天人の囁き27



「奴が来ると言うことはサシャ様が何かされたのでしょうね!良かったです!直ぐにお戻りになるかと思ったら・・・勝手に出来ないとか・・・意外な返事で・・・少し不安でしたから本当に良かったです」
ドルイドの指示で急ぎ戻って来たユハは声を弾ませていた。

「・・・ユハ、不安を煽るようですが・・・天山入りはサシャには関係無いのです。だからサシャが一緒に来るのかどうか・・・」
「えっ?しかし来ると言うのは天眼の・・・」
「ええ・・・天眼の王兄。天眼国では王に次ぐ力と権力を持つと言われている人物で国防の要に位置し、滅多に国外には出ないと聞きます・・・普通なら会うことさえ無いでしょう・・・そして我々を呼び付けるでもなく目の治癒に行くと先ぶれが来たのが先日。その後、あなたがサシャに会っています。だからサシャとは別件です」
「じゃあ・・・サシャ様は来ないかもしれないと・・・そ、それで受けたのですか?」
「正規の手続きをしていますから拒絶は出来ません。それにもし理由無く拒否して相手を怒らせたら・・・」
ユハはその続きを聞かなくても、神に最も近いと云われる天眼の力の恐ろしさを分かっている。ほんの数時間で黒翔国や法国の中枢を壊滅させたのだ。天山など軍を動かす事無く滅ぼされるだろう。

「いずれにしても他民族を軽視する傾向がある傲慢な天眼族が、天山を頼るなんて事は今まで無かった事です。それこそサシャが働きかけたのでしょうから同行させると私は思っています」
「そ、そうですよ!そしてサシャ様は巫女姫としてお戻りになられる!」
「簡単にそうなれば良いのですが・・・」
「オレ、あの男の話しを現地の同志から聞きました。奴は不道徳者です!男も女も関係無く常に不特定多数の者達と愛人関係を持って尚且つ長続きしない無節操な奴だそうです!そんな男ですからサシャ様も案外すんなりと手放されると思います!」
「そうなる事を祈りますが・・・もし、の場合は・・・ユハ、指示通りに動くように」
「何を?」
「必要な時に言います」
謎めいた微笑みを浮かべるだけで言葉を濁すドルイドにユハは少し不安を感じたが今はサシャの事で頭がいっぱいだった。気持ちが逸るばかりで落ち着かないのだ。
そうこうしていると天殿の正門付近の騒めきが奥まで聞こえて来た。

 

 天山には外側から外院、内院、奥院と呼ばれる建物で構成され一般的にそれらを天殿と呼んでいる。外界と天殿の堺にそびえる正門の前に信者達が列を成しているのだがその直ぐ近くで空間が歪み、ポッカリと穴が開いたのだ。
そしてその中から現れた人物を見た者達が息を呑んで静まり返り・・・そして我に返って悲鳴を上げた。

「て、て、天眼の王族だっ―――」
「ひぃぃ―――」「うわっ―――」「キャ――ッ!」

天眼が開く時―――その場は恐怖に凍ると云われている・・・


空間から現れたのは金眼・・・天眼を開いたカルムだった。
天眼族を見る事はあっても天眼を開いている姿は滅多に見ない。しかもそれが金眼となれば絶対に無いものだった。初めて見るその姿に恐怖が先行したが・・・その金眼の天眼が手を引く先に優しく微笑んだ。
すると凍りかけた周りの緊張が一気に緩んだ感じがした。

カルムの微笑んだ先はもちろんサシャだった。カルムの手に引かれながら開路から姿を現したサシャは巫女姫と敬われていた時代よりも輝いていた。元々、大人びた物言いと仕草であっても見た目は幼さが残る感じだったが今は違っていた。昨日まで硬かった蕾が一夜で一気に花開いた時のような・・・その変化は目を見張るものだ。

「カルム、そなたの金眼、私は好きだから言いたく無いが・・・皆、怖がっている」
「ふふふっ・・・これなら名乗らなくて良いだろう?」
「そんな問題か?全く・・・何を考えているやら」
「何?何?サシャ、私のことが気になる?」
「そんな嬉しそうな声を出すな。気になるのは・・・とうぜんだ
サシャの語尾は段々小さくなり頬を赤らめた。

「何?聞こえ無いけど?」
「何でも無い!」
カルムは、クスクス笑ってサシャを抱き上げると開路から地上へと降ろした。
何やら楽しそうに会話をしている天眼の王族への警戒心は少し緩んだが皆が固唾を呑んで見ていた。その中の一人がサシャを見て叫んだ。

「巫女姫様!」
その声と共に騒めきが一気に大きくなった。
サシャを見たことがある信者はもちろん天山関係者が口々に騒ぎ出した。掟を破り下山した巫女姫の話しはカルムの予想通りに不名誉な噂話となっていたようだ。
サシャが信者と駆け落ちしたとか、修行が嫌で下山したとか有ること無いこと色々な噂が飛び交っていたのだ。
それらが全てカルムの天眼に流れ込んで来たがその中に一つも真実は無かった。

カルムは呆れて辟易するとサシャの耳元へ囁いた。

「サシャ、ちょっと君の嫌いな顔になるけど、ごめんね。それにお願いだから黙っていなさい」
「・・・分かった」
カルムがサシャに微笑んで前を向くと、雰囲気はガラリと変わっていた。柔和な微笑を浮かべた清廉な感じ。それなのに近寄り難い雰囲気・・・カルムの表の顔だ。

天山関係者がそのカルムを直視出来ずにサシャへ問いかけた。

「み、巫女姫様・・・お、お戻りで・・・ですか?」
サシャは思わず答えようとしたがカルムから視線を流されて黙った。

「戻る?ですか?何故でしょう。私の妻がどうして此処に戻ると言うのですか?」
周りが一斉に騒めいた。誰もがその想定をしていなかったものだからだ。

「あ、貴方様の・・・は、は、伴侶だと言うのですか?」
質問した者の声は衝撃で、ひっくり返っていた。

「ええ、遊山の途中で彼女とは衝撃的な出会いをしましてね・・・まぁ・・・一目惚れというものでしょうか・・・皆さんには申し訳無いが天山の宝玉は私のものです」
単純に聞けばカルムが一目惚れして無理矢理サシャを妻にしたような印象の話しだった。傲慢な天眼族らしいと皆は納得した。
しかしサシャは納得出来なかった。

「カルム!勝手な話をするな!そなたを嫌っていたならこの身が穢れた時点で死んでいる!私は望んでそなたの傍にいるんだ!」
戒律を破る巫女はどんな言訳も通用しない。間違って犯されたという事実は現実味が無く問題外。相思相愛だと言っても心弱い者と蔑まれる。だからカルムの一方的な求愛がサ
シャにとって一番良いと思ったのだ。
(黙っていなさいと言ったのに・・・全く・・・しかも無自覚であんなに可愛い告白して・・・)
「サシャ・・・後でお仕置きだからね」
カルムはサシャの耳元で囁きその耳を、ペロリと舐めて甘噛みした。

「ひゃっ!カ、カルム!」
サシャは噛まれた耳に手を当て、澄ました顔をしているカルムを見上げて睨んだ。
しかし金眼を開いたカルムを直視すればする程、顔が赤く染まって・・・サシャは何時もカルムを、ずるいと思う。文句を言いたくても
煌々しい顔で見つめられると言いたい事の半分も言えなくなるのだ。そして口づけされて押し倒されればお終だった。
しかしカルムがまた自分を悪者にするような言動に腹を立てて反論した言葉が本当の気持ちだと今は思っている。不幸な事故だとしても言葉通り本当なら死を選んでいただろう。カルムの妻になろうとしたのは命が惜しい訳でも無かったし、レーナの為でも無かったのだ。誰も教えてくれなかったから知らなかった事・・・
無理やり貫かれ繋がれた衝撃の後に見た天眼を開いたカルムに一目で恋をした。
意地悪で無慈悲な嘘つきの不道徳者・・・

(でも・・・本当は優しくて寂しがり屋だ・・・)
カルムの見えない視線が流れて来て、クスリと笑った。

「サシャ・・・顔が赤いよ。何を思い出しているのかな?」
カルムは更に真っ赤になって、何でも無い!と言うサシャを期待したが外れた。

「早く帰って続きをしないと困ると思っていた。そうでないとそなたの悪戯に耐える自信が無いからな」
「耳を噛まれて感じた?」
「・・・感じた」
「ははっ、こんなに正直に答えられると新鮮だな。どんな風に感じた?あそこが熱くなった?」
カルムはサシャの耳元で淫猥に囁いた。今度こそ真っ赤になると思ったカルムだったがまたまた裏切られた。

「そうだな・・・そんな感じだ。背中に、ゾクゾクっと何か走って胸の先がジンジンして・・・そなたが何時も舐めたり、弄ったりする場所が熱くなる・・・どうした?顔が赤いぞ」
正直に淡々と感想を言うサシャにカルムの方が顔を赤らめてしまったようだった。

「お、女の子がそんな風に言ったら駄目だ!」
「何故?男だったら良いのか?そう言えば・・・そなたは何時も私の様子を声に出して言うな。濡れているだの、ヒクついているだの・・・」
カルムは慌ててサシャの口を手で塞いだ。

「サ、サシャ、この続きは帰ってからじっくり話そう。良い?分かった?」
サシャが頷いたのでカルムは、手を離した。ホッと肩を下ろした所にユハの声が響いた。

「サシャ様!」
走り寄るユハを遮るようにカルムはサシャの前に立った。
ユハの心の中は細部まで奥の奥・・・自分でも気付かない心の奥底までカルムには視えた。自分への憎しみは当然で良いとしてもレーナとは違うサシャへの感情にカルムは眉をひそめた。それは自ら抑え続けたサシャへの激情・・・

(厄介な・・・気を付けなければ・・・こんな男が一番危ない。しかし私の心眼からは逃れられないから心配は無いと思うが・・・)
カルムは遠視、心眼を天山中に張り巡らしていた。心眼で視えないものは巫女達の心ぐらいだと思っていたが表層意識は十分視えた。サシャは全く視えないのに?と思ったがそこが天女候補だった差だろうとカルムは思った。

「サシャ様、お帰りなさいませ。お待ちしておりました。お部屋はレーナが急いで整えておりますのでご安心下さい」
立ちはだかるカルムを無視したユハは跪いてそう言った。その帰って来て当たり前のような言い方が癪に障ったカルムが口を開けかけたが、サシャに腕を引かれて振り向いた。

「私が言います―――ユハ、出迎えありがとう。私は戻って来たのではありません。治癒を受けるこの方の付き添いです。ですから諸々の話しはその後にさせて貰います」
ユハは愕然として声も出せず立ち上がる事も出来なかった。その横をカルムとサシャが通り過ぎた。唸り声を上げようやく立ち上がったユハは正門をくぐり外院に入って行ったその二人を追い掛け叫んだ。

「サシャ様を返せ!」
サシャが振り向いた。

「ユハ、聞き分けておくれ。後で話しはすると言っただろう?」
「サシャ様はそいつに騙されているんだ!目を覚まして下さい!サシャ様!そいつは外道だ!サシャ様、サシャ様!お願いです!」
「ユハ!いい加減に――」
カルムの小さな嘲笑にサシャが言葉を呑んだ。

「サシャ、サシャと煩いな・・・ねぇ・・・サシャ、これ、黙らせても良い?」
金眼が妖しく光っていた―――
「だ、駄目だ、カルム!ユハに手出しするな!」
「気分が悪いんだよ、サシャ。君の名前をまるで自分のものの様に何度も何度も連呼して・・・それにサシャを穢したから憎い?嗤える。本当は自分もしたかったのだろう?」
「なっ・・・」
カルムは酷薄に微笑んでいた。ずっとユハのサシャに対する感情に腹が立っていた所だった。

「夢の中のサシャはどんな感じだった?本当のサシャは乳首を舐めると足の指を突っぱねて背中を反らす。弾くと、ビクビク震えて直ぐに、ツンと尖らせる・・・可愛らしい胸はとても敏感だ。花芯はとても狭いけれど蜜をたっぷりと滴らせるから、一気に貫く方が良い・・・」
「カルム!何を言っているんだ!そんなことユハに言わなくても良いだろう!」
ユハの近くで囁くように言っていたカルムをサシャは怒って引っ張った。

「サシャ、この男は君をずっと犯したいって思っていたみたいだから教えてやっただけだ。実際実行されたら大変だからね。まぁ・・・臆病者は出来ないだろうけど」
「ユハ、が・・・?」
「違う!オレは!」
ユハの顔色が憤怒で真っ赤からどす黒いものへと変わっていた。

「違わないだろう?心眼の前では嘘は付けない。私のサシャを頭の中で何回犯して自分を慰めた?クククっ・・・数えきれないな・・・でも・・・まぁ・・どれもサシャの反応も感じている顔も違うから・・・今、お前は私から殺されていないだけだ」
「・・・オ、オレの記憶を・・・」
記憶も視る心眼がいると聞いた事があった・・・

「この、化け物野郎・・・サシャ様を穢したのはオレじゃない!お前だろうが・・・」
「ユハ、駄目!」
剣に手をかけたユハをサシャが止めた。
そして
冷たく儚い薄氷のような微笑を浮かべるカルムの長い銀髪を両手で、グッと掴んで下に引っ張ると背伸びをして唇を重ねた。乱暴な口づけに驚いたままのカルムに、サシャは何時も自分がされているように舌を絡めだした。
多分・・・初めてサシャからされた口づけにカルムは放心状態だった。小さな舌がカルムの口の中をかき回し歯列をなぞって行く。
チュッと舌先を吸われて我に返ったカルムだったが気付いた時には遅く唇は解かれた。無理な姿勢で合わせていた分、唾液が呑み込めず離れる唇の端から滴り糸を引いた。
カルムの唇に残ったその滴をサシャは背伸びして、ペロリと舐めた。

「そなたのやり方を真似たが・・まだまだだな。意外と難しいものだ」
「サ、サシャ・・・さ・・・ま・・・」
「ユハ、私は騙された訳でも気が狂った訳でも無い。巫女ならば穢れの行為は許されないし、幼い頃から駄目だと教え込まれたのだから今でも精神的に好きじゃない。でもこの人とだけは嫌じゃ無いし、自分からこういう事をしたいと思う・・・上手く言えないが・・・う〜ん、だから後で話すと言ったのに・・・」
「サシャ、何なら此処でしようか?君の悦ぶ顔を見れば完全に諦め付くんじゃない?」
「カルム!ちょ、調子に乗るな!」
酷薄な笑みを浮かべていたカルムが、すっかり上機嫌になってサシャにじゃれついた。サシャのユハを守ろうとする行為は癇に障るとしても、少し不安だった天山への里心が無い様子にカルムは安心した。

そして呆然自失になったユハの背後にドルイドが立っていた。カルムは自分がそれに気が付かなかった事に驚いた。

(いつの間に・・・しかもサシャと同じだ・・・視えない)
「お師様!」
サシャは声を弾ませドルイドに駆け寄った。

「サシャ、元気そうですね。心配しましたよ」
「この度は、申し訳ございませんでした。勝手に下山しそして出奔致しまして・・・」
「その件は私から・・・」
カルムが直ぐにサシャを庇うように前へ出た。
しかし、ドルイドは頭を垂れてカルムの言葉を遮った。

「失礼致しました。初めてお目にかかります。天山で巫女を指導しております、ドルイドと申します。この度はサシャがご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございませんでした。貴方様の目の治癒はこの天山の威信にかけて致しますれば何卒、数々のご無礼お許し下さいませ・・・」
天眼を開くカルムを前にしてもよどみなく、スラスラと言葉を連ねるドルイドの真意が分からなかった。サシャを連れ戻したがっていた人物なのにユハのような憤りも焦りも無く、淡々とし過ぎていることにカルムはただならぬものを感じた。自分の力を過信している訳では無いが、強敵だと思うような相手と滅多に会うことが無いから久しぶりの感覚だった。

(久しぶり?じゃないね・・・この嫌な感じ・・・初めてかも?何者だ?只の師では無いだろう・・・いずれにしても私の敵では無い)
ドルイドの唇の端が少し上がり、不敵に笑ったように見えた。

(笑った?・・・まさか・・・私の思考が読めるとか?ははっ・・・まさかね・・・)
「・・・つきまして貴方様の治癒の件でございますが、天山の最高位でございます天女が承らせて頂きたく思っております」
「当然ですね」
カルムが積んだ金子は天山に奉納される約一年分だった。各国の王族はもちろん富裕層に信者が多い天山だが一度にそこまでした者は居ない。当然ながら誰よりも優先される額だ。もちろん五大国の王族が来るだけでも驚くことだから天殿中がその噂で持ち切りだった。その上、サシャを伴って来たのだから騒ぎどころの話しでは無くなっていた。

「しかしながら・・・今日はもう出来ません。天女の・・・巫女の力が一番強いのは午前中でございます。最も良い状態で治癒の義を行いたいと思いますので明朝までお待ち下さいませ」
「サシャ、そうなの?」
「朝の方が天人達の声が聞き易いから、治癒も強力になる。師に従った方が良いと思う」
「・・・では出直すとしよう」
カルムは直ぐに出来ないのならこの地に長居はしたくなかった。しかし・・・

「それは駄目だ。天女の儀式ならば前準備が必要だ。出直す時間は無い」
ドルイドが言い出す前にサシャが言った。
その時、またドルイドが笑ったように感じた。

「・・・それはどれくらいかかる?時間を逆算して来ればいいだろう。さあ、サシャ、帰るよ」
「カルム、どうしたんだ?」
カルムの落ち着かない様子にサシャが眉をひそめた。

「天眼の御方・・・そんなに此処が恐ろしいですか?」
嘲りを含んだドルイドの言い方に踵を返しかけたカルムの足が、ピタリと止まった。

「どういう意味でしょうか?」
「いえ・・・天眼の王族に危害を与える事が出来る者などいないこの天山をとても警戒なさっているようですので・・・それこそどうしてなのかと私がお聞きしたいくらいです」
「恐れてなどいません。無駄な時間を過ごしたくないだけです」
「そうですか。なら、どうぞ貴方様はお戻り下さいませ。サシャ、あなたは残ってくれますよね?色々と、ゆっくりと話しましょう」
「カルム、良いか?私もお師様と話しをしたい」
元々、サシャはこの師に話があって付いて来たものだ。それを駄目だとは言えなかった。だから結局、カルムも残る事となった。

天人達が集う聖なる天山―――
の清澄な空気が重くよどみ出している事を・・・まだ誰も気が付かなかった・・・



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