天人の囁き


 そして湯浴みを終えた筈のサシャが唇を紫色にして帰って来た。
その間、カルムも温泉に浸かって身支度を終えた所だった。
上気した顔のカルムと真っ青なサシャ―――
余りにも違い過ぎた。しかし天眼を閉じているカルムは気がつかない。

「用意出来た?」
サシャは返事をしようとしたが寒さで歯が噛み合わずガチガチと鳴った。

「?どうしたの?」
カルムは不審に思ってサシャのいるらしい方向に手を伸ばすと彼女の頬に触れた。
それは氷のようで一瞬驚いて指を離したが、再び両手で頬を包むように触れ直した。
親指で唇に触れれば更に冷たくガチガチと震えているのが伝わった。

カルムはまた天眼を開いてしまった。そして朧気に見えたのはサシャの青白い顔と・・・

「キャ――っ!何をされるのですかっ!」
レーナの制止などお構い無しにカルムは仕度を終えたばかりの服を剥ぎ取った。
サシャの唇から下に向かって首はもちろんその先まで続く、擦ったような赤い痕をカルムは見たからだ。服の下の華奢な身体はどこもかしこも強く擦った痕で赤く腫れていた。

「なっ・・・いったいどうしたんだ?砂利の上で転がったのか?」
「な、なんでも・・・な、ない・・・」
裸にされて尚更ガタガタと震えるサシャは言葉もたどたどしい。

「レーナ!お前の主は何をしたんだ!」
「み、禊をされて・・・」
カルムの天眼が光りレーナの記憶を視た。
サシャ本人を視られなくても彼女は視られる。レーナは自分の精神に触れる天眼の力を感じるのだろうサシャと同じように震え出した。

 サシャは湯ではなく近くの凍っていない湖に身を清めに入ったようだ。凍る天眼の地でも温泉地帯にはそんな場所もある。それでも冬の湖水だ。そしてその中でカルムの触れた場所を拭うように何度も清めの布で擦ったようだった。それで穢れが取れる筈もないのに無言で擦るサシャの姿が視えた。
カルムは見えない瞳を吊り上げると衣服を身につけ終えたばかりのサシャを抱え上げた。

「な、何を!サシャ様をお放し下さい!」
取りすがるレーナを無視したカルムはサシャを抱いたまま自分が先ほどまで居た温泉を引いた湯殿へと向かった。そして彼女をその湯の中に放り込んだ。

「うっ、ぷっぷ・・・」
口の中に湯が入って咽ぶサシャの頭をカルムは湯の中に押し込んだ。

「暫く頭まで浸かっているんだ!この馬鹿!凍え死ぬつもりか?」
「い、いけません!湯は堕落の源!巫女姫は使われません!」
天殿では湯を使わないしきたりらしく追い掛けて来たレーナがカルムに向かって訴えた。

「うるさい!黙れ!もう巫女でも何でも無いだろう!」
湯の中からブクブクと泡が出始めるとカルムはサシャの頭を引き上げた。
しかし湯船に首から下は浸かったままだ。じわじわと凍った身体が溶け出すような感覚だった。
寒い時期、本来なら清めは樽の中に汲んだ水で済ませるものだがサシャは穢れを落としたい一心で禊をしたかった。冷たい清らかな水は身体を冷たくするが思考をすっきりとさせてくれた。
そして何だか少し清らかになった気分になったのだが・・・
今は身体中がズキズキして痛み頭がぼやけて来た。指先がジンジンとしてジワジワ何かに侵食されるような感じもした。

(湯・・・堕落・・・また穢れが戻ったな・・・でも・・・)
気持ちが良い・・・とサシャは思ってしまった。これが堕落の一歩なのだと心の中で叱咤しながらもつい口元がゆるんでしまう。

「どうだ?気持ちがいいだろう?」
「別に・・・」
サシャは反射的に自分の気持ちを誤魔化した。良くも悪くも率直に思った事を何でも言う彼女には珍しいことだった。何故かカルムには素直になれない気分だからかもしれない。

「そう?口元・・・ゆるんでいるけど?」
「そんなことは無い。こんなものに浸かったことが無いからふやけただけだ。こんなものに何時も浸かる者達の気が知れない」
「気が知れないのは君だ!冬の天眼の地で水浴びをする者なんて聞いた事ない!やっぱりお前は馬鹿だ」
馬鹿と言われたサシャがまた剥きになって反論して来るとカルムは思った。
大人びて感情の起伏が少ない彼女があの時だけは違っていた。淡々としていたサシャが可愛らしく剥きになっていたのだ。カルムはそれを期待して愉快そうに口元をほころばせていたがサシャは黙ったままだった。

「―――何?今日は馬鹿じゃないって言わないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「本には書いていただろう?冬季の湖水は冷たいって。冷たいって言う意味分かる?温度が低いと言う意味だよ。体温が下がれば死ぬんだ。それに――」
カルムはサシャが、じっと自分を見つめていることに気がついた。

「何?黙っていたって分からないだろう?何?」
「私は間違った事はしていない・・・でもそれが外の世界では可笑しいと言うのだろう?だから今・・・考えていた。と言うより自信が無くなって来た・・・学ぶのは苦にならない。だからそなたの教えを聞き取ろうとしていた」
カルムは開いた口が塞がらなかった。阿呆のように開けたままだ。
自分の嫌味をまるで教師の教えのように聞いていたと言うのだ。素直だと言うよりも大馬鹿を付けたい気分だ。だからもっと懲らしめてやろうとした時、サシャが急に湯の中に沈んでしまった。

「なっ!どうしたんだ!」
カルムは慌てて彼女を引き上げた。どうも慣れない湯でのぼせて意識を無くしたようだった。

「サ、サシャ様!」
レーナが顔色を変えて叫んだがカルムは厄介そうな顔をしてサシャを彼女に押し付けた。

「着替えさせて」
レーナはサシャを抱きとめたが戸惑った。
サシャが華奢でも女の力ではこの場から連れ出すには無理があった。

「どうした?早くして。湯冷めするだろう」
「は、はい・・・あの・・・」
躊躇するレーナをカルムは待て無かった。彼女からサシャを剥ぎ取ると濡れた衣服に手をかけた。

「何をなさいます!」
「何って?着替えだよ。濡れたまま部屋に戻っていたらあっという間に身体が冷えてしまう。だいたい天眼の冬を甘く見ないことだ」
カルムは濡れて脱がせ難くなった衣服をボタンごと引き千切った。細いサシャの肌にべったりと張り付く布を手早く剥ぎ取り放り投げた。金の天眼で視るサシャの肌はまだ湯気を出してほんのりと赤く染まっていた。と言うよりも擦れた傷が腫れている。
傷だらけの彼女にカルムは同情よりも強い淫欲を感じだ。

「・・・・・・・・・・・・」
そして自分でも意識しないうちに新しい着替えを持って来たレーナを追い払っていた。

「サシャ、サシャ・・・目を覚ましなさい。そうしないとどうなっても知らないよ。サシャ・・・」
カルムは軽くサシャの頬を叩いたが彼女の意識は戻りそうにも無かった。

「・・・・・・・・・・・・」
カルムは無防備なサシャの身体を仰向けに転がした。そして両手を細い首にかけた。
サシャの首はカルムの片手で握れるくらい細い。握り締めればあっさりと折れるだろう。手の中のその儚さを想像すると何とも言えない感覚だった。
カルムはその異様な気分の昂ぶりを感じながらゆっくりと同じ動きで左右に分かれて首から胸に手を這わした。
小さな胸は仰向けで平らでも強く撫でればそれなりの弾力と手応えを感じた。それを楽しむかのようにその場所で円を描きながら撫で回していると・・・サシャがビクっと動いた。それに控えめな乳首も形を取り始めツンと尖って来た。

「ふふっ・・・意識が無い割には良い反応だ」
カルムは胸の赤く腫れあがっている場所に舌を這わせ始めた。何と無く血と体液の味がするようだった。そしてその味が一番する場所に歯を立てて強く吸った。

「痛っ・・・・・・」
流石にサシャは意識を取り戻すと驚いて目を見開いた。
そして湯煙の中で見間違えたのかと思った。真っ裸の自分の上に天眼の男が馬乗りになって肌に食らいついているのだ。一瞬、天眼族は人肉を食するのかと思ってしまった。

―――しかし痛くても食い千切られてはいない。

無意識に身体を硬直させたサシャにカルムは気がついた。

「目が覚めた?あ〜それは残念。嫌な事は知らないうちに終っている方が良かっただろうにね?こんなに腫れるまで落とそうとした穢れだけどそれが無駄だって今から教えてあげるよ。こんな傷・・・口づけの痕と変わらないんだからね」
カルムがそう言うと綺麗な顔を愉快そうに歪ませて、ニッと笑った。
そして今度こそサシャの抵抗を期待したようだった。嫌がる彼女を無理矢理押さえつけて犯す想像をするだけで心が浮き立っていた。
しかし・・・またカルムの期待は裏切られてしまった。
サシャは止めていた息を大きく吐くと緊張させていた身体の力を抜いた。

「―――気を遣ってもらってすまない。教えて貰わなくても分かっている・・・自分が認めたくなかっただけだ。禊で穢れが落ちる訳でも無いのに・・・只の気休めだと分かっていた。だから・・・」
礼を言うサシャの予想外の返答にカルムは一瞬言葉が出なかった。
しかしそれでも嬉々として聞き返した。彼女が嫌がっているのに変わりは無いからだ。

「だから何?もう分かっているから自分に触れるなって言いたいの?本当の気持ちを言ったら?」
「本当の気持ち?・・・言えば何か変わるのか?」
カルムの笑みが広がる。

「さぁ〜どうだろう。どうなの?」
「・・・その金眼は心眼じゃなかったのか?」
サシャは、ふと疑問に思って聞き返した。
ウッラの隠された真意を暴いたように心眼とは心の中を視て読むものだ。なのに?

カルムは笑顔から一転して不機嫌な顔となった。
「心眼だ!それでも視えないものもある!君はその部類だ!」
正直に言う必要も無かったのにカルムはつい言ってしまった。
そしてカルムの言った様に心の中を視られていないと聞けば皆、安堵した顔をするものだがサシャは違っていた。
申し訳なさそうな顔をしたのだ。それはカルムにとって意外だった。

「そうか・・・それは言い難い事を聞いて、すまない。そなたが心眼だと思って甘えていた。今度から意思表示には気をつけることにする」
カルムはまた一瞬言葉が出なかった。誰もから嫌われる心眼に甘えていたと言うのだ。
美羽からも同じような事を言われて驚いたものだが・・・

(ミウちゃんは自分の気持ちを言葉にするのが苦手だから読んで貰った方が助かると言ったけれど・・・甘えていたと・・・同じ意味?)
「私が君の心を読んでいたと思っていた訳?」
サシャは頷いた。そして少し心配そうな顔をした。

「―――何か問題でもあるのか?」
「問題って・・・別に・・・」
問題は無い。しかし心を見透かされても平気だと言う者は滅多にいないから驚いていただけだ。

「問題が無いのなら良かった。また余計な事でもしたのかと思ったから・・・では、私の気持ちを言う。私の穢れは消えることは無くてもこれ以上、穢れる行為をしたくは無い・・・それに口合わせも、下半身の結合も気持ちが悪い・・・」
「な、なんっ!気持ちが悪いだって!」
「うん、気持ちが悪い。上も下も他人から侵入されてグチャグチャと掻き回されるのは嫌で我慢出来ない。だから今後一切止めて欲しい」
カルムは開いた口が塞がらず唖然としてしまった。男女問わない不特定多数の恋人達を持つカルムは性技にかなりの自信があった。下手だと言われた事はもちろん無かった。
「気持ち悪い・・・って・・・ちょっと待って!その言葉、聞き捨てならないな!自慢じゃないけどそんな事言われたことは一度も無いんだ!君の感覚が可笑しいんだろう!」
「私が変??」
「ああ、そうだよ!経験が無いからそんな事を言――」
カルムは言いかかった言葉を呑み込んだ。
性交自体初めての相手は今まで何人もいた・・・だからそれは理由にならないと思ったようだった。
初めてだろうが経験豊富だろうがカルムには関係無かった。どんな相手でも充分満足させる自信があったのだ。サシャの評価はかなりカルムの自尊心を傷付けた。ならば・・・

「ふん!知らないようだから教えてあげるけど君が嫌がっていることを夫婦でしなくなったら―――即、離婚だよ」
「・・・離婚?何故?」
「そもそも結婚の意味を知っているの?」
サシャは、もちろんと言いたかったがその答えに自信が無かったが一応答えてみた。

「・・・結婚とは男女が生計を共にするものでその契約として婚礼を挙げその初夜に契りを行なう・・・」
「へぇ〜一応分かっているんだ。そう言えば夫婦は同衾するって言っていたよね?ああ、でも・・・もしかしてそれは同衾するだけで何もしなくて、あれは初夜の一度きりだと思っていたとか?」
サシャはコクリと頷いた。

「あはははっ、それは傑作だ!じゃあ、子供が出来る方法って知っているかい?」
「子供?それは自分が強く願った時に授かると・・・聞いていた・・・けど」
「ぷぷぷっ・・・あはははっ、それ信じていた訳?あはははっ」
「な、何が可笑しい!笑ってばかりいないでハッキリ言え!」
サシャはカルムの馬鹿にしたような態度が堪らず剥きなった。
そうなるとカルムは愉快で堪らなかった。これが見たかったのだ。

「植物だっておしべと、めしべをくっ付けると実が生って種が出来るだろう?動物も虫もオス、メスが交尾して子が出来る。もちろん単性で出来る場合もあるけれど私達は前者だよ。お願いなんかで出来るものじゃない。だから夫婦の間に子供が生まれる。もっとも母親だけの場合もあるけどそれでもあれをしたから出来ただけだ」
「そんな・・・じゃあ、あれをすると誰でも子供が出来るのか?望まなくても?」
「ああ、そうだよ。もちろん男女どちらかに生殖の欠陥があれば別だけどね。あれは生殖行為だから誰からも非難される事なく出来るのが夫婦だし、子孫繁栄は大いなる義務だよ。でもそれを只の快楽としている者もいるのも確かだけどね」
カルムは嗤いを抑えながらサシャの反応を楽しんだ。自分がその快楽だけを楽しんでいると言うのに大義名分でそれを隠した。

「そうか・・・夫婦の義務は分かった・・・我慢しなければならないのなら耐えることは出来ると・・・思う。でも・・・子はいらない。だからあれが子を授かる行為だとするのなら・・・それをしなければならないのが夫婦と言うのなら・・・私は・・・」
暗く沈んだサシャの声にカルムは、はっとした。彼女が落ち込んだ様子は心浮き立つが天山の結婚をしない場合の件を思い出してしまった。

初めに契った相手と結婚しなければ死罪―――
馬鹿馬鹿しい慣例だがサシャはそれをあっさりと実行しようとしていたのを思い出したのだ。

「ちょ、ちょっと待って!まさか死ぬとか言うんじゃ無いだろうね?」
「天眼の御方。この度は誠に迷惑をかけた。見知らぬ私の申し出を快く受けてくれ夫婦となろうと尽力して下さったのに申し訳無い。認識不足の私が失礼な事を言って本当に申し訳無かった」
「だから何?どうする訳?」
「結婚は出来ない。だから・・・」
「だから死ぬって?またそんな事を言うなら私もいい加減、怒るよ」
カルムは焦りを感じていた。見知らぬ娘が死んでも気にすることは無いのだがサシャを何故だか死なせたく無かった。

「それに私がこれまで何回やったと思う?何十回どころじゃない」
「何百人も妻がいるのか?」
「違う!だから言っているだろう?あれをしたからって皆が皆、結婚する訳じゃ無いんだ!そんな決まりがあるのは天山だけだ!あれはもちろん生殖行為だが快楽でもあるんだ。だから天山では結婚しないその行為は堕落とか言うんだろう?違う?」
「そうか・・・そういう意味だったのか・・・成程、勉強になった。それで天眼の御方は快楽でそれを行なっていたと・・・成程」
サシャの冷静な分析にカルムは話せば話すだけぼろが出るようだった。

「あ〜どうしてそんな話になる?私が言いたいのはあれを繰り返しても誰一人として孕まなかったって言いたかったんだよ!」
「孕まない?子が出来なかったと言うのか?」
「そうだ!」
何故こんな事までサシャに暴露しているのだろうかとカルムは嗤いたくなった。
カルムは子供が欲しい訳でも欲しくない訳でも無かった。どうでも良いと言えばどうでも良かっ
たのだ。
全て成り行き次第―――子供が出来ればその母子共々、カルムにとって大事なものとなりそれはそれで嬉しいだろうと思う。しかしその兆しは全く無かった。

その心が珍しく顔に出ていたのだろう。サシャがそれを感じ、気の毒そうな顔をした。

「すまぬ・・・また、余計な事を言って。子を望む夫婦が天山に来ていた理由が分かった。天山は治癒をする場所なのに時々願掛けをする場所だと勘違いするものがいると皆が言っていたからそうなのだと思っていた。あれは生殖機能の治癒に来ていたのだな。そなたも子を望むのなら天山に行くといい。そうすればそなた憂いは無くなるだろう」
「だから私の話じゃなくって!君が結婚した後の房事は我慢出来ても子供が欲しくないと言うからこんな話をしたんだろう?私としても心配する子は出来ないって!」
カルムは自分が何故こんなに剥きになっているのか分からなかったがとにかくサシャを説得しなければと焦っていた。

「・・・しかし・・・それはたまたまかもしれない。だから夫婦の正しい有り方が分かった今、そなたに迷惑はかけられない」
「迷惑じゃないと言ったら?」



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