内容は―――
婚礼への欠席を断ったのはツェツィーリアの体調を心配したナイジェルの独断で、それを知った彼女が泣き出してしまったとの事だった。泣き止まない彼女にとうとう折れたナイジェルが出席の旨を伝えて来たのだ。

「なんだ!結局来るのか!全く人騒がせな!」
今まで憤懣を撒き散らかしていたアランは拍子抜けしてしまった。しかし根本的な問題はそのままだ。

「イレーネ!実家にまだ俺の事を言って無いと言っていたな?」
「そ、それは・・・はい・・・」
「いつ言う?」
アランの声は怒ってはいなかったが怒鳴りたいのを我慢している感じだった。

「いずれ・・・落ち着いてからでもと・・・」
「クロード!」
「はい、何か?」
「イレーネの実家に使いをやれ!王家の一番派手な黄金の馬車を連ねて迎えに行かせろ!」
「陛下・・・」
イレーネは驚いて瞳を見開いた。最初の結婚の時でもそんな事はされなかった。皇帝に嫁ぐのは名誉な事だがあくまでも神殿の推挙であり、全ての指示はそこからで皇家が動く事は無かったのだ。

「では・・・そのお役目、私が承りましょう」
クロードは涼やかに微笑んで言った。

「お前が?宰相のお前が行けるなら箔が付くが・・・日にちがかかるのに行く暇があるのか?―――嫌、待てよ・・・あ〜お前!リリーの親元に挨拶に行くつもりだろう?」
「ああ!そう言えばそれも出来ますね」
ポンと手を叩いて今気が付いたかのようにわざとらしく言うクロードにアランは呆れた。

リリーとは帝国からイレーネに同行して来た侍女で今はクロードと婚約中だ。しかしクロードの仕事が忙しく彼女の実家へ結婚の挨拶に行きたくても行けない状態だった。
リリーは身分の低い自分の所へ王族のクロードがわざわざ行かなくてもいいと言っていたのだが・・・
クロードにとって絶好の機会が転がり込んで来たようなものだった。

「さて?どう致しましょうか?他の者を選定なさいますか?それとも私で宜しいでしょうか?」
クロードなら期待以上に上手く役目を果たすだろう。しかし何と無く乗せられた感じもするとアランは思ったが・・・

「・・・お前に任せる」
「はい、畏まりました。根回しをしっかりして参りますのでご安心してお待ち下さいませ」
クロードが頭を下げてアランに返事をすると、イレーネにもお任せ下さいと言って微笑みかけた。

「ありがとうございます、クロード様。どうぞ宜しくお願い致します」
イレーネは信頼するクロードが行くと決まって安堵した顔をした。そしてその表情のまま微笑むとお礼を言ったのだが・・・

「クロード!イレーネに声を掛けて見つめ合う時間があるならさっさと行け!」
「これは大変失礼をしました。申し訳ございません。では私はこれで失礼させて頂きますが、陛下は執務にお戻り下さいませ。それではイレーネ様、後は宜しくお願い致しますね」
クロードはアランの嫉妬をサラリとかわし、再び嫌味のようにイレーネに微笑みかけて部屋を後にした。その後は宜しく≠ニクロードが言った意味をイレーネが考える間も無くアランにいきなり後ろから抱きすくめられてしまった。

「イレーネ!クロードが行くのを許可したのはこの俺だぞ!それをあんな瞳で奴を見つめて!」
ぎゅっと腕に力を入れられたイレーネの唇から甘く喘ぐような声がこぼれた。

「イレーネ・・・」
抱きしめていたアランの右手がイレーネの胸の形にそって、下から上にと撫でながら進み華奢な首に辿りついた。そしてその首も撫でながら更に上に進むとイレーネの耳朶を指先で弄んだ。

「あっ・・・陛下・・・そこは・・・」
耳はイレーネの弱いところだった。ゾクリとしたものが背中に走った。しかも反対の耳元にアランの顔が近づいたかと思うと耳朶を甘く噛まれた。

「あ・・・」
「イレーネ・・・何でも俺に話せと言っていたのにまた黙って我慢していたな・・・」

直接、鼓膜に届くような耳元で囁かれたイレーネは怒られているのに胸が高鳴ってしまった。ゾクゾクと快感のようなものが耳から身体全体に広がって行く感じだ。その目眩しそうなその感覚に震えながらイレーネは答えようとした。
「わ、わたくしは・・・」
「言い訳はいい・・・もう二度と隠し事をするな・・・」
イレーネの返事は重ねられたアランの唇に呑み込まれてしまった。
クロードの宜しくとはこの後更に進みそうな行為を止めて政務に戻して欲しいと言う意味だろうとイレーネは思った。しかしそれは無理だと直ぐに諦めたイレーネだった。
口づけられたまま抱き上げられ奥の寝室に運ばれてしまったのだ。

(ごめんなさい・・・クロード様・・・)


「大丈夫ですかね・・・イレーネ様」
「どうしたクロード?」
クロードの独り言が耳に入った彼の父ヴァランが尋ねた。

「いえ、何も問題はございません。それよりも父上、陛下は本日こちらには戻られませんよ。只今、イレーネ様とご歓談中でございますので・・・そうそう、邪魔をなさってはいけませんよ。邪魔をするとご機嫌が悪くなって働いて貰えなくなりますからね。後は婚礼まで寝る暇も無いくらい働いて頂かないといけませんから」
クロードはにっこりと微笑んで言った。

「それと・・・私も用意が整い次第、王命で帝国に参りますので、後は宜しくお願い致します」
「なっなな・・・クロード!」
ヴァランが驚いている間に息子のクロードはさっさと去ってしまった。
そしてクロードの言ったようにアランはその日は政務に復帰せず、しかもヴァランは昼寝から目覚めたレミーの相手をずっとする羽目になってしまったのだった―――


 昼間からアランに愛されたイレーネは彼の腕の中で幸せに涙を浮かべた。
婚礼が近付くにつれ不安が膨らんでいた。幸せ過ぎて怖かったのだ。その不安はアランの力強い腕で抱かれると薄らぎ・・・そしてまた不安になるのを繰り返す・・・形式的なものだけとは言っても婚礼が終われば落ち着くのだろうかとイレーネはつい考えてしまう。

ペロリと目元を舐められたイレーネは、はっとした。

「何故泣く?」
イレーネの瞳から溢れる涙をアランが舐めて拭ったのだ。

「涙する前に言えと言っているだろう!何がお前を泣かせるんだ!」
「・・・不安なのでございます・・・」
何か言わないとアランは納得しないだろう・・・でも・・・どう表現したら良いのかと思っていたイレーネはつい頭に浮んだ言葉を言ってしまった。
不安と聞いたアランは目を吊り上げた。

「何が不安なんだ!まさか、俺とのことかっ!」
「いいえ!違います!幸せ過ぎて怖いのです・・・寂しかったわたくしの心が描いた夢なのかもしれないと・・・今に目覚めてしまうのではと思ってしまって・・・」
イレーネはそう言うと再び涙を落とした。

アランは寝台から跳ね起きイレーネを抱きしめた。

「馬鹿なことを言うな!お前はいつもそんな事を言う!これが夢か?イレーネ!分からないのなら何度でも俺の想いを刻んでやる!だから泣くな!イレーネ、イレーネ、イレーネ・・・」
アランは彼女の名前を何度も呼びながら自分の想いを熱く注いで抱いた。イレーネの涙が悦びの涙に変わるまで―――

あの後、イレーネは嫉妬したアランの想いをぶつけられるだろうと予想していたクロードだったがその通りとなっていた。宜しくとはアランの想いを受け止めて明日から大人しく働いて貰えるように心に活力を与えてくれと言う意味だった。

「暴れ馬のようになってなければ良いのですがね」
「暴れ馬?何かあったのですか?」
いつもなら夜遅くにしか帰って来ないクロードがいきなり帰宅して驚いていたリリーだったが不穏な言葉が耳に入り心配そうに訊ねた。

「何も問題は無いよ。それよりもリリー、王命で帝国に行くから仕度して下さい」
「帝国!はい、承知しました」
リリーはクロードから結婚の約束はして貰っていたがセゼール家では変わらず侍女のような仕事をしていた。もちろん待遇は以前とは大違いで部屋はもちろん着るものから食べるものまで家の主達と変わらない。しかしリリーは自らクロードの母の世話に彼の身の回りの世話をしていた。

「あっ、すみません。言い方が悪かったですね。一緒に行くのですよ」
「え?一緒?」
「はい、私と貴女が一緒に帝国に行くのです。ご両親に会いにね」
「ク、クロード様・・・」
リリーの大きな瞳から涙がこぼれた。

「おやおや、涙ですか?」
クロードが優しく微笑んでリリーの涙を指先で拭った。

「可愛いリリー、貴女は何も心配しなくて良いですからね。まぁ・・・既成事実は失敗してしまって子は授からなかったけれど・・・それはそれで良かったと思います。お腹の大きな貴女を連れて挨拶に行く訳にはいけませんでしょう?こちらに都合が良くてもリリーのご家族は良い顔しませんでしょうからね。結婚の申し込みもせずに愛娘に手を付けた不埒者と思われるでしょうから」
「そんな・・・」
自分の親にまで気を遣ってくれるクロードにリリーは申し訳ない思いでいっぱいになった。
初めて彼と結ばれた時、子が授かっていたら良かったのにとリリーは思っていた。
イレーネと同じく幸せ過ぎて不安だったのだ。
リリーは普通なら王族のクロードと結婚出来るような身分では無い。既成事実で結婚を押し切ろうとしたぐらいだ。大丈夫だと言われても不安は拭えなかった。
その彼女の心をクロードは察していた。だからあえて実家への挨拶に拘った。普通の・・・ごく当たり前の手順を踏んで彼女の不安を取り除きたかったのだ。普通であればあるだけ普通の家で生まれ育ったリリーが、すんなりと受け入れ易いようにとの考えだ。

「リリー、陛下の婚礼が終わったら私達の番ですよ。ご家族を呼んでしましょうね」
リリーは首を小さく振った。

「いいえ。そのお気持ちだけで充分です。立派な方々が集まる華やかな席に呼ばれても家族は気後れしますし、それでなくても相手が私ではクロード様が恥を掻かれるだけで・・・」
「リリー!まだそんな事を思っているのですか!身分など関係無いと言っているでしょう!まだ分からないのですか!」
滅多に声を荒げる事の無いクロードだったが、リリーの拒絶にも取れる言葉を聞いてつい頭に血が上ってしまった。そしてリリーの再び溢れ出した涙に、はっと我に返った。

「リリー・・・すみません。つい・・・カッとして・・・こんなに愛して貴女を欲しているのにまだ分かって貰えないのかと思ってしまって・・・」
リリーはそれを聞くともっと涙が込み上げてしまった。

「リリー?泣かないで・・・リリー、私の可愛いリリー」
「クロード様・・・ありがとうございます・・・本当に・・・ありがとう・・・」
泣きじゃくり始めたリリーを優しく抱いたクロードは彼女の涙が止まるまで何度も何度も口づけしたのだった―――


 その後、帝国入りしたクロードは先にアランの用事を済ませる事にした。
帝国ではやはりイレーネの事は噂になっていた。皇帝に捨てられた彼女が今度はオラールの王をたらし込んだらしいとか何とか・・・しかし皇帝は口を噤んだままで確かめようも無く、肝心の実家には本人から何も知らせが無い事から噂だけが密かに囁かれているだけだった。
それらを払拭しアランが望む内容で公にするには皇城から攻める必要があると思ったクロードはナイジェルに謁見を願い出た。
「ようこそ、我が国に。此度は本当のクロード・セゼール殿かな?」
「はい、皇帝陛下。私が正真正銘のクロード・セゼールでございます。過日は我が主君が大変失礼を致しまして申し訳ございませんでした」
周りの臣下達は二人の会話の意味が分からず声には出さないが顔を見合わせていた。オラールの国王が身分を偽ってナイジェルの婚礼に出席していた事は皆まだ知らないらしい。
「そう恐縮しなくてもいい。アラン殿からは詫び状も貰っているのだから」
いつの間に?とクロードは思った。

(あんなに誤るなんて嫌だと連呼していたのに?・・・あっ・・イレーネ殿か?)
クロードを装って出席したアランはナイジェルに喧嘩を売った。手打ちされても文句は言えないような暴言を吐いたりしたらしい。ナイジェルと初めて会ったクロードはそれを想像すると、ぞっとした。
帝国の若き皇帝の噂は色々聞いていた―――
皇族殺し≠ニいう異名を持ち、親族であろうと無かろうと逆らうものは容赦しない非情なまでの冷徹さで帝国に君臨する誰もが恐れている人物だ。
そのナイジェルの冷たく凍るような紫の瞳で見下ろされたクロードは初めて経験する何とも言えない圧迫感に膝が震えるようだった。

(このお方に陛下は喧嘩を売ったのか?・・・流石と言うか・・・馬鹿と言うか・・・)
クロードはアランの傍若無人ぶりに呆れつつも感心した。

「陛下の寛大なお心に感謝致します」
「それで、今回の用向きは?」
「はい、実は――」
用件を言いかかったクロードだったが思わず驚いて口を噤んでしまった。冷たく凍ったような印象だった皇帝の表情が突然変わったからだ。優しく微笑みそして心配そうに眉をひそめた・・・

「ツェツィーリア、起きて大丈夫なのか?」
クロードは振り向いた。噂に聞く皇帝の最愛の佳人ツェツィーリアがやって来たようだ
った。



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