
華やかな披露宴会場を更に彩るかつてアランが花≠ニ呼んだ者達・・・
後宮の女達がそこに揃っていた。イレーネを愛したアランは彼女達と決別し、それから一度も会うことさえしなかった。それなのに何故?・・・イレーネは凍り付いた瞳をアランにぎこちなく向けた。
「ア・・ラン・・・さ・・ま・・・」
イレーネは言葉が出なかった。どうしてなのか?何故?とさえ聞けない。
女達の視線が全て語っているようだった。彼女達の勝ち誇ったような雰囲気・・・アランの愛を信じている筈なのに心の片隅で彼を疑っていた事が露見した。その件でアランは怒り、ずっと恐れていた通りになり彼女達と復縁するつもりで呼び寄せたのだろうか?―――と、嫌な考えが頭の中を巡った。
今・・・この場で取り乱してしまいそうだ。しかしそれをしないのがイレーネだ。
自尊心を傷つけながら平気な振りをし続けた皇后時代でそんな感情を抑える術を身につけている。
だから大丈夫だと・・・自分に言い聞かせて気にしない素振りに切り替えようとした。
「・・・全く・・・イレーネ。何度言ったら分かるんだ?俺は何時も言っているだろう?我慢するなと・・・」
「何のことでしょうか?わたくしは別に・・・」
女達から視線をそらしながら言ったイレーネにアランの追求は続いた。
「なら感想は?驚いたか?」
素知らぬ振りをしようと決めたイレーネだったが、無神経なその問いに我慢出来ずにアランを、グッと睨んだ。
「陛下が何をお聞きになりたいのか存じませんが、昨日わたくしが申し上げた事を言えば宜しいのでしょうか?メランダは美しく整った顔に豊かな胸、セリーナの肌は雪のように白く美しく可愛らしい、ライラの歌と踊りは素晴らしく妖艶な美しさに溢れ、マリアは・・・フランは・・・ロゼは・・・」
イレーネは次々と女達の名前とその魅力を言い連ねた。
「おいおい、俺さえ覚えていない女達の名前全部言えるのか?」
「もちろんです!今、後ろにいらっしゃる方は全部言えます!わたくしは・・・わたくしは・・・貴方が好まれるもの・・・好まれたものは全部覚えています・・・だから・・・」
その時、アランが驚くほど優しく微笑んだ。
イレーネは息が止まりそうなくらい鼓動が跳ねてしまった。
「そうやって何時も考えていた訳か・・・馬鹿な奴だ。全部か・・・全部知っているのに俺の本当に好きなものが分かっていないのには呆れる。まぁ〜今日はもっと良く検分したらいい。クロードに言って集めさせたが、後宮にいた者達はほぼ全員いるらしい。ふん、俺は覚えていないが・・・丁度いいだろう?この披露宴の意味合いからすれば一番適した招待客だ。クロードの奴、何と言って集めたのか・・・まぁ、想像出来るが・・・大方、俺がお前に飽きてまた後宮を再建しようと考えているとでも言ったのだろう。くくくっ、あの女達はさっきから俺の目を惹こうと必死だ」
「そ、側室候補・・・」
アランは再び微笑んだ。
「もちろん本気じゃない。俺の女はお前だけだ。と・・・言っても信じて無いのだろうから今は何を言っても無駄だろうが、俺の気持ちが揺ぎ無いことをその目で確かめるがいい。今日と明日は俺が国中から集めて手折った名花と呼ばれた女達、そしてその次は帝国のあの男が最も愛する佳人からの誘惑・・・なかなか手強そうだろう?普通の男なら思わず我を忘れて、クラリときそうだ。なぁ〜イレーネ」
アランは愉快そうにそう言うと笑った。
イレーネはこの奇想天外な行動に驚き過ぎて言葉が出なかった。
簡単に言えばアランを信じていないイレーネの為に、昔の女達を集め、自分を誘惑させる。
それらに心を動かさないと証明したいらしい。
後宮の解体はアランが全部処理をした。当然、それなりに揉めたと思うがイレーネの目にも耳にも噂一つ入らなかった。
不快な思いをさせたくないというアランの配慮だったかもしれないがこの時、彼女達と揉めていた方がまだ心が安らかだったのかもしれないとイレーネは思っていた。
彼女達と争って・・・争うという言い方は違うかもしれないが彼女達からアランを振り向かせたという実感が無いのが事実だ。それを今回、再現するような感じだ。
筋書き通りならば女達の誘惑に惑わされないアランと言う感じだろう。アランが昨日言った、
『―――お前への俺の気持ちを信じるかどうかだ。と・・・言うよりもお前が自分自身を信じるかどうかだ』
(アラン様のお気持ちを量れるとしても・・・それがわたくし自身を信じられる事に繋がるとは思えないのですが・・・)
アランの真意を読み取ったイレーネは嫌な考えから解放されたが憂鬱になってしまった。
彼女達を見れば見る程、劣等感が湧いて来る・・・自分に自信の無いイレーネは憂鬱になるしかないのだ。しかしこれは負けられない勝負だ。自分に自信が無くてもアランを奪われたくないのだから・・・
「・・・真にオラールの婚礼は驚くことばかりでございますのね。まさか夫になる方の昔の恋人達が勢ぞろいするとは思いもしませんでした。慶事のついでに心広く、彼女達を快く容認すればわたくしも正妃の鏡だと褒められるでしょうが―――」
何気ない表情で口を開いたイレーネは言葉に詰まった。自分は絶対に承知しない、と言えずにそのまま黙ってしまった。
「イレーネ?」
彼女の言葉を待つアランだったが、これ以上無理と諦めたのか軽く溜息をつくと、クルリと踵を返し招待客がいる会場を見渡した。
客達は入り口で何やら話し込んでいる主役の二人を怪訝に思っていたところだった。
それでなくても元後宮の女達が呼ばれているのに驚いてイレーネの様子を窺っていたところだ。
しかし、振り向いたアランの晴れやかな様子に一同は顔を見合わせてしまった。
「さあ、主役の登場だ!音楽を鳴らせ!今から無礼講だ!飲んで、踊って祝うがいい!」
待っていましたと言う感じで会場内は歓喜した。オラール王宮での宴はいつもこんな感じだ。
最初だけ畏まっていても大らかなアランの性格に呼応して直ぐにくだけてしまうのだ。
儀礼的なデュルラーの皇宮と正反対なこの様子に最初の頃のイレーネは驚いたものだ。王族には許しも無く声をかけるのはこの国でももちろん非礼だが無礼講と王が言えばその慣例さえ無くなってしまう。イレーネには信じられない光景だが実にアランらしいと感心していた。帝国では静まり返った宴しか経験が無い。ナイジェルが黙っていれば周りもそれに習っているからだ。
広間に沸き起こる騒音を受けながらイレーネはアランから手を引かれ上座へと向かった。
そこにはナイジェルとツェツィーリアが居た。幾分、ツェツィーリアの顔色が悪い。
(ツェツィー・・・驚いているのでしょうね・・・)
多分、この婚礼を一番心配していたのは彼女だろうとイレーネは思っていた。交わす文にはそれらしい事が何時も綴られていたからだ。彼女の気持ちを思えば最もなことだろうと・・・何時も気にかけ返事は良く考えたものを出していたくらいだ。
だから、何でも無いことよ、とツェツィーに微笑みかけた。すると・・・
「この馬鹿が・・・」
アランが小さく呟いた。イレーネは霞みがかっていたものがふと、晴れたような感じがした。
余りにも色々有り過ぎたからかもしれない。
「馬鹿で構いません。これがわたくしなのですから・・・」
イレーネはすっと背を伸ばし毅然と微笑んだ。それはアランが心奪われた最初の出会いにも似ていた。扇をパラリと開いて閉じたあの時のイレーネだ。不甲斐無い親族に対するナイジェルの勘気を和らげたあの一件・・・堂々としているのに偉ぶらない高潔な微笑。
―――アランは堪らずイレーネに口づけした。
「っ・・・うんん・・・まっ・・・ん、て」
イレーネの制止する声は呑み込まれてしまった。
何時ものように力強く背中を引き寄せられ熱い舌が歯列を割って侵入して来る。
その深い口づけに周りはどよめき喝采するもの、そっぽを向く女達など宴は盛り上がりを見せた。
最初、口づけに酔ってしまったイレーネだったが流石に正気に戻り、抱きすくめるアランの胸を押した。それでも解こうとしない口づけに困り果てた時に、迷惑な助けが来た。
「あん、へいかぁ〜私にも下さいませ」
脱げかかったような下品なドレスを身に纏った女が腰をくねらせ近寄って来たのだ。少し頭が弱いが身体だけは絶品のジリーと言う女だ。その周りにお構い無しのとぼけた性格と、何よりも男を酔わすその絶品な身体はアランが以前気にいっていた女の一人だった。
ジリーは自慢の胸をアランの背中に摺り寄せ、首にしがみついた。無礼講だと言われたが公式な宴にそんな事は許される筈は無い。周りに居た者達は息を飲んだ。
アランがイレーネの口づけを解きその無礼な女を睨んだ。
「うふっ、陛下、そんな目をしないでぇ〜う・・・んん」
様子を窺っていた者達が皆、ぎょっとして目を見開いた。ジリーがアランに口づけたのだ。
アランはまだイレーネをその手に抱いたまま首だけ回した状態でジリーに唇を奪われてしまった。
ジリーは音を立てて唇に吸い付いたがアランは口を引き結んだまま全く反応しなかった。
周りがしんと静まり返る中・・・ぶら下がるように口づけしていたジリーがアランから離れた。
「へいかぁ〜」
ねだるように瞳を潤ませながらジリーはアランを見上げた。
しかも脱げかかったドレスから尖らせた乳首もわざとらしく覗かせた。昔ならこれをすれば速攻で押し倒され、荒ぶるアランの逞しいものを突っ込まれたものだ。
しかし、アランは冷たく彼女を見下ろすだけだった。だがその彼の手が伸び、ジリーは胸を震わせながらその手の行方を見つめた。アランの手は彼女の袖口を掴み一気に袖を引き千切ってしまった。
そしてその引き千切った袖で口元を拭うとそれを床に投げ捨てたのだ。
王の勘気に触れたのは誰の目にも明らかだった。ジリーは流石に顔色を無くし後に下がった。
他の女達の嘲笑が所々で聞こえていた。逸り過ぎた彼女を嗤っているのだろう。
やっぱりあの子は馬鹿ね。陛下はあの女を正妃に立てる。飽きている頃でしょうけれど一応、体面上仕方が無いでしょうしね。私達は上手く二番目、三番目に納まれば良いのよ。そうすればいずれ元通りになるわ
あら?あなたもそう言う考え?
そういうあなたもかしら?
お飾りの正妃はあの女は得意でしょう?帝国でもお飾りだったらしいし
そうね、と女達はコソコソ笑った。
それからアランの周りでは女達の小競り合いが始まった。
それをあっさりと足蹴にするアラン・・・それでもあの手この手とひたすらに媚びを売る女達。それは端から見て滑稽にしか思えないものだが女達は真剣だった。
初めこの宴の異常さに顔色を無くしていたツェツィーリアがイレーネに耳打ちして来た。
「あの・・・何だかあの方々が気の毒な気がしてきました。イレーネ様からしたらご不快な方々でしょうけれど・・・」
その素直な意見にイレーネは微笑んだ。
「そうね・・・正直に言えばあの人達の存在は不快でした。それを何でも無い振りをしていた・・・でも・・・こうしてアラン様が相手にもしないのを見て胸が空くかと思ったらそうでは無いようです―――ツェツィーの言うように彼女達が哀れに感じます。でもそれはわたくしが上から彼女達を見下しているのかもしれないと思ってしまって・・・」
彼女達を庇う事も無視することも出来ずにイレーネは只座っていた。誰もが彼女に声を掛け難く近付いて来ないからだ。
同じく誰も周りに寄って来ないのがナイジェルだった。気軽に話しかける雰囲気で無いのは何処に居ても同じだろう。彼を唯一和らげてくれるツェツィーリアがイレーネに付き添っているから尚更だった。
「ツェツィーリア、イレーネをダンスに誘っても構わないか?」
「え?」
ナイジェルの突然の誘いにイレーネは驚いた。
「素敵!」
ツェツィーリアは瞳を輝かせて頷いた。しかし、イレーネは反対に顔を曇らせた。
「わたくし、踊りは得意ではございませんのよ。陛下は名手でいらっしゃいますし、ツェツィーも上手ですけれど・・・わたくしなど・・・」
「イレーネ、その素晴らしいドレスは踊るともっと映えるのではないか?アラン殿は忙しいようだから私が広間の隅から隅まで披露してやろう。主役が壁の花では勿体無い」
「そうですよ、イレーネ様。そのドレスとても良くお似合いです。オラール王のお見立てですか?イレーネ様の事を良く分かっておいでですね。意外で驚きました」
イレーネは豪華過ぎる今日のドレスに気が引けていた。ツェツィーリアの言う通り、アランの見立てだ。しかし自分らしく無くドレスだけが悪目立ちしているような気がしてならなかった。
これも自分に自信が無い気持ちから来るものだろうと思っても、やはり違うと思っていたものだ。
しかし、アランが嬉しそうに似合う、似合うと言って決めたものだから何も言えなかったのだ。
だが趣味の良いツェツィーリアが似合うと言うのだから少し信じてみようと思った。
「・・・わたくし、きっと陛下のお足を踏みますわよ」
「踏まれる前に避けるから大丈夫だ」
知りませんわよ、とイレーネは諦めたように言うとナイジェルの手を取って中央に進んだ。
偽装だったと露見したとは言っても仮にも長年連れ添った二人の仲睦ましい様子に皆が動きを止めて見入っていた。それこそ壁の花になっているツェツィーリアの事は皆忘れている感じだ。イレーネを巡った王と皇帝との三角関係だと誤解する者達が出そうな雰囲気だった。
そして一番腹を立てたのはアランだった。
「どういう事だ!イレーネはダンスは嫌いだと言って俺と一度も踊ったこと無かったのに!」
「まぁ・・・陛下。お可哀想・・・本当に踊られたことございませんの?それにしても嫌いだとは思えませんわね。とても楽しそうですもの」
「うるさい!」
しな垂れかかる女を払いのけたアランは今、していた事などすっかり頭から消えていた。誘惑する女達に靡かない自分を見せるなんてものはイレーネが見てくれなければ意味が無い。
「あの野郎!自分の出番はまだ先だろうが!今から誘惑しやがって話しが違う!」
「邪魔をしないで頂けますか?」
苛々と飛び出そうとしたアランをツェツィーリアが恐る恐る止めた。
「なにぃ?」
ギラリと睨んで振り向いたアランにツェツィーリアは、ビクビクしながら答えた。
「貴方様がなさろうとしている事・・・ナイジェル様は理解を示していますが、私は理解に苦しみます。多分・・・女と男の考え方の違いだとは思うのですが・・・イレーネ様はお辛いと思います。私なら嫌です。普通なら幸せに微笑んでいる宴なのに・・・今、やっと少し微笑んでくださっているのですから邪魔をしないで下さい!」
ツェツィーリアは、ふるふると震えながら言った。怖いと思っているアランに意見するのはとても勇気が要った。
「ふん!気に入らない!俺がムカつくんだ!俺の女といちゃつきやがって・・・それならそれで・・・おいっ!お前、俺と踊れ!」
「わ、私?」
7話目のオマケページ(クロード×リリー) 「その後で」
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