ツェツィーリアは声がひっくり返った。しゃくりまで出そうだ。
返事をする前にアランに無理矢理手を引かれ、グイッと身体を寄せられた。完全に踊る体勢だ。
そして抵抗する間も無くクルクルと踊り出してしまった。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「おいっ、足踏むなよ」
「私は殿方の足を踏んだことありません!お相手が下手なら分かりませんけど!」
「はははっ」
憎まれ口を叩いていたツェツィーリアだったが悔しい事にアランはナイジェル並に上手だった。
そしてアランはツェツィーリアを強引に、グイグイ引っ張り、ナイジェル達に近付こうとした。

(アラン様・・・)
イレーネは息の合ったアランとツェツィーリアの踊りが視界に入り、胸が騒いだ。

「・・・成程。こういう気分になるのか・・・」
ナイジェルもそれに気がつき呟いた。

「ナイジェル様?」
「イレーネ、私もそなたの気持ちが分かった。あの二人を見れば確かに気分は良くないな。ついつい要らぬ事を考えてしまいそうだ」
イレーネは少し驚き、そして微笑んだ。

「ツェツィーリアは大丈夫です。要らぬ心配ですわ」
ナイジェルも珍しく微笑んだ。

「なら、アラン殿も大丈夫だと信じたら良い」
「・・・そうですね・・・信じたい・・・信じたいと思っています・・・」
「信じたいか・・・まだ雲は晴れぬようだな」
「・・・・・・少し、のぼせたようです。外の風にあたって参ります」
イレーネは同行すると言ったナイジェルを断った。
「わたくしよりもアラン様に振り回されているツェツィーリアを助けてあげて下さい」
アラン達は見失ったイレーネ達を探しているようだった。見付かるのは時間の問題だろうがその少しの間、イレーネは一人になりたかった。
その時間稼ぎにナイジェルを向かわせ一人、庭園へと続く回廊を渡り外へ出た。
昼下がりから始まった宴だが外はまだ夕暮れまでには少し時間があった。
宴は夜半まで続く・・・イレーネは溜息をついた。

(時間が経つのが今日はとても遅い・・・)
それに慣れているから平気だと思っていたものが、もう耐えられず限界だった。どしてかと考えれば答えは直ぐに出た。何でも言えと言うアランに甘えているのが今では当たり前になっていたからだ。
だから今はもう今までのように一人で耐えられなくなっているのだろう。

(悪いのはわたくし・・・でもどうすれば良いのか・・・)
イレーネは本当にどうすれば良いのか分からなくなっていた。アランと自分を信じると口先だけ言う方法もある。しかしそれを信じて貰えるとは思えなかった。
口先だけでなく本当にそう思っても同じことだろうと思うのだ。
だからどうしたら良いのか分からなかった。
思い悩むイレーネの耳に蔑むような女達の声が聞こえて来た。

「あら、主役がこんな所に?まあ・・・何処にいらしてもそのドレスなら目立ちますでしょうね。クスクス・・・」
クスクスと同調して笑うのはアランから冷たく退けられた元愛妾の三人だ。クロードの期待を持たせるような紛らわしい誘いに釣られてやって来たものの、話が違うと陰口を言っていたところにイレーネが居合わせたらしい。

「クスっ、そうね。本当に見事なドレスと宝石だわ。でもまさかご自分が綺麗だとか思っていないでしょうね?」
「いやだぁ〜まさかでしょう?これだけ着飾らしたら百人並みが十人並みに位になるのは当たり前だもの。それぐらい分かっているでしょう」
女達が嘲るように笑っていると怒鳴り声が響いた。

「おいっ!女、俺の前でもう一度同じことを言ってみろ!」
「ひっ・・・」
急に現れたアランに女達は蒼白になった。怒りを露わにしたアランに言い訳は通じない。
以前、その当時一番のお気に入りだった女が迂闊にイレーネの悪口を言って後宮を追い出された事があった。それこそ無一文で叩き出されその後の女の末路は悲惨だったらしい。
だから後宮の女達はアランの前では絶対にイレーネの事を悪く言わなかったのだが・・・誰もいないと思い油断していた。

「何か言ったらどうだ?」
「あ・・・そ、その・・・」
「聞こえん」
「お、お許しを・・・」
「許せ?はっ!許せ・・・だと?」
声を低めるアランに女達は竦みあがった。するとイレーネが彼女達を庇うように進み出た。

「アラン様、どうぞお怒りを沈め下さいませ。わたくしに対する配慮でございましたらどうか、お許し下さいませ。わたくしは気にいたしませんから・・・どうぞ温情をもちまして」
「お前は!」
アランは激昂したまま言い募ろうとしたが言葉を呑み込んだ。そして大きく肩を上下させながら息を吐くと苦笑いをした。

「イレーネ・・・お前が此処に来て間もない頃、そうやって後宮の女を庇ったことがあったな?言ったこと無いから知る訳もないが・・・俺はその時、驚いたものだ。俺の勘気に触れた者を、それ見た事かと嘲り競争相手が減ったと喜んでも庇う者など一人もいなかった。しかしお前は自分が侮辱されているのに庇った・・・俺の言いたい事が分かるか?」
アランの言いたい事?イレーネには分からなかった。
答えが見付からず黙っているとアランは蒼白になっている女達を追い払っていた。
そして今にも泣きそうな顔をした。それは子供を失った時に見せたあの夜のようだった。
イレーネが何故なのか?と驚いているとアランが大きく腕を広げ抱き寄せられた。

「イレーネ、俺が馬鹿だった、許してくれ・・・お前が我慢するのも自分に自信が持てず色々考えるのもそれがお前なのに・・・そのお前だからこそ俺が惚れたのに・・・馬鹿なことを言った。お前の心の奥底まで俺が支配しようなんて傲慢な考えだった。もう嫌だ・・・どうでも良い女達を見るのも相手にするのも吐き気がする・・・」
絞り出すような声で謝るアランの顔は抱きしめられて見えなかったが泣いているようだった。
イレーネは自分の首筋に涙の雫が一滴落ちたのを感じた。その首筋が熱かった―――
そしてそれは全身を巡り指の先に至るまで広がるようだった。イレーネの瞳にも涙が溢れだした。

「いいえ、いいえ!わたくしが悪いのです!貴方様は何も悪くございません!わたくしが」
「嫌、俺が悪いんだ・・・イレーネ許してくれ」
「許すも許さないもございません。わたくしが悪いのですから」
イレーネを抱く腕を弱めたアランが顔を上げた。
その顔に涙のあとを見つけたイレーネは胸が締め付けられそうになった。

「アラン様・・・」
「イレーネ・・・許すと言ってくれ・・・許すと・・・」
「わたくしは・・・」
「お願いだ・・・」
アランがまた泣き出しそうだった。

「・・・ゆ、許します・・・でも―――あっ・・・」
でもの先は言わせて貰えなかった。太陽のように微笑んだアランから唇を塞がれてしまったからだ。
何時もの強引なのに優しい・・・何もかも忘れてしまいそうになる口づけ・・・

「ふっ・・・うんん」
イレーネは胸の奥から熱いものがせり上がり・・・涙が溢れそうになった。それは悲しみでは無く切ない幸福感からくるものだ。舌と舌が絡み合い溢れる唾液はゆっくりと吸い上げられる。

「んっ・・・ふっ・・・っ・・・んん」
イレーネはアランが口づけを解くまで夢心地だった。そして抱かれた腕が緩まると急に怖くなった。

「そんな顔をするな、イレーネ。この場で押し倒したくなるだろうが」
「ア、アラン様!」
「あははっ、今日は流石に出来ないな。そのドレスを着せ直すのは難しそうだし・・・あっ、まだ言っていなかったな。そのドレスお前に良く似合っている・・・」
アランはそう言いながらイレーネの首筋から胸元まで愛しむように撫でた。それだけでイレーネは息を呑み、顔を赤らめてしまった。

「お前が不安に思ってもその度、俺はそれを拭ってやる。何もかも忘れるくらい抱いてやろう。だからお前はいつも不安がっていろよ。そうじゃないと俺がつまらんからな」
「ア、アラン様!」
イレーネは更に真っ赤になってしまった。その耳元でアランが囁いた。

「ところでイレーネ。俺は怒っているんだけどな」
「な、何でございますか?」
「俺と踊ったこと無い癖に、あいつと踊っただろう」
「そ、それは――」
「問答無用!さあ、行くぞ!」
何処へと聞く間も無くイレーネは抱き上げられ披露宴会場へと運ばれてしまった。そしてもちろんアランはイレーネと踊り始めようとした。

「アラン様、お待ち下さい!本当にわたくし、ダンスは苦手ですのよ。きっとアラン様は明日、足が腫れて靴が履けなくなるかもですわ」
「何時も踊らないから上手にならないだけだ。そうだ!上達するには罰を課した方がいいかもな。じゃあ、こうしよう!足を踏んだらその場で口づけ一回だ!イレーネ、どんどん踏めよ!ははははっ」
「ア、アラン様!ま・・・っん」
まだ踏んでもいないのにアランはイレーネに口づけした。
二人の一変した仲睦まじい様子に皆驚きそして盛り上がった。

「イレーネ様、楽しそう。良かった!」
ツェツィーリアの明るい声に隣に居たナイジェルも微笑んだ。

「心配いらぬと言っただろう。あれだけイレーネを盲愛しているのだからどう転んでも最後には彼女を悲しませる事はしない」
「でも・・・オラール王は怒鳴るし怖いです。イレーネ様、大丈夫かしら・・・」
「ツェツィーリア、お前は私が怖く無いか?それこそオラール王よりこの手は血塗れている・・・お前を散々苦しめたし・・・」
ツェツィーリアは驚いて首を大きく振った。

「怖くありません!そんな事、今は思った事も無いです!」
ナイジェルが微笑んだ。ツェツィーリアにしか見せない優しい微笑だ。

「ならイレーネも同じだろう。そう思うだろう?」
「あ・・・そうですよね・・・イレーネ様はオラール王を愛しているのですもの。それは確かだと私も思います。だからイレーネ様のお気持ちを量るようなオラール王に腹が立ったから――」
言いかけた言葉を呑みこんだツェツィーリアにナイジェルが聞き返した。

「腹が立ったから?腹が立ったからどうしたのだ?」
「あの・・・その・・・」
「その?」
「その・・・ナイジェル様とイレーネ様のダンスを邪魔しようとなさったから・・・邪魔しないでとか・・・色々文句を言ってしまって・・・」
もごもご言うツェツィーリアにナイジェルは思わず声を上げて笑ってしまった。

「わ、笑わないで下さい!とっても勇気出したのですよ!」
「ククっ、それはそうだろう。クククっ・・・嫉妬するオラール王は獅子のように髪を逆立てて恐ろしかっただろうからな」
「そ、そうですよ!」
「それで何故一緒に踊った?」
「え?」
ナイジェルはもう微笑んでいなかった。どちらかと言うと怒っているような感じだ。

「あれは無理矢理・・・」
「以前、約束した筈だ。私以外と踊らないと・・・」
そんな約束をしただろうか?とツェツィーリアが首を傾げていると、ナイジェルが意地悪く微笑んだ。

「さて・・・処罰はどうするかな」
「え?そ、そんな!」
可愛らしいツェツィーリアの反応にナイジェルは口づけを落として冗談だと言ってまた笑った。


 それから賑わう宴から後宮の女達が次々と姿を消した。二人の様子を見れば自分達に望みは無いと悟ったのだろう。
そしてこの宴も後二日あるが一応一日目の区切りが来た。
アランの御開きの合図でそれが終了するのだが・・・王のその言葉に皆、酔いが醒めてしまった。

「婚礼前の宴は今日で終わりだ!明日、挙式をする!花嫁は帝国出身だから帝国風に挙式後の披露宴をやる!以上だ!準備にかかれ!」
クロードの頭を抱える姿と仰天する客達の顔をアランは笑い飛ばした。
「アラン様、無茶でございます!宴はともかく挙式を早めるなど大神殿にも都合がございましょう」
イレーネも驚きながらそう訴えたがアランは聞き入れなかった。

「問題ない!俺が決めた事に文句は言わせない!分かったな、クロード。そう手配しろ!」
クロードは大きな溜息をついた。毎回のことだが流石に今回は骨の折れることばかりだ。

「本当に困った方ですね・・・承知致しました」
「クロード様、いけません!」
心配するイレーネにクロードは肩をすくませて微笑んだ。

「イレーネ様、ご心配なさらないで下さい。このクロードが万事滞りなく整えます」
「クロード!イレーネにいい顔している場合か!さっさと行け!」
「はい、はい、直ぐに行きます」
やれやれと去って行くクロードにアランが更に追加を出した。

「イザナイの儀式は中止だからな」
クロードが振り向くとアランが、ニヤリと笑った。

「そうですね。それが宜しいかと思います」
クロードも微笑み頭を下げると大迷惑な命令を遂行すべく足早に去って行った。

「さてと・・・俺も寝るとするか。お前と一緒に・・・と言いたい所だが寝るだけじゃ終りそうもないし明日は忙しいからなぁ〜花嫁が寝不足で顔色が冴えず腰が立たなかったら大事だし・・・なっ、イレーネ今日は寂しいだろうが我慢してくれ」
「ア、アラン様!そのような事、大声で・・・もう、知りません!」
真っ赤になって怒るイレーネを笑いながらアランは抱き寄せた。その抱擁から逃れようとイレーネはもがいたがビクともしなかった。笑うアランはツェツィーリアに視線を合わせた。

「明日は、レミーに会わせてやる。俺の跡を継ぐ者だ。若く綺麗な女が好きだからきっとあんたを気に入る筈だ。じゃあ、また明日」
笑いながらもがくイレーネを腕に抱いたままその場から去って行った。
ナイジェルはその意味を理解して微笑んだがツェツィーリアは意味が分からなかった。

「子供に会わせる?どういうことかしら??」
「継承者とはもちろん次代の聖剣保持者だ。その刻印の子と会わせると言う事は、オラール王が次代の帝国を襲う妖魔から救済してくれると約束してくれたのだよ」
「あ・・・」
ツェツィーリアは瞳から溢れる涙で前が霞んで見えなかった。それでも去って行くアランの背中を見つめ頭を下げた。そしてナイジェルの腕の中で泣いた。今まで胸に痞えていたものが全て流れ出るかのようだった。


 翌日、祝砲が一斉に鳴り響き、挙式が始まった。大神殿へと続く晴れやかな祝賀の行列に国民は熱狂し、豪華で派手な王と花嫁の姿とその行列に喝采した。大神殿に入ってしまえば見物は終ったようなものだ。後は厳粛な儀式で締めくくられる。
「イレーネ様、お幸せそう・・・」
リリーが儀式を見守りながらうれし涙を浮かべて呟やくと、クロードは寝不足の為か不機嫌そうに答えた。

「王は、ずっとニヤ気顔ですね」
「そうですね。でも王様が幸せだとクロード様も嬉しいでしょう?クロード様、お疲れ様でした」
「・・・こんな何も出来ない場所で無自覚に私を挑発しないで欲しいですね。今晩はお仕置きですからね」
「え?そ、そんな」
「しっ、終ります」
 大神殿と国中の神殿の鐘が鳴り響き人々の撒く花びらが空を舞った。その中でアランがイレーネを抱き上げ笑っていた。そしてその花嫁の瞳にはうれし涙が浮んでいるようだった。アランはきっとこれからもイレーネの瞳には悲しみの涙を浮ばせないだろう。
 その後、オラール王国とデュルラー帝国は共通の敵である妖魔を殲滅する協定を結んだ。
それは三界が一体となったあの時代を彷彿させる出来事だった。
そしてその後、その協定は永遠に続く事となる―――


〜終〜

 如何でしたでしょうか?魔法シリーズのRバージョン(笑)この2本立ては意外と苦労しました。同じストーリーでバージョンアップですからねぇ〜違う感じにしようしようと言う思いが苦労の源でした。最終話もバージョンアップする場所が無くてもう〜んと悩みましたがもう無理せずにそのままにしました。まぁ〜この後のクロードのお仕置きとか、イレーネの結婚初夜など書きたい気もしますけれどね(笑)それはまたの機会に取っておきます(^_^.)
 最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。これからも魔法シリーズ宜しくお願い致します。


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