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第一章 白い翼4![]()
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「何!天眼国が黒翔に攻め入った?馬鹿な!誠か!」
「はっ、天晶眼 を使った模様で一気に大軍で奇襲をかけ、首都の天翔城 を陥落させた模様です!黒翔国王を始めとする主だった者達は戦死。一夜にして国の中枢は天眼国が支配しているようでございます!」
大陸の中央に位置する面積的に最も小さな国――法国 。
大陸の中央と言っても果たして此処が本当に中央なのかは定かでは無い。
代表的な大国として天眼 国・黒翔 国・猛牙 国・蒼苑 国・洞 国など、その他多くの小国がひしめく大陸の周りは人の通れぬ土地があり、その地に入った者は二度と戻れなかった。その向こうに新たなる土地があるものか、それとも永遠に続く地獄なのか定かでは無いのだ。
一応、人の住める土地の中での中央に位置するこの国は、俗にいう呪いを生業にしている国だ。
この一族は子供から大人まで全てがある種の預言者であり呪い師だった。
生活に密着するそれらはある種の信仰にも似ている。
そして各国では彼らを重宝している為、その力を持って中枢に食い込んでいるのも多かった。
だから小国であっても大国と変わらない実権を持っていた。
しかし表向きは中立国としての顔を持ち、大陸の正義を気取っている。
その法国の影の支配者・李影が天眼国と黒翔国の報告を受けていたのだ。
法国の王は法王と呼ばれ血筋では無く実力で選ばれる。
若いながら李影はその次期法王と目されているが、今なっても可笑しくない実力だった。
しかし狡猾な彼は自分が自由に動きたい為に傀儡をたてていたのだ。
もちろん国内中枢では周知の事実だが周辺はそれを知らない。
李影は歯軋りをした。
法国の高位術者は白い衣を着る。彼も床まで届く優美な衣を着ていた。その白と変わらない真っ白な髪に静脈が見えそうな白い肌。整った顔立ちだがまるで白い影のようだ。
ただその白い影を更に異質に感じさせるのは赤い瞳だった。
その瞳もぎらぎらと悔しげに揺れていた。
「あの馬鹿が!あれ程言ったのに天眼を挑発するからこういう事になるんだ!大人しく人形だけで遊んでいればいいものを!天眼のイエランは眠る竜だと言っていたのに!起こしてしまうなど、なんと愚かものだ!我が眷属の血が流れていたかと思うと反吐がでる!」
李影の激昂ぶりに報告した者は自分がまるで叱責されたかのように縮こまった。
高暁は法国の一族の流れを組むものだったらしく、この李影の手駒の一つだった。
「それで、王女は?彼女はどうなった?まさか殺されたのでは無いだろうな?幾ら非情なイエランでも女子供まで直ぐには殺さないだろう?」
「いえ、それが王族は皆殺しでございました」
「何!」
「あっ、ですがその異端の姫だけを攫って行ったとの情報は入っております。それも定かではございませんが・・」
李影は突然怒りを解いた。それは何時も彼らが見る李影の顔だった。自信たっぷりに微笑む姿だ。
「もう下がっていい」
「はは――っ」
低頭してそのまま下がって行く斥候を見送りながら、李影は誰もいない場所話しかけた。
「聞いていただろう。麗華 」
誰もいないと思っていた柱の影から、ぬっと現れたのは妖艶という形容が相応しい紅い唇をした女だった。
「はい。李影様。例のものがその異端の姫でございますか?」
「そうだ高暁の人形が鍵だと分かった矢先にこの始末・・・天眼国に連れ帰ったということは直ぐに殺すつもりは無いのだろう。しかし価値の分からぬ者達の事、今後は分からない。手段は任せる。急ぎ我が元へ連れて来い」
「承知致しました」
女はすっと柱の影から消えた。そこに隠し扉があるようだった。
そして李影はその部屋から出ると長い廊下を歩いた。
この法国の誇る城は白き塔≠ニ呼ばれていた。
中央の法王が座する広間の上部が白光に輝く塔になっているからだった。
そして永年増改築を重ねてきた城は、入り組んで隠し通路はもちろん隠し部屋も無数にあった。把握出来ているのはほんの僅かしかいない。
その一部がある通路で李影が消えた。
彼が向ったのはその隠し部屋でも極秘の場所だった。そこは地下の部分にあたるようだが壁一面が古代の壁画で彩られていた。神話のような情景が描かれているようだが、黒翔や天眼、猛牙、蒼苑、洞、の特徴のある人物画で組み立てられているようだ。
遥かなる昔、全世界を支配していた神と呼ばれる一族がいた。その一族の不思議な力によって築かれた世界は豊かで争いも無い世界だったと云われている。
ところが突然その神が自分の住まう土地と共に姿を隠したのだ。
それから人々は僅かに残された神の遺産を巡って争う暗黒の時代が続いた。
あの五国は大きな国というだけでなくその遺産を継いだ神族の子孫と云われているのだ。
「―――天晶眼。奴らはいったい幾つ持っているんだ」
李影はその壁画にある一部の絵を見て言った。
天眼族らしい額に天眼が開いた人物が瞳形の石みたいなのを掲げている。その石から放射状の線が描かれている図柄だ。
天晶眼≠ニは元々ある彼らの神通力を、数百倍とも数千倍とも云われるぐらい増幅するものだった。神の遺産の一つとも云われている。しかしこれは使用する毎に消滅するもので彼らがこれを幾つ持っているのか、増産出来るのかは不明だった。
今回は全軍の移動手段として使われたようだから進攻する間、空間を捻じ曲げたのだろう。
使い方によっては恐ろしい武器となるのだ。だから天眼国の軍は最強と言われ恐れられていた。
「何が神に最も近いだ!神と呼ばれていいのは私だけだ!」
李影は腹立たしげにその壁画を叩いた。
ぱらぱらと壁からその一部が崩れて落ちた。
彼はこの神時代の壁画を見つけた時から確信を持ち、野心を抱いていた。神は消えたのでは無く扉を閉ざしただけで、世界を手にする事が出来る力がそこにまだ眠っている。
神の国への扉≠ェあると―――
神となって世界を支配するという野望を抱いた男はその鍵となる美羽を狙う。
「美羽・・・お前の籠を用意して待っている。私の愛しい鍵・・・早く来るがいい」
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翌朝、美羽が目覚めると横にイエランは居なかった。
しかし隣の部屋から声が聞こえてきた。それも誰かを怒っているような声だ。
美羽はベッドから降りるとその部屋を繋ぐ扉の近くで聞き耳をたてた。
「・・・・きの・・・ゆあ・・」
召使い達と話しているようだった。内容は・・・
(昨日の湯浴み?)
どういう事だろうと美羽は思った。何故そんな事を彼が聞くのか分からなかった。
しかし続けて聞くと自分の髪を乾かしていないと叱責しているようだった。
(え?私の髪?)
美羽はびっくりした。昨日は手荒くではあったが髪まで乾かしてくれたから驚いたのにそれが足りないと言っていたからだ。
美羽は思わずその部屋に飛び込んだ。イエランが直ぐに振向いた。
美羽は飛び込んだものの彼の視線に射すくめられてしまった。
「あっ・・あの・・」
イエランは振向いたまま美羽が何かを言うのを待っているようだった。
美羽はこくりと唾を飲み込んだ。こんな事をするのは初めてだからだ。
「あの、わ、私・・髪を乾かしてもらったのは初めてで・・とても嬉しかったです・・だがら、あの・・その・・・」
召使い達はぽかんと口を開けて美羽を見た。
彼女にはわざとらしく意地悪をしたのだ。当然本人も分かっているだろう。それなのに庇ってくれようとしているのに驚いてしまった。自分達が怒られていい気味だと思っても良い筈なのに?
「庇うつもりか?」
イエランが気に入らないという感じで言った。
庇う≠サうその通りだ。美羽は何時も自分が誰かにそうして貰いたかった。唯一庇ってくれていた兄から引き離されてから誰もいなかったのだ。
イエランが怖かったが美羽はまた、こくりと唾を飲み込んで言った。
「あの・・それにお湯も温かくて、石鹸もいっぱい使ってくれて・・だから・・・」
「・・・・・・温かい湯に石鹸?お前はろくな扱いを受けていなかったと言う訳か・・・」
イエランは呆れたように言い、召使い達はお互い顔を見合わせていた。
美羽は召使いにさえも馬鹿にされて虐げられていたのを自ら曝け出してしまったのだ。
そんな存在だった自分が恥ずかしくなった。
俯いてしまった美羽にイエランの溜息が聞こえた。
「分かった。不問にしよう。お前達、この者の仕度をしてやれ」
美羽はぱっと顔を上げた。自分の取り成しを聞いてくれたのだ。そんな風に自分の意見が通ったのは初めてだった。美羽は何だか心がくすぐったい感じがした。
それに寝室へと戻って着替えを手伝う召使い達の態度も変わり驚いてしまった。
その一人が美羽に話しかけた。
「先ほどはありがとうございました」
もう一人も頷いた。
「いいえ・・本当のことを言っただけだから・・・」
「・・・でも私達、王に叱責されたようにわざと意地悪をしてました・・・」
「・・・・あの、私・・ごめんなさい。誰かとお話するのは久し振りだから・・何と答えていいのか・・・思っている事が上手に言えなくて・・・あの・・私は気にしていません・・」
召使い達は又、お互い顔を見合わせた。
この目の前にいるのは敵国の姫だ。だがその境遇は憐れなものだったのかもしれないと悟ったのだ。
今まで贅沢に暮らして国が負けたら今度は敵国の王に己を差し出し、媚を売っていると思っていた。
湯浴みの様子からしても以前の彼女への扱いが相当なものだったのだろうと窺えた。
話しをするのが久し振りと言うのを聞けばもっと酷い目にあっていたのだろうと思った。それに彼女の怯えた様子を見れば考えたく無いが自分達の王が無理強いしているように見えてきたのだ。
彼女達に美羽への同情が芽生えて来たようだった。
「私の名前はメラ・リンドです。私達は姉妹でございます。そして妹のルルナです。私達は貴女様のご用事をお伺いするように言われております。お見知りおき下さいませ」
妹は名を呼ばれるとお辞儀をした。
二人共、雰囲気が似ていると思ったら姉妹だったのだ。女の姉妹なんて羨ましいと美羽は思った。
人とこんなに話すのも久し振りだが、彼女達みたいな若い人と話したのは本当に久し振りだった。多分ルルナが同じ年ぐらいだろう。美羽は自分の立場も忘れて親しくなりたいとさえ思ってしまった。
「私は美羽です。こちらこそ宜しくお願いします」
「ミウ様?」
聞きなれない発音にルルナが聞いた。好奇心が強いみたいだ。
「はい。私の国の言葉の意味で美しい、羽と書きます」
そう言った美羽は恥ずかしそうだった。
黒翔国では王女には羽、王子には翔という字を使う。
しかし異端の姿だった子に、美しい羽と付けた親達の心境が美羽には分からなかった。
しかし彼女達は納得しているようだった。
美羽が連れて来られた時に世話をしたのだから彼女の翼を見ていたのだ。
「黒翔の者を見た事ありますが黒い翼で気味が悪かったですけど、ミウ様は違っていてきれいでしたものね」
きれいと言われて美羽は驚いてしまった。
「あの・・黒いのが普通なので私みたいなのは気味が悪いと言われていて・・・」
「そうなんですか?私達はきれいだと思いますけれど。それに王もそう思っていらっしゃいますよ」
「え?」
「そうそう、私達にしたら寒いのだから背翼を出すようなデザインはどうかと思ったのに王はこだわられていましたっけ?」
「色もよ!白い翼が出るからって注文つけていたもの」
姉妹は笑い合った。どうも美羽の為に特別にあつらえたらしいのだ。だから出来上がるまで裸だったのかもしれない。
メラ達はお喋りしながら昨日とは違う、その特別注文のドレスを着付けてくれたのだった。
確かに彼女達が言うように、色合いが明るく優しい色で美羽には似合うものだ。
彼の部屋とは大違いだ。イエランが何故こんな事をしてくれるのか美羽は分からなかった。
自分の置かれた立場からして考えられないものだからだ。
色々考えているうちに着替え終わって、イエランが待つ場所へと連れて行かれたのだった。
また長い一日が始まる―――