
「あなたは誰?部外者は口を挟まないで頂戴!」
敵愾心を燃やした言葉を受けた銀色の女龍は小さく肩をすくめたが笑っていた。
「口を挟まないで、と言われてもね・・・一応この宝珠の見届け人の身内だし・・・」
シアンは、あっと声を出した。見覚えあると思ったら・・・
「あんた銀の・・・」
「そうよ、妹のジェマ。似ているとか言わないでよ。初めまして。あなたへの用事を兄さんから頼まれて来たのだけど・・・あなたも噂通り色々大変ね」
「まあな」
シアンだけが突然現れたこの人物を知っているようだった。
マリカはシアンと親しそうな綺麗な龍に心が騒いだ。
「ちょっとあなた!誰よ!私は――」
「はいはい、何処かの公女様って言うのでしょう?私は代理のものだから名乗るような身分は無いわ。でも・・・余程田舎の州なのかしら?シアンの後ろ盾を知らないなんて?」
「後ろ盾?誰よ」
ジェマが楽しそうに笑った。
「聞かない方が言いと思うけど・・・あなたのお父様が真っ青になる名前よ」
「馬鹿言わないで!私の父はね――」
ジェマは彼女の言葉を遮って言った。
「銀の龍イザヤ。もちろん知っているわよね?一応四大龍だし」
その名を聞いた途端、啖呵を切っていた女は真っ青になって小さな声で謝ると走り去って行った。
「うわぁ〜流石ねぇ。兄さんの名前の威力って!」
「そりゃそうだろう?誰もが一番睨まれたくないし関わりたくない相手だろうさ」
シアンは敵を撃退してくれたジェマと笑い合ったが、はっと下を向いた。
マリカがいつの間にか自分の衣の裾を握っていたのだ。
「マリカ様・・・大丈夫ですか?」
握り締めるその手にシアンがそっと触れるとマリカは驚いてその手を離した。そして始末が悪そうに後に手を回す。彼女がよくする仕草だ。
「すみません。俺の為に嫌な思いをさせて・・・」
「・・・・・・・・・」
マリカは答えない。目を合わそうとしない彼女にシアンの落胆は手に取るように分かる。
(サーラ様に色々聞いていたけど・・・思ったより大変そうじゃない?)
ジェマは兄夫婦が肩入れする宝珠に関心があったが、もう小さな龍のものだから駄目だと言われていた。だからジェマは二人を見て成程と納得したのだ。
(宝珠の方はルカドの時みたいにもうこの子一筋みたいね。それに男として恋しているかな?瞳が違うもの・・・そしてこの子は見かけと違って既に女ね。宝珠を欲しがる龍の瞳じゃない・・・ん〜難しい乙女心?)
何かと首を突っ込むジェマのお節介心が疼きだした。
「ねえ、シアン。私の用事を済ませてもいいかしら?」
「あ、ああ・・・」
シアンはマリカを見つめながら上の空で返事をした。
「ここではちょっとね・・・向うへ・・・」
「あ、ああ・・・マリカ様、俺・・・」
マリカは名を呼ばれて尚更俯いてしまった。
シアンはうな垂れてジェマの促す方向へと歩きだしたが、マリカは去って行くシアンを後からそっと追いかけた。何だか心配で堪らなかったのだ。
シアンは落胆が大きく彼女に気が付かないがジェマは気が付いていた。
そして人気の無い場所に着いたジェマは早速用件を言いだした。
「兄の・・・と言うのは嘘で本当はサーラ様からの用事だったのよ」
「サーラの?」
「そう。もちろん忘れてないでしょう?あなたが彼女の所有する宝珠だって」
物陰で聞いていたマリカは驚いた。
(嘘!シアンがあの人のもの?未契約なのに?)
嘘だと言って欲しかった。マリカは外まで心臓の音が聞こえるのでは無いかと思うくらいドキドキしながら続きを聞いた。
「ああ、忘れてないさ」
(えっ!嘘・・・)
マリカは今度、震えが来た。立っているのもやっとだ。乾龍州の州公サーラは美しくそして何よりも龍としても立派だった。夫の四大龍と並んでも見劣りしないのを思い出した。
「サーラ様があなたは何をしているの?って言っていたわ。ぐずぐずしているのならオーガ公に返すわよって」
「うわっ、相変わらずキツイ女だ。タジリは嫁さんに貰わなくて正解だな。俺も愛人にならなくて良かったぜ」
「そう言えば、サーラ様の愛人希望だったのでしょう?今からでも遅く無いんじゃない?」
(愛人!シアンとはそんな仲だったの?そんな・・・)
マリカは初めて知った間柄に混乱してきた。何か自分の知らない昔の話しがあるとは思っていたが誰もそれに触れようとしなかった。
「冗談!銀の旦那に殺されたく無いぜ」
「確かにね。兄さん、サーラ様にはベタ惚れだしね。でも冗談はさておき此処に居づらいなら乾龍州へ来なさいってよ。あっ、兄さんは青天城へって言ってた」
「青天城?うわっ、こき使われそうだ」
「もちろん、容赦ないわよ」
「駄目!行っちゃ駄目――っ!」
マリカは思わず飛び出していた。
何が何だか分からないがシアンが何処かに行く話をしているのが許せなかった。
「マリカ様!」
マリカは驚くシアンと、したり顔のジェマの間に割って入った。
そしてシアンを背中に庇うようにジェマの前に立ったのだ。
「シアンを連れて行かないで!」
「どうして?」
ジェマが意地悪く訊ねた。
「駄目なものは駄目!シアンは絶対に渡さない!シアンがマリカを嫌いになってもマリカのものじゃなくても此処に居て欲しいの!」
シアンはマリカの言葉を聞いて驚いた。
「俺がマリカ様を嫌う?何でそんな話しになるのですか?」
マリカは振り向いてシアンを見上げた。
「だって・・・シアン・・・大きくなるマリカは嫌いでしょう?」
そう言ったマリカは大粒の涙をぽろぽろと流した。
「大きくなる??あっ、まさか卑下たあの悪口を本気にして?」
シアンはよくお子様好みの宝珠野郎≠セとか女嫌いの子供好き≠ニそんな陰口を言われていた。
馬鹿な話しだと無視していたことだった。
「ごはんも我慢して頑張ってるのに・・・どんどん大きくなるんだもの・・・大人になりたく無いからもう死んじゃいたいと思ったらお腹が痛くなって血がいっぱい出て・・・死ぬんだと思ったら大人になったのよって言われたし・・・もう駄目なの・・・」
本格的に泣き出したマリカにどう声をかけていいのか、おろおろしだしたシアンに代わってジェマが聞いた。
「どうしてシアンに嫌われたく無かったの?」
「どうして?だってシアンが大好きなんだもの。ずっとずっと一緒にいて欲しいのよ!みんなが言うんだものシアンは凄い宝珠だって・・・マリカ、宝珠なんてどうでもいいの。でもシアンは宝珠で私は力も弱くって不釣合いでしょう。でも、でも大好きなんだもの!だからシアンが好きな女の子のままでいようと思ったのに・・・」
「だってよ。シアン?」
ジェマは呆然としているシアンに目配せした。
「マ、マリカ様、誤解です!俺、そんな趣味じゃありませんし、ずっとマリカ様が大人になるのを今か今かと待っていたんですよ」
「うそ・・・」
「嘘なんかじゃない。それに今では龍として欲しているだけじゃ無い想いが渦巻いている。今でも涙を浮かべるその瞳に口づけしたい衝動を抑えているんだ!」
「えっ!」
マリカは驚いて真っ赤になった。
「驚かせるつもりは無かった。この想いはもっと先で・・・もっと大人になってからと自分に言い聞かせてきたんだ。だから最近避けられて正直参ってしまって・・・」
「シアン・・・マリカのこと好きなの?」
純粋な瞳で見上げられたシアンの秀麗な顔が赤らんだ。
「好きに決まっているだろう?自分でもおかしいと思った。何故?と・・・初めは純粋に心を捧げる唯一の龍として感じ・・・そして最近では只の男としての性がそれに重なった・・・好きです、マリカ様。あんたが俺を選んでくれないなら死んだほうがマシなくらい・・・好きです」
誰もが羨んだ綺麗な宝珠が膝を折り、マリカに傅いて愛を告白したのだ。
今度は彼女が真っ赤になる番だった。
「良かったわね、両想いだと分かって。まぁ〜宝珠の契約はいいとしても将来マリカちゃんをお嫁さんに貰うのは苦労するでしょうね。公女だし?」
ジェマはやれやれとわざとらしく肩を揉みながら言った。
「マリカ、シアンのお嫁さんになれないなら城出する!」
「えっ!マリカ様!」
「それがいいわね!青天城にいらっしゃいな。私の優しいお兄さんが面倒みてくれるわよ」
「じょ、冗談じゃない!それならサーラの所に行く!」
「駄目!浮気は駄目!」
マリカが直ぐに反応してシアンを叩いた。
「う、浮気って!」
ジェマは吹き出しながらまだ幼い恋人達を残して去って行こうとした。
「あっ、あんたの用事って本当は何だったんだ?」
「ああ、別に。たいしたことじゃ無いわ。じゃあ、お幸せにね」
ジェマはひらひらと手を振って去って行った。本当に兄夫婦が噂する彼らを見たかっただけの暇つぶし。だが来たかいがあって話し通りに微笑ましく心が温かくなった。
(いい休暇になったわ)
気ままな風のようなジェマは鼻歌を歌いながら去って行った。
「何だ?あいつ?変な奴だ。うっ、いてててっ・・・マリカ様?」
マリカがシアンの腕をつねっていた。
「他の女の人をそんな目で見ちゃ嫌!」
マリカが今にも泣き出しそうな顔で言った。
シアンは微笑むと彼女をふわりと抱き上げた。本当に随分重くなってもう子供では無いと実感する。
「マリカ様、心配しないでも俺の全部はあんたのものだ。俺もあんた以外何もいらない」
マリカは少しもじもじとしたが勇気を出して言った。
「マリカとずっと一緒にいてマリカをずっと見ててね」
そしてにっこり微笑んだ。初めて出会った時の泣きべそをかいて近づいて来た小さな女の子の笑顔と同じだった。純粋で無垢な眩しいまでの心を奪われた笑顔―――
シアンは涙が出そうだった。
何よりも大切なマリカ―――
「マリカ様、今度お話しますね。俺がどんなにその笑顔に救われたかってね・・・」
まだ少し先になるだろう彼女の人生と自分の人生が重なる日を心待ちにシアンは微笑んだ。
(大切な俺のマリカ―――早く大人になってくれよな)
〜エピローグ〜
「ねえシアン、これ可笑しくない?」
「いいえ。マリカ様は何を着てもお似合いです」
マリカはその答えが気に入らなくて頬をふくらませた。
今日はマリカの成人の祝いと同時に行なわれる宝珠契約の儀式の為の衣を選んでいた。宝珠契約とはもちろんシアンとのものだ。数年越しに待ちに待った儀式はシアンにとって万感の想いだろう。
マリカが色とりどりの衣に袖を通して見せても嬉しすぎてどれも同じ答えだった。
「もうっ!一緒に考えてよ!」
「はい、マリカ様。でも本当に何でもお似合いだからシアンは困ります」
シアンの褒め言葉にマリカはふくれっ面から一転して頬を染めた。
でも微笑む宝珠はどんな美女よりも綺麗だとマリカは思う。女性型の宝珠も当然美しいが異性の綺麗さは迫力が違う。美しさに儚さは無く強靭でしなやかに美しく華麗。最近のシアンは更にそれに磨きがかかり溜息が出るくらいだ。
だからマリカもこの頃、また不安を感じてしまう・・・今もまたそんな気分だ。
色鮮やかな衣は彼の前では色褪せて見える。自分もそんな感じだろうと思うのだ。
「・・・・・ねぇ、シアン・・・本当に私でいいの?」
嬉しそうに微笑んでいたシアンの顔が一変した。そして驚きに瞳を大きく見開いた。
「何を・・・何を言うんだ!まさか、俺が嫌になったのかっ!」
シアンの大きな声と聞きなれない言葉使いにマリカは、びくりと肩を揺らした。
シアンは本来乱暴な言葉使いだが昔からマリカに対して丁寧な言葉を使っていた。彼女が幼く怖がられないようにと彼なりに注意を払っていたらしい。
「お、怒らないで・・・私、そういうつもりで言ったんじゃない・・・」
今にも泣きそうな顔になったマリカに気が付いたシアンは、はっと我に返った。
「あっ・・・いや・・・俺・・・すみません、マリカ様。急に変なこと言われるから早合点してしまって・・・遠まわしに嫌だと言いたいのかと思って・・・そう思われても仕方が無いくらいの自分ですから不安で・・・本当に申し訳ございませんでした」
(シアンも不安だったんだ・・・私と一緒?)
よく見れば誰もが羨んだ麗しの宝珠の瞳は不安に揺れている。
マリカは目の前の色とりどりの衣を両手ですくうとシアンの方向に向って、ふわっと投げた。
「マ、マリカ様!何を!」
薄い衣は空中に浮びひらひらと舞い降りるようだった。シアンがそれに目を奪われている間にドンと何かがぶつかってきたから思わず抱きとめた。驚いて見れば、それはマリカだった。
「シアン・・・大好きよ。ごめんね、あなたがあんまり素敵だからちょっぴり不安になったの・・・私でもいいのかなぁ〜って。私のシアンは何でも出来て綺麗でしょう?だからね・・・」
マリカはシアンの腕の中で彼を見上げながら心配そうに言った。
「昔からマリカ様しか見えていない自分に不安がることはありません。どうすれば信じてもらえるのか・・・」
「・・・じゃあ、口づけをして・・・」
シアンは積極的なマリカに少し驚いたが何時ものように、そっと額に口づけた。
「違う!恋人の口づけよ!どうしていつもしてくれないの?だから私・・・」
「マ、マリカ様・・・」
「嫌!様なんて嫌!そんな言い方なんかシアンが遠く感じる!私にだけどうしてそんな話し方をするの?」
「・・・・・・そんなこと言うな・・・そんなこと言ったら俺の歯止めがきかないじゃないか!マリカ、マリカ、マリカ!何度、何年、繰り返しその名を呼んだと思う?ちきしょう!」
「きゃっ!」
シアンは物分りの良い大人の顔を捨てマリカを抱きしめた。
「ああもうっ!そんな可愛い顔をして俺を誘うなっ!」
遠巻きに見ていた衣装屋の店員達に構わずシアンはマリカの唇を塞いでしまった。
「ん・・・・・・っん」
マリカにとって初めての口づけはシアンの長年溜め込んだ想いを詰め込んだようなものだった。
どんな言葉よりもその想いが伝わるような熱く激しい口づけにマリカは目眩がした。
だからやっと開放された時はぐったりとシアンの腕にすがっていた。恋人同士の口づけに憧れていたマリカだったが少し怖かった。だからまともにシアンの顔が見られない。
「マリカ?」
そう呼べと自分から言ったのに実際そう呼ばれると胸の鼓動が跳ね上がってしまって、ますます顔が上げられなくなってしまうマリカだった。
「怒ったのか?」
シアンは一瞬で顔色を変えてしまった。
「あっ、違う!」
マリカは慌てて顔を上げたが口づけをしたシアンの唇が目に入ると恥ずかしくてまた俯いてしまった。
「マリカ?」
シアンは彼女の名を呼びながらその顔を覗き込んだ。
「い、いやっ!見ちゃ、駄目!恥ずかしい」
マリカは慌てて顔を隠そうとしたがその両手はシアンに遮られてしまった。
「つぅ――だからそんな可愛い顔をして誘うなって!」
「さ、誘うって・・・そんなこと・・・あっ・・・ぅん」
二度目の口づけ―――最初よりも怖くない。それに何だか気持ち良かった。
だから唇が解かれた後は少し余裕でシアンの腕の中から彼の顔を見上げた。
「ねぇ、シアン。これとてもドキドキするけれど気持ちいいのね。シアンも気持ち良いの?マリカにも口づけの仕方を教えてちょうだい。シアンも気持ち良くしてあげたい」
「し、仕方って・・・」
シアンは頬を上気させ瞳を潤ませながらねだる恋人が一足飛びで大人になったような気がした。
まだまだと思っていたのについ手を出してしまったのだが・・・
(駄目だ、駄目だ!口づけの仕方を教えろだぁ〜早く大人になって欲しいとは思っていてもマリカにはまだ早い!)
「シアン、どうしたの?早く」
(つぅ――うぅぅ・・・だからそんな顔をするなって)
シアンは理性という理性を掻き集めて抱いていたマリカを、ばっと放し下に散乱していた衣を掴むと彼女に差し出した。
「マリカ、今日は衣を選ぶのが先だ!いいな、今からそれに集中するぞ!」
「・・・なんだ・・・つまんない・・・」
「何か言ったか?」
「なんでもない。なんでもないけど・・・これが終ったらご褒美にしてね」
マリカはそう言って首を少し傾げると自分の唇を指差した。
「はぁ?は、ははは・・・」
シアンはしまったと後悔してしまった。大事に大事に見守り続けたマリカにはこういった免疫が無い。それなのにいきなり強烈なものを与えてしまったから暫くは浮かれてしまうだろう。
彼女の誘いに後どれくらい理性が保たれるか?
(ああ・・・勘弁して欲しい・・・)
契約の儀式まであと数週間。結婚までは??まだまだ苦難の日は続くシアンだった。
終![]()
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