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第三章 罠3![]()
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「きぃ――ぁ」
悲鳴を上げようとする美羽の口に、何か硬い小さな塊を放りこまれ飲み込まされた。
そして口の中に布を詰められると、手足はあっという間に縄で拘束され、大きな敷布に包まれてしまった。それから担がれて外に連れ出されたようだった。身体に伝わる振動が無いから多分宙を飛んでいるのだろう。そうだとしたら彼らは黒翔国の者かもしれないと思った。美羽は布に包まれているせいで、自分が何処にいるのか何処へ向っているのか検討がつかなかった。
(どうして?だけど戻らないと大変な事になってしまう・・・)
大変なことになる・・・イエランは美羽が逃げたと思うかもしれないと思った。
もしそう思われたら皆の命に関わってしまうのだ。それもこの男達が本当に黒翔のものだったら余計疑われるだろう。美羽は恐ろしくなって震えがきた。
天眼を開いて烈火のように怒るイエランが見えるようだったのだ。
そしてまる一日は経ったかと思った頃に、何処か屋内へ連れ込まれた美羽は覆いを外されたのだった。
「ううう・・・うううぅ」
喋りたかったが口の中の詰め物が邪魔で声が出なかったがそれも直ぐに外された。
攫った男達を良く見ればやはり黒翔系の顔立ちだ。身なりはそれなりに良く、上流階級のものだろうと思われた。しかし見知った者では無かった。
「あなた達は誰?どうしてこんな事をするの?早く私を戻してちょうだい!そうじゃないと大変なことになるわ!」
「うるさい!出来損ないの癖に喚くな!」
「これこれ、お前の母上になる人なんだから怖がらせたら駄目ですよ」
美羽は何か聞き間違いでもしたのかと思った。
「母上?私が?」
「ああ、そうですよ。このわたしと結婚してもらいます。そうすればわたしはこの国の王になれますからね。貴女もその方がいいでしょう?傲慢な天眼の者に媚を売らなくていいし、あんな凍える国で暮らすより黒翔で暮らしたほうがいいでしょう?」
「な、何を言っているの?」
「やっぱり出来損ないは頭も悪いんだな!あんたは唯一の王位継承者だろうが?そのあんたと結婚した奴が王様になれるって訳さ!先王や天眼の王の手垢にまみれたお前みたいな売女に親父は勿体無いけどな!」
美羽はその事実に愕然とした。確かにイエランが言っていた。黒翔国を簡単に手に入れる為に他を殺して美羽に価値をつけたと・・・考えてみれば彼以外もそうしようと思えば出来るのだ。
しかし今この国を支配下に置いているのは天眼国だ。彼らの力は強大で逆らえるものではない。
この親子の方こそ分かっていないのだ。
「あ、あなた達、そんなことしても絶対に無理よ。彼らの力は恐ろしいのよ。国が滅んでしまうわ。今ならまだ間に合うと思うわ。だから早く私を戻してちょうだい」
美羽は怖がって震えている暇など無かった。ぐずぐずしていると本当に手遅れになってしまうからだ。早く戻らなければという焦りだけが募る。
「そんなに戻りたいのですか?困った人ですね」
父親の方は穏やかで優しそうな人だと美羽は思った。彼なら説得出来るかも・・・
「そうです!私が居ないと天眼の王が知ったら逃げたと思われて皆殺されてしまいます!ですから――えっ?」
優しそうに微笑んでいた父親の顔が、残忍な笑みに変わったのは瞬きをするより早かった。
まるで誰かを思い出すような・・・そう・・・あのいきなり豹変した義父のよう。
「困った人だ。そんなに天眼の王が恋しいのですか?聞くところによると大層な美男だとか・・・血の繋がった一族を殺され、国を奪われた王女が・・・」
美羽は髪を乱暴につかまれた。
「きゃっ――っ」
「敵の男のものにしゃぶりついて!跨って!喘いで悦んでいるんだろう?今度はわたしが主人になると言っているんだ!抱かれるだけしか能がない人形は大人しく言うことだけを聞け!」
「ヒュー、親父カッコイイぜ!でも、まあ〜確かに出来損ないでも綺麗だけどな・・・」
乱暴に突き飛ばされて床に転がった美羽の、まくりあがった裾から見える脚を息子は好色そうな目で舐めるように見ていた。
そしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「なあ親父、こいつ俺にもちょっと味見させてくれよ」
息子はそう言いながら、美羽の足に手を這わせてきた。その手が段々と上にあがってきて太腿の内側を撫でた。
「きゃっ!い、嫌・・・やっ」
その手の感触に美羽は、ぞっとして息を止めた。
「構いませんよ。親子三人で親交を深めるには最適でしょう」
「一緒に親交ねぇ〜親父は言い方が上品だな」
息子は愉快そうに嗤った。透けるように薄い夜着は直ぐに剥ぎ取ることが出来るだろう。
美羽は息をするのも忘れて恐怖に身を硬くした。
「親父はどっちからがいい?前か?後ろか?それとも上の口から?」
美羽はその言葉にぞっとした。黒翔の兵達に犯されていたアルネを思い出したのだ。
あの行為は怖いだけじゃないと前回のイエランから感じていた。彼も初めは恐ろしく義父やあの兵達と同じだと思った。しかし二度目は何かが違うと感じたのだ。
花香る故郷の朝とは全く違う雪に閉ざされた冷たい空気に包まれた朝、氷の王に抱かれた。
氷の国の王に相応しい冷え切った体は美羽をぞくりとさせたが、温もりが伝わるのは早かった。
それだけ彼の行為が熱かったからだろう。美羽自身にもそれは伝わりこれが怖いだけでは無いと感じさせたのだ。こんな状況なのにこの男達とイエランを比べている自分に美羽は驚いてしまった。
しかしここから逃れる術は見つからない。その間にも男の手は更に上へと移動してきた。
「せっかちですね。今日は駄目ですよ。先方から早く連れて来るように言われているでしょう?そうでないと計画が壊れますからね。明日は早いから余分な体力を消耗する訳にはいきません。向こうに着いてからの話しです」
「まあそうだな。この体だったら犯 り始めたら直ぐ終わりそうもないし。楽しみは取っておく主義じゃないが・・・まぁ仕方がないな。じゃあ早いとこ寝るか」
息子は舌なめずりしながら撫でていた手を残念そうに離した。
美羽は、ほっとして止めていた息を吐いた。そして彼らは本当に急いでいるようで、明日の為に直ぐ寝てしまったのだ。
深夜、彼らが深い眠りについたところ。美羽は手首の関節をはずして、縛られていた縄を解いた。
慣れたものだった。義父からよく縛られたがそのままで放置されることもよくあったから、いつの間にか覚えた技だった。変なところで役に立つものだと美羽はちょっと自分でも呆れてしまった。
彼らは手足を縛っているからと安心しきって熟睡している。
そっとその部屋を抜け出し、戸口へと向った。そして外への戸を押して開けると目の前に広がる光景に愕然としてしまったのだった。外は吹雪だったのだ。
意識した途端、突き刺さるような冷気で総毛だってしまった。
「まさか・・・天眼国なの?」
一日は経ったとして常春の黒翔から行ける距離では無い。
ではここは何処なのだろうか?右も左も分からない場所だった。
その上、着ているものは薄い夜着のうえ裸足。
しかしここで躊躇することは出来なかった。戻らなくてはいけないのだ。
美羽は知らなかったがここは黒翔国と天眼国との国境ですでに天眼国だった。黒翔国の首都の外れにこの国境近くまで繋がる秘密の風穴洞が繋がる場所があり、翼でその流れに乗って繋げば半日ぐらいで行けるのだった。だから高暁はこれを使い、天眼国から娘達を頻繁に攫っていたのだ。
そしてここは猟師小屋のようで村ではなかった。美羽は小屋の中を見渡し何か使えそうなものが無いか探した。男物だが長靴と粗末な毛布を見つけたので、急いでそれを履き毛布を抱えた。
そして翼を広げる。少しでも遠くに行くには飛ぶしかないだろう。
美羽は勢いよく荒れ狂う吹雪の中へと飛び立ったのだった。
その日の朝の天翔城に遡る―――
夜明けと共にイエランは美羽の部屋を訪れた。昨晩の彼女の様子が気になったからだった。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
(まだ眠っているのか?)
イエランはそう思いながら寝室の扉を開けた。しかしそこにも美羽の姿が見えず、行き違いかと思い扉を閉めかかった時、何か違和感を覚えた。
はっとして中へ踏み込んだ。朝日がまだ射さない部屋の中は暗かったが、きちんと整えられたままのベッドが見えた。それは窪み一つ、皺一つ無い使用していないベッドだった。
「まさか!」
イエランは部屋を飛び出した。
きっと先に食事をしに行ったのかもしれない。城の中を散策しているのかも・・・
しかし使っていないベッドはそんな事は無いと言っている。
「衛兵!王女はどこだ!」
美羽の部屋を警護する天眼の兵に所在を確かめる。
彼女が出て行ったのなら一人は警護で付いて行くようになっていた。
「はっ、王女はまだ在室中でございます!」
「何だと!中には誰もいないぞ!」
衛兵達の顔色が変わった。
入り口から出ていないとすれば窓から外へ飛んで行ったのか?
風切り羽を切ろうかと言ったのは半分本気だった。天眼国ならまだいいがこの国は開放的で皆が自由に飛んでいた。美羽がそんな風にあの白い翼を広げて飛んで行ってしまいそうだったのだ。
だから羽を切って閉じ込めおきたかった。
リネアが報告を受け直ぐに駆けつけた。
そしてそこで見たものは激昂するイエランの姿だった。天眼が完全に開き、周りにいる兵達は蒼白になっていた。リネアさえも彼に声をかけるのにありったけの勇気をかき集めなければならないだろう。
「報告はまだか!あれだけ目立つ容姿だ!まだ探せないのか!探せ!街に潜んでいるようなら火を放って燻りだせ!」
街に火を放てとまで言うイエランにリネアは流石に口をはさんだ。
「陛下!お待ち下さい!気をお静め下さい!街に火を放つなど死傷者が出ます!」
「かまわん!」
「陛下!」
「あれもそれぐらい覚悟して逃げたのだろう?私の下から逃げたらどうなるのか思い知らせてやる」
リネアはイエランの情の深さに驚いた。
強靭なる理性を持ち、感情さえないのかと思っていた弟が激情をあらわにしているのだ。
あの王女の為にならこの国など焼き尽くしてしまいそうだった。
「イエラン!落ち着きなさい!あの子がこんなに上手に逃げられる訳無いじゃない!自分が逃げたらどうなるのか十分自覚しているようだったわ。貴方もそれだけ脅していたでしょう?彼女、必要以上に怯えていたもの。それに着替えよ。女性が夜着のまま外に出ようなんて絶対に思わない!着替えた様子が無いのは分かっているのよ。これは誘拐だわ!」
リネアは臣下では無く、姉という立場で叱咤した。イエランは彼女の言葉で我に返った。
美羽が逃げたと思って頭に血が上り、冷静さを失っていたのだ。
「誘拐?何故?」
「・・・・陛下。彼女はこの黒翔国そのものでございましょう?そしてここは誰もが欲しがる楽園の国だという事をお忘れでございますか?」
「あっ・・・・・」
イエランは忘れていた。口先ではそう言っていたが、彼女自身をそんな価値で求めていた訳ではなかったからだ。彼女の付録に付いてくる国のことなど、すっかり記憶の彼方だった。
リネアは、ほっと息を吐いた。
「不審者の探索に切り替えます!少し頭を冷やしなさい、イエラン」
リネアは最後の方はイエランだけに聞こえるに言うと、陣頭指揮を執るために出て行ったのだった。
イエランは美羽が逃げたと思った時は怒りでその身を焦がしそうだった。しかし拉致されたと思ったら今度はその身が凍りそうだった。
彼は額の天眼をかきむしった。
「役立たずの眼が!何故、私には遠見の力が無いんだ!」
イエランの天眼は物質を動かす力や破壊力に長けるが遠見は出来なかった。だから自分が探せない無力さを悔やんだ。遠見の力はその者の能力にもよるが、力の強いものになると物質さえも透過して見たり、遠距離を見通したりする事も出来た。
その能力が国で一番長けているのはカルムだった。彼は目が不自由だが天眼では関係無く見えるのだ。しかし彼は遠い天眼国で今は当てには出来なかった。
しかしリネアは早速遠見が出来る者をかき集め、城の一角から近隣を一斉に捜査させたのだった。
そして天眼の力は各国から恐れられるだけあって、手がかりが見つかったのだ。
「遠見ではその場所付近まで確認出来ております。ですが何故かそこから全く消息がつかめません。遠見の能力がその辺りまでが限界ですから、近くまで行かないと無理のようです。今、そこまで路を繋げるようにしております」
数段高い王座に座る返事の無いイエランをリネアが、ちらりと見上げた。
硬く引き結んだ口元と強い光を放つ朱金の双眸は、いつもの冷厳なる王だった。
金の天眼も閉じ・・・
(??引っかき傷?)
額にくっきりと血の滲む爪の跡があった。自分でつけたのだろうが・・・
(イエランが癇癪 ?・・・・信じられない・・・)
リネアは本当に珍しいものばかり見てしまうと思った。自分より年少の弟だというのにこのイエランは昔から自分より遥かに年上のようだった。子供の時分に既に大人のような考えと行動をする可愛くない弟だ。もちろん八つ当たりするような癇癪をおこしたりするのは見た事ない。
「報告は以上か?」
「あっ、はい」
「其処までの路は何時ごろ繋げられる?」
「はい、もう暫く」
「急がせろ」
「はい、承知致しました」
消息を絶った付近まで彼らが到着出来たのはその日の午後を随分回った頃だった。
そして風穴洞を見つけ、国境付近まで辿って行った時には陽が沈んでいた。
そしてまたそこで消息がつかめなかったのだった。国境の黒翔国内に気配は無く、天眼国内は吹雪で視界が悪かった。そうなれば天眼でも分からないのだ。
「黒翔にいないのなら吹雪いている我が領内だろう。至急国境兵達に捜索に当たらせろ。まだ遠くには行っていないはずだ」
そしてイエランも国境を越え自領へ入ったのだった。