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第二章 激情の檻3![]()
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「・・・さすが天眼の水晶宮・・・鼠 一匹でも入れる隙も無い。困ったものだわ・・・このままでは李影様のご命令が遂行出来ない・・・」
美羽を攫 ってくるようにと密命を受けた麗華が、彼女の囚われているという天眼国の王城水晶宮≠前にして手をこまねいていた。
天眼を持つ彼らに法国 が得意とする幻術の類が通じないものも多く、入ることさえ難しかったのだ。こうなれば彼女が外に出るように仕向けるしか方法は無いだろう。
それに法国が得意とする情報によれば使える材料があった。それを上手く利用して罠をかけるしかない。それはこの戦端となったドーラの娘の件が最も適していると思われた。大きな憎しみは忠義さえも霞んでしまうだろう。
水晶宮へ入れなくても個人宅へは難なく入れる。麗華は闇に乗じてドーラのもとを訪れたのだった。
就寝前に書斎で仕事をしていたドーラは何者かの気配に剣を手に立ち上がった。
「何奴、出て来い!」
影は動いた。妖しく男達を虜にするような微笑を浮かべた女がそこに立っていた。その姿は黒衣に包まれて怪しいと思うのに、握る剣を振り上げるには一瞬躊躇 するような雰囲気だった。
その美女が艶のある纏わりつくような声を出した。
「ドーラ様、剣をお納め下さいませ。貴方様に危害を加える者ではございません」
「何を?突然このように来訪しておきながらそれを言うのか!」
「・・・お嬢様・・アルネ様は本当にお気の毒でございました・・・」
ドーラは娘の名を聞いてかっと頭に血が上った。
「何が言いたい!」
「・・・この度の王の黒翔に対する報復は手ぬるいと思われませんか?」
「お主は何者だ!我らは王に従うのみ!」
ドーラは剣を持っているが振り上げる訳でも無かった。口で言っているのと、心で思っているのが違うというのが良くわかる。
麗華は、ふふふと笑ってドーラが剣を握る手に自分の手を重ねた。
「私の主がある者の話を聞いて憤慨致しました。そのある者とは黒翔の王の側近だった男で、アルネ様を攫わせた張本人でございます」
「何!アルネを攫った張本人だと!」
ドーラは目を剥いた。
「はい。その者は先日の天眼国の奇襲を運良く逃れ、私の主を頼って参りました。まあ主も深く内容を知らなかったので、その者の話しを聞き出したところ・・・お嬢様は黒翔の姫の代わりにする為だったとか。所謂 、自国の姫はお気に入りで無茶をして壊したく無いから他国の代わりになる姫を求めたとか・・・そうぼやいていた王の心を汲み取って攫ったとか申しておりまして」
麗華は言葉を切ってドーラの様子をちらりと見た。案の定、話しに引き込まれているようだった。
麗華は心の中でニタリと嗤って続けた。
「身代わりにされたお嬢様が亡くなって、その原因だった黒翔の姫が生きているなんてあんまりではありませんか?主もとても憤慨しまして、その男は牢に入れております。ドーラ様にお引渡ししても構いません。どう思われますか?それもお嬢様は天眼の王の許婚だったとか?それが今お嬢様の代わりにあの姫が貴方様の王の横にいるのですよ。どうやって理知なる天眼の王をたぶらかしたのか・・・まあ、あの好色な黒翔の王がのめり込んだ程の毒婦でしょうから無理は無かったのでしょうけれど・・・・このままで宜しいのですか?本当の敵は黒翔の姫ですよ・・・」
ドーラの手から剣が落ちた。
「・・・・アルネは本当に優しい子だった。年取って出来た娘だったからそれは可愛くて・・・あの子は王に嫁ぐ日を指折り数えて・・・・それなのに・・・黒翔の王めが!許さん!許してなるものか!黒翔の奴らを見るだけでも虫唾 が走る!ああそうだ!わしは納得していない!王は今あれに冷たいが何時あの女に心を傾けるやもしれん!そうなればアルネが哀れだ。王を慕い続けていたのだから・・・」
ドーラの細い目が憎しみで真っ赤に充血していた。
こうなったら麗華の思惑にはまったのも同然だった。主とだけしか言わない正体も分からないこの女を怪しむ事さえドーラはしなかった。
心のきっかけを掴めば麗華の得意な幻惑の術で操る事は容易かったのだ。
跡はこの罠に小鳥がかかるのを待つだけだった。
美羽が天眼国に来て一月 になろうかとしていた。
イエランはあれから忙しいのか、美羽が寝た後に寝所にはやって来る。
そして彼女が目覚める前にはもう出かけているのだった。
でも美羽は知っていた。時々目を覚ますと彼が自分をじっと見ているのを感じた。
そして寝た振りをしていると、そっと唇に口づけを落とすのだ―――
その時は心臓の音が大きくなって、イエランに寝た振りが分かるのでは無いかと心配になってしまうのだった。それにこんな秘め事みたいなものに心をときめかせている自分に嫌気がさした。
まるで心待ちしているようだからだ。あの初めての口づけが忘れられないからかもしれない。
そっと唇に触れるだけでなく、あの時のように深く口づけして欲しいと思っている気持ちが心の片隅にあるのだ。彼が淫乱≠セと罵ったが本当にそうなのかもしれないと思ってしまう。
何度も何度も彼がしていた事を頭の中で繰り返す。探って絡めて吸って・・・・自分でも出来そうだった。
うたた寝をしている間でもそんな夢をよく見る。
(ほら、また・・・)
イエランが珍しく昼間に部屋に寄ると美羽が長椅子でうたた寝をしていた。
幸せそうな寝姿に吸い寄せられるように近づくと、いつもの様にそっと唇に口づけをした。
すると誘うように唇が開いたのだ。そして驚いたことに彼女が反応して口づけを返してきたのだった。
起きているのかと思ったがそんな様子は無かった。寝ぼけているのだろう。
しかしたどたどしいながら彼女の方から舌を絡めだした。
イエランの欲情に一気に火がついてしまった。美羽をかき抱き深く唇を重ねた。
彼女がびくりと背中を反らせると瞳を大きく開いた。目が覚めたのだ。
「う・・・うんん・・うっ・・・」
貪りつくようなイエランの口づけに驚いて声を上げたが、声にはならなかった。
今日は果実も無いのにまるで甘く痺れるような感覚が広がってきた。
「ううっぅ・・んっ・・」
抵抗しようにも彼の胸からピクリとも身体が離れない。それほど強く抱きしめられていた。
次第に美羽は夢なのか現実なのか分からなくなってきた。
いつもの夢かもしれないと思ってしまった。頭がふわふわするからだ。
彼と同じように舌を動かしてみるとそれ以上に激しく掻き回され返されてくる。
舌が擦れあう度に美羽は背筋がぞくぞくした。
美羽は夢うつつで何て自分は淫らなのだろうと思った。こんな夢を見るなんて・・・
(夢?本当に?これは夢なの?)
「ん・・ぁんん」
自分の口から甘い喘ぎ声が出たのをはっきりと聞いた。
そして唾液と舌を激しく絡ませるくちゃくちゃとした聞きなれない音?
美羽ははっと我に返った。信じられないと言うように瞳を大きく開くと、全ての動きが止まった。
急に反応しなくなった美羽に気がついたイエランが唇を離した。
「・・・・・あ・・は、離して・・私から離れて・・い、嫌」
「離れろだと?お前から誘ってきたんだぞ」
「ち、違う!違うわ」
「違わない!お前の方から・・・・・」
イエランははっとした。そうだ彼女はたどたどしくも返していた。
「何故だ?この間まで全くやり方さえ知らなかったのに・・・どうして出来る?誰かに教わったのか?まさか寝ぼけて私をそいつと間違ったのか?誰だ!言え!」
「そ、そんな。違う!そんな人、知らない!」
「どうだか!お前は淫乱で男無しではいられないんだろう?すっかり忘れていた。お前のその無垢な顔にな!誰だ!誰をその白い肌でたぶらかして咥 えこんだんだ!衛兵か?それとも侍従か?答えろ!」
イエランの額の天眼がうっすらと開き始めた。
それに合わせてびりびりと空気が震え出したようだった。
「ち、違います。わ、私、本当にそ、そんなことしていません」
彼女が否定すればする程、イエランは歯止めが利かなくなって来た。自分の宝物に触れたであろうその姿の見えない男に煮え滾 る程の嫉妬を覚えたのだ。
「お前の言葉など聞かん!直接身体に聞く!初めからこうすれば良かったんだ。馬鹿みたいに意地を張って。お前が誰にでも足を開く女だったというのにすっかり失念していたとはな。嗤える話だ」
「やゃぁ――っ、た、助けて――っ!」
逃れようと身体をよじる美羽に天眼の光りが射した。
それは肌に傷をつけること無く、美羽のドレスを引き千切ったのだった。
金の瞳が半分開いていた。
イエランの眼前に染み一つ無い美羽の白い肌が現れた。
彼が執拗に付けた赤い痕も今は消えている。情事の跡など無い綺麗な身体だった。
美羽は諦めたのか声を噛み殺して泣いていた。ただ、ただ耐えるように・・・・誤解なのか?と思った。
冷静に考えれば自由と言っても常に監視されている中でそういう事が出来るものでは無い。
しかしもうこの昂ぶりは治まらなかった。正気を失ったのかもしれないとイエランは思った。
自分がただの獣になった気分だった。劣情の塊が頭をもたげ疼いて堪らないのだ。
「きゃ―――っっあぁぁ―――ぁぁ」
細く長い悲鳴が上がった。
身体を二つに引き裂かれるような痛みが美羽を貫いた。
横では何かが割れる音もしている。
義父に頭を押さえつけられて見せられた、あの恐ろしい光景が今現実となっていた。
アルネに襲い掛かった男達が彼女の考えられない場所に次々とあれを挿したように・・・同じように自分の体の真ん中に、炎のように熱く猛る楔 が打ち込まれたのだ。
でもその瞬間それが止まったと思った。しかしそれはほんの数十秒で更に深く打ち込まれたのだった。
そして美羽は激しく揺すられた。腰掛けても揺れもしなければ音もしない頑丈な長椅子が、ギシギシと軋む嫌な音がしていた。
「ひゃぁ―――ぁぁ・・ゆ、ゆるしてぇ――」
ギギッギーギッギッ、ギギギシィッ・・
「いや―――っぁ・・」
美羽はその音と共に何度も悲鳴を上げ、とうとう意識を手放したのだった。
美羽の強張った四肢の力が抜けた時、イエランは彼女が気を失ったのだと気がついた。
それでも激しい律動は止めなかった。
細く折れそうな美羽の身体を深く折り曲げ、己の欲望を無理矢理穿 った時、直ぐに彼女が無垢なのだと分かった。一瞬頭の中が真っ白になり、まさか?と思って動きが止まった。
そして何故なのか?どうしてそんな事になっている?という疑問よりも彼女が初めてなのだという歓喜に狂ってしまった。
悦 びを与える訳でも無く、ただ彼女の身体を貪った愚か者だ。
しかしこの衝動 を止められないのだ―――そして欲望が爆 ぜて瞳の奥で光りが弾けた。
「―――くっ・・・」
荒い息遣いが自分では無いような気がした。
意識が無いままの彼女を抱き続けた自分のさもしさに嗤いが出た。
やめて!助けて!と叫ぶ彼女の口を唇で塞ぎ、浅ましく何度も何度も貫いた・・・・
もう彼女は自分を許しはしないだろう。
(はっ・・・許すも許さないも、最初から憎まれていたな・・・愛されないのなら、愛と同じだけ憎まれたらいい・・・そして彼女の心を私で占めさせれば・・・)
イエランは美羽をすくい起こすと優しく抱いた。
それから涙の雫が溜まった瞼に、そっと口づけをしてベッドへと運んだ。
「私をもっと憎むがいい・・・美羽・・・」
そう呟くと部屋を後にしたのだった。
部屋の扉の外では真っ青な顔をしたリンド姉妹がいた。
美羽の悲鳴を聞いて飛んで来たのだ。しかし中に居たのはイエランだった。何が起きているのか分かっても王のする事に何も出来なかったのだ。
控える彼女達にイエランは声をかけた。
「手当てをしてやれ。必要ならロエヌを呼ぶがいい」
「か、畏まりました・・・」
辛うじてメラが答えたが、ルルナは涙を浮かべて下を向いていた。
イエランは彼女らのその様子を目の端で確認して背を向けた。
(彼女は二人から慰めてもらえるだろう・・・情けない事だ。こんなに心が痛むのなら捨て置けばいいものを―――それが出来れば苦労しないな・・)
後から後から後悔が押し寄せて来るようだった。
その時、廊下に側面している部屋の扉が開き、イエランはいきなり中へ引き込まれてしまった。
そうされても彼は騒がなかった。相手はカルムだったからだ。
「イエラン!どうしたんだ?城内で天眼の波動を感じて只事では無いと来てみれば・・・何やってるんだい?お前、感情が漏れっ放しだよ。滅茶苦茶じゃないか!」
「ああそうだ。もう滅茶苦茶だ・・・一々言わなくても今の私の状態なら十分心が読めるだろう?兄上殿?くっくくっ・・・」
カルムは信じられないと言う顔をした。
目の前にいるイエランの姿はおぼろげでどんな表情をしているのか分からない。
しかし普段垣間見る事さえ殆ど出来ない彼の心が丸見えなのだ。
それ程までに心を痛めている。そしてその原因も読む事が出来た。
彼の嫉妬と狂喜に欲望と絶望・・・・
「小鳥ちゃんを無理矢理犯した?それって・・・」
「ああ・・・憎まれたいと思いながら、あの男のようにはしたく無いとも思っていた。狂っているだろう?憎まれたいのに憎まれたく無いと思う気持ちが交差するなんて・・・そして結果がこうだ。初めてだったのに結局あの愚かな王より酷いことを・・・・」
カルムは何も言えなかった。イエランの心がまるで血を流しているようだったからだ。
「・・・でももう決心がついた。徹底的に嫌われてやる。彼女の怯えた瞳が憎しみの炎に燃えるように・・・そうして激しく見つめられる時、私は陶酔に酔えるだろう・・・」
「狂っているよ・・・」
イエランが喉の奥で、くっと嗤った。
「私はもう狂っていると言っただろう。では兄上殿、私が寝首を掻かれるぐらいになるように祈っておいてくれ」
イエランはそう言って自虐的に嗤いながら部屋を出た。
「馬鹿が・・・」
カルムはイエランが出て行った扉に向って呟いたのだった。