第一章 白い翼6


 ぐんと一度上に出た翼がふわりと横に大きく広がったのだ。
真っ白で美羽を包み込むような大きな両翼が羽ばたいて、白い羽根も雪のように舞った。

皆はあんぐりと口を開いてその姿に魅入っていた。
イエランは、ふっと微笑むと美羽の耳元でよくやった≠ニ一言言った。

美羽が、えっ?と思って視線を向けた時は、イエランは自分の席に戻っていた。
そしてその微笑が口の端にだけ微かに残っていたのを見ただけだった。

「お、王よ。これは・・・」
「天眼の王が白き両翼の天の使いと結ばれし世は、子々孫々数多の富と栄光が大地に満ちる――だったかな?天晶眼の間に刻まれた古代の神文字は?それと共に刻まれていた絵姿に似ているだろう?」
「そ、その通りでございます」
「どうだ?私もそんなもの信じている訳でも無いが・・・」
「いいえ、とんでもございません!あれは神代の時代からある神託。まかり間違っても疑うなどもっての他です!」
一番年長者らしき煩そうな老貴人オーベリが言った。

「そうか?しかし、こやつはたまたま羽の色が白かっただけかもだぞ?」
「いいえ!偶然でもたまたまでも可能性が無い訳ではございません!神代よりそのような者は一度たりとも現れていないのですぞ!」
そう興奮して言った老獪な重臣は、はっとして美羽を見た。

「王よ・・・この者の噂。高暁めの手が付いているというのがありましたな?」
「そうだな・・・・・・神託の女は生娘じゃないといけないとあったのか?」
「・・・・・そういう訳ではございませんが。子々孫々とは子の事でございますれば、王との子でなければなりませぬ。今、腹の中にいたら何としますか?」
イエランが、くっと嗤った。

「もちろん。腹から出たら殺す。当たり前な事を一々聞くな」
いつもと変わらない冷徹非情な王の答えに重臣達は安堵した。

逆に美羽は足の震えが止まらなかった。
自分の話しをしているのに違う話を聞いているようだった。そして自分はその神託とやらで命を奪われる事は無いというのは分かった。
しかし黒翔の人々は?今の話だけ聞けば人々はどうでも良いのでは?

美羽の考えは当たった。

「王がその姫の命を助けたのは理解致しました」
「助けた?私は助けた訳では無い」
イエランは鋭くその言い方を注意した。

「し、失礼致しました。(ほふ)るのを止めたのは分かりました」
言い直した男は王をちらりと見た。黙っているところを見ると言い方は間違っていないようだった。

「しかしながら黒翔の者共を屠るのに関係はございませんでしょう?」
神託の娘の出現に興奮していた者達が、その重臣の言葉に我に返ったようだった。ざわめきがおきる。

その時、会議の冒頭に声をかけただけで後は黙していた銀髪の麗人が口を開いた。

「皆さんの意見は最もです。しかしながら、もしそのように自国の民を傷付けられた姫が我らに黙って従うと思いますか?男ならば兵を起こしてとか色々考えますが、彼女はこのようにか弱き女性。となれば・・・」
「それは・・・」
再び皆がざわめいた。

「そう・・・皆さんが今思われた通り、自ら命を絶って我らに従いませんでしょう。そうなれば神託は成されません」
皆が一斉に美羽を見た。真っ青に震えるその姿は今にも消えそうだった。

「もう二度、命を絶とうとした」
イエランがぽつりと発した声に、皆は一斉に王を見た。
彼はつまらなそうな顔をして、包帯を巻いた右手の指を円卓の上で動かしている。

「二度、舌を噛もうとしたから止めてこのざまだ。ああ、そうだ、今日は朝から食事の拒否だったな。ロエヌに診させたら精神的なものだそうだからに食べても吐くらしい。まったく面倒なことだ・・・」
銀色の麗人は溜息をついた。

「それは大変困ったことですね。しかしこれでお分かりですか?彼女が自ら死を望まないようにするには黒翔の国を人質にとる必要があるのです」
その場には納得した雰囲気が流れだした。
その機を逃さずイエランが立ち上がると美羽の前に立ち、彼女の肩を鷲掴みにしたのだ。
「―――やっ」
美羽は小さく声を上げた。そしてイエランを見上げる。
「お前は奴らの質だ。もしお前が死んだら翅虫は全部この世から消えると思え。分かったな?分かったなら返事をしろ」

美羽は頭の先から震えているのが誰から見ても分かった。瞳は大きく開いて青くなった唇も何か喋ろうと開いてはいたが声は出ていなかった。
そんな彼女にもイエランは容赦しなかった。
返事をしろ!と怒鳴り激しく揺さぶった。美羽の白い羽根が飛び散った。

「わ・・わかり・・ました」
「聞こえない!大きな声ではっきり言え!」
「っ―――分かりました。言われる通りにします」
返事を聞いたイエランは美羽の肩に食い込ませた手をぱっと離した。
支えを無くした美羽はよろめいて床に倒れてしまった。それからしゃっくりをあげながら泣き出した。

「立て。誰が座って良いと言った?」
激しさを殺した低く冷たい天眼の王の声が上から降って来た。
美羽はよろめきながら立ち上がった。イエランはその細い肩を抱いて皆の方へ向いた。

「黒翔の姫は快く我らの申し出を受けてくれるそうだ。皆も各自その様に動くように。懸案事項を明日までにまとめておいて欲しい。この件は以上だ」
七人は立ち上がって頭を垂れた。そして退出して行ったが、銀色の麗人は残った。

「イエラン、お疲れ。ミウ姫も」
「カルム、馴れ馴れしくそいつの名を呼ぶな!」
「おっと怖い、怖い。君の物を盗ったりしないさ」
カルムと呼ばれた彼はそう言って美羽に微笑みかけた。
しかし美羽はその感じにさっき
は気付かなかった違和感を覚えた。
(綺麗な藍色の瞳が微妙に私を見てない?)
「ああ、私は目が余り見えないんだよ。全体的にぼやけている感じしかね」
(私、声に出して言ったかしら?)
「いいや。声は出していないよ」
美羽はびっくりして目を丸くした。彼は考えている事が分かるのだ。

「可愛いね。そうだよ。私は心の(ひだ)を感じることが出来る。天眼を開いていない時は感じるぐらいだけどね。でも君は本当に心が綺麗みたいだ。澄み渡るように無垢な心・・・感じるのでは無く読めてしまうからね」
カルムは美羽の顔を覗きこむように言った。

「勝手に顔を近づけるな!」
イエランがカルムから美羽を引き離した。ふわりと羽がカルムの鼻をかすめる。

「私には白くぼやけてしか見えないけれどそれって綺麗なんだろう。皆の驚き方が違っていたからね。見てみたいものだな」
美羽に手を伸ばすカルムをイエランは払わなかった。彼の目の代わりはその手の感覚になるからだ。
不機嫌な顔をして黙って立ったままだが邪魔はしなかった。
カルムの伸びた手が美羽の羽先を触った。滑るようにその手が上ってくると敏感な部分に辿り着いた。美羽は小さな声を上げびくりと肩を揺らした。

「へぇーこれは、これは」
「カルム、もういいだろう!」
イエランは流石にむっときて引き剥がした。
カルムは肩をすくめる。
会議中の彼とあまりにも違う雰囲気に美羽は戸惑った。
言葉遣いも表情も違うからだ。さっきまでは落ち着いた感じだったが今はまるで悪戯っ子のようだった。それに王を呼び捨てにしている。

カルムがくすりと笑った。

「そんなに違う?あれは表の顔。思慮深い王の兄というね」
(兄弟!でも兄って?)
と美羽が思っただけでカルムは答えてくれた。

「天眼国では王の子の中で一番力の強いものが王位を継ぐんだよ。だからイエランが最強。だから怖いだろう?」
「カルム、余計な事を言わなくてもいい」
天眼国では生まれた順番や性別は関係ない実力の世界のようだ。
カルムは先ほどのロエヌ同様、心を許せる数少ない人物だった。そして強力な右腕だ。

「ところで皆の感じはどうだった?」
「ほぼ納得。しかし予想どおりドーラは微妙だったな」
カルムは能力を使って顔や声に出さない心の奥を覗く。

「ドーラか・・・それもそうだな。やられたのは奴の娘だし・・・アルネ・・」
イエランが呟いた名前は、彼からは初めて聞くような情感のこもった言い方だった。
それに驚いた美羽はその名を口にした。

「アルネ?」
「そうか。君は知らないんだよね?我々が何故黒翔を攻めたのか・・・そもそも田舎の村娘達が標的だったがそれがエスカレートしてきてね。中央までそれが聞こえるようになってきた。でもそれは政治的に軍を動かすような問題でも無かった。大国同士の戦争は一応大陸の公約で禁止されているしね。だけどとうとう我々を怒らせる事が発生してしまった。端の方にいた一言も喋らない男がいただろう?ドーラ家の当主で彼はこの国を支える七家の一人。その娘アルネが犠牲となった。彼女は王族との繋がりも深い七家の娘・・・もう地方のゴタゴタでは済まされない。我々天眼族は誇りを重んじる。その我々の顔に泥を塗って喧嘩を吹っかけたようなものだったからね。」
標的だとか犠牲になったとしかカルムは言わないが美羽は薄々分かってきた。
身分の高い天眼国の娘に心当たりがあったのだ。もしその人だったら・・・

「・・・アルネさんって・・・薄い茶色の髪の可愛い方ですか?」
美羽は思わず声に出した。
イエランとカルムは顔を見合わせた。彼らの顔を見ればそうだと言っていた。

「アルネを知っているって?・・・まさか」
美羽は一層、真っ青になった。

「ああ・・・ご、ごめんなさい・・その方は私の部屋に連れて来られて・・・て、天眼の姫だとか言って・・・額が焼かれていて・・私、手当てをしてあげたのだけど・・・ご、ごめんなさい・・庇いきれなくて・・義父に・・酷い目に・・・・」
美羽はもうそれ以上、言葉に出来なかった。彼女の心をカルムが読んだ。

嗜虐性の強い高暁は自分でする以外に他の者が女を陵辱するのを見るのも好きだった。
流石に自国の娘を使うのは避け、他国の娘達を攫ってきては楽しんでいたが、特に天眼族を気に入っていた。天眼族は誇り高く自尊心が強いので蹂躙しがいがあったようだ。
女に飢えた兵達に与えては見物していたらしい。しかもそれをわざわざ攫った土地に捨てさせたのだ。それは死体となっているもの、気が触れたもの・・・まともな状態でなかった。
 そしてアルネだ。高暁の機嫌をとるやからが身分の高い娘を狙って攫い献上したようだった。
高暁は嬉々
とした。アルネは当然今までの村娘とは違って高貴な気質で蹂躙しがいがあった。
本当なら美羽を同じようにしたかったのだが、彼女は自分の大事な隠れ蓑だからそうはいかなかった。だからまさしく彼女は美羽の代わりに十分なったようだ。
アルネは美羽の部屋へ連れて来られた。美羽は何故そうされたのか分からなかった。
彼女は天眼の力を封じる為に額を焼かれていて高熱を出していた。
美羽はすぐにアルネを看病した。幾日して熱も下がりショックのせいで喋れなくなっていた彼女も、ようやく返事だけはするようになっていた。
しかしそれを見計らったように義父が現れて、その天眼の姫はお前への贈物だと言って嗤った。そして彼の後ろから幾人もの男達が入って来ると茶色の髪をした天眼の娘に獣のように襲い掛かったのだ。
高暁は目をそむける美羽の顔を押さえつけ、その有様を見せ付けていたのだった。
美羽の目の前で陵辱することによって彼女を脅し怯える様子を楽しんだ。
そうするつもりも無い卑劣な王は美羽の耳元で囁き続けたのだ。

『言う事を聞かなければあの娘と同じように、お前を兵達にくれてやる』と―――
その後、美羽は幾日も食事が出来なかった。
しかしアルネがどうなったのか知らなかった。
散々男達に犯され後、美羽の部屋から連れ出された時は生きていたようだったが・・・

「・・・アルネはね国境沿いで見つかったんだよ。死体でね・・・」
カルムは淡々と話してくれていたがその怒りが目に見えるようだった。
無残な状態だったのだろう。想像しなくても美羽には分かった。そしてもちろん無言で瞑目しているイエランの心もやり切れぬ想いだろう。
彼女は彼らの知り合いだったのだろうか?

「そうだよ。彼女が小さな頃から知っている。イエランの許婚だったし・・・」
美羽は息が止まりそうだった。許婚がそんな目に合ったのだ。だから憎い黒翔族の自分がイエランからあんな風に扱われるのは当たり前なのだ。

「え?それは違う。イエランは――」
「カルム!余計な事はいい!」
イエランはカルムの言葉を遮り美羽に向かい合った。

「お前の用事はもう済んだ。出て行くがいい。この城の中なら自由にして構わない。正しお前に付けた姉妹の誰かは必ず同行させろ。しかし城の外には絶対出る事は許さん。リンド姉妹が扉の外で待っているからさっさと行け」
美羽は弾かれたように背翼を仕舞うとびくびくしながら出て行った。

「・・・・イエラン、君って本当に不器用だね」
「・・・・・・・」
「しかしこんな猿芝居に付き合わされるとは思わなかったよ。見事だったね。神託まで持ち出して誤魔化すなんて大したものだ。それに誰もお前があのお姫様に熱を上げているなんて思わないだろうね。もちろんお姫様自身も」
「うるさい」
カルムは呆れた顔をした。

「まあ第一段階は終了だけど、今後はどうするんだい?お姫様の精神状態はかなりヤバイよ。ちらりと心の中を垣間見るだけでも酷いもんだ」
イエランは舌打ちをした。

「あっさり殺し過ぎた。もっと苦しめるべきだった」
カルムは見えない目を驚いたように見開いた。そんな反応を見ると本当に見えないとは思えない感じだ。それに彼が驚いたのは何時もだったら感じとれないイエランの気持ちがよぎったからだ。

「あー珍しい!何それ?かっときて殺したのかぁーはははっ・・そうなんだ!冷厳な王とか冷徹なる王とか言われているお前が?ははは・・・しかし本当に手落ちだったな。ここまで連れてきてなぶり殺しにすればまだドーラの気も済んだだろうね」
イエランはむっとした顔をした。
カルムの目が見えたのならきっとからかっただろう。
確かにあの時は美羽を見て我を忘れてしまったのだ。あの男がのん気に今の今まで彼女を汚辱していたのかと思ったら、かっとなってしまったのだ。

カルムは、ふぅーと息を吐いて椅子に座り直した。

「しかしやりすぎじゃないのかい?彼女の君に対する怯え方も尋常じゃないよ。あれじゃあ〜まさかあの痴れ者と変わらない事しているんじゃないよね?」
「・・・・・・・・・」
「返答無し?まあいいけどさ。色ボケして彼女の命を助けたと思われたら立場が無いし・・・しかし助けた≠チて言った奴がお前に睨まれてびくついていたよ。怖いねぇ〜本当は助けた≠フにね。でもまぁー敵陣の真ん中にいる彼女の安全を考えれば、自分達の王様が大事に保護してやってたら皆面白く無いだろうからね」
今度は全くイエランの感情を感じなかった。
元々、彼の場合はカルムが天眼を開いていても殆ど読めないのだが・・・

「君って本当に可愛くないな。少しも心を感じさせてくれないんだから。ちょっとはお兄ちゃんに甘えて欲しいな」
「馬鹿なことを・・・」
「でもまぁー本当、ドーラの動向は気をつけた方がいい。何なら天眼で見てもいいよ」
イエランは少し考えるように眉を寄せた。

「そこまですると逆効果だろう。折角の筋書きが台無しだ」
「・・・・そうだね。ミウちゃんを大事にしているみたいに見えるかな?」
ミウちゃん≠ニいう馴れ馴れしい呼び方にイエランはまたむっとしたが、勘の良いカルムにはしらを通した。

美羽の処遇はこれで解決した。後は彼女の生への執着を高めるのと傷付いた心の回復が問題だろう。
執着を持たせるには憎ませ、憎ませるには心を傷付ける。
そして厄介なのがイエラン自身の心だった。カルムは心を見せないと言って拗ねるが、自分でもどうなっているのか分からないこの迷宮のような気持ちを見ても理解出来ないだろう。


ちょっと一言

第一章の終了でございます。今回は私では珍しい最初から愛しているのを認めているパターンです(笑)普通ですと愛しているのを認めず嫉妬ばかりしていい加減に気づけ!≠ニ言いたくなるような登場人物ばかりですが、イエラン様はあっさりと認めていらっしゃいます。ですからこれから深く激しい彼の愛が炸裂です(笑)第二章の題名は「激情の檻」…自分で題名考えて笑ってしまいました。しかし本当にその通りの内容でして…あはははは…ま、まぁこれからも彼の愛をご堪能下さいませ


TOP    もくじ  BACK  NEXT   あとがき