見て群がる者達に憤りを感じていたぐらいだ。それが・・・カルムから見ればリネアさえも同じだと言われたようなものだった。リネアは言われるまで気づかなかった自分に驚いてしまった。分かっていたつもりのカルムが分からない・・・リネアはカルムがとても遠く感じた。

(サガンを選んだ時からカルムとの道は別れたのだから・・・当たり前ね・・・)
リネアは少し寂しい感じもしたが後悔はしていない。ただ心残りなのは・・・カルムも自分と同じように愛する人と幸せになって欲しいと願うだけだった。
カルムの視えない心の壁を破れる者・・・

(そんな子が居れば良いのだけれど・・・そう簡単には・・・)
リネアはそう思ったが、ふと・・・サシャが気になった。何時もなら気にならないようなカルムの遊び相手。しかしカルムの一転した様子にリネアは疑問を感じ興味を一層強くした。カルムは彼女が好きなのか?それとも遊びなのか?

「奴、本気だな」
サガンの耳打ちにリネアは、はっとして巡らせていた思いを断ち切ると、ニヤニヤしている恋人を見上げた。

「どうしてそう思うの?」
「はぁ〜勘だ、勘」
リネアは色々考えて答えを導き出そうとしているのにサガンは根拠の無い勘で、あっさりと結論を出したらしい。

「勘って・・・」
呆れたリネアだったが直ぐにサガンの勘が並外れて鋭い事を思い出し言葉を呑んだ。
彼は根拠の無い直感でこの猛牙国を統治しているようなものだ。サガンの勘が正しいのならリネアとしては嬉しい限りだ。でも今は取りあえず様子を伺うしか無い。

カルムはサシャの返答に満足した。

(サシャ・・・今のところそれで良いよ。でも・・・この気まぐれは変らないし終らない・・・この私の命が消えるまで・・・永遠に・・・)
「天眼の御方?あっ、」
返事の無いカルムをサシャは、つい何時もの呼び方で呼んでしまい・・・しまった、と言葉を切った。また癇癪を起されると思ったのだ。
しかしカルムは気にした様子も無く、何?と聞き返して来た。

(どうして??)
さっきまで呼ばれ方にこだわっていたカルムはもういない。
また気まぐれか?とサシャは思ったが・・・

(もう・・・本当に元通り?なのか?)
出会った頃に戻っただけなのに何だか無視されたような気分になって胸苦しい感じがした。だから、何でもない・・・と答えた。

「そう・・・ところで・・・リネア、私に・・・と言うよりも遠視を要請した用件を聞きましょうか?」
サガンが一瞬で口をへの字に曲げ怒気を上らせた。

「そうだ!リネア!こいつに何を頼むつもりだったんだ!」
「そんなに怒らないで頂戴。貴方に内緒にしていたのは謝るけれど・・・これは私じゃなくてユーシャちゃんの用件だったのよ」
「ユーシャの?」
「そう。ユーシャちゃんがお母様の形見の指輪を失くしたから・・・ほら貴方が大事に出来る歳になっただろうからとユーシャちゃんの誕生日にあげたあの指輪」
「盗まれたのかっ!」
「盗まれたと言えばそうなんだけど・・・私も一緒にいた時なのよね。何ていう名前か知らないけれど、ピョンピョン跳んで空も飛ぶ猫くらいの小動物が部屋に入って来て飾ってあったその指輪を持って窓から逃げたのよ。追いかけたけれどすばしっこいし、私は流石に獣の思考なんか読めないから天眼でも追えなかったし・・・城壁で追いかけっこしていたら指輪を下へ落としてしまったのよね・・・下の密林へ。一応、落ちたと思う近辺は探して見たけれど見つからなくって仕方がないから遠視を頼んだの。遠視なら探すのも簡単でしょうからね」
「何で俺に直ぐ言わないんだ!だいたい秘密にする必要も無いだろうがっ!」
「それはそうなんだけど・・・ユーシャちゃんが泣いちゃって。お兄ちゃまに大事に出来るだろうと言われたばかりなのに・・・どうしようお姉ちゃま・・・と泣かれたのよね。だから私が直ぐに見つけてあげるって言ったのよ」
「二人で俺を騙そうとしたんだな!」
サガンの言い方にリネアは、ムッとした。

「そういう言い方は無いんじゃない?貴方を騙そうなんてして無いでしょう?嘘をついた訳でも無いわ!探す手段として天眼の力が必要だったけれどそれは貴方が嫌うから内緒になっただけよ」
「なっただけだぁ?許さん、許さん!勝手なことするな!」
「そんなに怒ることないじゃない?」
リネアのその行為はサガンを怒らせた。彼女にしたら軽い気持ちだったがサガンにしたら自分を頼らず他を頼ったという事が不愉快でたまらなかった。

「リネア、それは貴女が悪い。サガン殿が怒られるのも無理はない」
カルムが表の顔で険悪な雰囲気になりつつある二人の間に入って来た。

「どうして?私は悪く無いわ!」
「自分が頼られず他を頼れば男として面白く無いでしょう。他人の方が力あると言われているようなもので矜持も傷つくし、しかもそれが一番信頼している愛しい者なら特に・・・」
「あ・・・私・・・考え無しだったわ・・・」
「リネア、貴女は昔から素直に自分の非を認めますね。とても良い事です。サガン殿、許して頂けないでしょうか?」
「ごめんなさい、サガン。私が悪かったわ」
何時も高飛車で高慢な感じのリネアだがカルムが言うように謝る時はとても素直だ。
こがまた何とも言えない可愛さがあり、サガンは怒っていてもつい許してしまう。
「私はもう必要ありませんね。帰らせて貰います」
カルムはこれ以上ここに留まってもサガンの気分を害するだけだと判断したようだ。
探すのに手間取るだろうがそれこそ関係無い話だ。カルムの天眼が静かに閉じた。

「そうね・・・足労かけて、ごめんなさい」
「いいえ、サシャがこの国を見物したいと言っていたので丁度良かった。正式な招待じゃ無かったのが残念でしたが何れの機会にまた・・・」
カルムの他人行儀な話し方にリネアは少し寂しい気がした。
相容れない五大国のサガンと慣れ合うつもりが無いにしても、リネアまでそんな扱いになったのかと・・・つい思ってしまった・・・

(カルムがサガンと仲良くなるなんて考えられないものね・・・)
「おいっ、正式に招待する!少し滞在しろ!」
(え?)
リネアは驚いてサガンの顔を見た。まさかそんな事を言うなんて信じられなかった。

「しろ?」
カルムの冷ややかな切り替えしが来た。当然だ・・・カルムに命令出来るのは天眼の王イエランだけだ。誇り高い天眼族は同族の高位の者にしか従わない。それが他国の王であろうと同じだ。リネアは自分もそうだから当然それを知っている。

リネアは慌てて言葉を補足しようと口を開きかけたがその口を、ポカンと開けたままになってしまった。

「う、失せ物を探してくれ・・・た・・・頼む」
サガンが驚いた事に頼む≠ニ言ったのだ!リネアは驚いて声が出なかった。
命令はしても願うような事はしない。そんなサガンだからリネアは以前、賭けにそれを持ち出したぐらいだ。

「サガン・・・貴方・・・」
サガンは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
言い慣れないものだからどんな顔をして良いのか分からないのだ。
リネアは素直に謝った・・・カルムもそれを酌んで大人しく帰国すると言っている。
今度は自分の度量の大きさを示さなければ逆に面目が立たない。リネアが好きだった男は、さっさと追い払いたいがそれを何時までも気にしているような男だと思われたくも無かった。それで出した答えがカルムを留める事だったのだ。

カルムは面倒なこの地に留まるつもりは無かった。
今はサシャの事で頭がいっぱいなせいもある。しかし、帰ると言った時・・・
サシャの残念そうな小さな溜息を耳にしてしまった。
それを聞いてしまったらサガンの申し出を断れなくなってしまった。
(・・・サシャが喜ぶのなら・・・仕方が無いか・・・それなら・・・)
サガンの言動も態度も癇に障って腹が立つものだがサシャの為ならとカルムは気持ちを切り替え、微笑んだ。

「分かりました。依頼をお受け致しましょう」
それこそリネアはまた驚いてしまった。カルムが受けるとは思わなかったのだ。

「本当に良いの?カルム?」
「ええ。協力しましょう。ただし遠視するのは明後日にさせて頂きます」
「はあ〜何だって!直ぐ出来ないのか!」
明後日と聞いたサガンは呆れて怒鳴った。リネアは、はっとして顔色を変えた。

「カルム!さっきの転移治療でどうかしたの?」
「何でもありません」
「何でも無いのならどうして日にちをおくの?そうよ・・・前は数日寝込んだわ。ロエヌ先生の診たては過度な神経疲労・・・今もその状態なのでしょう?」
「大げさですね。あの時は加減を知らずにした結果だっただけです。今回は問題ありません。問題はこの国の暑さです。これでは遠視に集中出来ませんからこの気候に慣れるのに時間が必要なだけです」
「フン!軟な奴だ!」
サガンが大柄に毒付き、リネアはその答えに納得したようだった。
しかし、サシャはじっとカルムを見ていた。

(嘘だ・・・額に汗ひとつ浮かんで無い。具合が悪いに違いない・・・嘘つき・・・)
嘘だと口を開きかけたサシャは突然カルムに微笑みかけられて言葉を呑み込んだ。

「サシャ、慣れる為にも今から猛牙国を見物しに行きましょう。色々見たいものがあると言っていたでしょう?」
「私はそなたと行きたくない。見物ならこの国の住人に案内して貰いたい」
 サシャはカルムの嘘に乗るつもりは無く、きっぱり拒否するとサガンが大笑いした。
「傑作だ!よし!俺が案内してやろう!」
「馬鹿!駄目よ!私が案内するわ!貴方はカルムと城に帰って頂戴!」
「リネア〜焼きもちかぁ?」
「違うわよ!何の力も無い普通の子を貴方は加減して相手出来ないでしょう?それこそ指の骨が折れるくらいじゃ済まされないでしょうよ。違う?」
「むぅ・・・」
サガンは、ムッとした顔をしたがリネアの指摘に反論出来なかった。

「カルムは体力温存をお願い。ここの暑さは体力消耗するんだから慣れる前に疲れるのが関の山よ」
カルムは承知出来ないと口に出そうとした時にサシャの声がした。

「リネア殿、案内をお願する。女は女同士、男は男同士で親睦を深めるのが自然だ」
リネアは吹き出しそうになった。

「(親睦?笑いがでそうよ)そうね、それが良いわ。でも、サガ〜ン、あんまりカルムと仲良くしないでね。私、焼いちゃうから〜カルムはサガンの体躯が好みだからって誘わないでよ」
「好み?・・・そう言えば確かに・・・」
カルムがそう呟いて考え込むような仕草をすると、サガンは口を、パクパクさせた。

「ちょっ、ちょっと待て!お前、男と・・・そんな趣味かっ!」
「あら?私、言わなかったかしら?カルムは両刀使いなのよ。それこそ私の部下に手を出すから困っていたのよね。彼らの感想は・・・と言えばどんな女とするより良いって噂していたわね。サガン、浮気したら許さないから」
「なっ、こいつ!胸の無いようなガキの他にも、そ、そんな・・・お、男?男も胸は無いが・・・貧乳好き?そ、そう言う事か?」
サガンは珍しく狼狽していた。男同士・・・猛牙国では考えられない話だった。
そう言えばリネアも同性愛の遊びをしていたのを思い出した。女同士なら猛牙国でも有りえる話で驚くものでは無いが流石に男同士となれば意味が分からなかった。

「くっ、くくく・・・実際、肉体の交わりに胸の大きさなど私にはどうでも良いことで関係有りませんけれどね。サガン殿は大きな方が好みでしょうが。くっ、くっ・・・リネア、心配しなくても貴女の恋人に手は出しませんよ。私も命が惜しいからですね」
「そうして頂戴。じゃあ、私達は色々見て帰るから先に行くわね」
リネアはそう言い残してサシャとレーナの手を取ると瞬間移動してしまった。
その残像を見届けたカルムは足元をふらつかせ身体を大きく揺らした。

「おいっ!どうした!」
唖然としていたサガンだったがカルムの急変に思わず声をかけてしまった。

「・・・どうぞ、猛牙の王子。私を殺せる絶好の機会ですよ。今の私はもう一歩も動けません」
「リネアが言っていたのが正解か?過度の神経疲労ってやつか?」
「ええ・・・そんな感じです」
「フン、それで良く見物に連れて行こうとしたな」
「この状態で行ける訳無いでしょう?貴方から離れて身を守る言訳ですよ。しかし失敗しました」
「で?何を企んでいる?もしくはどうして俺と二人きりになるようにしたかった?お前はそう易々と命を危険にさらす間抜けでは無いだろう?」
(成程・・・リネアも色情魔の筋肉馬鹿を好きになっただけでは無いようだ)
カルムは悲鳴をあげる神経に命令して笑みを作った。

「過分の評価頂いてお礼を申し上げます。でも私は間抜けですよ。このような状態で企む事など出来ません。私がこの国で信用しているのはリネアだけです。その彼女が貴方に危険があるのなら私を放置していく事は無いでしょう。信用されていますね」
「ハッ!俺とリネアの仲を確認したかった訳か?」
「さあ、何のことでしょう」
カルムが言わないと決めたものは例え、イエランでも口を割らせる事は出来ない。
沈黙の王佐≠ニ異名もあるくらいだ。普段のお喋りカルムから想像出来ないものだが表の顔では当たり前の姿だろう。

今回の猛牙国入りのきっかけはサシャだったがそれだけで終わらせるカルムでは無かった。一つの遊びだけで労力は使わない。常に一挙両得を狙う性格だ。
その都度、状況に応じて行動は計算される。

手元を離れたと言ってもリネアへの妹としての愛情は変わらないものだ。カルムからすればサガンへの評価は最低だ。恋に免疫の無いリネアが色欲旺盛の猛牙の男の手管で一時的にのぼせているだけかもしれないとの懸念もあった・・・

(あんな感じで毎日やられるなら快楽の麻薬を与えられているようなものだろうしね・・・)
カルムは目の前で展開されたリネアとサガンの激しい肉交を思い出し、心の中で嘆息した。リネアに相応しく無いと思えばどんな手を使ってでも引き離すつもりだった。
心眼でサガンを操るような細やかな事は出来なくても廃人にすることは出来る。
リネアの精神に再び暗示をかけても良いと・・・ふと思った。

(ふふふっ・・・サシャに見られなくて良かった。好かれなくても嫌われたくはないからね。しかし・・・)
カルムのサガンへの審判は保留となった。自分に手をかけようとするのなら即、廃人決定だったがそうでは無かった・・・

「見えないものを視る奴らは気味が悪い!その薄ら笑いの裏で何を考えているんだか!リネアがいなかったなら半殺しにして追い返してやるところだ!」
殺すでは無く半殺し・・・この答えもカルムは気に入ったようだった。
暴虐の王子と名高い乱暴者だが政治的な感覚は優れ自分を抑制できるようだ。

(怒りに任せ私を殺せば天眼国との戦は避けられないだろうし・・・でもまあ・・・そんな事、子供でも分かる話か・・・)
上がったり下がったりの評価だか、さっき決定した保留に変わりは無い。

「サガン殿、リネアも心眼を持っているのですよ。そんな言い方は感心しませんね。あの子が聞いたら激怒しますよ」
「うっ・・・フ、フン!リネアは違う!それに俺の女を親しげにあの子′トびするな!気分が悪い!さあ、さっさと帰るぞ!」
サガンの帰ると言った言葉を理解しているのか?エンライが嬉しそうに咆哮をあげた。

「私もこの神獣に乗せて貰えるのですか?」
「ああ、この背に乗るだけは許してやる。後は知らん!風よりも速く飛ぶエンライだ。振り落とされても探しに戻らないからな」
サガンは高笑いしながらエンライに飛び乗った。カルムは手足を引きずりながら岩を登るようにその背によじ登ったと同時にエンライは羽ばたいた。カルムは大きく揺れ落ちそうになったが神獣の剛毛を無事な手で掴み何とか助かった。

(ああ、驚いた・・・まさか神獣に同乗するなんて思わなかったよ。単なる嫌がらせかも知れないけどねぇ〜やれやれ・・・)
カルムは痛む全神経を張りつめて振り落とされないようにした。
最近、嗜虐心が強いのか?と思っていたが自虐心もそれなり強いんじゃないか?
と思ってしまった。サシャを想う痛みも、この身体がバラバラになったような痛みも慣れたら快感になりそうだ。カルムは自分で自分を嗤ってしまいそうだった。

(眩しい?)
真っ青な猛牙国の空は熱く眩しい・・・カルムの見えない目にもその強烈な光りは感じた。光りとは陰る心に作用するのだろうか?とカルムは思った。容赦なく照り付ける光りを浴びたカルムは少し心が軽くなったような気がしたのだった。



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