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第三章 罠2![]()
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美羽を抱き上げたまま無言で暫く歩いたイエランは、人通りが無くなると立ち止まった。
そして腕の中で彼になるべく体を預けないようにと、硬くなっている美羽を下ろした。
「リネア、これを休ませろ。私はその間、少し他を見てくる」
「はい。畏まりました陛下」
リネアは笑ってしまいそうなのを堪えて言った。
だからイエランの姿が見えなくなると大笑いしたのだった。
美羽はびっくりして目をぱちくりさせた。
「ああ、可笑しい!カルムに聞いていたけどイエランたらあんな感じなの?」
「あ、あの・・・あんな感じって?」
「あんなに怒ったの、初めて見たわ。あの子ったら子憎たらしいぐらい落ち着いていて何時も、しらっとしていたのよ。何が楽しいんだかっていう顔ばっかりで!」
「そうなのですか?私にはいつも怒ってばかりですけど・・・」
リネアがまた大笑いした。
「本当?ちょっとそれって可笑しすぎる!今日なんか天眼が開いたでしょう?私でさえも、ぞっとしたのよ」
「あ、あの・・・それは余り開かないものなのですか?」
「え?まさか見た事あるの?」
美羽は、こくんと頷いて指を折って回数を数えた。
「何回も?きゃーもう傑作!それにあの茶番劇!完璧な悪役ね。か弱き姫を脅して手込めにする魔王ってところね」
美羽はその通りだと思ったのだが、そう言えばあの場でわざわざ言う必要も無い気がした。リネアの言う通り、あんな言い方だとイエランの方が完全に悪者だ。
「あの子、恥ずかしくて頭冷やしに行ったのでしょうね。ミウちゃんの事を馬鹿にされてよっぽど頭にきたのね。楽しいものを見せて貰ったわ」
「・・・馬鹿にされた私のため?ですか?」
リネアはあらっ、と言う顔をした。
「そうよ、明日にでもなったら城中の者が貴女を称えると思うわよ」
美羽は変な顔をした。また分からなくなったからだ。
自分のあんな陰口は日常茶飯だったし、義父のために名誉も地に堕ちている。美羽の悪口雑言だけで別にイエランが悪く言われたのでは無かった。彼が怒る理由が分からない。何故?
「あの子は不器用なのよ。器用にこなして見せているだけ。昔は結構素直で可愛かったわ。たくさん遊んであげたのに何時の間にか皮肉れ者になっちゃって」
カルムも同じ事言っていた。彼は不器用だと。
「遊んでって・・・あっ、もしかして綾取りとかで遊ばれましたか?」
「綾取り?ああ、遊んだかもね。私凝った時あったから。何故?」
「姉に無理矢理させられたことがあるって言いながら、私と綾取りしてくれたので・・・」
リネアの綺麗な顔が、くしゃりと緩んだ変な顔になったと思ったら、今度はお腹を抱えて笑い出した。
「ひぃっひひっ・・・あ、綾取り、綾取りだって!あのイエランが・・・」
美羽は第一印象で憧れを抱いたリネアは、カルムと同じく表と裏の顔が違う人だった。
笑い上戸の愉快な人みたいだ。
その後、城下には服装を変えてお忍びで出かけたが心配するようなものは無かった。
それに美羽は殆ど城から出たこと無かったのでリネアの方が詳しいぐらいだった。
美羽は案内してくれるリネアと並んで歩いていたが、後ろからはイエランがずっと黙ったまま付いてきている。だから視線がずっと背中に感じていた。美羽が気になって、ちらりと様子を窺えば、何だ?というような感じで彼は不機嫌そうに片方の眉を上げる。
それを密かに観察するリネアは笑いを堪えていた。
(くくくっ・・・あーもう駄目!私、今日は笑い死にしそう・・・くくく)
美羽が何度かそうやって振向いた後、通りの向こうの賑やかな一角に目を止めていた。じっとその方向を見る美羽にリネアは気が付いた。
「ああ、今日は市が立つ日だったわね。行ってみましょうか?地方の者達が集まって商売をしているので様子が分かりやすいし」
市と聞いて美羽は少し嬉しくなった。
聞いた事はあるが見た事が無かったのだ。珍しいものが色々あるとか言っていた。
「ミウちゃん・・・」
リネアは美羽がぎこちなくだが嬉しそうに微笑んでいるのを見て驚いたようだった。
美羽の第一印象は綺麗な人形――無表情というより寂しい顔をした喜怒哀楽の無い人形だと思った。
イエランが煽れば少し熱を持った人間になった。
イエランも彼女の笑みに気が付いたみたいだ。不機嫌な顔が一変していた。
(馬鹿ね、イエラン。嫌われたいのならそんな顔をするものじゃないわよ)
と、リネアは脇腹を突いて言ってやりたいぐらいだ。
その通りは本当に美羽にとって初めて見るものばかりだった。簡単に木枠を組み立てて天幕を張っただけの簡素な店がびっしりと軒を並べていて、客達は賑やかに値段の交渉をしている。
そしてある店で客が若い女性ばかりが沢山群がっていた。
美羽は興味をそそられたが何を売っているのかは遠くからでは見えなかった。ちょっと背伸びもしてみたが人が多くてやはり無理だった。
その様子に気がついたリネアは微笑んだ。
「人気の店みたいね。行ってみましょう」
「えっ?」
リネアはさっと美羽の手を取って吸い込まれるようにその中に入って行った。
「あらまあ、黒翔国名産の花飾りね」
常春の楽園といわれる黒翔国では年中、珍しい美しい花が咲き乱れる。それを摘みたての花のままのように加工して枯れないものを作るのだ。黒翔では花は年中手に入るものだから需要が無く、それは主に国外向けだった。特に天眼国は花が育たないので利用しているお得意様だ。
しかしこの店ではそれを髪飾りや首飾りなどの装飾品に加工して売っていて逆に珍しいようだった。
売台には色とりどりの花が咲いているみたいだ。
中には宝石と組み合わせたものもあり、娘達は溜息を洩らしながら賑わっているようだった。
「こりゃまたべっぴんさん達だねぇ〜蝶が間違ってとまりそうだ!同じ花同士、お一つ如何ですかい?」
「店主、口が上手いな」
リネアは、ニッと笑った。
「そっちの異国のお嬢さんなんかには、その金髪にこれが似合いますよ」
店主は美羽の髪色を見て異国人と思ったようだった。身なりと雰囲気から上客と思ったようで高価なものを別の箱から出してきた。それは白い小花を集めて加工した髪飾りだった。その花には透明の輝く宝石を散りばめてあり、まるで雪の結晶のようだ。
「雪みたい・・・」
美羽は小さな声で呟くと、また微 かに微笑んだ。
しかしその髪飾りが美羽の視界から消えてしまった。彼女の後ろにいたイエランがそれを店主の手から取り上げたようだった。
そして店主があっと声を上げる間もなく、髪飾りの代わりに金袋を握らせると美羽の腕を掴んだ。
「さあ、行くぞ。ここはうるさい」
周りの娘達が一斉にどよめいた。
見るからに高価そうな品物をぽんと買った相手は、見た事も無い美丈夫だったからだ。
うそ――っ、いい男!∞素敵だわぁ〜
いいなぁ〜羨ましい∞ああ〜いいなぁ・・・
娘達は頬を染めながら羨ましげに、連れ出されて行く美羽を見た。
店主は慌てて金袋の中身を見ると、ぎょっとした。
「あっ、お客さん!待って!これ多すぎ!」
店主が声をかけたがイエランは無視をして、その集団から抜け出したのだった。
いつものように引きずられるように連れ出された後、美羽の髪にその飾りは付けられた。
飾りがチリンチリンと鳴った。よく見れば小さな鈴が付いているようだった。
「え?私に?」
「・・・・付けていろ。首輪の代わりだ。何処にいるか直ぐ分かる」
「首輪?わ、私・・・猫ではありません・・・」
イエランは唇に冷笑を刻んでいた。
「もちろんだ。お前は小鳥なんだから・・・それとも飼い鳥らしく風切り羽でも切ってやろうか?」
美羽は風切り羽を切ると言われて背筋がぞっとした。
黒翔族にとってそれを切られるのは罪人か奴隷ぐらいだ。もしくは遊郭の女達。飛んで逃げられないようにするのだ。足を折られるのと同じようなものだった。
やはりイエランは自分をそれぐらいにしか思っていないのだ。
そう思うと何故か悲しくなるのはどうしてだろうと美羽は思った。
「・・・・鈴を付けなくても、羽を切らなくてもいいです。私は逃げません・・・いいえ、逃げられません。そうでしょう?天眼の王」
「―――分かっていればいい。さあ行くぞ」
リン・・・と飾りが鳴った・・・美羽がまた腕をつかまれたからだ。そして引っ張られて行く。
リネアは呆れたように二人のやり取りを見ていたが溜息をついて追いかけた。
(まったく素直じゃないんだから・・・ちょっと買ってあげようとか、似合うよとか言えばいいのに・・・でも、まあ仕方がないか・・・嫌われたかったら言えないわね)
美羽は寝る前、花飾りを付けて自分の姿を鏡に映してみた。
頭をふるとチリンチリンという音がする。
(やっぱり可愛い・・・)
美羽はあの時、本当は一目で気に入ったのだった。首輪の代わりだと言って与えられたのが癪に障るが何時もの事だし、飾りには罪は無いと思うことにした。
それに髪に花を飾るのは久し振りだった。幼い頃はよく母から飾ってもらっていたが塔の中では髪に飾らなかった。部屋に活けてあった花を飾った時、義父がめちゃくちゃに握り潰したのだ。そのやり方がお前もこんな風にしてやると言われたようで、もう二度と見たく無かったのだった。
美羽はそれを思い出してぞっとしてしまった。この部屋からはあの塔は見えない。
この城に帰って来たかったが帰りたくない気持ちもあった。
義父は死んだというのにまだ自分を支配している気がするのだ。
そう思うと段々怖くなってきた。この城の何処からか、ぬっと出てきそうな気がしてならない。あの石畳の廊下を歩く音が聞こえるようだった。
カチャリと扉の開く音がして美羽は、びくっとして振向いた。リンと音がする。
「何だ、まだ寝てなかったのか?」
入って来たのはイエランだった。美羽は、ほっとした。彼を見て安堵したのは初めてだった。
イエランの存在は何故か不安が払拭され、安心感が部屋に広がる感じがしたのだ。
その彼はまだ昼間の服装のままだった。忙しいのだろうまだ寝る感じでは無い。
それに寝室は別だった。では何をしに来たのだろうか?
イエランはもう彼女は眠っていると思って来たのだ。
用などは無い。ただ忍んで顔見たかっただけだった。
寝姿なのに美羽は今日買ってやった髪飾りを付けていた。背中に流したままの金の髪にその飾りが揺れている。店主が似合うと言って出した時、イエランもそう思った。だから直ぐに手に入れた。
清楚で可憐な感じが美羽にとても似合っている。だから思わず聞いてみた。
「それ、気に入ったのか?」
美羽は何と言って答えたら良いのか考え込んでしまった。
気に入ってはいるが首輪の代わりと言って与えられたものを、好きだと思われるのも誤解されそうで嫌だった。しかしふと思ったことを口に出してしまった。
「雪みたいですね・・・」
イエランは思わず話しかけてみたものの、返事が返ってくるとは思わなかったので驚いてしまった。
しかも会話だ―――
「・・・昼間もそう言っていたな」
今度は美羽が驚いた。ぽつりと呟いた言葉を彼が聞いていたとは思わなかった。
だからつい続きの話をしてしまった。
「――むかし、父様が読んでくれた絵本に、雪は花の形がしているって・・・空から小さな白い花が降っている絵があって・・・私、何時もどんなのだろうって思ってて・・・」
「雪が花?ああ、それでお前は雪が見たかったのか・・・」
イエランが微笑んだ。またあの笑み方だ!瞳を少し細めて口の両端だけがちょっとだけ上がる。
美羽はまた、ドキリとしてしまった。
「それでその飾りはその絵に似ているのか?」
何故こんな話しをしてしまったのだろうと後悔した美羽だが仕方なく頷いた。
そしてまた、ドキリとした。そうか、と言って彼がまた微笑んだからだ。
しかもイエランは部屋から出て行くみたいだった。
「あの・・・ご用は?」
イエランはお前の顔が見たかっただけとか、何時ものように眠っている彼女に口づけをしに来たなど言える訳もない。
「・・・・・忘れた」
「え?」
「明日は遠方に行くからゆっくり休め。では、明朝」
「あのっ」
出て行こうとするイエランを美羽は思わず引き止めるように声をかけてしまった。
まだ何となく義父の影が怖かったし、知らない場所にいるようで不安で寂しかったのだ。
だが彼を引き止めてどうすると言うのか?もっと怖い人なのに?でも何故か一緒に居て欲しかった。
イエランが振向いた。
美羽は思わず、ドキリとしてしまった。いつも何かと翻弄されて彼をまともに見ることが無かった。
しかし今初めてイエランをゆっくり見たような気がした。自分の力を信じ威風堂々とした冴える美貌の天眼の王―――その姿に憧れを抱くものは星の数ほどいるだろう。
今日の店にいた娘達も全員注目し騒いでいた。何故か美羽は胸の鼓動が大きくなる感じがした。
振向いたイエランは美羽の瞳が不安そうに揺れているのを見た。
この国の気候では夜着も薄く彼女の華奢な身体が一層細く見えて頼りな気だ。そしてまるで寂しがっているようだった。
一緒に居て欲しいと言っているような・・・まさかな?とイエランは思った。
自分と部屋が違うと分かった時、彼女はほっと安心したような顔をしていたのだから・・・
「何か用か?」
「あっ、い、いいえ・・・何でもありません」
美羽は慌ててそう言うと俯いた。長いまつ毛が青い瞳を隠している。
「・・・・・・・・」
イエランは何となく後ろ髪を引かれる思いがしたがその部屋を後にしたのだった。
彼が去ってしまうと一層寂しくなった気がした。美羽はもう寝ようと思い、鏡の前へ腰掛けた。
そして髪飾りを外そうとした時、カタンという音がした。その音がした場所へ視線を向けたが何も無かった。何だろうと思ってまた鏡の中を見た時、真後ろに知らない男二人が立っていた!