第三章 罠6


「話しが違うじゃないか!あの女は生きて帰って来たぞ!」
ドーラは目の前の女に怒鳴った。
女は紅い唇をきゅっと両端をあげて微笑んだ。
微笑むというより微笑むような形をしたようなものだった。

「問題はございません。あれで上手くいけば楽でしたが、私は天眼の力を甘く見ておりません。今暫くお待ち下さいませ」
あの親子をそそのかしたのは麗華だった。
法国が後ろ盾になると言って法国への最短距離である天眼国領内を通る道を彼らに教えたのだ。
法国に到着次第、そこで戴冠式を行なって軍を出してやると騙していた。
初めから彼らが成功する確率は低かった。水晶宮を出たとしてもドーラに言ったように天眼の力は熟知している。それこそ彼らから逃げ果せるのは難しいと分かっていた。
でもそれでも彼らが隙を作るにも役に立ち、大義名分は必要だったのだ。
王女を狙う理由の可能性として・・・
これで疑惑の目は法国には向けられないだろう。その目は黒翔国の王家を狙う者達かこのドーラに向けられるはずだ。だから役立たずの男達は、ある事を確認して口を封じたのだった。

(そう・・・李影様・・・もう暫くお待ち下さいませ。鍵を貴方のもとへこの麗華が必ずお持ちいたします)

 水晶宮に戻った美羽はいつもの平穏な日々に戻っていた。
メラもルルナも彼女が無事に帰還したのをとても喜んでくれた。
宮殿では美羽と王の行方不明で騒然となったらしい。しかし留守を預かるカルムが冷静沈着な態度で現れそれを沈めたとのことだった。

「落ち着きなさい。我らの王が雪崩ごときでどうにかなるものではない」
「し、しかし恐れながら大規模なもので一帯を捜索中の兵達は全滅した模様で・・・それに未だに吹雪く天候のせいで遠見も出来ないとの報告がありまして・・・」
周りはその伝令の言葉に一つ一つどよめいて慄然となっていた。
しかしカルムは最後までそれを何でもないように微笑みながら聞いていたのだった。

「リネアにしては珍しい失態でしたね――黒翔の方角でしたら・・・」
カルムがそう言って半歩、立ち位置を変えた。そして真っ直ぐその方向を見つめる。
集まっていた周りの者達がざわめき始めると同時に、カルムの額には金の天眼がすっと現れ、開眼したのだった。広大な国中を見渡すのも可能かと云われる彼の天眼は、遥かなる距離を一瞬に見ながらあらゆるものを透過して行く。
同じ金の天眼を持つものなら例え視界が悪くても、その気配だけで容易に探しだせる筈だ。
そして白い闇の中で仄かに光る小屋を見つけたのだった。その情景に思わず、くすりと微笑んだ。

「・・・・ああ、いました。二人とも無事のようです」
「み、見つけられたのですか!」
臣下の一人が怯えながら聞いた。

「ええ。ですが今助けに向っても遭難者がでるでしょうから、天候が収まるまで待った方がいいでしょう。リネアには私から連絡をしておきます」
集まっていた者達は安堵と共に恐怖も味わっていた。
カルムは滅多に天眼を開かない。何故なら遠くを見渡せるのも当たり前だが、その彼の前では心も裸同然となってしまうのだ。今回は遠見に集中しているからそうでも無いが、その力は自分達の心に入って透過していくようなもので何となくそれが分かるのだった。無理矢理開かれた感覚というか押し出されたというのか・・・とにかく気分的には気持ち良いものではないものだ。
それが現王イエランの兄であり、その王に次ぐ力を持った者の姿だった。
だから彼の天眼が額の奥に消えると、その場の緊張が緩んだのだのは言うまでもないだろう。

カルムも彼らがどう感じているか分かっているから、必要以上接することは無いし、余計なことを言わない。だから微笑みを浮かべて去って行ったのだった。

 カルムがその日の事を思い出して吹き出していた。部屋にはイエランだけで気楽なものだった。
「イエラン、傷は大丈夫かい?」
「・・・・・・・・・」
イエランはニヤニヤしているカルムを、ちらりと見たが答える気は無いようだ。

「まぁ〜ロエヌのことだから呆れただろうが、小言は言わなかっただろう?女の子にその傷はつらいだろうからね?」
「・・・・視たのか?」
イエランは遠見で視たのか?と聞いた。カルムはからかうような感じが顔に出ている。

「移したところは視てないけど、君がそんなヘマする訳ないじゃないか。それにそうしたからミウちゃんが献身的だったのかな〜と思ってね。でもミウちゃん、私が視ていたのに気がついた訳じゃないだろうけど・・・くすっ、可愛かったなぁ〜誰もいないか、キョロキョロして・・・まあーその時、視ていたのだから居たようなものだけどね」
「いつ頃の話しだ?」
そんな様子は知らないから自分の記憶が無い時のことだろう。自分が知らなくてカルムが知っているのに少し、むっときてしまった。

「おや?あれってやっぱり意識無かったんだ!そうかなぁ〜とも思ったけれど・・・命令でもしたかと思った」
「だから何が!」
カルムが、ふふふっと笑った。

「だからミウちゃんが裸になって翼を広げて君に抱きついて――うわっ、ちょっと待った!は、羽に見とれていたから彼女の裸は良く視て無いって!」
カルムはイエランの殺気を感じて急いで言い訳をした。

「先に裸になって翼を広げたのだろう?視たじゃないか!それこそ天眼なら鮮明にな!」
「ちょ、ちょっと!そんな細かいことを指摘するワケ?お邪魔しちゃ悪いと思って、捜索は後でと言って引き伸ばしてやったんだよ。優しいお兄ちゃんの心遣いに感謝してよね」
イエランは再び、むっとしたがそれ以上言わなかった。
口でカルムには勝てないのだ。どうせならもっと後でも良かったとは言わない。

「もう用が無いのなら戻る」
「ミウちゃんに宜しくね」
「彼女の所じゃない。仕事だ!」
バタンと大きな音を立ててイエランは出て行った。
本当に最近のイエランは喜怒哀楽をよく見せるようになったものだと思う。
だからからかうのが楽しくなってしまうのだが、カルムは彼が出て行くとその愉快そうな表情を引っ込めていた。黙っていると顔が秀麗なだけに無機質な冷たい感じする。
カルムは考えていた。天眼を開いた時に宮殿内の誰かに感じた暗くよどんだ思考・・・それが遠見に集中しているのもあったが人数が多く、それが誰かとまで確認出来なかった。そういうものは誰でも持っていて初めて感じた訳でも無い・・・しかし何故か気になったのだった。不特定多数に天眼を使って探れば逆に相手を刺激してしまうかもしれない・・・心を視られていると感じるからだ。

「はぁ〜強すぎる力と言うのも困りものかもね」
そう・・・強すぎるから困るのだ。だからカルムは加減をしながら天眼を開いた。
ほんの少しだけ・・・まるで微睡むかのように。


 美羽は戻ってからもイエランの傷の具合が気になっていた。
あの時、死にそうだった彼の姿を見ていたからだろう。しかもそれは本来なら自分が負った傷だったから尚更かもしれない。でもイエランに直接聞くのは怖かったし恥ずかしかった。あの時、結局自分が後から目を覚ましてしまって、裸で寄り添っていたのを知られてしまったからだ。
だからメラ達に頼んでロエヌ医師が来る日に会わせてもらうようにしたのだった。

「先生、あの・・・私、お聞きしたいことがありまして・・・」
「ふむ。顔色は良いようじゃな」
「あの、私の事ではなくて」
脈をとって診察を始めそうなロエヌに美羽は慌てて言った。

「さて?何じゃな?」
「あの・・王の怪我はどうなのかと思いまして・・・」
ロエヌは自慢の白い顎鬚を撫でながら微笑んだ。

「心配なさるところを見れば、やはりあの傷は姫の移しだったのですな。ほっほっほっ・・・まあ男ですから少々肉が裂けていようが骨が見えていようが大丈夫、大丈夫」
美羽は傷の状態を聞いてぞっとした。あの時自分は夢中だったから痛さを感じている余裕は無かったのだ。ただ焼けるように熱かっただけ。

「そんな顔をしなくても大丈夫じゃ。天眼の男は自己治癒力も高いからのう。まして人の傷を移すことの出来る力を持つものは特にじゃ。あれは馬鹿みたいに丈夫だからのう。まあそれでも良く乗り越えたと感心はしたぞ。あんな外傷自体そうでもないが、狼の持つ菌にやられて体は冷え高熱がでて、大変な事になる場合もあるのでな」
「大変な事になるって・・・熱が出たら駄目なのですか?」
「まあ頭がやられて後遺症が残る場合があるでな」
美羽はさっと青くなった。

「大変・・・熱、熱が出ていました。焼けどするぐらい・・・でも震えて寒そうだったから体を温めましたけれど・・・大丈夫でしょうか?」
「ほう・・それは適切じゃったな。それで正解じゃ。一番良いのは人肌で温めるのがいいのだがの。あの馬鹿も姫のおかげで本当の阿呆にならず済んだという訳よの」
人肌と聞いて美羽は真っ赤になってしまった。あの場所では他に温めるものが無かったからやってしまったのだが・・・ロエヌには分かったのだろうか?

彼女の様子を見たロエヌは全て分かったかのように頷いていた。

「ところで姫はまだ死にたいとか思っていますかな?」
付き添っていたメラが心配そうに美羽を見た。

死にたいのか?美羽はどうなのだろうかと思った。死ぬことは怖くなかった。怖いよりもある種の安らぎを感じるのだ。しかし死にたい≠ニ考えるよりも黒翔の為、自分は死ねない≠フだ。
天眼の王がそう脅す限り絶対に・・・美羽の瞳に憎しみの炎が微かに宿った。

「・・・・・私は死にたい≠ニ思っていても今は死ねない≠フです」
ロエヌは溜息をついた。

「・・・・王の言われる通り・・・その糸は細く脆い・・・」
「え?」
美羽はロエヌの声が小さくて聞き取れなかった。しかし彼は同じ言葉を言うつもりは無いらしい。
美羽はそれが気になりながら部屋を後にしたのだった。

「本当に人の心とは厄介なものじゃな・・・王よ、今のところお主の思惑通りのようじゃのう。脅しをかけて憎ませる・・・それが原動力となり死の誘惑を退けるとな」
独り言を言っていると、美羽達が出て行った扉からイエランが入って来た。

「あれは何をしに来たのか?どこか悪いのか?」
「ほっほっほっ、王は遠見でも無いのに良くお分かりよのう。まあ、姫のみかのう?」
「戯言はいい。どうかあるのか?」
「いやはや仲の宜しいようで・・・姫は貴方様の傷の具合を尋ねられただけですじゃ」
イエランは怪訝そうに眉根を寄せた。

「何故?」
「心配しておいででした」
イエランは尚更顔をしかめた。

「私の心配?」
「ご自分のせいでと思われていたでしょうから心優しい姫なら当たり前でしょう」
「・・・・・・・・・」
「なかなか良い感じと思ってお尋ねしましてのう・・・まだ死にたいか?と・・・」
イエランは、はっとして、ゆったりと喋るロエヌを見た。

「じゃが・・・わしの診立てではまだ死の影は濃いですな。今、必死に生きる理由を自分に言い聞かせている感じじゃ」
「・・・・理由を言い聞かせている?それは・・・」
「分からんか?黒翔の民の為にとか何時かこの恨みを晴らしたいとか・・・多くの民と言っても所詮顔も知らない他人じゃ。王女としてそれを守るという義務のような誇りなんか、もう嫌だと思えば捨てられると思わんか?今は憎しみを煽り、脅しをかけてはいても人の心は疲れるものじゃ。それよりも捨てられないような大切なものを多く作ってやることじゃな。愛するもの・・・子でも作ったらどうじゃ?女子は我が子を慈しむものじゃろうて」
イエランは嗤った。

「愛するもの?それに大切なものが赤子?それこそ憎い私の子を産んだら復讐とばかりに殺すか、もしくは身ごもっている間に気でも狂ってしまうかもしれない。全てのものが我が子を慈しむものでは無い。カルムの母もそうだった。リネアの母もだ!彼女らは自分の子を疎み殺そうとまでしただろうが!」
カルムとリネアの母、そしてイエランの母は三人とも母親は違った。
イエランの母は彼を産んで直ぐに亡くなっていた。しかしカルムの母は心が弱かった。
息子の強すぎる心眼の力が自分を見透かされると恐れ、少しでもその力を弱めようと瞳を潰したのだった。瞳
を潰しても天眼の力に関係無いのだが、そうしないと気がすまなかったようだ。
そしてリネアの母は黒翔族の美しい人妻だったのだがそれを見初めた天眼の王が、夫を殺し無理やり娶ったのだ。彼女はそれを恨みリネアを身ごもると、気が狂ってしまい産んだ娘を殺そうとした。

イエランも最初は箍を外して欲望の赴くまましてしまった。無理やり彼女を犯したあの日のことを苦々しく思い出した。滾る欲望を彼女の中に解き放ってしまったあの日。理性など全て消えうせていた。
だが美羽に自分の子をどうのと煽って憎まれ口を言っていても孕ませるつもりは無かった。
リネアの母親のようになって欲しく無いのだ。

「命より大事な愛するものなど作らせはしない。しかし死なせもしない・・・絶対に」
ロエヌの言うことは正しい。彼女は今まで大切なものの為にその身を委ねてきたのだから、もっともっと大切なものが出来たらいいのだ。しかし彼女が心移すものは許せないだろう。
自分が愛されず誰かを愛するのは許せないのだ。
相変わらず歪んだ考え方だとイエランは思ったのだった。


ちょっと一言

第三章「罠」終了です。如何でしたでしょうか?今回は無事に美羽を救い出す事が出来ましたし、イエラン的に結構おいしい場面満載でした(笑) しかし!次の第四章「密林の国」で再び危機が!!お待たせ致しました。お約束の傍若無人の超オレ様なお方が登場致します。イエランのピンチです!美羽を巡る男達の戦いの幕が開きます(笑) どうぞ引き続き宜しくお願いします。


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