第四章 密林の国8


 上空を疾風のように駆け抜けたエンライに乗った男が、美羽を魚でも釣り上げるかのように首に縄をかけて釣り上げたのだ。美羽はあっという間にエンライの背に乗せられていた。

そして彼女を目の前で掠め取られてしまった二人の前に降り立った。
「お前は!」
「おっと動くんじゃない!動いたらこれがどうなってもいいのかい?」
その男達は先日の賊だった。そしてエンライがあと三頭降り立った。その背には同じく屈強な武装した男達が乗っていた。全部でエンライが四頭に戦士が十数人――イエランとサガンを取り囲んだ。

「俺達は幸運だな!こんなところで大物を殺れるとは思わなかったぜ。他の奴ら悔しがるだろうよ。丁度、城に奇襲をかける前に良い土産が出来たぜ!お前の首を城の中で放り投げてやろう!」
サガンが怒気を上らせ目を剥いた。
この部族の報復に出かけたが、もぬけの殻だったのだ。大きな集落にも関わらず女子供はもちろん、一人残らずいなかった。かなり頭の切れる狡賢い奴が仲間にいるみたいだった。

「なんだ?内輪もめか?」
通る声で冷ややかに言った男を、その暴徒は初めて認識した。イエランをサガンの連れぐらいにしか思っていなかったようだった。しかしその姿を改めて見た彼らは意味も無く、ぞわりと悪寒が走った。

「き、金、金のて、天眼!」
大男達は怯んだように後ろへ下がった。金の天眼の恐ろしさは見た事はなくても知らないものはいない。神に最も近いと云われる天眼族の頂点に位置する王族だけが持つと云われる金色の瞳―――
千里の遥か向こうを見渡すとも、山を一瞬で壊し屍の山を築くとも云われる。
天眼が開く時、その場は恐怖に凍ると―――

「お前達は勝手にすればいい。私は帰らせてもらう。さあ、それを返せ。それは私のものだ」
イエランの迫力に圧倒された男が、言われるままに美羽から腕を離そうとした。
しかしはっと我に返り、美羽に回していた腕をきつく締め付けた。

「きぁっ――うぅ・・・」
「おっと、危ない、危ない。うかうかと渡すところだった。これを連れて来いと言われているから渡す訳にはいかねえ」
「何を!まさか、お前達が彼女を攫ったのか!」
「攫った?何の話だい?まあ今、攫ったけどよ」
その時、彼らのエンライが咆哮した。だらだらと口から涎が滴り落ち様子が可笑しい。

「ちっ、間隔が短くなってやがるな。おいっ!」
男の命令でそのエンライに何やら食べさせていた。
エンライはそれを狂ったように貪り食っていたのだ。
サガンは信じられないと言う目でそれらを見た。そして美羽と出会った時、彼女に傀儡の術がかけられていたのを思いだした。この男達が美羽を欲しがる理由は無く、誰かの指示で連れて行くようだった。
エンライと美羽―――この二つが結びつくものは?

「お前ら・・・法国の奴にたぶらかされやがったな?こいつを欲しがっているのはそいつだろう?エンライを薬漬けにするのを教えたのもそいつか!そんな薬を作る奴は法国の蛆虫ぐらいしかいない!」
詳しく調べればエンライを横流しするものは見つかるだろう。
しかしそれを操る方法が分からなかった。まさか薬を使っているとは思わなかったのだ。
法国の程度の低い術者が用いる隷属術とよく似ていた。その薬を数度与えられると、それが欲しくて、欲しくて堪らなくなる。だからそれを欲する為に言うことを何でも聞くというものだ。
しかもその薬は身体を侵すから短命になるうえ、末期には薬も効かなくなり凶暴性が増す。
猛牙族に繁栄をもたらす神の遺産――
神獣と云われるエンライに、そんな扱いを同胞がしようとは思わなかったのだ。

「法国?さあな。俺らはあんたらが神の遺産を独占しているのが許せないんだよ」
「お前ら――っ!許さん!」
飛び掛ろうとするサガンに男は美羽をかざした。彼女の顔には短剣がピタリと突きつけられていた。

「おっと、動くなよ。もちろんそこの天眼のあんたもな。この女を攫って来いとは言われたが無傷でとまでは言われていないんだ。動けば二目と見られない傷をつけるぞ!」
短剣の光る下で、美羽が青くなった。

イエランもサガンも動けなかった。
美羽を何とも思っていないこの男は本当にそうするだろうと思ったからだ。
サガンは歯軋りをし、イエランは切れ長の双眸を細めた。暴徒達は彼のその目を見ただけで、うだるような暑さの中にいるのに寒気を覚えた。その瞳は冴えた天眼の地を覆う氷のようだった。

「な、なんだ、お、お前・・・だ、だいたい天眼族は態度がでかいんだよ!自分達が一番偉いって思っているだろうが!はっはは――っ、おいっ、この女が大事ならこの俺様に跪け!」
イエランの周りの温度がまた下がったようだった。
男もそれを感じ、びくつきはしたが美羽がいるだけ気持ちは大きかった。

「おいっ!聞いているのか!地べたに這いつくばれって!言ってんだよ!そうしないと、この女の鼻、削ぎ落としてやる!いいのか!」
美羽はこんな馬鹿なことを言うこの男に呆れてしまった。
誇り高い彼がそんな馬鹿なことに応じる訳が無いのだ。それこそそうする理由は無い。
しかし美羽は信じられないものを見てしまった。
天眼の国に君臨する最強の王イエランが低く膝を折ったのだ。命令した男も仰天した様子で黙り込んでしまった。もちろんサガンも目を見開いて驚いている様子だ。矜持の高い天眼族、それも王が名もしらない暴漢に跪き頭を下げているのだ。まさしく信じられない光景だった。

「は・・・はは・・は・・・ゆ、愉快だ!愉快だ!おいっ!頭の下げ方が悪い!もっと低くだ!低くだ!」
男はそう言いながら美羽を引きずるように歩かせると、跪くイエランの所まで行った。
そして思いっきり彼の頭を足で押さえつけた。地面にイエランの顔がめり込むようだった。
もちろん彼は呻き声一つあげず、されるがままだ。

「や、やめて!やめて下さい――っ!」
美羽は思わず叫んだ。その声には反応したイエランの肩が、ぴくりと動いた。
美羽はこんなイエランを見たく無かった。
どう考えても自分を守る為にているとしか考えられなかった。微睡で聞いたあの言葉お前の白い肌に傷一つ入れさせはしない・・≠ニ言った通りに彼はしているのだ。
何故だとか考えるよりも彼らしくないと思った。いつも傲慢で冷たい非情な男がする姿では無いのだ。

(この人は誰?こんな人知らない!知らないわ!)
やめて≠ニ言ったのは暴漢では無く、イエランに対してだった。
(もし私の為なら尚更だから―――)

「やめて!あなたは誇り高い天眼の王よ!こんな男の言うことなんか聞かないでぇ――」
「おいっ、こらっ!暴れるな!」
美羽は目の前の刃物に構うこと無く抵抗し始めた。その弾みで彼女が傷付きそうだった。

「美羽!大人しくしろ!」
暴漢の足に押さえつけられたまま、地面から顔を少しだけ上げたイエランが一喝した。

「私はこんなことで誇りが傷ついたとは思わない。だからいいな?美羽、大人しくしているんだ。直ぐに助けてやる」
美羽の瞳を真っ直ぐ見上げながらイエランは言い聞かせるように言った。
そして何でも無いと唇の端を少し上げた。

「あっ・・・・・・」
美羽は言葉にならなかった。どうしてこんな時に彼は微笑むのか・・・
どうしてこういう時にだけ名前を呼ぶのか・・・
何故か胸がいっぱいになって涙が溢れてきた。

「な、何が助けてやるだ!手も足も出せない癖に!そんなに大事かよ?この女が!」
男は再び踏みつける足の力を強くしたがイエランは顔を上げて、ぎらりと睨んだ。
それに男が怯んだ瞬間、イエランの天眼が男の短剣を持った腕を吹き飛ばした。

「うわぁぁ―――っ」
その衝撃に美羽から腕を放した男は、失った片腕の血を撒き散らしながら地面へ転がったのだった。
イエランは男が真上に来て油断するのを狙っていたのだ。真下からなら美羽を傷つける事無く、男の腕だけを狙えたからだった。

しかしイエランが立ち上がるより速く美羽は再び空へ浮かんでいた。彼女の首にかけられていた縄を違う男がエンライから釣り上げたのだ。

「しまった!」
エンライは雷のように飛ぶ。一気に飛ぶそれは瞬く間に姿が小さくなっていったのだ。
サガンは自分のエンライに乗って追いかけようとしたが後の三頭が邪魔をした。エンライはただの飛行用というだけでなく戦闘にも使われるのだ。これ一頭で数十人分の兵の働きはするだろう。

イエランは澄ましていた顔を脱ぎ捨てた。腕を吹き飛ばされた男の残った腕を逆手に締め上げて噛み付くように言った。

「何処に連れて行った!目的は何だ!答えろ!」
「し、知らん!知ってても教えるか!」
その男を助けようと他の男達が襲いかかる。半獣化しているものもいた。彼らは完全な獣になるのでは無く、二足のまま獣化するのだった。そうなれば通常より強い腕力や脚力も更に強くなり、牙や爪が伸び凶器となるのだ。それらが一気にイエランとサガンに襲い掛かってきたのだった。

「うるさい畜生め!」
「おいっ!俺の前で畜生って罵るな!」
「うるさい!畜生は畜生だ!」
イエランとサガンはお互い絶妙なコンビネーションでその攻撃をかわし反撃し始めた。
人質さえいなければこれくらいの雑兵は問題なかった。
しかし暴徒達は瞬殺してもエンライはてこずった。薬のせいで痛覚も鈍っているせいか天眼の攻撃で翼や足が潰されても襲い掛かってくるのだ。しかしそれも二人の奇妙な協力で仕留めたのだった。
そして生き残したのは片腕の男だけだった。

「知らんぞ!こうなったら喋るもんか!お前もこんな所でのんびりしている間に、城は火の海だろうさ!俺らはほんの一部。今ごろ仲間達が大軍で攻めているからな!」
「なんだと!」
サガンは男を締め上げたが、イエランが止めた。

「殺すな。まだ聞くことがある」
「はん!喋らんぞ!」
イエランが喉の奥で嗤った。

「喋る必要は無い。カルム!見ているのだろう?早く来い!」
誰かを呼んだようだったが、誰も答えず辺りはしんとしていた。
だがいきなり空中が歪み出し、そこから足が出て来たのだった。

「まったく、人使い荒いね、君は」
歪みから現れたのは銀の髪をした恐ろしく綺麗な顔の男だった。
サガンは初めて空間を曲げた路を渡るのを見て驚いていた。
そしてぶつぶつ文句を言う男の額にも金の天眼が現れたのだった。

「殺しても構わん。もちろん息の根が止まる前に全部読め」
「はいはい、分かりました」
二人の金の天眼を前にして腰を抜かしている男の肩にカルムが軽く手を置いた。

「うぎゃぁ―――あぁぁ」
カルムの天眼が金色に光っていた。

「な、何してるんだ!おいっ!」
サガンが形相を変えて苦悶する男を見ながらイエランに言った。
しかしイエランは彼に答えるつもりは無いようだった。ただ冷ややかにカルム達を見ていたが、やがて男が口から泡を吹いて昏倒したので口を開いた。

「どうだ?」
「やっぱり法国絡みみたいだね。彼らの後ろには法国の術者がいるようだ。そいつが謀反の台本を書いているみたいだけど・・・」
「この国のことはどうでもいい!」
「ミウちゃんに関してだろう?それは不明瞭だね。その術者が連れて来いと命じられているだけで理由は知らないみたいだ」
「ちっ、使えん!一番偉そうにしていたのに下っ端か!」
「下っ端では無いみたいだけど、法国だったら易々と手の内見せないだろう?それとその術者の連れはドーラをそそのかした女と同じだ」

イエランとカルムの二人の会話をサガンは呆然と聞いていた。
これが噂に聞く心眼という力なのだと感じた。力の強いものとなれば探査する者の記憶さえも横で見ていたかのよ
うに読み取ることが出来る背筋の寒くなるような能力だ。
しかしこんな所で呆けている場合では無かった。もちろん連れ去られた美羽は心配だが城を放っては行けない。それにこの天眼の王が助けに行くだろう。
悔しいが跪くこの男を見た時、自分は負けたと思った。

(もちろん今日はだ!)
だから今日のところは気に入らないが自分は引くことにした。
サガンはエンライに飛び乗ると高飛車な態度で叫んだ。

「おいっ!後日この落とし前はつけてもらうからな!覚えておけよ!ふん!」
イエランは無視だった。一度殴り飛ばしてやりたいと思ったサガンだったが時間が惜しく舌打ちをして飛んで行ってしまった。
天眼を開いたままのカルムは愉快そうにその遠くなっていく彼の姿を見送った。

「なんだか可愛いね〜一生懸命、君に喧嘩売ってさ。それにまだまだだね。イエラン、君だったら水晶宮が強襲にあっていても迷わすミウちゃんを助けに行くだろう?あの子はまだまだ愛が足りないね」
「御託はいい。彼女の行く先は見えたか?」
「もちろん」
「それならお前はもういい。替わりに遠見と開路を二名よこせ」
カルムは呆れた。

「また単身で行くつもりなのかい?」
「大人数分の路を開くのを待つ時間は無い。それにもし此方に何かあればお前に全権を任せるから好きに人を送って来い」
カルムは大仰に溜息をついた。落ち着いているように振舞っているイエランは実際かなり焦っているようだった。直ぐにでも駆け出したい気持ちだろう。天眼を開いているカルムにはそう視えた。

「全て了解。じゃあ気をつけて行っておいで」
そしてまだ歪みが残る空間へカルムの姿は消えて行ったのだった。
イエランは美羽が消えて行った空を見上げた。
天眼とは違う眩しいまでの空―――美羽の瞳の色。

(美羽、待っていろ。すぐに助けてやる・・・)


ちょっと一言

「密林の国」終了です。えっ?美羽ちゃんまた攫われたままなのに?と思われますでしょうが次回から猛牙国を離れてしまいますし、サガンも登場しませんのでここで区切らせて頂きました。如何でしたでしょうか?イエラン最大のライバルと思って出したサガンでしたが彼には敵いませんでした(涙)負け惜しみを投げつけて去って行く情けない男になろうとは…でも結構気に入っていますからもちろん外伝作りたいと思います。そして次回からはいよいよ最終章「神国の扉」となります。全ての元凶であり、そして全ての謎が解き明かされる法国編をお届け致します。

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