天人の囁き28



 天殿は床も柱も壁も、そして天井さえも白い。それは何処と無くカルムのガラス張りの執務室に似ていた。心眼を遮る仕掛けのあの部屋だ。
もしくはサシャの視えない心の中の白い空間のような感じだとカルムは思った。

(・・・いずれにしても遠視に支障は無いからサシャを見失う心配は無いけど・・・)
天山と称される場所はカルムの遠視で網羅出来ている。能力者の多い水晶宮を視るより簡単なものだった。しかしその簡単さが逆に不安をかき立てた・・・

「どうした?カルム。難しい顔をして」
二人はとりあえず落ち着く場所へ案内されていたが、無言のカルムが気になったサシャが部屋に入ると直ぐ訊いた。

(顔に出ていた?・・・サシャに心配をかけるなんて失態だね)
カルムはもうどんな小さな事でもサシャを不安にさせたり、悲しませたりしないと自分自身に誓っていた。だから直ぐにサシャの胸を騒がす意地悪な笑みを浮かべた。
「サシャ、ここの雰囲気って執務室に似ていると思わない?」
「執務室?・・・そ、そん・・・」
サシャは、ふと頭に浮かんだ執務室での出来事を思いだし言葉を詰まらせた。

カルムは、クスクス笑っていた。

「どうしたの?サシャ?何を思い出したのかな?」
「な、何も思い出してなんかいない!」
「そう?私は思い出したけど・・・君の――」
「カルム!お師様の前なのだから・・・」
「言うなって?」
「そうだ!それ以上喋るな!」
「それって命令だよね?ふふふっ・・・サシャ、この私に命令出来るのは天眼の王だけ・・・もちろん知っているよね?」
自分より高位の者にしか従わない天眼族の力関係は、ハッキリしている。だからカルムは誰よりも傲慢だし、我儘だ。

「で、でも!駄目なものは駄目だ!」
サシャはこんな意地悪な顔をしているカルムに何を言っても無駄だと思っても言わずにいられなかった。

「駄目ねぇ〜・・・分かったよ」
「!」
「驚いた顔をしてどうしたの?」
「承知すると思わなかったから・・・」
 カルムが愉快そうな顔を引っ込め優しい微笑を浮かべた。
「私に命令出来るのはイエランだけだけど後は・・・」
「?」

まだカルムの気持ちを知らなかった時・・・こんな問答をしてカルムが言葉を濁した時の事をサシャは思い出した。あの時も続きが気になったのだが・・・


『させない?どうやって?私を動かす事が出来る条件は私より天眼の能力が上か、後は・・まぁ・・・いい』

「後は・・・の後は何んだ?」
カルムは少し微笑んで肩を竦めた。

「後は・・・もう君に隠す必要が無いから言うけど唯一の例外が君だよ。それこそ例外が出来るとは私も予想外だったけど・・・私が本当に愛する人だけは例外・・・天眼の王以外に跪かない私が唯一跪くのは君だけ・・・だからサシャ、何でも言いなさい」
「私が天眼の王と同じなのか?」
「ふふふっ・・・厳密に言えば同じじゃないよ。私の中ではイエランより君が上だ」
サシャは驚いて思わず周りを見てしまった。

「お、大きな声で言うな!王の耳に入ったらどうするんだ!」
「別に良いよ。イエランの前でだって言うから」
「王にそんな事言ったら駄目だ!」
「大丈夫、イエランならそうか≠チて軽く流すだけだよ」
それこそサシャは驚いた。あの厳しそうな王が信頼する王佐から、王よりサシャの言うことを聞くと言われて怒らない筈が無いと思ったからだ。
愉快そうな笑みを浮かべたカルムはサシャの耳元で声を落した。
「サシャ、イエランも私と同じでね。ミウちゃんが一番なんだよ」
そうなのか・・・成程」
ドルイドはじゃれ合うような二人の様子を静かに見守っていた。その様子からしてもカルムがサシャに惚れ込んでいるのが良く分かる。サシャも・・・
(穢れが酷すぎるようですね・・・とても大切に育てたのに・・・サシャ・・・)
カルムはドルイドの心は読めないが一瞬だけ不穏なものを感じた。
ユハの直情的な感情は不快でも不穏な感じはしなかった。しかし、ドルイドの雰囲気は敵意無く温厚な感じだがそれが余計に不安な感じがするのだ。

その何を考えているのか分からないドルイドが口を開いた。

「とても仲が宜しいようですね・・・でもサシャは天山が長年待ち望んだ巫女姫です。病に苦しむ力弱い多くの人々の為にもお返し願いたい」
直接的な発言をすると思わなかったカルムは意表を突かれた。

「お師様!私は!」
サシャの声に、ハッと我に返ったカルムは取り敢えず交渉に適した顔を出した。

「天山にはもう一人、天女候補が居ましたでしょう?」
「確かに・・・しかし、サシャとは比べものにならない者です」
サシャは違うと言って首を振った。

「お師様、どうしてそのような事を言うのですか?ロヴィーサの力は素晴らしいし、私より劣るなんて事は無かった」
「ロヴィーサは今が最高でもう能力に限界があります。サシャ、あなたには限界が感じられません。天山最高の天女となる筈だったのです。それを・・・」
悔やむ師を前にサシャは申し訳ないとは言えなかった。自分で選んだ道を謝って否定したくないのだ。後悔が全く無いと言えば嘘になるが・・・カルムを選ばない方がもっと後悔するだろう。

「お師様、今までご指導頂きまして誠にありがとうございました。今日はお礼を申し上げたくて参りました。帰山の件では、ご厚情を賜り感謝にたえません。しかしながらサシャはこの方に付いて行きたいと思います。今まで本当にありがとうござました・・・」
サシャは一言、一言を心込めて話し深々と頭を下げた。
この天山にサシャが執着するようなのは物も人物でも居なかった。それが彼女の自分を守る術だったからだ。このドルイドでさえも師として尊敬はしているが別れに胸は痛まない。それでも一般常識として世話
になった人達への礼と別れをしたかったのだ。
サシャの徹底ぶりにカルムは心底胸を撫で下ろした。
あと一歩で自分がそれをされる立場だったかも知れないからだ。
あっさりと去られていたのはカルムの方だったのかも・・・

「サシャ、これで気が済みましたか?」
もうこれ以上、サシャに構って欲しく無かったカルムはドルイドを牽制するように言った。
サシャはそんなカルムの思惑を気にする事無く晴れやかに微笑んで頷いた。
そしてドルイドは諦めたのかそれ以上、サシャを誘わなかった。

 それからは翌朝の儀式への前準備の説明を受け、それに取り掛かる前に一時間くらい時間が空くことになった。その間、サシャは今まで世話になっていた人達への挨拶に出掛けた。カルムは付いて行きたかったがサシャに固辞されて諦めた。
誰もが天眼を開くカルムを恐れるからサシャは気を遣ったらしい。怖がられてカルムが傷つくと思ったようだ。

「そんなこと一々気にしていたら切が無いのに・・・」
独り言を呟きながらカルムは嬉しそうに微笑んでいた。
その束の間・・・微笑は酷薄な笑みへと変わった・・・心眼がサシャへの悪意を捉えたのだ。
ドルイドの諦めた様子を完全に信用していないが、彼に近づかなければ危険は無いと判断してサシャを一人にさせた。
それでも彼女の周りには遠視と心眼を張り巡らせていた。

「あの下女・・・」
憎しみをサシャに抱くのは彼女を陥れたウッラだった。ウッラは今では彼女の主となっているロヴィーサと共にいた。
カルムは、ニタリと微笑むと彼女達のいる部屋へと向かった。



「ウッラ、外が騒がしいのだけどどうしたのかしら?」
「ロヴィーサ様、あの恥知らずなサシャが来ているそうです」
「サシャが?そう・・・わたくしには関係無いわね」
ロヴィーサの容姿は白い髪と白い肌に赤い瞳・・・
突然変異で生まれる白子と呼ばれるものだ。その容姿の稀有さと何かしらの能力に長ける白子は昔から神聖視され敬われるものだった。このロヴィーサは美しく巫女の力も強く発現し長年巫女姫の地位を保っていた。サシャが頭角を出すまではロヴィーサ只一人が天女候補・・・巫女姫と言われていたのだ。
サシャの出現は彼女にとって愉快な話では無かったが、年端もいかない子供に嫉妬していると他人に悟れるのは嫌だった。だからいつもサシャには優しく接していた。
それにその方が天人達にも好評だったからだ。サシャは天人達に大人気だった。
もしかして天女よりも?と思うことさえあったぐらい・・・
巫女の力が強ければ強い程、力のある天人の声を聞けて願
う事も出来る。
サシャはその天人達に可愛がられロヴィーサも時々目にかけて貰えていたのだ。
それはそれとしてロヴィーサにサシャ程の力が無くても今はどうでも良かった。
邪魔だったサシャが失墜して再びロヴィーサの時代がやって来たからだ。

「成程・・・確かに貴女の力はサシャに到底及ばない感じですね。感情がそんなに視えるのは修行不足なのでしょう?」
聞きなれない男の声にロヴィーサとウッラは振り向いた。

「ひっ!て、て、天・・・」
何時の間にか扉の内側に立っていたのはカルムだった。ロヴィーサは初めて見るカルムの姿に只々驚き声を失くしていた。ゆっくりとカルムが近づいて来る・・・

「驚かせてしまったようですね。私は、お礼を言いに来たのですよ」
カルムが何を言い出だすのかとウッラもロヴィーサも固唾を呑んで続きの言葉を待った。

「私は感謝しているのですよ。サシャを卑劣な罠にかけてくれて・・・おかげで私達は知り合えた。貴女が居なかったら・・・その貴女を慕うその女が居なかったら私はサシャと出会えなかった。礼を言います」
気になる言い回しがあっても、カルムが微笑んでいるので二人は緊張を解いたようだった。しかし、柔和に微笑んでいたカルムの雰囲気が、ガラリと変わり、ぞっと背筋が凍るような笑みを浮かべた。

「お礼にサシャと同じ目に合わせてやろう・・・クククッ、分からない?現役の巫女姫なのだからその熟れ過ぎた身体はまだ男を知らないのだろう?たっぷりと味わうがいい・・・サシャの味わった恐怖を・・・そして絶望を・・・」
これはカルムの密かな目的だった。サシャを陥れた女への復讐だ。一番痛手を負わせる事が出来るのはその原因となったロヴィーサを穢す事だった。

襲い掛かるカルムに二人は腰を抜かし、悲鳴さえ上げることも出来なかった。
肌を覆い隠す巫女服の襟元に両手をかけたカルムは力任せに引き裂いた。熟れた乳房が飛び出し揺れたが、それに構わずカルムは抵抗し始めたロヴィーサの手首を切り裂いた服で後ろ手に縛った。次に暴れる両足の膝を折り曲げてそれぞれ縛ると床に転がした。膝を立てたようになっている縛った足をカルムは左右に押し開いた。膝を曲げられたままのその状態では秘部が丸見えだった。

「怖い?震えているね・・・それとも感じているとか?どうだ?大事なご主人様がこんなことされている気分は?」
ウッラは恐怖で凍り付いていた。公開懲罰を見ているようだった。
懲罰なら馬鹿な巫女だと何時も心の中で笑って見ていたが、今は皆がそれを見て感じていたように恐怖しか無
かった。
「サシャは痺れ薬を盛られて手足が動かなかったのだから同じだろう?」
「は、放しなさい・・・わ、わ、わたくしは関係ないわ・・・」
「関係無い?これは傑作だ!あの女がしたこと知っているのに?サシャが消えてくれて良かったと思っているのに?関係無いとは言わせない・・・それに口で嫌がっているのに身体は誘っている」
「そ、そんなことは無い!嘘を言うな!あッ・・・やっ・・・めぁ・・・」
カルムの指が広げられた花芯に触れていた。
ロヴィーサは腰を揺らしてその何とも言えない快感に耐えようとした。

「男を誘う蜜を滴らせているじゃないか?ほらっ」
カルムはそう言うと、花芯で絡め取った蜜をロヴィーサの鼻先で見せた。そしてその指は直ぐに花芯へと戻りその中へと挿し込まれた。

「ひっ・・・あ、ああっ・・・い、や・・・あっ」
カルムの指が、ズブズブと抜き挿しを繰り返しながら敏感な場所を巧みに刺激されたロヴィーサは縛られた足を震わせた。震えてもがけばもがく程、縛めが肌に食い込んで更なる刺激となっていた。そして恐怖だった男との交わりが快感になり始めている自分に驚いた。これなら穢れても良いとさえ思うような気持ちになった時、カルムの手が止まった。

「カルム!何やっているんだ!」
ロヴィーサを訪ねて来たサシャが叫んだ。
部屋の中は腰を抜かしているウッラと、あられもない姿で縛られているロヴィーサ。

「お仕置きだよ、サシャ。君と同じ恐怖を与えようと思ってね」
「私と同じように・・・」
「そうだよ」
バシっと頬が鳴った。サシャがカルムを叩いたのだ。

「カルム!そんなこと許さないからな!私だけがそなたの女だ!女だけじゃない!男も駄目だからな!私以外とそんなことするのは絶対に許さない!」
サシャの瞳が怒りで涙ぐんでいた。カルムはどんな顔をしたらいいのか迷った。
気持ち的には踊り出したい気分だったが・・・取り敢えずサシャを優しく抱き寄せた。

「サシャ、怒らないで。本気で犯すつもりは無かったんだよ」
「嘘!ロ、ロヴィーサはき、綺麗だし巫女姫だから・・・」
「抱かないよ。だってほら、証拠に・・・ねっ?」
カルムはサシャの手を取り、服の上から自分の股間に触れさせた。

「あっ・・・腫れて・・・無い」
ロヴィーサを見れば肌を上気させ蜜を滴らせている。カルムがかなり念入りに触れていたと思うのだが・・・何時ものように腫れていないとなると?

「ね?勃ってないから犯すことなんか出来ないだろう?ん・・・でも今、サシャが触っているから勃ちそうだ・・・」
「ば、馬鹿!」
サシャは慌てて手を離して頬を赤らめた。それにカルムは追い打ちをかけた。

「サシャ、君にしかもう反応しなくなったのだから責任取って貰わないとね」
「し、知らない!もうそんなこと言うな!」
「はいはい、言わないよ。今はね。さてと・・・お前達を許した訳じゃないがこれ以上してサシャに嫌われたく無いからもう止めてやる。これくらいで済んだことをサシャに感謝するんだな」
ロヴィーサは動けるようになったウッラから縛めを解かれて、ガタガタと震えていた。ウッラも同じく俯いたまま震えたままだった。カルムはそれを横目にサシャを連れて部屋を後にした。



「サシャ、まだ怒っているの?」
「怒っていない。呆れているだけだ」
「ふ〜ん。私は不満だけどね。もっと懲らしめたかったから―――出来るのならあんな手遊びだけじゃ無く犯してやった。前戯なしで突き上げて、快楽とは程遠い苦痛を味あわせて捨てる・・・」
薄笑いを浮かべるカルムの両頬をサシャが両手で挟み込むように、パチンと軽く叩いた。

「そんな醜い顔をするな!綺麗な顔が台無しだ!」
「サシャ・・・」
サシャはカルムの何も映さない瞳を覗き込んだ。そして小さな溜息をつくとカルムの胸に、そっと頬を寄せた。

「どうしてそなたは何時も自分が悪人に見えるような事をするのだろう・・・私はウッラにもロヴィーサにも恨みは無い。だから私の代わりに・・・とか思わなくていい。本当にする必要があるのなら私は逆恨みされたとしても自分のことは自分で始末する。そなたが私の代わりに恨みを買うのはつらいから・・・嫌だ・・・」
いつもカルムの奥底に隠している顔は融ける事の無い氷で出来た刃ように冷たい・・・
触れれば切り裂かれ熱を奪われて凍る・・・
しかしその顔が出る時は嘘偽りの無い本当の心だ。それは優しさの裏返しだったり、嫉妬だったり、怒ったり・・・何時もそれらの感情を素直に出さず抑制しているから出た時は、あんなに凍っているのだ、とサシャは思った。

(でも・・・うそ微笑を浮かべる神々しいのより、ずっと良いけど・・・)
サシャは甘えるようにカルムの胸に、もっとすり寄った。

「サシャ・・・そんな可愛いことを言って・・・私に近寄ると危険だって教えなかった?」
「知らない・・・」
「そう・・・じゃあ、教えないとね」
カルムの声が熱を帯びていた。しかし顔を上げたサシャから睨まれて動きかけた手が止まった。

「此処ではしない!あっ・・・いや・・・此処は声が・・・声が響くから・・・嫌なだけで・・・」
確かに此処がカルムの執務室に似ていると思った理由の一つはそれもあった。

「声を出さなければいい」
「そ、そんなの無理!そ、それに・・・天人の声は聞こえなくても彼らは何時も居るから・・・見られるし・・・」
「良いねぇ〜見られていると思うと感じるだろう?ね、サシャ?」
「無理!絶対無理だ!」
「嫌じゃ無くて、無理なら大丈夫」
「な、何を言っている!だったら嫌だ!」
「嘘は駄目だよ。サシャ・・・さあ、我慢してごらん」
「だ、だめ――!!」



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