天人の囁き



 カルムは目の前に彼女が居るのに全く気がついていなかった。心眼が利かないから気配を感じとれないのだ。
「カルム・・・その娘なのか?」
「え?何?」
「お前の目の前に居る娘が連れて来た天山の巫女かと聞いている」
「え?サシャ?」
目が不自由でもそれを感じさせないカルムが目の前の娘の存在に気がつかないことにイエランは驚いた。

「カルム、お前・・・分からないのか?」
「あ〜まぁ・・・この子に心眼が通じないから気配が読めないんだよね・・・それよりもサシャ、良く此処まで入り込めたね」
サシャはカルムの問いに直ぐに答えず、じっとイエランを見ていた。

「サシャ!声を出してくれないと君の居る場所が分からない!」
カルムは見えない自分にイラついて声を荒げた。

「すまない―――そなたを探して見かけた者に訊ねながら来た」
「訊ねた?此処は王の私室で一番警護も厳重な場所なのに?」
「皆、親切に案内してくれた。天眼族は親切だ」
カルムは唖然としてしまった。サシャは天眼族でもない一般人だ。
そんな正体不明の人物が水晶宮の最奥まで入り込むなど普通なら考えられない事だ。
しかしこのサシャの堂々とした態度と威厳に満ちた雰囲気は身分の高い賓客と勘違いされても可笑しくない・・・
その様子を思い浮べたカルムは愉快そうに吹き出してイエランに睨まれた。

「カルム、随分ずさんな警備だな」
「・・・すぐ改善する」
サシャは兄弟だというカルムと全く似ていないがイエランが天眼の王だと一目で分かった。繊細なまばゆい美貌のカルムとは違っても、端整で冴える容姿のイエランはそこに居るだけで圧倒的な存在感を放っていた。
誰もが彼の言葉に従うだろう・・・それだけの覇気を感じた。
その王がサシャとの結婚を認め無いと言ったのだ。扉前に居たサシャにも当然聞こえた。サシャは真っ直ぐイエランを見つめた。

「初めまして、天眼の王。私の名はサシャ―――この御方を利用しているだけと言われぬように努力する」
「サシャ!余計なことは言わなくていい!」
カルムが慌てて口を挟んだ。
イエランには彼女と交わした結婚の条件は話していない。カルムは自分の結婚話などイエランは無反応だろうと予想していたから全部話しても良かったが何となく言い損ねていたのだ。だから話さなくて良かったと思っている所だった。
それこそイエランが言うようにカルムは利用されているようにしか見られないだろう。

「余計では無い。いきなり見知らぬ相手と結婚すると言えば誰でも変に思う。王が心配するのは当然だから私の心意気を言ったまでだ」
「変?心配?今日はとてもまともな意見だね。驚いたよ」
カルムはそう言って笑うと、サシャの頭をまるで子供を褒めるように撫でた。
サラサラとした真っ直ぐな髪が指を滑り気持ちが良い。
その手をサシャは、ムッとして払った。
するとそのサシャの不愉快そうな様子を感じたカルムがまた笑った。

イエランはカルムの何時もと違う様子に少し驚いていた。まるでじゃれ合っている感じ・・・これは身内になら別に珍しく無いものだが他人には絶対しないからだ。
(それにしても・・・)
イエランはカルムがこの奇行に走る理由が分からなかった。
その原因と思うサシャはカ
ルムの好みには見えなかった。イエランはこれまでカルムの色々な遊び相手を見て来たが男も女も恋愛経験豊かな・・・いわゆる大人達だった。
適当な快楽を愉しむのに都合の良い人選だとも考えられたが・・・それでもサシャのように見かけも成熟していない世間知らずそうな娘は範疇外で気にかけること自体信じられない感じだ。

「笑うな!私は真剣な話をしている!」
「笑って無いよ」
「笑っているじゃないか!」
ムッとするサシャがカルムには愉快で堪らなかった。

「でも、サシャ、どうしようか?イエランが・・・王が私達の結婚を認めてくれなかったら?」
サシャはカルムからそんな問いが来るとは思わず驚いた。
結婚とは本人達の意思でするものだと書物には書いてあったからだ。お互いが同意して契り合うと結婚が成立する・・・サシャの場合順番が逆になってしまったが一応結婚の手順に間違い無いと思っていた。
しかし一夫多妻だとか子供の出来方に妻の義務だとか知らない事も沢山あった。
そうなると・・・

「こ、この国の結婚は・・・王の許可がいるのか?」
サシャの戸惑うような声音にカルムはまた愉快そうに笑った。
天眼を開いて観察したい所だが・・・能力者の少ない田舎町で開眼したようなことを此処では気軽に出来なかった。天眼の能力が強い者が集まっているこの水晶宮で、カルムのような心眼の金眼を開けばその波動は皆の精神に不穏な圧力を及ぼすのだ。
しかしカルムは剥きになるサシャの表情が見たくなって思わず天眼を開いた。
だからその開眼にイエランは驚いてしまった。何故?開くのか意味が分からなかった。
心眼が効かないと言うのに開く必要性は無い―――

「カルム・・・その娘をどうするつもりだ?」
イエランの静かな問いにカルムの笑いが止まった。

「・・・どうする?結婚すると言っただろう」
「それは聞いた。だから問うている・・・私の問いが分からないとは言わせない」
声を低めるイエランを適当に誤魔化すには無理な感じだ。誤魔化す・・・と言っても自分自信どうしてこうなったのか良く分かっていないものだから答えようが無い。

「・・・じゃあ、正直に言うよ。最近閨事も単調でさぁ〜相手を替えてもね。ところが新発見!この子をいたぶるとゾクゾクする・・・嫌がったり痛がったりする感じがね。自分自身、嗜虐心が強いとは思わなかったけど・・・ふふふっ、意外に良かった!恋人達にそんなことしたら評判はガタ落ちだけど彼女は結婚してあげないと死ぬしか無いのだから何でも言う事を聞だろう?何人でも結婚出来るのだからそれくらいで都合の良い玩具が手に入るのだから最高さ」
カルムはそう言うと今度は意地悪く喉の奥で嗤った。
すると側に居た美羽は驚いて小さ
な声を上げた。
「あ、ごめんね、ミウちゃん。黒翔の王を思い出した?」
「カルム様はそんな方ではありません。あんな・・・」
美羽は嗜虐心の強かった黒翔の王から散々辱めを受け苛まれていた。それこそ美羽は玩具のような扱いを受け彼女が恐怖するのを愉しんでいたのだ。そんな思い出したくもない男とカルムとは大違いだと美羽は言いたかった。
しかしイエランは納得した様子だった。

「あれ?イエラン?何も言わないんだね?」
「・・・そんな性癖もあったとは今まで知らなかったが・・・可哀想だったからと言われるより真実味がある」
カルムの滅多に出さない第三の顔とも言える冷酷な性格はそれらしい感じがするからだ。

「違います!カルム様はお優しいです!」
「それはお前にだけだ!」
イエランは、ムッとして声を荒げた。
その大きな声に美羽は久しぶりに、ビクリとして怯えた。

「イエラン!」
カルムがそれに気がつきイエランを嗜めるように呼んだ。
しかしイエランの態度は珍しく変わらなかった。最近は美羽を怯えさせるような事をしても直ぐに態度を軟化させて安心させていたのだが・・・今日は口元を不快そうに引き結んだままだった。
やれやれとカルムは心の中で溜息をついた。

(大人になったと褒めてやったのにまだまだだね。無駄な事に腹を立てて・・・更にからかうのも面白いけれど・・・)
どうしたものかとカルムが思っていると何か言いたそうなサシャの顔が眼に入った。

「何?サシャ?」
「言ってもいいのか?余計な事は言うなと言っただろう?」
サシャの正直な物言いがカルムには嫌味に聞こえた。

「へぇ〜言われたら言われた通りにする訳?」
「妻は夫に従うのが常識だと言ったのはそなただろう」
「あはっ、ほら、イエラン。従順な妻!良いだろう?私の思うままだ」
カルムはそう言いながらサシャを抱き寄せたが彼女を腕の中に収める事は無かった。
カルムの手には光るものが有りそれは一瞬の間にサシャの服を切り裂いていた。
美羽が悲鳴を上げ、サシャはカルムを睨んだ。

「何をする!」
「私に従うんだろう?結婚相手がどれだけ私に従順なのか親族のイエランに良〜く披露しようと思ってね。指が折れているから脱ぎやすいように切ってあげたんだよ」
「此処はそういう風習なのか?」
サシャは切り裂かれた服が落ちないように手で押さえながら訊ねた。

「さぁ〜どうだろう?ほら、その手を外して脱ぐんだ」
「・・・嫌だ。意味が無いのならそうする理由も無い」
「夫に従うのだろう?そう言ったのはお前だ」
カルムの見えない瞳がサシャを冷たく見下ろしていた。そしてサシャが従うのを待っている。
サシャは青くなって涙を浮かべている美羽と、平然と無言で此方を見ているイエランに視線を流した。
天山の戒律では異性の前で肌を出す事は禁じられている。首から下はもちろん腕は肘より上、足は足首より上は厳禁だった。だから羞恥心と言うよりも罪の意識・・・背徳心としてサシャは強く感じるものだ。

「・・・・・・夫以外にそういう事をしてはならないと書いてあった。それに天山では異性の前で肌を出す事を禁じられている・・・」
「夫がやれと言っているんだ。それにお前はもう巫女じゃない」
「・・・・・・・・・」
サシャは押さえていた手の力を抜き、震えながら上半身の衣服を脱いだ。触り心地は絶品だとカルムが褒めたなめらかな肌は擦れた跡が赤く腫れ悲惨な状態だった。

「・・・鞭?違うか・・・何れにしても酷いものだな、カルム」
「ふふふ・・・」
「違う!これは――」
「サシャ!余計な口を利くより先に全部脱げ!」
身体中に付けた傷痕はカルムのせいじゃない。イエランはカルムが付けたものだと思ったようだ。
それを否定しないカルムに代わってサシャが言いかけたが止められてしまった。そして更に下半身もさらせと言われたサシャは足まで震えて来た。罪の意識に苛まれるのだ。

「さあ、早く全部脱いで手足を大きく横に広げて隅々まで見て貰うんだ。私の玩具として役立ちそうなら結婚も認めて貰えるだろうからな」
「酷い・・・カルム様・・・」
意味が無いこの行為を美羽はもう見ていられなくなって俯いてしまった。黒翔の王も美羽を臣下の前で裸にしては辱めていた事を思い出したのだ。
それを、チラッとイエランは横目で見たが何も言わなかった。

サシャは唇をきつく噛み締めながら服を全部脱いだ。そして身体を隠すように自分を抱いていた手も足も広げようとしたが意思に反して身体が動かなかった。
カルムとの事は不幸な事故で何が何だか分からないままだったが今は違う。
生まれた時から叩き込まれたものを簡単に消すことは出来ない・・・しかし妻として求められているものをしなければならないのも分かっている。
サシャはどうしてなのか良く分からないがカルムが悪ぶって見せようとしているのだと感じた。
誰になのか?

(あの娘に?それとも王に?何故??)
「サシャ・・・言う通りに出来ないのなら泣いて私に許しを乞ってみろ」
(泣く?)
サシャは首を振った。

「私は泣かない・・・でも・・・許して欲しい・・・」
「涙一つ流さないでそれを言うのか?―――しかもそれが願うような態度か?許さない。やれと言ったらやれ」
サシャは弱々しく再び首を振った。

「・・・お願い・・・します。許して・・・下さい」
サシャの悲痛な願いにカルムは無言だった。

願いは聞き届けられないと悟ったサシャは蒼白になりながら、ゆるゆると手を広げ始めたがその背徳心に押し潰されて失神してしまった。
突然、ガクリと倒れ込むサシャをカルムが抱きとめた。

「まさか気絶するとはね・・・それくらい嫌だったのかな?たったこれ位でさ。これからだったのに・・・ね、イエラン、なかなか愉しめそうな玩具だろう?」
「・・・馬鹿が・・・」
「ふふふっ、と・・・言う訳だから私の見つけた愉しみを邪魔しないでね。じゃあ、そうそう向こうには今日君はもう帰らないと言っておくよ。休憩するくらいだから急ぎは無いだろう?私も伝言したら宮に帰らせて貰うし。じゃね」
サシャを自分のマントに包み直したカルムは笑いながら出て行った。
それを不機嫌な顔のまま見送ったイエランは大きく息を吐いた。そして怯えている美羽を抱き寄せた。

「美羽・・・」
低く愛情に満ちたイエランの声が美羽の耳元で囁かれた。
すると氷のように固まっていた心がフワリと温かくなり融けて行くようだった。

「カルム様・・・どうして・・・」
カルムの豹変ぶりを目の当たりにした美羽は戸惑っていた。

「全く・・・やることが極端過ぎる・・・」
「え?」
イエランの不可解な言葉に美羽は顔を上げると、イエランに唇を塞がれてしまった。

「うん・・・っ・・・んん」
どうしてなのかと考える事が色々あるのにイエランの性急な口づけはその思考を遮ってしまう。
触れた唇は熱く激しい・・・唇の裏の粘膜を探られるともどかしい甘い痺れが走る。
そしてそれに気をとられていると歯列を割られ舌を絡めとられてしまう・・・強く吸い上げられた舌は先が痺れ背筋が震える。

「ふっ・・・んんっ・・・ん」
美羽はその刺激に膝はガクガクと震え立っていられなくなった。いつもながら口づけだけで気が遠くなりそうな感じだ。だから口づけが解かれイエランが美羽の耳朶を噛んでいるのに気が付かなかったぐらいだ。

「美羽・・・」
耳元で囁かれた美羽はようやく甘い夢から覚めた。そして耳にかかるイエランの吐息に、カッと頬を熱くすると耳の中に熱い舌が差し入れられた。

「ひっ!あっ・・・ん・・・うくっ・・・」
美羽は思わず大きな声を上げそうになったがどうにか堪えた。
濡れた水音が卑猥に鼓膜に響く。もう本当にどうにかなりそうだった。最近のイエランはとにかく焦らすだけ焦らして来るのだ。最後には何時も美羽が早くと懇願してしまうぐらいだ。
しかし今は小休憩中なのだから・・・と美羽は思ったが・・・今日ばかりは関係なかったようだ。
そしてカルムの言葉が、ふっと浮かんだ。

(もう帰らないと伝える?帰らない??あっ!)
「お仕事・・・イエラン、仕事――あ、あっ・・・まって・・・あん」
美羽の唇は再び塞がれてしまった。

「うう・・・んっ・・・」
言葉を奪われる口づけは息さえ出来ない。そしてペチャと唾液の音をたててふいにそれが解かれた。

「急ぎは無い。カルムが帰って来たから明日で十分だ」
「カルム様・・・」
美羽は怖かったカルムを思い出して美しい眉をひそめた。

「・・・気に入らないな・・・」
「え?」
「カルムが良人でも悪人でも・・・お前は心留めてしまう・・・」
イエランが珍しく呆れたような顔をして言った。
美羽はそこでやっとイエランがカルムに嫉妬しているのだと気がついた。気がつけば不機嫌な要素が幾つも思い当たった。

「私がカルム様のことを気にするのは・・・私は・・・」
「言わなくても分かっている。分かっていても・・・つい・・・お前が心動かすものに心穏やかに出来なくて・・・自分でも呆れてしまう。結局、カルムに変な気を遣わせてしまうのだから情けないものだ」
最近のイエランは美羽に自分の弱さを隠そうとしなかった。だから美羽は例え自分が何も出来なくてもそれがとても嬉しかった。でも今まで支え合っていたカルムとイエランの二人だけ分かっているような感じを見ると少し妬けた。

「何のお話ですか?その・・・カルム様が?」
「ああ・・・お前がカルムの肩を持つから面白く無かったのが分かったのだろう。カルムはお前から嫌われようと思ったようだ」
「え?それであんなことを?」
「そう・・・カルムは優しいとお前が何度も言うから・・・な」
イエランは少し気がとがめる感じで言った。

「それに結局、ああやってあの娘の事をどうしようとしているのか誤魔化されたようなものだ。全く・・・カルムの考えている事は分からない」
美羽が、クスリと笑った。

「貴方でも分からないことあるのですか?」
クスクス笑う美羽をイエランは抱き寄せると、彼女の大好きな口の端だけ上げる笑みを浮かべた。

「生意気な口だ。そんな口はこうしてやる」
「あっ・・・まっ・・・んん」
美羽の唇は再び奪われこうなったらもう終る事が無かった。そのまま抱き上げられ寝所へと運び込まれて・・・かなり長目の休憩となったのだった。


 そして気を失ったサシャを連れ帰ったカルムはと言うと困り果てていた。
それは―――



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