最終章 神国の扉1


 雷のように飛ぶエンライは美羽を乗せて叛徒達の隠れ里へと到着したのだった。
美羽は家畜のように首に縄をかけられたまま、その先を持った男に促されながら歩かされた。
初めこの地へ降り立つ時、密林に突っ込むのかと思った。生い茂る緑の中に下降し始めたからだ。
しかし大きな体のエンライはその木々を折ることが無かった。しなやかな枝がしなりその巨体を受け入れたのだ。そして弾んで元に戻り窪みを覆い隠していっ
た。だからまさかこの地にエンライの隠れ場があるとは思わないだろう。密林のように見えて内側は意外と木々が少なく平地のようなもので、そこは彼らの本拠地のようだった。
その中の一つに美羽は連れて行かれた。彼女は度重なる緊張と不安で体力は殆ど無くなっていたが、イエランを見た時から何故か安心していた。だからそんなに怖くは無かった。
だが連れて行く男が急にまるで糸が切れたように動かなくなり地面へ崩れ落ちた。
驚く美羽の前には同性でも色香を強烈に感じる美女が立っていた。美羽は彼女とは初めて会ったような気がしなかった。そしてその横には油断ならない目をした男が立っていたのだった。
麗華と宋だ。宋の懐柔した部族とは彼らの事だったのだ。

「どうだい麗華。ご希望どおりお姫様を連れて来たよ」
「何言っているのよ。ここの連中は能無しだわ。さっさと連れてくればいいのに天眼の王に喧嘩売るなんて馬鹿としか思えないわ。お前の手駒なんて使えないわね」
「おいおいそれは無いだろう?おれ様が傀儡の術を使って連れて来ただろうが」
麗華は蔑むように宋を見た。

「そうしていなかったら今頃、天眼に連れて帰られていたわ」
「相変わらず可愛く無い女だなぁ〜まあこの大きな貸しはいずれ払ってもらうからな」
麗華は唇を噛み締めたが宋に付き合っている暇は無かった。宋の傀儡からイエランがこの地へ来ていると分かった時点で既に、この策の成功率は下がってきているのだ。

「一々確認しなくても分かっているわ。早く私達を運んで頂戴」
「分かっている態度かい?それが?本当に頭にくる奴だ!まあいいさ、楽しみは後でということで・・・今は奴らが城に攻め込んでいる最中だから国境も甘いし一気にエンライで行けるだろう。ほらっ、この匂い袋を持っていればあの神獣は言うことをきく」
投げられた袋を麗華は取った。

彼女達はまた違う場所へ移動するみたいだった。美羽は途端に不安になってしまった。またイエランと離れてしまうと思ったからだ。距離が縮んだと思ったらまた遠くなる。
不安で胸が張り裂けそうだった。だから僅かな抵抗でもその場から動かなかった。

「歩きなさい!急いでいるのよ!」
「い、嫌です!私、何処にも行きません!」
「おやおや大変だねぇ〜麗華」
宋の馬鹿にするような言い方が癇に障るが麗華は無視した。

「お得意の傀儡にしたら?」
麗華は嗤いを堪えている様子の男を睨んだ。
美羽には既にかけたことをこの宋は知って
いて言うからだ。その術は一度破られると二度と使えないのだ。しかも彼女の精神が何故か安定していて他の術もかかり難い。
「いい加減にしなさい!」
「きゃっ!」
麗華は美羽の頬を叩いた。しかし美羽はそれでも動こうとしなかった。麗華は焦る気持ちが抑えられなくて美羽を再び叩いた。

「おいおい、そんなに叩くと折角の綺麗な顔が台無しになるじゃないか?李影様が残念がるんじゃないか?」
李影という名を聞いて振り上げた手を止めた麗華は宋を睨んだ。

「あの方が馬鹿な高暁の玩具で、天眼の王や猛牙の王子の手垢にまみれた女なんか相手にしないわ!この女は生きてさえいれば良いのよ!醜かろうと関係ないわ!」
「そうかねぇ〜彼女は特別だろう?こんなに綺麗なんだし」
宋が美羽に近づいて、くいっと彼女の顎を持ち上げた。

「馬鹿言わないで!さあ、行くわよ!」
「嫌です!」
「可愛いねぇ〜嫌ですだって?生意気な口を塞ごうか?」
「嫌!」
美羽は両手で自分の口を塞いだ。男が唇を寄せてきたからだ。

「いい加減にしなさいよ!宋!」
「おや?焼もちやいてくれるのかな?まあ、おれはお姫様より毒花が好きなんでね」
「馬鹿言ってるんじゃ――うっ・・んん」
宋はいきなり麗華の唇を奪った。それを振り解こうとする手も宋が封じ込める。

「んん・・・・っ」
そしていきなりその唇が解かれると麗華を突き飛ばした。そして嗤った。

「所詮お前は女だ。男のおれには敵わないと認識するんだな。それに遊びは此処までだ。お前の任務は終了だ」
(任務終了?何?)
「何?何を言っているの?」
「どうしておれがわざわざお前に協力したと思う?李影様のご命令だったからさ。あの方はお前が失敗しているのをご存知だ。だからおれに命を下した。このおれに任せるとな」
麗華は呆然として全身が奮え出した。

「そ、そんな・・・じゃあ・・・お前が現れた時から・・・私を騙して・・・」
「ああ、そうだとも。まあおれとしては今忙しい時に、お前の尻拭いをさせられるんだ。その見返りを貰って当然だろう?あの方から捨てられても十分娼館でやっていけるさ。具合は最高だしな!ははははっ・・・その時は客として高値で買ってやるさ!ああそれと外のエンライは哀れなお前にやる。もう一度ぐらいしか役に立ちそうも無い末期状態だが、国までなら帰れるだろうさ。そしてあの方の前で謝るんだな。しかしあの方に色仕掛けは通じないぞ。ははははっ・・・」
宋は高慢な麗華が悔しそうに膝を屈して泣く姿が見たかった。
しかし彼が見たのは同じ泣き顔でも全く予想しなかったものだった。麗華は親を亡くした子供のような、もしくは迷子になった子供のような顔をしたのだ。

「え?何?」
宋はその彼女の様子に愕然としてしまった。そして胸に何かが刺さるものを感じた。
生意気な女・・・目障りだった女・・・いつも自分を苛々させた女。しかし目の前で涙する女は宋が全く知らない女だった。そして彼女が走って出て行くのを黙って見ていた。
麗華の姿が視界から消えてようやくその何か分からなかった呪縛から我に返った。

「・・・全くおれとしたことが・・・まあいい。さあ、お姫様行こう」
「私を何処に連れて行くのですか?その李影という人の所ですか?何故?」
「おれが優しく言っているうちに言う事聞くんだ」
美羽はびくっとした。男の雰囲気がすっと変わったからだった。少しくだけた様子から、ぞっとするような冷たい感じに変わったのだ。
美羽の抵抗空しく、男の力には敵わなかった。あっという間に手首は縄で自由を奪われ抱えあげられてしまった。そしてエンライに再び乗って空へと飛び出して行ったのだった。
密林が途切れ山脈が見え始めた。山脈を越えればそこは法国だった。
大陸で最も小さな国だが地形は細長く片面が猛牙国に面し、反対側が小国に囲まれていた。

難なく国境を抜けた美羽達はその山の麓へ降り立った。エンライの様子が可笑しくなったからだ。

「ちっ、もう駄目か!さすが神獣なだけある。薬が慣れてくるのが早い」
宋は悪態をつきながらエンライに袋に入ったものを投げた。それを貪り食ったエンライは一時するとのたうち回って死んでしまった。使い物にならなくなりそうになると薬と混ぜて毒を喰らわせるのだった。そうでないと狂ったエンライは見境無く暴れ自分達の身が危なくなるからだ。

「まあ、此処まで来たら、おれの庭のようなものだから良いとしても・・・」
宋は当然、イエランの動向が気になった。
此処まで彼が執着して追い掛けてくるものだ
ろうかと思った。嫌、来ると思っていた。天眼の王が膝を屈した姿を見ればどれだけ彼女を大切に思っているのか分かったのだ。エンライが使えなくなった今、とにかく時間との戦いだろう。天眼は路を開かせるには時間がかかるからだ。
法国の城に入れば流石にそこまで追って来ないだろう。たぶん?

(・・・嫌、奴なら来るな・・・)
「さあ、行くぞ」
「嫌!」
美羽は後ろにそびえる山脈を振り仰いだ。もうこんな所まで来てしまったのだ。
涙が溢れてきた。なんて遠くまで来たのだろうかと悲しくて仕方が無かった。
もう帰れないかもしれないと思った。
イエランは自分を見つけきれないかもと不安になったのだ。

「おいっ!うっとしいから泣くな!おいっ―――!!」
その時、宋の目が驚愕で見開いた。そして一気に弾き飛ばされる。

「うっあぁ――――っ」
宋は起き上がって口の中の血を吐き出した。

「馬鹿な・・・速すぎる。ま、まさか天晶眼をわざわざ使ったのか?」
美羽と宋との間に割って現れたのはイエランだった。
宋の予想通り、イエランは路を開く者二名で天晶眼を使わせたのだ。大軍を通す大きな路では無く、繋ぐ速さに重点をおいたのだった。果実のように生るとは言っても、それが生るまでは数年を要し、枝から離れれば数日のうちに使わなければならない。これらは極秘だから宋は知らなくて当たり前だが、一度に使える数に限りがある貴重なものだというのは確かだった。

「美羽・・・待たせたな。泣き止め・・・」
美羽は目の前に立つイエランを見上げた。
彼の相変わらず冷たく整った容貌の額には金の瞳が輝いていた。
夢でも幻でも無い天眼の王イエランだ。安心した美羽は更に涙が溢れてきた。
ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝って落ちていく。何と言っていいのか分からなかった。
ありがとうと言うのか、ごめんなさいと言うべきなのか・・・・

しかし、美羽の身体が浮かんだ。イエランが腕に抱えて跳んだのだ。
宋の投げた小剣を避けたのだった。そして次から次へと四、五本まとめて小剣が繰り出された。
いずれも美羽達にかすることなく弾かれていたが、その中で検討外れに飛ばされたものがあった。

「しまった!」
イエランがそう叫んだ時は既に遅かった。
路を開いていた空間にその小剣が数本吸い込まれたのだ。そしてその空間の向こうで絶叫する声が聞こえた。路の向こうで繋いでいた者に刺さったようだった。瞬く間に路が塞がってしまった。
宋はニタリと嗤って逃げた。

「ちっ!小賢しい真似を!」
路が無くなってしまった。カルムに与えていた天晶眼はさっき使い果たしてしまっていた。イエランは一度戻って、天晶眼をもっと用意すべきだったのだがその戻る時間を惜しんだのだ。取り敢えずカルムがまだ遠見している筈だから、この地への路は数時間かかったとしても開かせるだろう。
逃げた男の動向が気になるが、今は―――

イエランは美羽を見た。身にまとっているシーツらしきものは泥にまみれ、手首は縛られている。
その両手をすくい上げ縄を剣で切った。
「・・・あ、ありがとうございます・・・」
美羽は消え入るような声で礼を言った。彼が手を離してくれないからだ。
するとその縄の跡が残る手首にイエランが口づけをした。
美羽は驚いて手を引っ込めようとしたが、許されなかった。
彼は片手なのに美羽の両手を縄よりも強く縛めているようだった。
そして引き寄せられる。首にかけられた縄に彼のもう片方の手がかかった。
その手の指が縄の下の赤く蚯蚓腫れのようになった傷に触れた。

「つぅ―――っ!」
美羽はそれが痛いものだったと今、気が付いた。
他に色々と必死だったから痛覚が鈍っていたみたいだ。

「酷い傷だ・・・痛かっただろう・・・」
その傷をイエランが縄の隙間から舐めた。

「ひゃぁ・・・・ぁっ・・・」
それは労わるような優しい口づけのようだった。舌をその横に走った傷に這わせながら、縄は解かれたが天眼が金色に優しく輝いていた。次第に痛みが遠のき、それと同時にイエランの首筋に傷が移っていたのだった。美羽は彼の愛撫にも似たその行為に陶酔しながら、その様子を見ていた。
イエランの長い首に紅く輪になって浮かぶ傷跡を・・・・

彼の手が身体を包んでいるシーツに下りてきた。それに手がかかり下へと下ろされても美羽は抵抗出来なかった。簡単に包んでいた布は美羽の足元へ、ぱらりと渦を巻いて落ちた。
肌が外気に晒され風が体温を攫うようだった。
イエランの瞳が細められた。

美羽は、はっとして胸元を手で隠した。

「ご、ごめんなさい・・・私・・・」
美羽は思わず謝った。イエランの視線の先には、サガンから付けられた口づけの赤い跡があるのだ。

「・・・・お前の白い肌はこの私のものだ・・・こんな跡を付けさせて・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
イエランが怒っていると美羽は思った。その声が震えていたのだ。

「きゃっ!」
美羽はいきなりイエランに抱きしめられた。だが彼は何も言わなかった。強く抱きしめるだけで何故かその腕も肩も震えていたのだ。そして囁くように耳の後ろからその声が聞こえた。

「・・・・美羽・・・無事で良かった・・・・」
美羽は聞き間違えかと思った。余りにも小さな声だったし、彼がそんな言葉を言うとは思わなかったからだ。そして抱擁を解いたイエランは、サガンの残した跡を拭うかのようにその赤い場所へ口づけを落とし始めたのだった。

「あっ・・・っ・・・」
甘い吐息のようなその行為に、美羽の腰は抜けるように力が入らなくなり、イエランの腕に崩れ落ちてしまった。その足をすくい取るかのように抱き上げたイエランは、近くの廃屋へと向かったのだった。そして空中に向って驚くような事を言った。

「カルム!命令だ!眼を閉じていろ!」
美羽が、え?と思っている間に床に押し倒されると、イエランはさっきの続きをし始めたのだ。念入りに付いた赤い跡を自分の口づけで消していく。美羽は背筋がぞくぞくして身体の芯が甘く疼きだした。

「ん・・・・ぁ、あ・・・・っ、あっ」
また自分の声では無いような声が唇から漏れる。

「・・・・美羽・・・・」
イエランの低い声が自分の名を呼び、もう何が何だか分からなくなってきた。多分熱があるせいだろうと美羽は朧気に思うのだった。そうこれは熱のせいだと―――



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