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第四章 密林の国1![]()
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美羽はロエヌからの話しを聞いて安心した。自分が大事な人質だからそうしてくれるのかもしれないとも思ったが、自分はそんな価値があるのだろうか?と今は不安になっていた。
国で見た限り難なく治められていたような気がしたからだ。
美羽がいてもいなくても関係無い程、天眼国は全てを掌握しているようだった。
高暁時代よりも良いと言っている噂話も聞こえていた。
懸念していた征服者の圧政が行なわれているのでも無かった。統治していた王家とその取り巻きの特権階級らが天眼族に代わっただけで民衆に不満は無いのだ。不満があるのは今まで美味しい汁を吸っていた者達だけだろう。彼らが大人しくしているのなら理不尽に殺される事も無い感じだった。
(じゃあ・・・私は何の為に?)
ロエヌから問われた死にたいと思っているのか≠ニ言う問いを思い出していた。
最初は国を簡単に奪う為に必要と言われ人質となったから死ねなかった。
先ほどから考えているように彼らが従順ならそれは必要無いのだ。
そして次にこの国の神託の為、必要だと言われたのだった。
(天眼の王と結ばれる・・・白い翼の・・・私が?)
美羽にとってどうでもいい話しなのだがこの国ではそうでは無いらしい。黒翔の民を人質にとられて隷従させられているようなものだったから死ねなかった。
天翔城内や、あの攫った親子から罵倒されたことを思い出した。彼らは同じようなことを言っていた。
権力者に進んで身体を売る女みたいに・・・美羽はそう思うと情けなくなってしまった。
王女とは名ばかりで良いように扱われているのだ。
初めは義父にそして今は天眼の王イエランに・・・・誇りも体も蹂躙されている。
幸せだった幼女時代が懐かしかった。兄、海翔 の優しい笑顔が忘れられない。
「兄様・・・海翔兄様・・・」
美羽は兄を呼び一人泣いたのだった。その時その心に語りかけてくるものがいた。
それはまるで美羽の中からのように。美羽は顔を覆っていた両手を外した。
「誰?誰かいるの?」
――私は貴女よ。可愛そうな私・・・でも私が助けてあげるわ・・――
「何?何を言っているの?何処?何処にいるの?」
――私はここ、ここにいるわ。貴女の中に・・・可愛そうな私・・・憎い天眼の王から逃げましょう・・貴女はここにいてはいけないわ。あの男に利用されて辱められるだけじゃない――
「でも、私が逃げたら民が殺されるわ!だから駄目よ!」
――大丈夫、大丈夫・・・貴女がいなくなっても殺さないわ・・・脅しているだけよ。だから大丈夫、大丈夫・・・私に任せなさい・・・――
美羽は頭の中がぼんやりしてきた。
変な声が大丈夫≠セと繰り返し暗示をかけるように言われ、そんな気持ちになってきてしまった。
ちょうど自分の価値について気が弱くなっていたせいかもしれない。
まるで霧がかかったように思考が止まってしまった。
明かりの射さない小さな部屋の真ん中で、蝋燭一本の灯りが揺れていた。その灯された台には複雑な呪文と印が描かれている。
そして中で呪を唱える紅い唇は麗華だった。
彼女の唇からもれる言葉は美羽と話していた内容と同じものだ。
彼女の最も得意とする傀儡の術だった。これは媒体となるものを相手の体内にいれなければならなかった。精神力が強ければ容易くかかるものでは無いが、不安な精神には簡単にかかるものだった。
しかし天眼族にはそれが難しかった。ドーラのように弱いところを突き、精神を揺さぶらなければならないからだ。それでも傀儡までには仕上げられなかった。
しかし美羽は違う。媒体を通して傀儡となったものの目から物を見、耳から音を聞き、そして自由に操れるのだ。あの親子を使って美羽を攫う時に仕込んだのだった。
最初からこれが目的であり、あの男達は期待などしていなかった。
ただこの媒体を飲ませてもらうだけの捨て駒だったのだ。だからそれを確認して口を封じた。
こうなれば水晶宮に麗華が入ったのも同然だった。美羽を使って天眼の路を開かせ、自分で法国に行ってもらえばいいのだ。
美羽は部屋を出ると、控えの部屋からルルナが現れた。
「ミウ様、どちらに行かれるのですか?」
――監視付きな訳か・・――
「少し散歩をしようと思ったのだけど・・・気が変わったわ。部屋に来てちょうだい」
「はい?分かりました」
ルルナは美羽の雰囲気が少し違うと思った。
「お茶を淹れてちょうだい」
「はい・・・?」
やっぱり変だと思った。言い方が違うのだ。
美羽は召使いである自分達にも命令調の言葉使いはしない。
しかしお茶の準備をし出した時、いきなり後ろから首に紐がかけられたのだった。
そして一気にそれを左右に引かれた!
「――ひぃ―ミ、ミウ・・さ」
抵抗し始めたルルナが美羽の髪を掴むと、何時も付けている髪飾りがチリン、チリンと激しく鳴った。その音を美羽は遠い意識の中で聞いた。
(やめて――っ!ルルナに何をするの!)
「くっ、何!邪魔をするな――っ」
美羽がルルナの首を絞めかかったのだが、本当の美羽がそれを止めて殺すまで至らなかった。
意識を失ったルルナが、どさりと床に倒れた。
――不味いわね。暗示のかかりが浅いみたいだわ。刺激すると駄目なようね――
美羽に邪魔をされた麗華はルルナの口封じを諦めた。彼女の口や手足を縛ると暫く見つからないように、部屋の戸棚に押し込めたのだった。
麗華はこの機会に色々したかったが欲を出すのを諦めた。
まずは美羽を運ぶのが第一だった。そして美羽に路を繋げる事が出来る天眼の者を探させた。
美羽が黒翔国に行く時に路を繋げていた一人を見止めると、美羽(麗華)が、にたりと微笑んだ。
そしてその男は柱の影でうずくまる美羽を目にとめた。
「あれは・・・黒翔の姫?」
具合の悪そうな美羽に近寄った男は声をかけたのだった。
「如何された?大丈夫ですか?」
美羽が潤んだ瞳で見上げた。
「む、胸が苦しくて・・・」
その男は、はっとした。苦しそうな美羽はドレスの胸元を開いていたのだ。
そこから覗くのは白くふくらんだ胸だった。天眼国はその気候のため女性の服装は肌を隠している。
だからそれはかなり刺激的だった。それこそ細い首から流れるその艶かしい線は若い男の心を掴むのには十分だっただろう。
ごくりと唾を飲む音が聞こえたのだった。
美羽は更によろめきながらその胸を押し付けるようにしなだれかかった。
「苦しいのです・・・さすって下さいませんか?・・・」
「い、いや・・・私は・・・」
噂に名高い美姫が自分を誘っているのか?ちらりとまた胸を見る。白い肌と丸く熟しかけた柔らかそうなふくらみに目が眩んだ。
「で、ではここで無く向こうの部屋で介抱してあげよう・・・」
ぴったりと寄り添ってその男の胸に顔を埋めた美羽はまた、にたりと嗤っていた。
密かにどこかの部屋へ連れ込まれた美羽は、目をぎらつかせている男と向かいあった。
「・・・さあ・・どこが苦しいんだ?脱いでみせてごらん」
「嫌・・恥ずかしい・・・」
美羽は広げていた胸元をかき合わせた。
男は、かっとなった。誘っておいて今更拒むなど許せなかった。
男は美羽の開きかけていた胸元に両手をかけて無理矢理開いた。ドレスの留め金が弾いて床に転がり美羽のきれいな胸が全部あらわになったのだった。男はその行為だけでも十分に興奮してきた。
男は乱暴にその胸の頂にある果実のような粒を押しつぶして捏ね上げた。硬くなり始めた果実が手のひらで転がっている。
「あっ・・・あん・・・」
美羽の唇から喘ぎ声が漏れると、一層男は興奮してきたようだった。今度はその果実を口に含み、歯を軽く立てた。
「んっ・・・いや・・いたい、あっ・・」
「痛い?そうじゃないだろう?こんなにいやらしくここを尖らせて」
男が息も荒くそう言うと、再びその胸に顔を埋めた時には興奮は絶頂を迎えているようだった。
「――王に言いつけますわよ」
男がぎくりとして動きが止まった。今の今まで可愛らしく喘いでいた唇から出た声とは思わなかった。とても冷めた声だった。
「な、何を・・・」
「今、ここを飛び出て襲われたと言います」
「ば、馬鹿な・・・お前が誘ったんじゃないか?」
「私は具合が悪くて、苦しいと言っただけです。それなのに・・・あんまりです。王に訴えます!」
男は真っ青になった。色香に惑わされたが冷静に考えれば、この姫は人質と言っても王が手を付けていると聞いていた。これが知れたら大事だった。
歓喜の後に突きつけられた破滅・・・男は酷く狼狽してしまった。
こうなったら麗華の思う壷だ。後は幻術にかけて思い通りに動かすだけだった。男はあっさりその思惑にはまり法国への路を開いたのだ。
そして麗華は行先を隠すために、その男には自分で死ぬようにと、念入りに暗示をかけたのだった。
法国へと繋がる路に美羽は踏み込んだ。
しかし次元空間に流れる風が髪を揺らし、またチリンと音がすると本当の美羽が目覚め邪魔したのだ。
中へ踏み出した時に足が麗華の思い通りにならず、次元の路を踏み外してしまったのだった。
――何をするの―っ!お前!やめなさい――
(駄目――っ!出て行くのは駄目!きゃぁ――っ・・・・)
路を踏み外した場所は当然、法国では無かった。
「ここは・・・」
美羽(麗華)は落ちた場所で唖然としていた。一番不味い所に落ちたと悟ったからだ。
「おい!お前!いきなり不法侵入とは良い度胸だ!」
美羽(麗華)は振り仰いだ。そしてその人物は最悪だった。
「お前・・・蛆虫 の臭いがするな?それに・・・・」
目の前に立ちはだかっていた男は浅黒い肌で褐色がかった金の髪がまるで鬣 のようだった。
そして鋭い双眸は黄色で中央に浮かぶ黒い瞳孔が縦に細長い獣のような瞳・・・それは猛牙 族の特徴だ。
その男は美羽の両肩を掴み上げると、直ぐ横の川に頭から突っ込ませた。
ごぼごぼと水が口や鼻から入り、息が出来ない。そして引き上げられ水を吐いて咳きをすると、また突っ込まれる。それを何度か繰り返えされた。
「出ないか・・・結構しつこく張り付いているな」
そう言った隙に美羽(麗華)が男の腰に下げていた剣を抜き取り反撃に転じようとした。しかしあっさりとかわされて剣を払われてしまった。
男は面白いと言うような顔をして今度は美羽の口の奥に指を突っ込んだ。
それこそ胃の中身を全部吐き出させたのだ。そしてその中から胃に根付いていたかのような媒体の虫のようなものが出て来たようだった。男はそれを足で踏みつけた。
「ふん、法国の蛆虫が!この国に入れると思うのが間違いだ!」
嘔吐物にまみれて気を失っている美羽をその男は見た。
そしてまた掴みあげると川の中に突っ込み引き上げる。澄んだ水が美羽の汚れを綺麗に洗い流し、濡れた金の髪が艶めき白い肌が煌いたのだった。
「まさか?黒翔の・・あの姫か?何だってこんな所に?ふん、面白いじゃないか!」
その男は美羽を肩に担いで行ったのだった。
美羽は次元路の途中で法国の手前の猛牙国に落ちてしまったようだ。ここは温暖で雨量も多くその広大な土地は殆どが樹木と川に囲まれている密林の国だ。
美羽は目覚めた。一瞬自分が何をしていたのか分からなかった。
「あっ!私!」
思い出して飛び起きたら右足に違和感を覚えた。はっとして見ると足枷をはめられ、鎖で柱に繋がれていたのだった。
「これは・・・どうして・・・」
美羽は外そうとそれを見たが鍵穴がありそれが無いと外せそうになかった。得意な間接外しは手首しかした事が無いので無理だろう。
美羽は麗華に身体を乗っ取られても何となく記憶はあった。しかし此処がどこなのか乗っ取っていた者は知っているようだったが美羽は分からなかった。
不安が押し寄せてくるばかりだ。心はまた早く戻らなければ≠ニ逸るばかりだった。
「お前、どこの何者だ?」
突然湧いてきた声に美羽は驚いて飛び上がりそうだった。そして声の聞こえた方向を見た。
あっ!と美羽は声を上げた。朧気だったが美羽を川へ突っ込んだ猛牙族の男だった。
その男は鎖の繋いである柱にもたれていた。
ここは良く見れば鉄格子が無いから牢獄では無いようだが、石造りの床と柱が数本立った何にもない空間だった。
「おいっ!答えろ!お前は黒翔の王女だろう?」
美羽は、ぎくりとした。彼が敵なのか味方なのか分からない。それなのに自分の正体を言える訳が無かった。先日のように王位を狙う者かもしれないのだ。美羽は首を振った。
「俺をなめてやがるのか!黒翔の羽の臭いをぷんぷんさせていやがって違うだと!俺達の嗅覚をなめるんじゃねえ!何処に黒翔で金髪の白い肌の女がいるって言うんだ?お前は有名だったからな。あの色キチガイの王がしっかり抱え込んでいた美姫だってな!」
美羽は乱暴な口調の男に怯えて血の気が引いてきた。
「しかしこんな間近で拝めるとは思わなかったぜ!あのヒヒ爺がくたばったかと思ったらいけ好かねぇー天眼の奴が掠め盗ったし」
天眼と聞いた美羽が、はっとした。
「私は天眼国に戻らないといけないんです。だからこの枷を外して下さい!」
「へぇ〜何で?」
「私が戻らないと黒翔の民が殺されてしまいます!だから」
男は不気味に嗤っていた。獣のような瞳が恐ろしかった。
「噂は本当だったんだな。天眼の王が黒翔の姫に首っ丈だってな!面白いじゃないか?それをこの俺が手に入れたんだ!あの天眼を鼻にかけた奴の悔しがる姿が目に浮かぶようだ!あーっはははは」
「そ、そんなの嘘です!あの人は私の事なんて何とも思っていません!私が神託の娘に似ていると言うだけで、それも本当かどうかも怪しいし・・・私は黒翔国を支配する道具なんです!でも、私がいなくても国は支配されています!だから私は彼にとって何の価値も無いのです!」
美羽は心にわだかまっていた事を見知らぬ男に吐露してしまった。
「へぇ〜価値ねぇ〜いずれにしてもお前は黒翔国の戦利品だろう?あっ、反対か?オマケの方が国だったりして。楽園の国と美しい姫君――男としてはヤル気の出る組み合わせだな。それにあの法国も何か企んでやがる。傀儡の術をかけられていたようだし・・・ふん、悪くないな。面白そうだ」
美羽はこの男は何者だろうかと思った。只者じゃないような気がした。服装は猛牙国独特で片肌を脱いだようなものだった。片方の胸と肩がむき出しの上に豪華な黄金の貴金属をじゃらじゃら付けていてかなりの身分だろうと思われた。
「あ、あなたは何者ですか?」
美羽は居丈高に喋りながら近づいてくる男に震えながら聞いた。
そしてその答えを聞き愕然としたのだった。