第四章 密林の国4


 美羽は真っ逆さまに落ちて行くその幼子を見た。
助けを呼ぶ姿が自分と重なるようだった。美羽は考えるよりも身体が動いていた。
飛ぶ獣に乗っている男は片腕でしか美羽を捕まえていない。その腕に噛み付いたのだ。

「うわっ!いてぇ――っ!何しやがる!」
もう一度、噛んで身体をよじり、男の腕の力が抜けた隙に獣の背から飛び降りた。

「うわっ!女が飛び降りやがった!」
そしてサガンは見た。
ユーシャを追い掛けて真っ直ぐに落ちて行く美羽の背に、真っ白な翼が現れ空を切ったのだ。

「な、なんだ!ありゃ?見たことねぇ・・・」
去り行く賊達も城壁に居並ぶ者達も、その美羽の姿に魅入っていた。
満天の星空の下で月光を弾く美羽はユーシャに追いつき、ふわりと抱き上げた。
舞い上がるその姿は月の調
べのように幻想的で誰もが声も無く呆然と見ているだけだった。
サガンさえも例外では無かった。
彼女が目の前に降り立って羽を仕舞ってもただ見つめているだけだった。
翼が無くても美羽は美しかった。猛牙族の好む黄金にも似た金色の長い髪が月の光に照らされて淡く輝き、白い肌に薄い衣のように流れていた。
ユーシャが美羽の腕から、ぴょんと降りてサガンの脚にしがみ付いた時に彼はやっと我に返った。

「おにいちゃまぁ、ゆーしゃ、こわかったよー」
「あ、ああ・・・大丈夫か怪我は無いか?」
サガンは妹を抱き上げて言った。

「うん、だいじょうぶ。おねえちゃまが、ふわーってとんでくれたの。ありがとう、おねえちゃま」
愛らしい顔でユーシャは、にっこり笑った。
二人を揃えて見れば髪も瞳も同じ色で、そっくりだった。
仲の良い兄妹を見ると美羽は、今は亡き兄を思い出して懐かしい昔に思いを馳せた。
だから少し微笑んでいたかもしれない・・・・・・

サガンはユーシャを乳母に預けると、美羽のその様子を窺っていた。嫌、窺っていたのでは無く、魅入っていたという方が正しいだろう。
サガンは馬鹿馬鹿しいと思いながら首を強く振った。

「お前、逃げたのだろう?」
美羽は思い出から引き戻された。そうだった。自分は逃亡中だったのだ。

「わ、私は・・・」
後ろに退こうとする美羽の腕をサガンが乱暴に掴んだ。

「俺から逃げたのだろう?それなのに何故、ユーシャを助けた?あのまま飛んで逃げれば良かったじゃないか?え?どうなんだ!お前は逃げたかった筈だ!」
牙を剥くような彼の言い方に美羽は怯えた。こうなったら思ったことも上手く言うことが出来ない。

「わ、私は・・・戻らなくてはいけません・・・でも・・助けられるのに無視することは出来ません。でも・・・私、帰らないと・・・みんなが・・・」
「ふん、お前がそういう性格だから、天眼の奴はいい気になって脅しているって訳か・・・なるほどな・・・お前が戻らないと民が殺されるとか言ってたよな?」
「そ、そうです!ですからお願いします。私、間違ってこの場所に来ただけなんです。ですからどうか・・・」
彼の黄色い瞳が金色に光ったようだった。

「帰さねえ。間違ったなんか関係ない。俺の巣穴に落ちて来たんだから俺様のものさ!決めた!お前の為に黒翔を天眼から取り戻してやる!楽しくって奮えてくるぜ!その前に今日の奴らを全部ぶっ殺してからな・・・・」
サガンが美羽に顔を近づけて、にやりと嗤った。
美羽は射竦められて瞳を見開くぐらいで身動き一つ出来なかった。
冷たかっただけの彼の瞳にイエランにも似た熱い炎のようなものが揺れていたのだ。



(なんという失態を・・・李影様・・・)
麗華は思わぬ事態に焦りを隠せなかった。
美羽の傀儡の術が解けたと同時に、用の無くなった天眼国から消えていた。まさしく消えるという言葉通りに何の手がかりも残さなかった。
美羽が落ちた国は法国の術者にとって天敵だった。五大国は全てそうだとも言える。
国々を裏で操ることが出来るのはこの大国以外の国々だけだからだ。いわゆる神の子孫と云われる者に彼らは嫌われているのだ。その中で最も反法国なのが猛牙国だった。
彼らは法国の術者が国に入っただけでも、有無を言わさず殺すという徹底振りなのだ。
しかもその場に出くわしたのは王さえも黙らせるという王子サガンだった。
彼の法国に対する制裁はいつも悲惨なものだと聞いていた。だから術にかかっていた美羽が生きているのかも定かでなかった。法国の間者として殺されているかもしれないのだ。
遠いあの地ではそれさえ確かめるのも難しい状況だった。
天眼の路を開かせた男に死の暗示をかけてしまったのを悔やんだ。召使いを殺していないのも失敗だった。だから探られるのを恐れ、せっかく操っていたドーラさえ使うことも躊躇した。
それでも麗華は急ぎ、猛牙国に向かいながらあらゆる手を使って情報を集めていた。

そしてその彼女の下に同僚というのだろうか?共に李影に従う(そう)という男が尋ねて来たのだった。
この男、術は一流で何かと張り合いたがるが、そのくせ麗華に言い寄る性質の悪い男だ。
相変わらず自信たっぷりの顔で現れた。

「いやぁ〜麗華、相変わらず綺麗だな。どうしたんだい?君は李影様の極秘の仕事をしていたんじゃないのかい?」
極秘の仕事をしている・・・という事が洩れること事態有りえない。それを知っているこの男はやはり食えない奴だと麗華は思った。

「・・・お前こそ私に何の用?」
「答えず、そう聞くのかい?まあ良いだろう。お前、猛牙国を探っているんだろう?それなら協力出来ると思ってな」
散々情報収集をしていたからこの男の耳に入ったのは当然だろう。
勿体付けてゆっくりと喋る宋に麗華は苛々してきた。

「おれの今の仕事は猛牙国の一部族の懐柔・・・」
「 ! まさか!」
どうだと言わんばかりに宋が胸を反らした。それはそれくらい大変なことだった。

「結束の固い奴らでも欲という前には笑えるほど脆かった訳さ。もっともかなり苦労したのは確かだ。その手懐けた部族は国の中でもかなりの勢力をもっているんでね。今内戦を仕掛けさせている」
「勝てるの?」
「いいや、無理だな。でも良いんだよ。これは我々の得意な布石のようなものだから構わないさ。まあ、今の凡庸な王の時代に進めたいのは本心だけどな・・・あの王子が出てきたらそう簡単に済まないだろうし」
「お前の仕事など私はどうでも良いのよ。その王子に最近変わったことはない?もしくはその近辺で」
「おいおい、自分は理由も説明せず用件だけか?相変わらずだな」
お互い腹の探りあいは長けているから、逆に回りくどいことはしない。
しかし宋は彼女の探し物は知っていた。
李影が自分と同じく使っているのはこの麗華だった。女の中では一番の腕前であり美人だから使い勝手が良いのだろう。女は女の使い方があり、性別で争っても無駄だが宋は面白くなかった。
李影の両翼の一人が自分で、もう一人がこの麗華だと言われるのも気分が悪い。
それに高慢な態度も自分の自尊心を著しく刺激する。
好きだという感情では無く、彼女を自分に(ひざまず)かせたかった。
そして今回、彼女は今までには無い最大の失敗をしたのだ。宋はそれを知った時踊り出したい気分だった。何時も氷の仮面を被っている女が明らかに焦っているのだ。
だから嗤いを噛み締めるのがやっとだった。

「麗華、そのへんの情報は良く知っている。とってもな・・・そこでだ。お前次第で教えるし、協力してやってもいい・・・・おれなら瞬く間に猛牙国にも連れて行ってやれる手段ももっている。どうだ?」
麗華は他に手立てが無い今、何であろうと条件を呑まずにはいられなかった。それが嘘であっても今はそれにすがるしか道は無い。この男に跪くなど普通なら死んでも嫌だった。
しかし李影の命令を遂行する為には死に甘んじることは出来ない・・・・・・

「いいわ。何をしたらいいの?」
宋はほくそ笑んだ。

「分かっているだろう?おれが何時もお前に望んでいたことさ」
もちろん分かっている。
この男はいつも身体の関係を迫っていたのだ。会えばその誘いから始まるようなものだった。

「・・・・・どこでするの?此処?私は何処だって構わないわ。早いところ済ませて頂戴」
麗華はそう言って、着ていた服や下着を潔く全て脱ぎ捨てた。
艶かしい身体が男の前に晒されたのだった。
宋は嗤いながら彼女の妖艶な肢体に腕を伸ばしてくると、片手で余りある豊満な胸を鷲掴みにした。

「――つっ」
麗華が苦痛に顔を歪めたが逆に宋は愉快そうだった。

「文句ない張りと大きさだ。ははっ、お前、李影様とはこういうことしないだろう?まあお前はしたくて、したくて堪らないだろうが李影様はお前なんか願い下げだろうな。この身体を使って仕事して汚れまくっているお前なんか李影様は触れるのも嫌だろうさ!しかし、おれは別さ。いい女には変わりないんだし、お前をよがらせて高慢な鼻をへし折るだけでも楽しいよ。はははっ、たっぷり可愛がってやる!」
宋の言う通り、手段の為ならどんな男とでも寝た。
潔癖な李影はそれこそ物を手渡す時でさえ直接受け取りはしない。自分を都合良く使っても蔑んでいる証拠だ。そんな事をわざわざ言われなくても承知していた。
それでも敬愛する李影から良くやったといってもらえるのが生きがいなのだ。
そんな事から何でも知っている顔をするこの男に身を任せるのは本当に我慢ならなかった。
しかし嬉々として征服しようとする男に麗華はその身を与えるしかないのだ。
仕事だと割り切ればいいと麗華は思ったのだった。
適当に相手をしてやってさっさと情報を聞き出し利用すればいいと思っていた。
しかし・・・


「いい加減に私の中から出て教えなさい!」
麗華は苛立たしく言った。

「・・・喘ぎ声一つ上げずそんな口利くなんて可愛げの無い奴だ。おれをたっぷり楽しませてくれないと話せるものも話したくないなぁ〜」
麗華の気分は最悪だった。早く終わらせたいのに宋はしつこいのだ。
身体を与えても感じてやるものかと思っていた。それだけが残された自尊心だった。
中々喋ろうとしないこの男を満足させる為に、何時ものように感じた振りをしてやればいいのだろうが、それさえもしたくなかったのだ。それにそんな演技などこの男に通用しない。

「何を言っているの?お前が下手なだけじゃない!」
「はっ、言ってくれる。じゃあこれでどうだ・・・くっ、よっと!」
「あっ――」
奥まで打ち込まれていた(くさび)が引き抜かれたと思うと、角度を変えて一気に突き上げられた。
それを繰り返す荒々しい律動は強引に快感を引きずり出そうとしているようだった。

「どうだ?麗華、少しは可愛く鳴いてみろ。そらっ・・・よっ」
「あ、うっ・・・・くっ」
宋は麗華の中で()ぜても直ぐに硬度を増し、抜くことなく穿(うが)ってくる。
密偵や兇殺者になる者達は閨事の巧みな技も仕事のうちだった。男も女も同様だ。相手を油断させるにはこれが一番だろう。夢中にさせて操るなり殺すなりどうとでもなる。
宋は術の他にその腕を自慢するだけあった。
しかし麗華も負ける訳にはいかない。
いいように身を任していたが限界だった。自分は自分のやり方がある。

(くっ、主導権を握るのは私よ!)
麗華はいきなり起き上がってぐるりと身体を入れ替えると宋を下へ押さえ込んで跨った。
その間も二人は深く繋がったままだ。
その宋自身の形に押し広げられ、いやらしく繋がった部分が今の体位なら麗華にも良く見えた。

(まったく無駄に大きいわね!)
本当に気分が悪い。そして自分の重みでそれを更に奥まで宋の欲望を呑み込んでいる。

「へ、へぇ・・・やるなぁ・・くっ・・・」
したり顔だった宋も明らかに感じているようだった。麗華の中で更にドクンと脈打って大きくなったようだ。その感じが深く繋がっている分生々しく伝わってきた。

(本当に吐き気がするくらい最悪!)
だが麗華はそれを煽るかのように宋の腹部で腕を突っぱねると自ら腰を浮かせた。
そして宋の楔が抜ける寸前に、また一気に腰を落として奥まで収め腰を前後左右に激しく揺らす。
それを何度も繰り返した。

「くっ――っ・・っ」
その強烈な快感に片目を瞑るように顔を歪めて苦しそうにしている宋がいい気味だと麗華は思った。
快感も過ぎれば苦しいのだ。しかしそれに翻弄される宋ではなかった。
麗華に手を添えると下から角度を変えて強く穿ってきたのだ。

「はぅ――あっ・・・ぁ」
麗華は足先まで電流が走るような快感に思わず声を上げてしまった。

「い、いいぜ・・・麗華。最高だ・・・くぅ」
麗華を屈服させたい宋と、それに屈したくない麗華。一歩も譲らない二人のまるで戦いのような交わりは獣がお互いを貪り合うかのように続けられたのだった。

 ようやく満足した宋が麗華の中からずるりと昂ぶりを抜き、仰向けに寝転がった。流石に肩で息をしている状態だ。そして麗華も全身が上気して震えていた。感じ過ぎて震えが止まらないようだった。
結局お互い途中から自分達の思惑は忘れて快楽に溺れて求め合っ
ていたようだ。
(何、やっていたんだっけ?おれ?)
宋は天井を見つめながらそう思った。高慢な鼻をへし折るとか、跪かせるとか偉そうに思っていたのにすっかり麗華にはまっていたからだ。それにこんなに高揚したのは久し振りだったような気がした。

(ん?・・・初めてかもな・・・)
宋は訂正した。

(・・・・この男・・・やっぱり嫌な奴・・・)
麗華は負けたとは思わないが勝ったとも思えなかった。
感じないと思っていたのに結構感じていたからだ。身体は正直で震えが止まらない。

「おい、麗華」
麗華はびくりと身体を揺らした。宋が腕に触れたからだ。
まだ少しの接触でも身体中が反応してしまう。
動いた拍子に身体の中から、とろりと宋が散々放った熱いものが伝い出てくる。
その不快感に麗華は眉を寄せた。

(全く、どういう男よ!私は薬を飲んでいるから良かったものの、確認もせず遠慮無くやるなんて!)
麗華は、ぎろりと満足気な宋を睨んだ。

「おや?何?・・・怖いなぁ・・まだ・・喋れない・・んだろう?」
確かにそうだった。それでも馬鹿にされたままの麗華では無かった。
何度か大きく息を吸って震え治めると答えた。

「・・・・お、お前こそ肩で息をしているじゃない。呂律が回ってないわ」
「はっ、違い無い」
麗華は驚いた。こんな事とはいえ宋が認めたからだ。
そして急に視界が暗くなったと思ったら宋が口づけをしようと顔を近づけてきた。
しかしそれは叶わず代わりに宋の頬が鳴った。麗華が叩いたのだ。

「何しようとしているの!もう報酬は与えた筈よ!早く教えなさい!」
麗華は体を重ね深く繋がっても口づけだけは拒んでいた。
だから宋としては何かやり残した気分だった。

「お前って奴はやっぱり可愛くないな」
もう何時もの顔になっている麗華に宋は呆れつつ頭を掻いた。

「足りないとは言わせないわよ!」
「さぁて?足りないかもな」
さっと彼女から殺気が立ち昇っていた。

(殺気かよ?結構、飽きない女だな・・・)
宋は、にやっと微笑んだ。

「ああ、分かった、分かった。教えるさ。今な―――」



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