第二章 激情の檻4


 姉妹が部屋に入ると中は悲惨な状態だった。
中から聞こえる音だけで想像はついたがその行為の激しさが物語るようだった。
朝、姉妹達がお喋りしながら楽しく着付けた美羽のドレスの残骸が方々に散乱していた。
そして長椅子の近くのテーブルの上に飾ってあった花瓶は床に転がり落ちて割れている。
絨毯にはその花瓶の水がこぼれ、飛び散った花は激しく踏まれて染みを作っていた。

美羽の引き裂かれるような悲鳴が耳に甦ってくる。二人は尊敬する王が何故こんな無体な事をするのかと怒りさえ感じた。自分達は美羽に深く関わっているので彼女の事がよく分かっている。
しかし皆の美羽像は相変わらず、憎むべき敵国の姫であり、人質にしか過ぎない囚人。彼女が何を思い、何を考えているなど関係ないようだ。囚われた者の運命は普通そうなのだろうが・・・・


 そして早く助けてあげたい美羽が見当たらなかった。
美羽を心配しながら固唾を呑んで扉の前で待機していた時、物音はこの部屋からだった。
そしていきなり静かになったと思ったが時間を置かずに王が出て来たのだ。

メラはルルナに部屋の後始末を命じて、自分は奥の寝室へと向った。
彼女は何故かベッドに寝かされているようだった。
メラはそれを不思議に思った。王が本当に彼女はあんな扱いをしても良いと思っている物だと思っているのなら、行為に及んだ場所に捨てているはずだ。それなのにわざわざ此処まで運び、手当てをとも言った。しかし王の真意は汲み取れない。

「ミウ様?」
メラは彼女の名を呼んで近づいた。美羽は寝ていなかった。呆然と宙を見ていたのだ。

寝かされているだけで何も掛けられていない美羽は裸体を晒していた。
メラは妹をこの部屋に入れなくて良かったと思った。
美羽の白い肌に残るのはやっと消えた赤い痕より酷かった。強く吸われたか噛まれたような口づけの跡はもちろんあるが、それよりも長椅子が原因と思われる激しく擦り付けられたような擦り傷や打ち身。押さえつけた指の痕が肩や手足にくっきりと残っているのだ。
そして細い脚につたうのは乾き始めた純潔の証―――

その酷さにメラは思わず顔を背けてしまった。同じ女性として正視出来るものでは無かった。
瞳を開いたまま、ぴくりとも動かない美羽は正気を失ったのだろうか?

「ミウ様・・・湯殿に参りましょうか?ミウ様?」
「・・・・・・・・」
美羽は返事をしなかったが意識はしっかりしていた。
先刻は容赦なく腰を揺さぶられ、(えぐ)るようにイエランのものを突き上げられていた途中では完全に気を失ってしまった。しかしその最中に、遠のいた意識が再び呼び戻され始めたのだった。
生々しい熱を激しく抜き差しされ、体の奥深くに熱いものが放たれたのを(かす)かに感じた。イエランが達して自分の中から出て行った時には完全に意識が戻り始めていたのだ。
瞼の隙間から見えた彼はまた苦しそうな顔をしていた。
そして驚く程優しく抱いて目元に口づけをしたのだ!

(何故優しくするの?叫んでも泣いても止めてくれなかったのに?)
義父と彼は一緒だと美羽は思った。
意思を無視して雄の欲望のままに美羽をそういう対象に扱うからだ。

(最近は少し違うのかもと思っていたのに・・・)
でもイエランの顔は義父の顔とは違っていた。
義父のように(たの)しんでいる感じでは無かった。言葉で表せば・・・

(熱く・・・(つら)く・・・苦しいような・・・?)
愉しくないのに何故するのか分からなかった。
美羽は最後にイエランが口にした意味を考えた。もっと憎め≠ニは?
既に自分は兄を殺し、民の命で脅しをかける彼を憎んでいる。それなのに?
それに美羽≠ニ初めて名前を呼ばれた。しかもそれはこの国の人達が普通呼ぶミウ≠ニ言うどこか違った発音ではなく美羽≠ニ言う黒翔国独特の柔らかな発音だった。優しく懐かしい旋律のような響き・・・とても優しく感じるのは気のせいだろうか?

メラの心配そうな声が聞こえてきた。返事をしなくは・・・


「・・・・ありがとう。メラ。そうして貰える?」
「はい、ミウ様!すぐにご用意します」
メラは彼女が正気だとほっとして微笑んだ。
美羽もそれに応えるようにぎこちなく微笑むように唇の端を上げた。

「つぅ――っ」
唇が切れているようで痛みが走った。
口づけも唇が食い千切られるようだった。
甘く焦がれた口づけはこんなものでは無かったが何故か胸が熱くなる・・・何故なのだろうか?
美羽が想いを振り切るように起き上がろうと身体を動かすと身体中が痛かった。そして体の真ん中にはまだイエランの感触がはっきり残っているようだった。

涙が一雫、頬をつたった―――
美羽≠ニ呼んだイエランの低く囁くような声がずっと頭の中で響き続けたのだった。


 美羽はあの日から違う部屋へと移されていた。移ったと言ってもイエランの居室の隣だった。部屋の広さは今までの半分ぐらいだ。今までが王の居室だけあって広すぎたのだからそれでも十分だった。
また寝室が一緒じゃないというだけでも美羽にとって心休まる空間となった。
更に隣になっただけでイエランと顔を合わすことが本当に無くなり、ほっとしていた。
今までは部屋にいるだけで帰ってくる彼と嫌でも顔を合わせていたからだ。
時々廊下で出会ってしまっても美羽は横を向いて視線を合わせなかった。
しかしイエランの絡みつくような強い視線はいつも感じていた。天眼族は普通の目でも力があるのだろうか?と美羽は思ってしまうぐらいだ。

「ミウちゃん」
「え?」
「こっちこっち」
たくさん連なる扉の隙間から一本の手が手招きをしていた。
同行していたルルナと美羽は顔を見合わせた。
そしてそこへ近づいて行くと美羽は腕を掴まれて部屋の中へ引き込まれてしまった。

「ミウ様!」
驚いたルルナが声を上げたが、すぐその扉が少し開いた。
そしてそこから覗く人物を見たルルナは頬を赤らめた。

「少し彼女を貸してもらうよ」
カルムは藍色の瞳を優しく微笑ませながら言った。
ルルナは王から絶対に美羽を部屋の外で一人にするな、ときつく言われていたが相手が彼なら仕方が無いだろう。
分かりましたと承知して扉の外で待つこととなった。

カルムがそっと扉を閉めると振向いた。

「ごめんねミウちゃん。今日はあいつが居ないからちょっと話をしたかったんだ」
「あいつ?」
「イエランだよ」
美羽はその名前だけでどきりとした。

「あーごめんね。名前が出るだけで怖くなったんだね・・・」
美羽はまたどきりとした。あの事を彼は知っているのだろうか?

「・・・ん。ごめん、知ってる・・・」
美羽はかっと頬が熱くなった。

「ごめんね。ミウちゃん、頭の中読んでしまって・・・読まないつもりなんだけど君はすっと入ってしまうんだ。本当にごめん!言いたく無い事も知られたく無い事もあるだろうに・・・私には見えすぎてしまって・・・」
カルムは端整な眉を寄せた。

「・・・いえ・・私は自分の気持ちを言うのが苦手だから・・・あなたとは逆に苦になりません・・・」
美羽はカルムに悪いと思って、考えるのと同時に声に出した。
それを聞いたカルムが逆に驚いてしまった。この能力は便利なものだが他人からは疎まれる事が多い。実の母親からさえも疎まれた辛い過去があった。

「君って本当に良い子だよね・・・それなのに本当にごめんね。怖くて辛い思いをさせてしまって・・・色々言うとあいつが怒るから言わないけれど。イエランは本当に不器用な子なんだ。それによく嘘をつくからね。酷いこと言っていても本当にそう思って言っているわけじゃないんだよ。自分の想いは冷たい言葉に隠す、皮肉れ者なんだ。こないだの会議だってミウちゃんを守る為にあんな乱暴なことをしたんだ。そうじゃないと悪くて処刑。まあそれはイエランがさせないけれど不味い立場になっていたんだよ。それだけは心の片隅に置いておいて・・・」
カルムはそれだけ言うと美羽を解放した。
彼は美羽の今の心が知りたかったのだ。
しかしイエランに対する彼女の気持ちだけが良く分からなかった。恐れと憎しみは見えるのだがそれだけでは無いような不確かなものも感じた。それが気のせいなのかどうかは分からない。
そういう時は本人も意識していないものだからカルムが読み取る事が出来ないのだ。
いずれにしてもイエランの思いつめた様子が気になるところだ。

「お兄ちゃんは本当に心配しているんだけどね・・・」
カルムは窓に向って見えない景色を眺めながらそう呟いた。


 部屋から出て来た美羽にルルナが心配そうに寄って来た。

「大丈夫でしたか?怖かったでしょう?」
「え?何故?そんなことないけど」
「そうですか?カルム様って何だか怖くて・・・お顔はとても綺麗で素敵だけど・・・心眼をお持ちだから心を読むでしょう?穏やかに微笑まれていても何を考えているか気味悪くて・・・」
ルルナは小さな声で言った。
屈託が無く人懐っこい彼女がこんな風に人を評するのは珍しい。しかしカルムに対する評判は皆こんな感じで似たり寄ったりだった。だからイエランとは別の意味で恐れられている存在だろう。
なるべくなら近寄らないで済むのならそうしたいと思う人物のようだった。

美羽はカルムにも言ったように彼は嫌いでは無く、どちらかと言えば好きな方だ。

「カルム様はお優しい方よ。それに・・・弟思いだわ・・・」
美羽はそう弁護しながらもカルムが言っていたことを考えた。
でも半分ぐらいしか理解出来ない。助ける為に茶番を演じたような事を言っていたが、何故助ける必要があったのか分からなかった。黒翔国の支配の為と言っても重臣達が反対したように力で抑えることも彼らなら可能だろう。それに神託と言ってもイエランはどうでもいい感じだった。
それこそ取って付けたような話だ。だから何故なのか分からないのだ。

(不器用で嘘つき?何が?)
この言葉も謎だった。美羽はイエランが自分を愛していると思ってもいないから、そんな単純な答えは見つからなかった。もちろん彼がそういう態度をとっている訳では無いから気付くはずも無い。
逆に美羽は彼から許婚の仇として憎まれていると思っていた。
考え込む美羽にルルナもそれ以上話しかけなかった。
黙々と廊下を歩いて美羽が気に入ってよく通る渡り回廊へと足は向っていた。
そこは城の宮と宮を繋ぐ回廊で天井が高く、柱がずらりと並び片側には大きなガラス窓があるのだ。
天翔城を思わせるような造りで眺めも良かった。
そして人通りが殆ど無いというのも気に入っている一つだ。
美羽はその大きな窓の前で足を止めて景色を眺めるのが好きだった。
そこに差し掛かり足を止めた。
ずっと変わらない真っ白な世界―――
少しだけ外に出て雪の上を歩いた時のことを思い出した。あれ以来、外には出ていなかった美羽は、そんなに昔のことでも無いのに遠い昔のような気がしてきた。
あの時のイエランは少し優しい感じがしていたのに・・・そう思いながらぼんやりと眺めていた美羽の耳に人目を忍んだような話し声が入ってきた。
その内容の端を聞いてしまい美羽は思わず柱の影に身を隠した。
ルルナも何かを感じたのか同じように身を潜めた。
彼らは美羽達に気がつかない様子で立ち止まって話していた。

「・・・・・で・・ドーラ殿はご納得されて無いのではありませんか?あの姫への抑止力といえ王も甘い処置を・・・」
一人はドーラと知らない人物だった。七家では無いようだが親しい間柄のようだ。

「さて、どうであろう?我らの王がそのように甘いかの?それにあの虜囚はずっとこの水晶宮に閉じ込めているのだから何をしても分からんよ。まさしくこの氷の檻にの。王が忘れる訳なかろう?我が娘アルネの死に様を・・・」
「そうでしたな・・・王が珍しく顔色を失っておいででした。生きておいででしたらこの春には婚礼を挙げられたでしょうし・・・・誠に残念でございます・・・」
「・・・・そう・・・王が忘れる筈が無い。嘘も方便と言うだろう?あんな小娘に嘘をつくなど簡単なことよ」
「さようでございますか?しかしそのような話しは聞きませんが?」
「ははは、分かるような真似をしたら嘘と知れるではないか。こういう事は現地でこっそりやるもの・・・黒翔国はもう既に屍が積み重なる焼け野原かもの。今度、密かに見物にでも出かけようと思うよ。ははは・・・」
彼らは嗤いながら美羽達の前を通り過ぎた。

美羽は真っ青になってその話を聞いていた。

(そうよ・・・私は馬鹿だわ。言われただけで信じていたなんて・・・)
カルムも言っていた彼は嘘つき≠セと―――

「ミウ様・・・大丈夫ですか?あれは噂話みたいなものですから気にしないほうがいいですよ。私はそんな話し聞いた事無いですし、だから・・・」
美羽は頭を振った。

「そんなの今の人が言っていたように分からないわ・・・私には何も分からないのだもの・・・口づけを拒んだ時は、村を一つ消すとか言われたわ。あの時はお願いして止めると言ってもらったけれど・・・今思えばそんなの分からないわ・・・こないだも急に怒りだして嫌だと言って抵抗したら・・ひ、酷く・・さ、されたけれど・・・その後も気に入らないみたいに怖い顔をしていたから・・・きっとまた・・・・」
美羽は一気に言った後、涙が溢れてきた。

もし本当に騙されているだけだったら?何故か信じきっていた。何故?

(確認しなくては・・・絶対に・・・)


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