第二章 激情の檻1


 追い出されるように会議室から出た美羽はリンド姉妹の出迎えが待っていた。
「王より詳細は聞いております。今日はどうなさいますか?」
メラが早速訊ねてきた。

どうすると言われても美羽は困ってしまった。
自由にと言われたが自由な過ごし方が分からなかったのだ。本性を現した義父から自由を奪われて塔に閉じ込められてからは只、小さな窓から外を眺めるぐらいしかした事がない。

「私・・・何をしていいのか分からないので・・どうすればいいのか・・・」
姉妹は顔を見合わせた。

「では今日は簡単に城内をご案内いたしましょうか?」
メラがそう提案したので美羽は頷いた。

それから人々の好奇な目で見られながらも城内を散策したのだった。
それは美羽にとってとても気分転換になったようだ。
更にその日はイエランが忙しいからと言って部屋には戻って来なかった。
一人では広すぎるベッドだったが久し振りに安らげた夜となったのだ。そしてそれは数日続いた。
この数日、日中でもイエランの顔を見る事が無かったのだった。
しかし食欲の無い美羽の為に他国の珍しい色々な果物が毎日届けられていた。
ルルナはそれを見ただけで興奮して騒いだ。

「すごい!こんなの初めてみた!これって果実の宝石と言われているものだわ!ねえ、姉さんそうでしょう?」
「これ、はしたない。ミウ様の前でしょう」
ガラスの器に盛られた艶々と輝く紅い小粒の果実は本当に紅玉のようだった。
口に入れれば(とろ)けるように甘く、ほんのりと酸味も感じるものだった。
もちろん美羽も初めて食べた。それは幸せな頃を思い出すような味だった。
二つ、三つ食べると美羽はそれを姉妹へ勧めた。

「どうぞ、みなさんも食べて下さい」
「とんでも無い!申し訳ございません。ルルナが騒いだからお気を使わせてしまって。食欲の無いミウ様の為に王が特別に取り寄せたものですから、私共などが頂けません」
「ええーいいじゃない。ミウ様がどうぞ、って言ってくれてるのにさぁ」
「ルルナ!」
断るメラに頬をふくらませて不満を言ったルルナだったが、その様子に美羽は思わず笑ってしまった。微笑み未満では無い久し振りの笑顔だった。
姉妹の方がそれを見て驚いた。

「あーミウ様が笑った!」
ルルナが指をさして言った。
美羽は驚いて笑い声を引っ込めてしまった。
馬鹿!と言ってメラがルルナの頭を叩いた。

「いったぁーい。姉さん、何するのよ!」
「この馬鹿!初めてミウ様が笑っていたのにお前が指さして言うから、ミウ様が気分害されたでしょ!」
「え!ほんとう?」
ルルナは心配そうに美羽を見た。

「あの・・・私は怒ったのではなくて・・・笑ったのが久し振りだったから自分でも驚いてしまって・・・だからルルナは悪くないです・・」
ほらねっ、とルルナは自慢げに笑った。
メラは呆れたが美羽に微笑んで言った。

「ミウ様、今のように笑ったり、思われたりした事は何でもお話ください。心に秘めたままですとご病気は治りませんからね」
美羽は涙を浮かべて頷いた。メラが本当に心配してくれていると分かったからだ。

彼女達には美羽の病気についてロエヌ医師から注意を受けていた。どうも彼女に対して無理強いや無茶をする王を、数日近寄らせないようにしたのも彼の指示だったのだ。

メラ達は確かにと思った。
初めは美羽が王をたぶらかしたのかと思ったが、彼女を知ればそれは有り得なかった。彼女のこの国での微妙な立場は分かっているが、王の彼女に対する態度が良く分からなかった。
病気に追い込む程、残酷で冷たいかと思ったら妙に優しい所もあるからだ。
いずれにしても彼女達は国と国とのいざこざがあったとしても美羽が好きになっていたのだった。
この薄幸な佳人が少しでも心安らかになって欲しいと願っていた。

だから姉妹は美羽が退屈しないようにと色々趣向を凝らしてくれた。
と言っても特にルルナだったが色んな遊びを美羽に教えていた。
室内でする遊びがこんなにあるとは美羽も思わなかった。
しかしその遊びのせいでルルナとは特に距離が縮んだようだった。
時折、楽しいそうに笑う美羽も見られるようになり、食欲も戻ってきたのだ。

「ルルナは本当に凄いのね?こんなのを知っていたらあの塔でも気が紛れたでしょうね。残念だったわ」
美羽は詳しく話さないが時々漏れ聞く内容は辛そうなものばかりだった。
そんな話しが出た時、姉妹は一層明るく話しを盛り上げる。

「ミウ様、ルルナをそんなに褒めないで下さい。それでなくても遊んでばっかりで仕事をしないのですからね」
「あー酷い!姉さん。ちゃんと仕事してるもん!」
「ミウ様と遊ぶのが仕事なんでしょう?」
「分かってるじゃない!姉さんも自分がミウ様と遊びたいからそう言うんでしょう?」
「あ、あの・・・」
姉妹で言い合っている中に美羽が声を掛けた。その手には双六の盤を持っている。

「みんなでしませんか?これはみんなでした方が面白そうだから・・・」
姉妹はにっこり笑って頷いた。つられて美羽も微笑んだ。
この数日で本当に自然に笑みが出るようになったような気がした。
テーブルの上に双六が置かれ早速始まった。

順番に(さい)を転がしては盤の駒を進める。ルルナが考案した罰ゲームもありそれに一喜一憂していた。美羽がその外れに当たってしまい、隣の部屋に行って百を数えないといけなかった。
声を出してそれを数え終り、元の部屋に戻ろうと扉に手をかけた時、可笑しいなと思った。
賑やかだった部屋がやけに静かなのだ。
だけどきっとルルナの事だから驚かせようとしているのだろうと思った。
だから逆に勢いよく中へ入って行ったのだった。
そしてピタリと足が止まってしまった
テーブルの周りには誰もいなく。その前に立っていたのはイエランだったからだ
彼は賽を弄んでいたがそれを、カランと盤の上に転がした。

「・・・・双六か・・・随分部屋の雰囲気が変わったものだ・・・」
そしてゆっくりと美羽の方を向いた。
美羽は立ち止まった足が震えだした。
イエランの私室はルルナが持ち込んだ遊戯がちらほら置かれていたのだ。

怒られるのだろうか?と美羽は思った。もしくは姉妹を罰するのだろうか?義父はそうだった。
塔では世話をしてくれる召使いの中でも仲良くなったものもいた。
そして彼女が外の珍しい物を持って来て慰めてくれたりした。しかしそれが見つかってその召使いは酷い罰を与えられたのだ。もちろん美羽にも。

「ご、ごめんなさい・・」
イエランが小さく溜息をついたような気がした。

「・・・・お前はいつも謝ってばかりだな・・・」
体調が戻ってきたと聞いたイエランは居ても立ってもいられなかった。その姿を確かめたかったのだ。そして私室の前で美羽の笑い声を初めて聞いた。その声だけで体の芯が熱くなる感じが襲ってきた。
しかし自分を見た彼女は当然だが怯えている。その想いは急に冷めてしまった。

「ごめんなさい・・・私がそれをしたいと言いました。だ、だからみんなを・・・罰しないで下さい。全部、私が悪いのです。罰なら私に・・・」
美羽は自分の両手を出した。まるでそこに鞭でも打てというように。

イエランはかっと頭に血が上った。
あの痴れ者が彼女にどんな事をしていたのか想像出来る。美羽が気に入った物は取り上げ、罰していたのだろう。自分がそんな男と同じように思われたのが頭にきたのだった。

「随分、元気になったようだな?私が居ないとそんなに良かったのか?」
「あっ・・あの・・そ、それは・・・」
じわりじわりとイエランが美羽に近づいて来る。ふと脇のテーブルに紅い果実が見えた。

「・・・紅い実か・・どうだった?」
美羽もその実を見た。果実の宝石と呼ばれるそれはほぼ毎日届けられた。

「お、美味しかったです・・・あ、あの・・ありがとうございました」
王が特別に取り寄せたと聞いていたから一応、お礼を言った。
しかしイエランは静かに怒ったままだった。

「食べさせろ」
「え?」
「聞こえなったのか?此処にきて食べさせろ」
イエランは傲慢に言い捨てるとそのテーブルの横にあった椅子に、どかりと腰掛けた。
そして長い足を組んだ。
皮を剥く訳でも、切り分ける必要も無いその小さな実を何故食べさせてあげなければならないのか、美羽は戸惑った。どうやって?

恐る恐る近寄るとその実を一つ摘まんだ。親指と人差し指の二本で十分持てるそれを、じっと自分を見るイエランの目の前までは運んだ。
しかしこれをどうしたらいいのか迷っていると、彼の苛つく声がした。

「口の中へ入れろ!」
美羽はびくっ、と肩を揺らしたが震えながら、冷たく引き結んだ彼の口元へ持って行った。
彼の薄い唇にそれが触れるとイエランは口を開き、美羽の指を招き入れた。
その口の中へ実を落とすと同時に美羽はまたびくっ、と震えた。
イエランの舌が彼女の指を舐めたからだ。美羽はさっと手を引っ込めたが、イエランはその実を咀嚼しながらも顎をしゃく
って次を要求してきた。
また同じように美羽は実を摘まむ。果実の汁が彼の唇の端を濡らしていた。
今度はその濡れて冷りとする唇が指に触った。そしてやはり舌がその実を指と共に絡め取る。
また美羽はさっと手を引きイエランを見た。まだいるのだろうか?と。
その美羽の顔をみたイエランは違う事を言った。

「今度はお前が食べろ」
言われる通りに美羽はその実を自分の口に運んだ。
そして咀嚼し始めるといきなり腕を引っ張られたのだった。
体勢が崩れて座っているイエランの胸元へ引き倒された。
驚いてその体勢で顔を上げると彼の顔が直ぐそこだった。

「口を開けろ」
「!」
「飲み込むな!そのまま開けろ」
彼は何をさせたいのだろうかと美羽は困ったように眉をひそめた。
言い方は冷たいが見下ろす朱金の瞳が熱っぽく感じる。
美羽は恐る恐る小さな唇を縦に開いた。舌の上にはまだ紅い実が残っている。

噛むなよ、と一言言ったイエランが顔を落としてきたと思ったら、美羽の開いている口を自分の唇で塞いだのだ。

(えっ!何?)
美羽は驚いて大きな瞳を更に大きく見開いた。
口の中にぬるりとしたものが入り込んできたのだ。
反射的に身体を離しかけた美羽の腰を、イエランは片手で引き寄せた。そしてもう片方の手は彼女の後ろ頭へ。身体は斜めの状態でイエランに押さえ込まれたら身動きは出来なかった。
そして彼のねじ込まれた舌が美羽の口腔を深く探り、舌の上にあった実を絡めとって嚥下した。
しかし美羽の口の中からその実を奪っても彼の舌は容赦なく(うごめ)いている。

二人の食べた甘い果実の蜜は唾液に混ざって口の中に広がっていったのだった―――
(これはいったい何?)


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