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天人の
囁き
23![]()
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その後、帰城したサシャはリネアと別れ、泊まる部屋に案内された。
カルムと一緒の部屋だと聞いたがそこには誰も居なかった。しかし寝室が別室になっていると気付いたサシャは奥の扉を、そっと開けてそこに入った。中には大きなベッドがあり、そこにカルムが、ぐっすりと眠っているように見えた。
実際・・・カルムは眠っていたのでは無く放心状態なだけだった。
その証拠に天眼が開いたままだ。
『帰る前に、もうひとつ訊きたいことが・・・』
『何かしら?』
『以前・・・転移治療をした時、大変なことになったと言っていたが・・・どんな状態だったのだ?』
『転移治療?カルムのこと?あの時はとにかく心眼も遠視も制御不能で全開以上の力が放出されて大変だったのよ。カルムの力は普通じゃ無いから酷い状態だったと思うわ。何百、何千・・・それ以上かもしれない人々の思考や姿が視たくなくても怒涛のように押し寄せて否応無しに視てしまうようなものでしょうからね。下手すれば廃人よ。あの時はどうにかやり過ごせたけれど精神疲労が酷くってしばらく復活出来なかったもの。それがどうかしたの?』
聞いてみたかっただけだと言ってサシャは誤魔化した。
自分だけが気が付いたカルムの異変を何となくリネアに教えたく無かったのだ―――
「天眼の御方、大丈夫か?」
過敏になっているカルムの神経に触らぬようにと小さな声で話しかけた。
カルムはエンライに振り落とされないように乗って、この部屋まで到着した段階で限界が来たようだった。倒れ込むようにベッドに寝転がったまま、暴走する天眼の力にその身を任した。
視界は何色もの絵具で塗りつぶされるような感覚と耳障りな音が耳元で鳴り続けるような感覚・・・天晶眼を使って力を高めるようなものとは全く違うこのメチャクチャな感覚にカルムは耐えていた。
その泥水の中でもがいているような時、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「カルム殿・・・カルム、カルム・・・大丈夫か?カルム」
無反応なカルムを心配したサシャは呼びかける声に力が入っていた。何時の間にか名前を呼んでいることに気が付かないくらいだった。
メチャクチャな色彩の中で真っ白なもの・・・今のような状況の中で唯一心が視えないサシャは真っ白な存在で映し出されていた。
(・・・サシャ?)
白く感じる方向に顔を向けようとしたがそれは無理な事だった。今は指一つ動かせる状態では無かった。しかしその心休まる色に意識を集中させることは出来た。
そうすれば余計なものを視なくて済み、神経はすり減らされない―――
サシャは何度もカルムの名を呼んだが反応が無く、段々と心配よりも不安になって来た。
「良くこんな状態で私と見物に行こうと言ったものだ。呆れる!あっ・・・もしかして・・・こうなると分かっていたから私と出かけると言ったのだろうか・・・」
平気な振りをしていたカルムを気遣って一緒に出掛けたく無い、と断ったサシャだったがそれが間違いだったかもしれないと思った。他人に弱みを見せたく無いカルムは回復するまで姿を隠したかった筈だ。そう考えれば考えるだけ、自己嫌悪に陥ってしまいそうだった。
「私は本当に役立たずだ・・・この人の望む事を何一つ、まともに出来やしない・・・巫女で無くなった私は無価値もいいところだ・・・何一つ・・・」
悔しくて涙が溢れそうだった。禁令は一度でも破るとこんなに制御出来ないものかとサシャは改めて思った。直ぐに涙が出そうになってしまう・・・それを、グッと我慢して俯くと、カルムの折れた指が目に入った。
「指・・・これなら今の私でも治療出来る・・・」
サシャは早速自分が使っていた治療用品を先に運ばれていた荷物から取り出してカルムの手を取った。その瞬間、ドキリと胸が高鳴った。じっくり見たカルムの指は長く綺麗で・・・思えば自分から触った事は無かった。いつもこの手が・・・この指が・・・サシャの身体を弄り翻弄するのだ。今は治療の為に触っているだけなのにそれを思い出して思わず手を離しそうになってしまった。
サシャは、左右に大きく頭を振って邪念を払おうとすると今度はカルムの肌蹴た胸もとが目に入って来た。
今は苦痛の為か汗が滲み艶めいていたが・・・急にリネアの言葉が頭に響いて来た。
『溜息が出るような顔と、美しくしなやかな体躯で抱かれて何とも思わなかった?カルムは綺麗でしょう?』
綺麗なことは認めるがそれ以上の感想となればどう表現して良いのか分からなかった。
だから気持ち悪いとだけ言ったのだが・・・
『どんな感じだった?カルムに抱かれて』
と再びリネアの声が木霊する。サシャはまた頭を振って大きく深呼吸をした。
「手当しないと・・・」
治療に集中しようとしたサシャだったが、カルムの手を持ったままで自分の手は動かなかった。
その時、寝室の扉が大きな音をたてて開いた。
サシャはその音に驚き、思わずカルムの手を、パッと離して振り向くと、サガンがとリネアが立っていた。
「ほら!見てみろ!ピンピンしているじゃないか!」
「私は大丈夫ですよ。指は今、治療して貰っていますけれどね」
(え?)
今の今まで、ぐったりと死んだようにしていたカルムの声を耳にしたサシャは驚いて顔を戻した。すると天眼を閉じて澄ました顔をしたカルムが半身起き上がっていた。
「良かったわ」
リネアはカルムの大丈夫だと言う嘘にすっかり騙されていたが・・・帰りがけにサシャから前の事を訊かれた事でまるで何かの暗示が解けたかのように急に心配になってしまったのだ。しかし、サガン抜きでカルムに会うとなれば後で面倒な事になる。だから面倒くさがるサガンを引っ張って様子を見に来たのだった。
カルムを心配するリネアにサガンは、ムッとした顔をしたが用が済んだとばかりに足音高く踵を返した。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!サガン!」
「うるさい!もう良いだろう!行くぞ!」
「もうっ!」
リネアは慌ててサガンの後を追うように踵を返すと、カルムの声が後ろからかかった。
「リネア、適当な女の子を用意してくれないかな?」
「え?」
「まさか泊まるとは思わなかったし・・・知っているだろう?私は一人寝しない」
リネアは、チラッとサシャの様子を伺った。
確かに聞いた話からするとサシャとカルムはそういう関係を無くした感じだが・・・
「もうっ!ここは娼館じゃ無いのよ!」
リネアは呆れて答えると、サガンが、ニヤリと笑って振り向いた。
「どんな女が良い?」
「ちょっと!サガン!」
「良いじゃないか〜リネア。賓客のもてなしは酒と女に決まっているんだからな。俺が親父の女達の中から見繕って借りて来てやる」
「猛牙の王の愛妾ですか?それはさぞかし美女揃いでしょうね」
「カルム!ふざけないで!サガンも!」
「ふざけて無い。猛牙では自分の女でもてなすのが最高なんだからな。俺にはお前しかいないから親父のを使うしかないだろう?」
カルムが軽やかに笑った。
「猛牙国の習慣はとても愉快ですね。自分のものを分け与えるなんてとても寛大だ。私は兄妹だから仕方が無いとして・・・他の者だったら貴方はリネアを差し出してもてなすと言うことですね?」
「なっ!」
「そういう事ですよね?」
「そうなの?サガン?」
リネアは初めて知ったその習慣を聞き流す事は出来なかった。思えばここの宴会で囲われている女達がその主と違う男とまぐわっているのを良く目にしていた。
酒が入っての乱行かと思っていたのだが・・・
「そんなことはしない!もしこいつに指一本でも触れた奴がいたならその腕ごと切り落としてやる!いやらしい目で見るのならその目をくり抜いてやる!リネアは俺のものだ!他人になどにやるもんかっ!」
足を踏み鳴らすようにサガンが怒鳴ると、カルムが微笑んだ。
「あっ!おまえ!また!俺を試したなっ!」
「何の話しでしょうか?」
カルムは意図的に試すつもりは無かった。平気な振りの延長で冗談半分、女を所望しただけで何となくその方向に話が進んだついでだった。
「何の話し?サガン?」
「何でも無い!さあ、行くぞ!」
問い質したいリネアをサガンは急かして部屋から出て行った。
その様子を愉快そうに微笑みながら見送ったカルムをサシャが、じっと見ていた。
(もう本当に大丈夫なのか?それとも?)
「・・・サシャ、近くにいるの?」
「ああ、直ぐ目の前にいる」
思っていたよりも直ぐ近くでサシャの声がしてカルムは思わず、ドキリとした。
そして更に手を取られ胸が痛かった。治療の続きだろうがカルムには傷の痛みよりもそれは苦痛だった。触れるサシャの細い指に自分の指を絡めて抱きしめたい衝動を抑える・・・沈黙の中で治療は進み終わった。
「ありがとう、サシャ」
「礼は必要無い。私の出来るものは多く無いからな」
「そうだね・・・」
あっさりと肯定されたサシャはまた涙が出そうになった。
しかし天眼を閉じているカルムにはその様子は分からなかった。
終日、寝込むだろうと予想していたがサシャのお蔭で力の制御が出来て少し回復出来たが、当然本調子では無いカルムは大きな息を吐き、ドサリと身体をベッドに倒した。
「あっ!やはり無理していたんだな!」
そんな事は無い≠ニか何の事?≠ニか・・・他人に弱みを見せないカルムは何時もなら、否定するか誤魔化すか虚勢を張って怒り出すとサシャは思った。その中でも怒るのが一番見慣れたものだ。
怒鳴られる覚悟をしていたサシャにカルムは力なく微笑んだだけだった。
その微笑にサシャは、ドキリとしながら再度問いかけた。
「ど、どうしたのだ?私には関係無いと言って怒らないのか?」
「怒る?か・・・今はそんな気分じゃない。それに君以外誰もいないのだから虚勢を張る気力も無いし・・・自分が悪いのだけど流石に今回は少し疲れたな・・・」
カルムが素直に認めた事にサシャは驚き一瞬言葉につまってしまった。
「サシャ?どう・・・」
カルムは彼女にどうした?と聞きたがったがそれこそ言葉につまってしまった。
目が不自由だと言うことが恨めしかった。顔を見ればサシャが黙っていてもこんな不安な感じはしないだろう。天眼を開けば見られるものだが今はそれをすると又、暴走しかねない。
(サシャをいつも見ていたい・・・)
ふと浮かんだその思いにカルムは自分で驚いてしまった。
そして嗤いがこみ上げて来た。
急に笑い出したカルムにサシャは驚いた。
「ど、どうしたのだ?何がおかしい?」
「ははは、くっ、くくクッククク・・・(不快極まりない思いをしてもサシャが見たいと思うなんて・・・)何でもないよ。それよりも天山の天女にはどうしたら会える?」
「天女様!い、いきなり何だ?どうしてそんな事を聞く?」
ユハの話をどう切りだそうかとしている前に天山の事をカルムから聞かれると思わなかったサシャは、ドキドキしながら尋ねた。
「この瞳を診て貰おうかなと思ってね」
「えっ!!な、治すのか!ど、どうして!」
驚いて声がひっくり返っているサシャの様子にカルムは、クスクス笑った。
彼女がどんな顔をしているのか見たくて堪らなかった。
「気まぐれだよ」
「き、気まぐれって!そなたは・・・」
「私が何?」
「そなたは・・・色々と・・・その・・・だからその瞳を治したくなさそうだったから・・・」
カルムは愉快そうにまだ笑っていた。
いつもならこの話題になると憤って大変だった。それに気まぐれで片づけられるようなものでは無い筈だ。サシャは訳が分からなかった。
「色々ねぇ〜さてはリネアから色々聞いたのかな?ハッキリ言わないなんて君らしくないな。それとも私の癇癪を受けないように学習したのかな?」
自分らしく無いと言われたサシャは、ムッとした。
「そなたの癇癪など平気だ!ただ私には理解出来ない気持ちだからどうこう言えなかっただけだ!私には母の記憶が無いから・・・それがどんなに大切なのかも分からないが、そなたが視力を犠牲にしても構わないくらい根が深いその要因を簡単に拭うことは出来ないだろうと思っただけだ」
今度こそカルムの激怒を覚悟してサシャは言った。瞳のこととそれに関連する母親の事は禁句だと、サシャは今までの経験上よく分かっている。
怒ったカルムから散々な目にあったのだから・・・
「気まぐれだよ」
カルムはそう言って微笑むだけだった。
拍子抜けしたサシャが唖然としているとカルムが溜息をついた。
「・・・接待な訳無いだろうから嫌がらせだろうね・・・まぁ〜別に良いけど・・・」
カルムが意味不明な事を呟き、何だ?とサシャが思った所に扉を叩く音がした。
カルムはその気配にいち早く気が付いたのだろう。どうぞ、と声をかけると扉が開かれそこに立っていたのは艶めかしい肌を露出させた美しい女だった。
「伽を申し遣って参りました」
女は纏わり付くような甘い声音でそう言った。
「・・・サシャ、隣にも寝室があったからその部屋に行きなさい」
「なっ、まさか・・・そなたその状態で・・・あ、あれをするのか?」
サシャは伽と言う聞きなれない言葉を聞いても良く分からなかったが、一見して女が何をしに来たのか察した。そしてカルムが約束通りに自分のいない所で?
カルムはまた謎めいた微笑みだけだった。
「駄目・・・駄目だ!今、それどころでは無いだろう!さっき疲れたと言ったでは無いか!そなた!ここはもう良い!不要だ!去るが良い!」
サシャは吐き捨てるようにそう言うと外を指さした。
しかし女は引き下がらなかった。恐ろしいサガンの命に背く事は出来ないのだ。
「いいえ、それは出来ないわ。サガン様に叱られるもの。疲れているのならそのままで構わないわ。私が勝手に奉仕しますし、宜しければ私が上に乗らせて貰います」
「何?」
サシャは女の言っている意味が分からず首を傾げると、その女は馬鹿にしたように、クスクス嗤い出した。
「私は相手が指一本動かさなくても満足させられると言っているのよ。この口と胸と・・・ここで・・・」
女は自信たっぷりに指を官能的な仕草で、唇から胸の頂きに滑らせると身体をくねらせ最後は花芯を指していた。
サシャは口と聞いた段階でサンドラやイェレが・・・そして自分がした行為を思い出した。口いっぱいに塞がれた肉塊が脈打ちながら、段々と硬くなり大きくなって行く感触・・・振り返れば何度となく受けた行為の中で、硬く反り返ったそれに自分から腰を下ろして結合させられた事があったことも思い出した。
(あれは確かに・・・上に乗っていた・・・)
カルムの上に跨り、動け、と命じられ我を忘れて腰を振ったり上下させたり・・・あの時のカルムは激しく自分で動きもしたが、ゆったりと寝たままで自分だけが動かされていた事もあった。
(・・・あれなら楽?なのか?しかし・・・)
「駄目だ!駄目だ!猛牙のもてなしは性に合わない!妻の目の前でそのような事は許さない!サガン殿にはちゃんと断っておくから去れ!」
サシャはそう言い放つと、科を作っている女を押し出した。そして扉を、バタンと閉めたサシャは多分、後ろで怒っているカルムの報復を覚悟して振り返った。
手首の金細工がシャリンと鳴った・・・
「私は謝らないからな」
「・・・妻だから?」
サシャは自分で思わず口走ったものに、カッと頬を染めた。便宜上の妻であってその立場でカルムを拘束する権利は何も無い・・・それなのに何故か嫌だったのだ。
「私に妻の立場を主張する権利は無い・・・ただ・・・」
「ただ?」
「・・・ただ・・・疲れているそなたが心配だっただけだ・・・」
こんな言葉に誤魔化されないだろうと思ったがそう言うしか無かった。
恐る恐るカルムを見れば・・・
(え?微笑んでいる?)
カルムはサシャの見間違いでは無く微笑んでいた。偽りでも同情でもサシャの口は妻の主張をし、心配だからと気遣われてカルムは嬉しかったのだ。
「では、大人しく寝るとしよう」
「だ、大丈夫なのか?」
「何が?」
「その・・・そなたは一人で寝られないと・・・」
「今日は仕方が無い。それに一人でも寝られるよ。ただ眠らないだけ・・・一日ぐらい睡眠を取らなくても大丈夫」
カルムの寝るは眠るでは無かった事にサシャは初めて知った。そうなれば快楽の延長のふざけたものでは無く病気に近い。
「・・・・・・・・・」
サシャはどうしたら良いかと迷ったが、足はカルムの寝ているベッドに近寄っていた。
「サシャ?」
「添い寝だけならしてやる。それだけでも違うのだろう?」
カルムは軽く息を呑み微笑んだ。
「そうやって無自覚に誘わないでくれないかな?迷惑だよ」
「さ、誘ってな――」
「誘ってなんかいない・・・だろう?でも添い寝なんて普通、男の大人に言うものでは無いよ。誤解される・・・私は快楽主義の節操無しだから添い寝だけで済まない。君にはもう触れないと約束したのだから・・・迷惑だ」
迷惑だと言われたサシャはまた涙が出そうになった。
今までのカルムなら添い寝を受けて、そして色々な理由を付けるなり舌先三寸でサシャは言い包められて結局、添い寝だけで終わらなかっただろう。拒否しているのに何故かいつも受け入れさせられていたのだ。今の状態が本来の姿なのにサシャはそれが何故か堪らなく悲しくなっていた。
「わ、私が勝手にあの女性を帰らせた責任がある。そなたは疲れているのだから睡眠を取らねば・・・だ、だから・・・こ、今回だけは」
「サシャ!止めてくれ・・・必要ない」
「し、しかし!う、上手くは無いが口ですれば良いのだろう?そして」
「サシャ!」
「で、では・・・そうだ!約束していたものがあったな?指が治ったらしろと言っていた自慰をしよう!それなら見ているだけでも良いのだろう?これなら私に触れなくても良いし」
カルムが大きく息を吸って吐いた。サシャにはそれが大きな溜息に聞こえた―――
(私・・・何か間違ったのか?)