第四章 密林の国2


 その男は名乗った―――
「今度からお前の飼い主になる猛牙国(もうがこく)の王子サガンだ。宜しくな」

サガンはそう言って美羽の(あご)をついっと上げた。そして嗤いながら唇を重ねてきたのだ。
美羽は、はっとして我に返った。

「いや――っ!」
「つっ!この女!」
美羽は思わず唇に噛み付いて、更に顔を引っかいて抵抗した。
形相を変えた猛牙の王子が恐ろしくて、美羽はぎゅっと目を瞑った。
彼の正体が分かったのに何てことをしてしまったのかと美羽は思った。彼女が知るほど彼は獰猛な王子として近隣諸国では有名だったのだ。猛牙族は粗暴な気質で短気で乱暴者が多い。その荒くれた種族をまとめる王族はそれ以上だった。その中でもこのサガンは特出して皆から恐れられていたのだ。
しかし彼が呼ばれて美羽への制裁は無かった。至急との呼び出しにサガンは舌打ちした。

「いいか女!お前の主人は今からこの俺だ!明日からご主人様の言う通りに躾けてやる!今度引っかいてみろ、爪を全部剥いでやるからな!」
美羽はぶるぶると震えた。
イエランも酷い事をするし、脅迫されたりして恐ろしかったが、彼はその比では無かった。
イエランと瞳が違うのだ。美羽は今、はっきりと分かった。
イエランは言葉や態度は非情だが、その瞳は何故かいつも熱かった。
熔炉のようだったり埋め火のようだったり・・・
しかし猛牙の王子の瞳は怒ってはいても凍るように冷たかった。

汗ばむような気温なのに背筋に冷たいものが流れるようだった。美羽はどうなってしまうのだろうと、考えるのが恐ろしくなっていた。それにルルナが心配だった。
あんなに首を絞めて無事だっただろうか・・・・美羽ははっとした。

(私・・・私がしたんだわ・・・どうしよう・・・今度こそ逃げたと思われるかも・・・)

 その天眼国では当然ながら騒ぎとなっていたのだった。
メラが部屋に何時までも帰って来ない美羽とルルナに不安を感じ始めた頃、片付けに入った美羽の部屋の中で誰もいないはずなのに物音が聞こえたのだった。
メラがその音を確認したところ戸棚の中からルルナを見つけたのだ。

「ルルナ!どうしたの!」
メラが彼女の縛めを解いたがルルナはショックで口が利けなかった。
見れば首には赤く黒ずんだうっ血の跡がある。メラはぞっとして妹を抱きしめた。

「ルルナ!何があったの?」
メラは、はっとした。美羽はどうしたのだろうか?

「ルルナ!ミウ様は?ミウ様はどうしたの?」
ルルナがガタガタと震えだした。

「ミ、ミウ様が・・・ミウ様がまるで人が変わったみたいになって・・・わ、私の首を絞めて・・・」
「まさかそんな!」
メラはルルナの言葉に驚いた。

「ミウ様は?ミウ様はどこにいるの?」
ルルナが涙を溜めて首を振った。

「分からない・・・私、気がついたら真っ暗な中にいたし・・・どうして?ねえ、姉さんどうしてミウ様、あんなことをしたの?やっぱり敵国の私達のことが憎いの?」
泣く妹に構っている時間は無かった。何かが起きているのだ。
一刻も早く、王に知らせなければならないと思った。
そして宮殿の中央にある政を司る中枢に向ったところ、そこでも何やら騒ぎが起きていたのだった。
臣の一人が自殺をしたらしいのだ。その自殺した者は止めてくれ!≠ニ泣き叫びながら自分の心臓に短剣を突き立てたとのことだった。気が狂ったとしか思えない行動だったが、少し前に会った者から聞けばそんな素振りは無かったらしい。
先刻から何かを感じていたカルムがその現場にいち早く向っていた。

「お待ちなさい!」
カルムの制止も間に合わず男は血を吹き上げながら倒れたのだった。
カルムは天眼を開き死に逝く者の記憶を読んだ。

「え?まさか・・・」
カルムは、すっと天眼を閉じるとイエランの下へ向ったのだった。

メラは王に取り次ぎを頼んだもののその場で駆け出したい程焦っていた。
だからイエランの顔を見るなり叫んだのだった。

「陛下!ミウ様が!」
その言葉だけでイエランの顔色が変わった。

「メラ!何があった!」
黒翔国から帰って来てもイエランはずっと胸騒ぎがしていた。

「ミ、ミウ様が・・・ルルナの・・ルルナの首を絞めて行方不明でございます!」
「何だと!まさか!」
「わ、私もまさかと思ったのですが、ルルナの話ではミウ様がまるで人が変わったようだったとか・・・ルルナを殺そうとなさって・・・」
イエランは信じられないという顔をした。

「王よ、その話は本当のようです」
カルムがイエランの所に辿り着くとメラの話しが聞こえてきたのだった。
彼はいつも皆の前で装う顔でその話に入ってきた。

「先刻から嫌な気配を宮殿内で感じておりましてその場所に行き着いた所、奇妙な死に方をした者に行き当たりました。死ぬ間際のその者の心を読みましたところ・・・ミウ姫が関わっていたようでした。その男を色香で誘い脅したようです」
イエランもメラも目を見開いた。

「信じられません。ミウ様はそのようなことをする方ではありません!ルルナの事も信じられない事ばかりです!」
イエランも同じ思いだった。

「それと此処が肝心なのですが彼を脅して路を開かせたみたいです」
「路!まさか!それで此処から出たのか!どこへだ!」
「残念ながらその途中で意識が途絶えましたので場所の特定は出来かねます」
周りにいた者達がざわめき始めた。皆は美羽が逃げ出したと思っているようだった。彼女を知らない者なら状況だけでそう思うだろう。
しかしイエランはこの状況を考え込んでいた。考えられるとしたら・・・

「陛下、二人でお話したい事がございます。宜しければ人払いをして頂けませんでしょうか?」
カルムの見えない藍色の瞳が光っていた。イエランは頷いたのを合図に皆、退室して行
った。
「ミウちゃんがいなくなったのに意外と落ち着いているから驚いたよ」
「落ち着いている?私が?そう見えるのなら上々だ・・・聞かせろ!何があった!」
灼熱の風が一瞬カルムに吹きつけたような感じがした。

「なんだ・・・全然落ち着いてなんかないんだ。多分この件にも関わると思うんだけど前回、天眼を開いた時、悪い気を感じて・・・それから何度か密かに探っていた訳。目星がついた矢先だったけど間に合わなかった」
「目星?誰だ!」
「・・・・詳しく調べる為に天眼を使いたい。それで一応君に言っておこうと思って・・・」
わざわざカルムが許可を取るように言う人物だとしたらかなりの大物だろう。

「誰だ?まさか・・・ドーラ?」
「やっぱり君もそう感じる?その通りだよ。ドーラに怪しい影を感じる・・・」
イエランは感じていた。彼が黒翔国の対処について余りにも大人しく逆に不審に思っていたのだ。
ドーラは七家の一人であり周りに対する影響力は強い・・・もしもこの件に関わっているのなら王に対する反逆行為に等しいだろう。

イエランから同意を得たカルムは直ぐにドーラを呼び出したのだった。

「すまないね、ドーラ、急に呼び出しをして」
「いいえ。カルム様。私に何の御用でしょうか?」
娘を失って一時はかなり老け込んだ感じだったドーラは、今では歳よりも若く見えるぐらい生き生きとしている感じだった。何かに生きがいを感じているようなそんな雰囲気だ。

「黒翔国のミウ姫は神託に従って我らの王と娶わせる。それに伴って黒翔国は共同統治とし、その権利を保障すると決定していますよね。貴方には物足りない処置かと思いますが?」
「ええ、今更言われるまでもなく承知しております。それを何故問われますか?」
「その決定に従っていると・・・王に叛意は無いと言われるのですか?」
「滅相もない!何を言われるのかと思えば!」
カルムの柔和で見るものをうっとりさせるような微笑が一瞬で消えた。

「ドーラ。我が天眼を前にして同じ言葉が言えるのなら言ってみるがいい」
氷の渓谷から響くような声だった。

「は、話になりませんな。失礼する!」
顔色を変えて部屋から出て行こうとするドーラを押し戻したのは扉の外に立っていたイエランだった。王とカルムに挟まれたドーラは逃れる事は出来なかった。

「待って!待ってくれ――っ!私は、私は――ひっぃぃ――っ」
カルムによって精神探査をかけられたドーラは呆けたように床に座り込んでしまった。無理矢理心の端から端までを抉じ開けて探るようなものだから、精神にかなりの負担がかかるのだ。
「カルム、どうだった?」
「女だね。彼をそそのかした正体不明の女がいるみたいだ。それがドーラにミウちゃんをアルネと同じようにしてやると約束したみたいだ」
「アルネと同じ・・・馬鹿な!」
再び灼熱の風が今度は一気に周りを吹き飛ばしそうだった。
ピシッとイエランの額に縦の線が入った。天眼が開く前触れだ。

「イエラン、落ち着いて!黒翔国へ向わせるようにミウちゃんに不安の種をまいたのもドーラだったようだし、あの誘拐もその女が糸を引いていたみたいだ。アルネと同じにと言っているのに回りくどいやり方をしているから、ドーラも不満を感じているみたいだった。誘拐は失敗したのにその女はそれも計算の内とか言って、何か手を打っているみたいな事を言っていたみたいだ」
イエランはぶつぶつ独り言を言っているドーラを見下ろした。

「復讐に目が眩んだとしても、ドーラが裏切るとは信じ難い。誇り高い天眼の男がそんな簡単に素性も知れない女の口車に乗るなど考えられない」
「当り!アルネという弱点をついて強力な暗示をかけたのだと思う。心の状態が可笑しいところがあるから多分そう」
「暗示?そんな事をするのは・・・」
「そうだね・・・法国なんかは得意分野だろうね。だとしたら禁忌の術で傀儡(くぐつ)というのがあったと思う・・・ミウちゃんの行動を考えるとその術にかかっていたんじゃないかな?先日の誘拐犯が仲間だったとしたらそれを仕掛ける準備は出来た筈だからね」
確かに一連の事件の説明はつく。しかしあの法国が何故美羽を狙うのか?
天眼国では法国の者を雇うことは無かった。(まじな)いなど力ある彼らには必要無かったからだ。
小賢しく権力者の影に巣食い暗躍する者達―――口が上手く人の心を操るのはお手の物だった。
イエランはそんな彼らを嫌い相手にさえしていなかった。

「法国が黒翔国を狙っていたのか?嫌、そんな筈は無い。あの国は決して表舞台には出たがらない国だ。ならば彼らの力を使った何処の奴らか?」
「そうだね・・・しかし本当に傀儡の術ならこれは法国でも秘術だから極一部の限られた高位術者しか使わないだろう?そうなると一個人では無く、国家的なものだと思うな」
「くっ、情報が少な過ぎる」
イエランは不安と憤りをぶつけるものが無かった。ただ爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
そんな彼を労わるようにカルムは言った。

「・・・・・何処に連れ去られたのか分からなくても、わざわざ攫ったのだから命の危険が無いのだけは確かだと思うから、それだけが救いだよ」
一度目はまだ良かった。異国の土地であっても天眼の力があれば探すのは可能だった。
しかし今回はその天眼の力を使ったものであり、同じ力でそれに打ち勝つ事は難しいのだ。
次元移動の路で長距離を渡ったのならもう探しようが無かった。
イエランが初めて感じる焦燥感に打ちのめされてしまった。

「イエラン、私が天晶眼(てんしょうがん)を使って遠見をしよう。路を開いたあの者の力ならせいぜい法国までがぎりぎりだろう。それならその辺りを含む地域ぐらいなら私の天眼でその範囲の遠見は可能だと思うよ」
イエランは、はっとしてカルムを見た。すっかりその事を忘れていた。それ程自分が動揺していて冷静な判断が出来ていなかったのだ。

「そうだった。天晶眼なら確かに・・・やってもらえるか?」
「もちろん。我が王の為、愛する弟の為に―――」
カルムはそう言うと優雅に一礼をした。


 天眼の力を増幅させる神時代からの遺産―――天晶眼。
宮殿の最奥には神代からある部屋があった。これは水晶のように見えるが多分違う物質だろう。
その壁に古代の神文字で刻まれているのが例の天眼の王が白き両翼の天の使いと結ばれし世は、子々孫々数多の富と栄光が大地に満ちる――≠セった。
そこまでは重臣達でも入れる場所だが、更にその奥には王として選ばれたものだけが入る事が出来る場所に、その天晶眼≠ェあるのだ。
王として選ばれる――この意味は深い。
王の子の中で力が一番強いものが王となれるのだが一応基準らしきものがあるようだった。
その中で一番力が強くても水準に達していないものはこの扉に認められないのだ。
だから王となる最終試験はこの扉を開けられるかになっている。
そしてもちろんその中に入れるのは王だけだった。
それ以外は拒絶され死に至る仕掛けが施されてあったのだ。
その秘宝は水晶の樹に生るといった方が分かりやすいだろう。水晶のような樹にそれこそ瞳形の水晶のような天晶眼≠ェ果実のように生るのだ。
それがどういう仕組みなのかは未だに解明されていなかった。厳重な防犯設備のようなものに謎の植物とは言い難い樹木――神の遺産と呼ばれるに相応しいものだった。

イエランは手の中に納まる大きさのその天晶眼をカルムへ渡した。
彼の天眼が開きその天晶眼と共鳴をする。
まるで砂漠の中の一粒の砂を探すような遠見が始まったのだった―――



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