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第三章 罠1![]()
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翌日、美羽は次元空間を操作しているのを立って待っている間、イエランの顔をまともに見られなかった。彼はいつもと変わりなく淡々として、何とも思っていないようだ。
しかし美羽は思い出すだけで顔から火を噴出してしまいそうだった。
散々痴態を晒してしまったからだ。
激しく強く動くイエランにしがみ付いては自分の声じゃないような喘ぎ声をあげ、口づけも自分から求めるように重ね・・・そしてもっと≠ニ言ってねだったような気もするのだ。
(私は本当に淫乱なんだわ・・・あんなに悦 ぶなんて・・・恥ずかしい・・・)
昨日はいつの間にか寝てしまっていたが目が覚めると、メラが心配そうにベッドの横で立っていた。
(私・・・何していたの?)
美羽は寝起きで頭がぼんやりしていてまだ夢の中にいるようだった。
夢の中のイエランはとても優しく、ふわふわして気持ち良かった。
しかし今日、黒翔に行くというのを思い出した美羽は弾かれたように毛布を跳ね除けて起き上がった。
「ひっ――!ミウ様っ!」
メラは美羽の姿を見るなり、悲鳴をあげかかった声を呑み込んだ。
「?」
美羽はメラの驚いた様子を不思議に思い、彼女の視線の先にあった自分を見下ろしたのだったが・・・
「あっ!」
美羽は夢で無かったのを思い出した!身体がイエランの血で染まっていたのだ。彼の傷付いた手が辿ったところに残された血が乾いて錆色 になっていた。
メラはそれが美羽の血かと思い驚いたのだ。
しかし傷ついている様子が無いので悲鳴を呑み込んだようだった。
「あ・・メラ。これは王の手の傷が開いて・・血が出ただけで私のでは無いから・・・あの・・」
身体の隅々まで残る血痕は、イエランの手で触られてないところなど殆ど無いという証拠だった。
美羽はさっきまでの行為を思い出し、顔を真っ赤にしながら、しどろもどろ言い訳した。
メラは察して優しく微笑むと、美羽を湯殿に連れて行った。そして丁寧に美羽を洗う。
錆色の張り付いた血痕が流され、それとは別に口づけの紅い跡が浮かんでいる。
メラは前回と同じく何も言わないが、何をしたのかは一目瞭然だし、美羽はそれがとても恥ずかしかった。そう・・・今回は恥ずかしかったのだ。
前は怖くて辛く悲しかっただけだった。でも今日は少なくとも怖くなかったし辛くも無かった。
どちらかというと気だるいが気持ちがいい。
今日も無理矢理のようなものだったのに嫌でなかった自分がいた。
だからそんな自分が恥ずかしかった。
美羽は湯船に浸かりながらお湯を両手ですくうと自分の顔に、パシャっとかけた。
お湯をかけても赤くなった顔を冷ますことは出来ないのに、そうせずにはいられない。
湯殿に漂っていた血の臭いは石鹸の良い香りに変わっていた。
髪に付いて固まっていた血も綺麗に洗われ、金の髪が湯船にキラキラと流れて浮いている。
その髪もすくって、じっと見た。イエランがこの髪をすくって優しく口づけしていたのを思い出していた。それで髪にまで血が付いていたのだ。
その仕草を思い出すと、義父のように慰みや欲望のはけ口とされたのでは無いような気がした。
何故だか分からないがそんな感じがするのだ。
そして自分の馬鹿な行為を思い出して、湯船に潜り込みたくなってしまった。
(私!傷を舐めるなんて!きっと頭がおかしいと思われたかも・・・でも傷・・・大丈夫だったかしら?)
昨日はお湯にのぼせてしまうまでそんな心配をしていたのだった。
だから美羽はイエランの顔は見ず右手だけを、ちらっと見た。昨日より包帯がぐるぐる巻きにされているようだった。あれでは指も上手く動かせないだろう。
視線を戻す時にイエランと目が合ってしまった。そして目を逸らすよりも先に彼が声をかけてきた。
「これを留めろ」
これって何?と美羽は思ってイエランの指し示すところを見ると、マントの肩留めが取れかかっているようだった。
そんなの自分で・・・と思ったが彼は右手が使えなかった。
仕方なく近寄って手を伸ばしたが、イエランは背が高いからよく見えなくて上手く出来ない。
背伸びをしてやっと肩山が見える状態だった。
少し屈んでくれたら良いのにと思ったが・・・王がこんな事とは言っても誰かに膝を屈することは無いだろうから仕方なく背伸びをした。
しかし留め金が硬くて力がいるが背伸びのままだと指に力が入らない。
その時イエランの小さく笑った声が聞こえたかと思うと、美羽はふわりと抱きかかえられてしまった。
「きゃっ!何するんですか!」
「これで手が届くだろう?」
「こ、こ、こんなことしなくても届きます!下ろして下さい!」
「小鳥のさえずりは聞かない、早くしろ」
美羽はむっとした。
(本当にいつも癇に障るような言い方しかしないんだから!)
腹立たしいけれど間近に見えるイエランの顔に、どきどきしながら急いで留めた。
「出来ました。早く下ろして下さい!」
美羽の言葉は無視された。
「陛下、移動準備整いました」
イエランは頷き、美羽を腕に抱えたまま歩き出した。
「あっ!下ろして下さい!」
「うるさい、黙れ。一歩でも踏み間違えたら何処に飛ばされるか分からなくなるぞ。しっかりつかまっていろ」
美羽はぞっとして目の前に広がる空間を見た。天眼というのは本当に恐ろしい能力だ。空間さえも曲げられる力があるのだから、他国が恐れるのも無理は無いだろう。
ぽっかり空いた穴の周囲は色々な色が混ざっていたが、その先に見える景色は懐かしい天翔城内のようだった。
「天翔城?」
美羽の顔が見る間に明るく輝くようだった。
イエランはそれを間近で見ると瞳を細めた。その瞳の奥では美羽の輝く姿に心を奪われる自分と、それに嫉妬を覚える自分がせめぎ合っているようだった。
天翔城で迎えてくれたのは、この黒翔国の平定を任されているイエランの姉リネアだった。
女だてらに剣を振るい姫将軍と言われていて出迎えたその姿は軍服に身を包んでいた。
かといって男勝りを自慢にしている様子ではなく、その軍服は形こそ男物だが色は女性らしく鮮やかな紅と金の特別製だった。
「お待ちしておりました陛下。それとお帰りなさいませ、ミウ様」
お帰りなさい≠ニ言われた美羽は嬉しかったが、イエランは、むっとしたようだった。
「・・・・・黒翔を任せている責任者で、私の姉リネアだ」
姉と聞いて美羽は驚いた。黒翔では女性の軍人はいなかったし、王族の姫君がまさかと思ったのだ。
リネアはビロードのような艶やかな黒髪と黒い瞳の豪奢な美女だ。
それにしても天眼族は姿形が整ったものが多いが、王族は更にその上をいくのだろうか?イエランはもちろんカルムにこのリネアは母親が違うのか、顔は似ていないのだがそれぞれが際立っている。
リネアは王族としての誇りに溢れ美羽の憧れの化身のようだった。
「はじめましてミウ様。リネアと申します」
「あっ、は、はい。はじめまして、リネア様」
リネアはくすりと笑った。
「可愛らしい方ですね。陛下」
「・・・・・・・・・」
リネアが何か言いたそうな目でイエランを見た。
「まあ、宜しいでしょう。お話は後でゆっくりさせて頂きましょうか。では早速ですがミウ様に今の黒翔国の現状をお見せすれば宜しかったのですよね?」
「は、はい。申し訳ございません。すみません、疑っているみたいで・・・」
イエランは、ちらりと美羽を見た。
「リネアの前だと随分態度が違うのだな。私には嘘つきとか、信じられないとか言って喚いたくせに」
「そ、そんなこと、今言わなくても・・・」
「ふふふっ、陛下それは人相の差ですわよ。そんな怖い顔していたら誰だって極悪非道な人間にしか見えませんわ」
「・・・・・・・・」
リネアの意味深な言い方は、きっとカルムから情報を得ているに違い無いとイエランは思った。
「さあミウ様どうぞ、まずは城の中をご案内致しましょう。一応、私共が重要な職に就いておりますが、その他は今まで通り黒翔の人々に働いてもらっております」
リネアが言う通りだろう。通り過ぎる人々の殆どが象牙色の肌をした黒髪の黒い瞳の黒翔族だった。そう言えばリネアもそうだった。
「あの・・・リネア様は見事な黒髪でいらっしゃいますけれど・・・」
「やはりお分かりになりました?そうです。私の母は黒翔の者でした。ですから王は――」
リネアは無愛想なイエランに視線を流して続きを促してきたので、イエランは嫌々ながら彼女の話しの続きをした。
「だからこの国を任せた。その方が民も少しは安心するだろうからな」
美羽はそこまで考えてくれていたのかと驚いてしまった。
「まあ・・・私に背翼でもあればもっとそれらしくて良かったでしょうけれどね」
多種族同志の間に出来る子供は混ざることはなく男側の種族となる。リネアの父が天眼の王だから見かけは黒翔のようでも翼は無く天眼を持つ者となるのだ。
「私、リネア様みたいな黒髪は憧れです。きっともし翼があったなら同じく黒く美しい羽だったでしょうね。私はみっともないから・・・」
リネアは驚いて瞳を大きくした。
「みっともないって貴女・・・」
その時、城の端々で黒翔の人々の話し声が耳に入ってきた。
おい、見ろよ、美羽様だぞ恥知らずな姫君だけが残ったってなぁ〜
何しに来たのかしら?みっともない黒翔の恥だわ本当よ
リネアは、さっと声のする方向を見渡した。
するとその者達は知らぬ振りをするが、目が離れるとひそひそと話し出すのだった。
自分達の王女に対するものの言い方ではなかった。美羽を見れば当然聞こえているだろうが平然としていて黙っている。言われ慣れているのだろうか?
色魔の王にひぃひぃ言わされながら腰を振っていたと思ったら、今度は天眼の王に媚びを売りまくっているんだろうよ
ははっ、違いない。今度は卑しく自分から足を開いて、一人だけ美味しい目をみているんだろう
屈辱的な言葉に美羽もさすがに血の気を失ったが、リネアは怒気を上らせ剣を抜いた。
「今、言ったもの出てまいれ!」
しかしそのリネアの剣を持つ手を止めたのはイエランだった。
「止めるな!成敗してくれる!」
叫んでイエランに振向いたリネアは、はっと息を呑んだ。
彼の額の天眼が開きかけていたのだ。静かに立ち昇るものは怒りという生易しいものでは無かった。
見るものを畏怖で凍らせるような冷気さえ感じた。
「先ほどから小賢しく噂しているようだが・・・私が天眼の王イエランだ。言いたい事があるのなら前へ出て言うがいい」
周りがざわめいた。美羽の姿を見て物珍しげに多くの者達が集まっていたようだ。
しかし天眼の王の顔は知らなかったので、まさか王が一緒とは思ってもいなかった。
もちろん前に出て言うものなどいない。
「・・・・リネア、お前。こやつらを甘やかし過ぎでは無いのか?王族への礼儀もわきまえぬ者など万死に値する・・・言ったものが前に出ないのならここにいる者は全部殺せ」
城内は畏怖の余り静まり返って、処刑宣告にも関わらず悲鳴一つあげるものがいなかった。
皆がただ見つめるのは金の天眼が妖しく光り、整い過ぎた顔の吐く息さえも凍っているかのような天眼の王だった。その場にいた誰もが死を予感した。
その時、美羽が叫んだ。
「お許し下さい!私がこのような姿だから悪いだけです。どうかお許し下さい!それに黒翔の者には手を出さないとお約束して頂いたではありませんか!だからどうかお許し下さい!」
皆驚いた。まさか美羽が庇ってくれるとは思わなかったからだ。
彼女は必死に恐ろしい天眼の王に取りすがって懇願していた。
それが通じるのだろうか?王は凍るような瞳で美羽を見下ろしている。
「背翼を出せ」
「え?私のですか?何故?」
「いいから出せ」
有無を言わさない彼の命令に抗うことは出来ない。
美羽は大人しく背翼を広げた。真っ白な羽根が舞い踊る。
異端と呼ばれる白き翼―――これを醜いと言う気持ちがイエランには分からなかった。
(・・・・・・・・・・)
イエランはその美しさに無言で瞳を細めた。それは何度見ても心奪われるものだった。
しかしそれに浸っているのは束の間で、美羽を乱暴に引き寄せ抱きすくめると無理矢理に唇を奪った。
「・・・んん・・い、嫌!・・・うんっん・・・や、やめて!」
美羽はイエランから逃れようと抗ったが、口づけは続行された。
それから翼の付け根部分をつかまれて抵抗が出来なかった。
「あーぁあ・・・ぁはぅぅ・・・」
カクカクと震える美羽を腕に抱き直したイエランは嗤いながら言った。
「お前達、この王女が白い羽で美しくて良かったな。お前達のように黒かったら気味が悪くて美しさも半減するが・・・これはこのように素晴らしい。私はとても気に入っている。だがこの小鳥は直ぐ死にたがる困りものだ。あの痴れ者の王は王子の命を形にとって慰み者にしていたとか・・・その王子は殺してしまったから私も困ったのだが・・・お前達の命と引き換えに私のものになると承知させた。全く面倒な女だ。お前達翅虫 などこの世から消してやりたいところだが仕方がない・・・私はこれが気に入っているからな」
イエランは美羽に再び口づけした。性急に舌を差し込まれ、かき回される。
「ぅん・・・んん」
美羽は皆から見られているという恥ずかしさよりも、イエランの激しい口づけに目眩がしてきた。
まるで腹立たしさを叩きつけるかのような荒々しいものだった。
強引に舌を絡みとられ口の中を深く探られる。
「んんっ・・・・・ん」
頭の中までかき回されている感じだ。
そして翼の敏感な部分には愛撫するように彼の指が彷徨ってきた。羽根を一本、一本、掻き分けて触れている。ここは急所でもあるが官能的な刺激を生む場所でもあった。
「あぁ・・・・・んっ」
息を奪うかのような口づけと、四肢に走る快感で膝がガクガクしてきて地に足がついていない感じになってきた。辛うじてイエランの腕に抱かれているから立っていられる感じだ。
「陛下、この者達の処分は?」
リネアが頃合を見計らったかのように聞いた。美羽から顔を上げたイエランは周りを視線だけで見渡した。緊迫した空気が流れる。
「お・・お願いです・・・どうか・・」
美羽が口づけの余韻に頬を染めながら、すがるように懇願した。許しを請う彼女の唇は乱暴に貪られた証拠に赤く腫れていた。そして青い瞳には涙を浮かべている。
その涙が頬をつぅっと流れた時、イエランは天眼を閉じた―――
「―――分かった。行くぞ、リネア」
「はい。陛下」
足に力が入らない美羽をイエランは抱き上げるとその場を後にした。
命が助かった者達は美羽への認識が一転した。民の為に自らが人身御供となっている姫となったのだった。当然背翼が白くて良かったと言われるようになった。国中にこの話しは回るだろう。
恐ろしい天眼の王と可愛そうな囚われの姫の話しとして―――