第三章 罠5


「天眼の王?大丈夫ですか?王・・・・イエラン様?」

美羽の呼びかけにイエランの閉じていた瞼がぴくりと動いたようだったが、開くことは無かった。

「そうだわ。額を冷やしたらいいかも・・・」
美羽は辺りを見渡して手ごろな桶を見つけると、それを抱えて外へ繋がる戸を外気がなるだけ入らないようにそっと開けた。

「ひゃっ、冷たい!」
びゅん、と冷たい吹雪が美羽の頬を叩きつけて、彼女と戸の隙間から暖かい室内へ入っていった。
美羽は慌てて戸を後ろ手でバタンと閉めた。寒がっているのに室温が下がった大変だ。
急いで桶の中に雪をかき込んで中へ戻ると、それに手ぬぐい入れて冷やしイエランの額に当ててみた。しかし症状に変化はなかった。
冷たい手ぬぐいは直ぐに熱くなってしまい熱を下げてくれなかったのだ。

何時も尊大で傲慢な男が苦しそうに震えている。
彼のこんな姿は見慣れなくて何だか落ち着かなかった。心配しているのではないと自分に言い訳をする。本当だったら怪我をした自分がそうなっていただろう。
だからどうにかしたいだけ・・・たぶんそうなのだと思う。

「寒そう・・・他に毛布は?薪は?」
どれも無かった。美羽はまた周りを見渡した。
誰もいないのに居たら恥ずかしいと思う気持ちが彼女にそうさせるみたいだ。
何度か手を胸元にかけては下ろし、また上げて・・・と少し躊躇していた美羽だったが、覚悟を決めて身に纏っていた毛布をはらりと脱いだ。
白い裸身が恥ずかしそうに立ち背翼を広げた。狭い小屋に白い羽根が舞い踊る―――

美羽は胸を一応隠すように押さえて横になっているイエランの胸の中に寄り添った。そして脱いだ毛布を引き上げて二人を包むと白い翼もイエランを包み込むように広げた。
イエランの引き締まった体躯(からだ)は鉄のように硬く冷たかった。

(・・・・なんて冷たいの)
美羽は不安になって自分の肌をもっとすり寄せ、脚と脚を絡めた。
少しでも温もりが伝わるようにと―――

暫くすると身体が温まったのかイエランの震えが止まってきた。
ほっとした美羽は彼から離れようとしたが、いつの間にか反対に抱きしめられていた。
まるで(むち)のように絡む腕からは抜け出せそうに無かった。
下半身もイエランの脚に挟まれ、ぴくりとも動かせない感じだ。

(嫌だ・・・どうしよう・・・起きてしまったら・・・)
困ってしまう。暖めるためだといってもはしたなく、裸で抱きついているのだ。
恥ずかしくて仕方が無かった。それに温めなくてはと思っていた時は意識しなかったのに今は逆にイエランを意識してしまうのだ。彼のまだ荒く熱い息は睦み合った時のようだった。

『美羽・・・もっと、もっとだ』
『美羽・・声を抑えるな・・・』
『ここがいいのか?美羽?』
荒い息の中、何度も甘く名前を囁かれ、優しく支配する言葉で翻弄された。
美羽はそれを思い出して顔が真っ赤になってしまった。
まだ体中、あの日の赤い跡が残っている。その一つ一つがジンと疼くようだった。
だから彼の忙しく吐く息に明け方まで、どきどきしながら目を覚ましていた。
しかし今度は彼から逆に伝わる暖かさが美羽には心地よくなり、眠りに落ちてしまったのだった。

 イエランが深い眠りから目覚めた時、暖かく柔らかい感触は何だろうと思った。
そして目に入ってきたのは白と金。

(白?金?・・・・・金の・・髪?)
イエランは微睡から一気に現実へと意識が引き戻された。
自分の胸の上にぴったりと、柔らかな体を預けて眠っているのは美羽だった。だから彼女の金の髪が首元で波打っていたのだ。そして広げられた真っ白な羽が頬をかすめていた。
イエランは記憶を呼び起こそ
うとした。
(確か手当てをして貰って・・・そうだ、酒を頼んで・・)
飲んだ覚えは無いが空の瓶が枕元に転がっているのが見えた。

(飲んだのか?・・・いや違う・・あれは・・・)
イエランは夢の中で彼女と口づけをしていたと思っていた。
しかし美羽が口移しで飲ませてくれたのを朧気ながら思い出した。
それは彼女から重ねてきたものだった。深く、深く―――

それからは思い出さない。
彼女からイエラン≠ニ名を呼ばれたような気もするがはっきりしなかった。
この状況からすると美羽が先日の傷付いた右手のように、暖めてくれたのだろう。
柔らかな体がそっと寄り添っている。肌と肌が触れ合って同じ温度を共有しているようだった。
美羽の静かな寝息がイエランの胸にかかっていた。

イエランは美羽の安らかな様子に今更ながら安堵した。
昨晩、この小屋を見つけて彼女の衣服を剥いで傷を見ると、白い肌は血に染まり肉が裂け、骨が見えていた。どうして傷を移したのかと美羽が聞いた。

「どうして傷を移したか・・・・邪魔≠ナもうんざりする≠フでも無い・・・お前の白い肌に傷一つ入れさせはしない・・・あるのは私の口づけの跡だけでいい・・・美羽・・・お前の白い肌は私だけのものなのだから・・・・」
イエランは呟くように言った。
美羽は目覚め始めた意識の中でそれを聞いた。昨日と違う答え・・・でも意味が分からなかった。
どうして?とまた思う。だけどここで目を開けて問いかけてはいけない気がしたのだった。
それにまだこのままでいたかった。恥ずかしかったのにとても気持ちがいいのだ。
恐ろしいイエランが優しく感じていた。二回目のあの朝みたいに―――

イエランが美羽の髪を弄んでいるようだった。指を差し込んではすいている。美羽はまたそれが気持ち良く眠くなり微睡の中へと戻っていったのだった。

イエランは暫くして美羽を抱いたまま起き上がったが、明け方まで眠れなかった美羽はぐっすり寝ていて目覚めなかった。

(時機に迎えが来るだろう。領内だからカルムにでも遠見をさせたら私達の所在はすぐに分かるはずだ・・・だが今は暫くこのままで・・・)
腕の中で体を預けて眠る愛しいもの・・・しかし目覚めれば自分に怯え憎しみを抱くものになるのだ。
そうなるように仕向けたし、それで良いと思っている。でも束の間の夢は見たいものだった。
彼女の少し開いた薔薇色の唇にそっと口づけをした。そして自分で付けた赤い跡にもそっと舌を滑らす。それからどんな果実よりも甘く感じる胸の頂は甘く食み
口づけした。
「ん・・・・・・」
美羽は目覚めていないがぴくりと反応している。そして何となく微笑んでいるような顔をしていた。
何の夢を見ているのだろうか?とイエランは思った。眠りを邪魔しないようにまたそっと触れる。
しかしその途中で小屋の扉が乱暴に開け放たれた。

「イエラン無事?」
飛び込んで来たのはリネアだった。イエランは美羽の肌から顔を上げると残念そうに溜息をついた。

「姉上、静かに。彼女が起きてしまう」
「あらら・・・お邪魔だったのね。ごめんなさい。出直しましょうか?」
リネアは裸の美羽を抱く弟をしっかりと見て言った。

「馬鹿なことを」
イエランはそっと美羽を寝床に寝かしつけ自分は立ち上がった。そして乾かしていた衣服を堂々たる裸身に着け始めた。

リネアは見慣れたものでも弟ながら立派な体躯だと感心しながら着替えを見ていたが右腕の包帯に気がついた。しかもかなり血が滲んでいて大怪我のようだった。

「その傷どうしたの?」
「狼だ」
「狼?貴方がやられたの?まさかでしょう?」
「・・・・・・・・・」
答えないイエランにリネアは愉快そうに微笑んだ。

「ミウちゃんね?成程、成程・・・」
「詮索はいい。犯人はどうなった?」
リネアの顔が引き締まった。

「犯人らしき者達は見つかったわ。死体でね」
「死体?死んでいたのか?雪崩でか?」
美羽は一人だった。犯人から逃げたしたとしたら奴らもその近くにいただろう。そうなると昨日の雪崩に巻き込まれた可能性はあった。

「いいえ。殺されていたわ。首を一太刀――かなりの手練ね。だからミウちゃんがやった訳では無さそうよ」
「仲間割れか?」
「死体は二つ。遠見のものに確認させたら彼女を攫った者達に間違いはないそうよ」
「では仲間が他に此処にいたのだろうが・・・何故ここに連れて来たのか・・・犯人は黒翔の者だったのにだ」
不可解な点が彼らには多すぎた。イエランの後ろの方で物音がした。
するとリネアの真剣な顔が急にほころんだ。

「あらっ、ミウちゃん目が覚めたの?大丈夫だった?怖かったでしょう?」
美羽が二人の話声で目覚めたようだった。イエランが振向いた。
美羽は、びくりとして毛布を深くかき合わせた。

「あの・・・私・・・」
美羽は状況が把握出来なくて視線を彷徨わせた。

「もう大丈夫よ。今、それこそ報告していたのだけど犯人を捕まえに行ったら彼ら死んでいたわ。ミウちゃん、何か気がついたことない?二人の他に誰かいたとか・・・貴女を攫った目的とか?」
美羽は彼らが死んだと聞いて驚いてしまった。

「私、私の部屋に二人がいて、急に縛られて布で巻かれてしまって・・・だから何処にいるかも分からなくて・・・狩猟小屋みたいな所で覆いを外されました。彼らが寝静まった後に、そっと逃げ出して・・・二人は親子みたいでした。父親の方が・・・わ、私と結婚して黒翔の王になるとか言っていて・・・」
イエランが目を剥いた。

「やはりそんな事か!」
彼の大きな声に美羽が、びくりとした。
リネアも度重なるイエランらしくない態度に驚きながら、怖がる美羽に優しく問いかけた。

「ミウちゃん、他に何か言っていなかった?何処に行くとか何か?」
「どこかにですか?」
「そうよ。ミウちゃん、ここが何処だか分かる?ここは天眼と黒翔との国境で天眼国内なのよ。変でしょう?」
美羽は瞳を大きく見開いた。
やはり思った通り天眼国だったのだ。何故ここに?美羽も分からなかった。

「どこに行くかまでは言っていませんでしたけれど・・・息子の方が・・その・・私を味見したいとか言って・・・」
ダンと何かを叩く音がした。ミシっと小屋が軋む音がしてパラパラと天井から屑が降ってきた。
イエランが柱を叩いたようだった。そして美羽を、ぎらりと睨んで恫喝した。

「させたのか――っ」
美羽はまた、びくっと怯えた。

「い、いいえ・・・」
「本当に何もされなかったのかっ!」
「あ、あの、あ、足を触られただけで・・・父親が今日は駄目だと・・先方が早く連れて来いと言っているから向こうに着いてからにしなさいとか言っていて・・・早く行かないと計画が壊れるとか言っていました・・・」
美羽は言い終わるとイエランの顔を恐る恐る見た。彼は怒りを燻らせてはいたがその顔は考え込んでいるようだった。

「協力者と言うよりも口封じをしたという事は――黒幕がいそうだな」
「そうみたいね。でも水晶宮にいればそうそう手出し出来ないでしょうけれどね」
「―――戻るぞ」
リネアが呆れたように肩をすくめた。
イエランは早く誰も手が出せない安全な鳥かごに美羽を移したいらしい。

「そう言うと思って路を開かせる準備をしているわ。取り敢えず二人だけだからもう直ぐ繋がる筈よ。あっ、出来たみたいだわ」
リネアの部下が丁度知らせに小屋へ入って来た。

イエランは毛布ごと美羽を抱き上げた。

「きゃっ!」
するとふわりと白い羽が空気を煽った。
急に抱き上げられた美羽は抵抗するように両手をイエランの胸で突っ張った。
しかし腕の力をぐっと入れられてしまって彼の胸にぴったりと身体は押し付けられてしまった。
だから翼をバタつかせよう思ったら、片手がその羽も押さえ込もうとしたので慌てて背中に仕舞いこんだ。また触られたら大変だ。

「そうだ、大人しく抱かれていろ。次元の狭間に放り投げるぞ」
美羽はそれを聞くと、ぞっとして尚更大人しくなった。
リネアは笑いを堪えるのにまた一生懸命だった。貴方がそんなことする訳ないじゃない!と突っ込みを入れたかった。そしてまた悶絶しそうな場面を見てしまった。

「どこだ!」
「え?どこ?」
「どこを触らせたんだ!」
イエランがあの誘拐犯に触られたと言った場所を聞いているようだった。
美羽は彼が何故怒っているのか分からなかったが、触られた太腿の内側を指差した。
イエランは毛布の隙間から見えそうになっている足のその場所に視線を落とし舌打ちした。

「本当にここだけか!」
怒っているイエランに怯えながら美羽は頷いた。

「そこを撫でられただけで・・・きゃっ――!」
美羽は悲鳴を上げて身を引いた。引いたと言ってもイエランの腕の中でわずかに動いただけだが足をバタつかせた。
イエランがそこを舐め始めたからだ。動く両足首は簡単に片手で掴まれてしまった。

「い、いやぁ・・・くぅ・・・あっ・・・・」
柔らかい腿の内側を辿る舌の温かく、ぬるりとした感触が快感を呼び覚ますようだった。
でも皆がいる前で醜態を晒す訳にはいかない。更に上の敏感な部分にのぼっていきそうなイエランの頭を退けるように一生懸命に押した。
するといきなり顔を上げたイエランが愉快そうな目をした。

「そんなに腕を動かすと、折角巻いている毛布が全部落ちるぞ」
「えっ?」
美羽は、ぱっと自分の胸元を見れば、本当に毛布が落ちかかっていた。やっと胸のきわにかかっている感じだ。真っ赤になった美羽は慌てそれをかきあげようともたもたした。
必死になればなる程、上手く出来ずに逆に全部解けてしまいそうになった。

「きゃーっ!」
「くっくく・・・あっははは――っ、ほら言った通りだろう?」
イエランは笑って、美羽の身体に毛布を片手で器用に巻きいてやった。
美羽は彼が楽しそうに声をあげて笑うのを初めて見てドクンと鼓動が鳴った。

それからイエランは思い出したように、あの髪飾りを懐から出すと美羽の髪に留めた。

「あっ・・・・・雪の花?」
美羽は驚きそれを手で触れた。するとチリンと可愛らしい音がした。

「やはりこれは必要だな。これがあったからお前の居場所も分かった。どこにいるか直ぐ分かるように何時も付けていろ」
「えっ?」
イエランは冷たく言っているのに口元は何時もの笑みを刻んでいるようだった。
美羽はまたドクンと鼓動が鳴った気がした。

(ぷぷぷっ・・・し、嫉妬?その上、笑うなんて!久し振りに見たわ。カルムが羨ましいわ〜あんなのが始終見られて)
リネアはニヤニヤしながら二人を見送ったのだった。



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