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最終章 神国の扉3![]()
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全ては海翔の母蘭羽 の過ちから始まった―――
黒翔国 の王妃となった蘭羽は国王の従姉でもあり、政略的な色合いが濃かったとしても誰からも祝福された結婚をした。しかし奔放な気質の蘭羽は海翔 を産むと、真面目な年下の王が次第に退屈となり、火遊びをし出したのだった。
それこそ何人もの恋人を持ち、その中に未だ軍の将校に過ぎなかった高暁もいた。そして彼女を取り込むことに成功した高暁 が出世をし、王座まで手に入れたのは皆が知っている話だった。
しかし話はもっと前に遡る。
「美羽・・・僕はね。あの優しく清廉な父上の子では無かったんだよ」
「え?」
美羽は思いもかけない兄の告白に驚いた。
「僕は、高暁との間に出来た不義の子だったんだ・・・・そしてもう一人の双子の兄弟がいた。それがさっきの李影・・・」
高暁との関係は皆が知る前からのものだったのだ。そして蘭羽は身ごもってしまった。しかし王の子か高暁の子か分からない状態だった。そういう付き合い方をしていたからだ。いずれにしても蘭羽はどちらの種であっても気にしていなかった。どうせ分からないと高を括っていたのだ。
ところが産み落としたのは黒い翼を持つ黒翔族の子と、翼が無く首の後ろに印を持つ法族の子だった。
産まれ落ちる子供は男の種族となるが時折、双子で生れる場合このように種が変わる事があった。
原因はその子の両親が異種族同士、もしくは種を決める男側の両親が異種族同士だったかによる。
つまり王の両親は血統正しい黒翔族同士であり法族が生まれる事はありえず、逆に高暁は父が黒翔、母が法の者だった―――
「だから母上はそれを隠す為に、生まれたばかりの李影を殺すように信頼していた召使いへ渡したんだ。でもその召使いはそうしなかった。後日、母上を強請れると思ったらしく彼を密かに育てた・・・」
李影は自分の身の上を聞かされながら母を恨み、何も知らず幸せそうに暮らす兄弟を憎んで成長した。そして術者としての才能を開花させ今の地位に上り詰めた。
「父上の死も美羽の母上の死も皆、高暁と母上の謀略だと噂されていたけれど僕は母上を信じていた。でも二年前ぐらいから高暁が美羽に目をつけ始めて、何かと縁談も断ったりしていただろう?このままでは君の将来も不安だったし、彼のやり方に民は不満を抱いていたから母上に抗議したんだ。彼を退陣させて僕が王となると・・・そういう計画も進めていた。後は母上が頷いてくれれば良かったんだ。だけどその時に聞かされてしまった・・・・僕が高暁の子だと。だから親が王に就いているのは当然だし、全て僕の為にやっていると言われたんだ・・・・だから美羽・・・君を救うことが出来なかった。僕には実の父を殺す勇気が無かったんだ・・・」
「兄様・・・・」
「美羽・・・僕は君の兄なんかじゃない・・・ごめん・・ごめんね・・・美羽」
美羽は涙を堪えながら首を振った。本当の兄でなくても異端の姫≠ニ呼ばれ、幼い頃に庇護者を失った美羽にとって唯一の心の支えだったのだ。
「ううん、兄様は兄様だわ。私の優しい兄様よ」
「美羽・・・ありがとう・・」
すがりつく美羽の細い肩を海翔は抱いた。
そして沸き上がる劣情を抑えた。
美しく育つ妹に、何時しか恋情を抱き始めた自分にいつも嫌悪していた。そして全てが分かった時、自分が尊敬する父の子で無いという悲しみよりも、美羽との血の繋がりが無いという事実に喜んだ。
そして美羽を狙う父の魔の手から彼女を守る為、海翔はある行動を取った。
実父を殺すことの出来なかった海翔は、薬を使って高暁から男の機能を無くすように画策したのだった。しかしそれが全て今ここにいる原因となってしまった。その薬を手に入れたのが医術も生業とする法国だった。病気に見せかけるその薬を調合してもらったのだ。
しかし身元が分かり、虎視眈々と自分達に復讐を狙っていた李影に付け入る隙を与えたのだった。
こうなれば謀略が得意な李影は巧みに海翔を強請り、両親に近づくと手駒にしてしまった。
李影はこの三人をそれぞれ違う内容で操っていたので、内々で馴れ合う事は決して無かった。
だからあの天眼国が攻めて来た時、海翔は内密に法国へ出向いていたのだ。
しかしこんな事実は美羽が知らなくてもいい事だった。
まして自分が彼女にそういう感情を抱いていると、今は知られたくない。
「―――美羽、それにね。李影と偶然知り合って全て分かったんだよ。李影は神代に隠された理想郷を探していた。それが見つかればこの世界は大昔のような素晴らしい世界になるらしいんだよ。そして彼はその鍵となるこの遺跡を見つけた。そこで必要なのが美羽、君だったんだ」
「私?私が何故?」
「遺跡の分析によりこの場所を発掘した時に、古代神文字刻まれていたらしい。白い両翼の天の使いがどうとかって・・・白い翼なんて美羽しかいないからね。それに初めて僕も知ったのだけどその遺跡に記されていた内容には――神代、天翔国とか云う国があって、その一族は白い背翼をした者だったらしい。天上の・・・いわゆる神国の神々が最も愛した種族で、その末裔が黒翔族だとか。だから美羽は異端なんかじゃなく、先祖かえりの最も高貴な血を持つものだったんだよ。そしてその神に愛されたものにのみ神の国への扉が開く――」
美羽はまるで現実味が無い、夢物語りを聞いているようだった。
それにこれは天眼国のあの会議室で聞いた神託の内容にも似ていた。美羽は自分の知らないところで何かが起きているのだと怖くなった。しかしこの法国のやり方が納得出来なかった。
「兄様・・・私、ここの人達は怖いの。平気で人を殺したり、無理矢理に私を攫ったりしたのよ。変よ・・・怖い・・・それに今度は・・」
イエランを連れて来ると言っていた。美羽は、はっとした。
「兄様!結局、黒翔のことはどうなるの?私が戻らないと大変なことになるのよ!」
「この扉が開けば問題は無かったんだよ。素晴らしい力が手に入る予定だったから、天眼の国なんかあっという間に消滅出来た筈なのに・・・」
美羽はその答えに驚いた。優しかった兄の言葉とは思えなかったのだ。
「兄様!天眼国を消滅させるって!そんな!」
「どうしてそんなに驚くの?僕達の国を奪った憎い敵国だよ」
「でも、兄様!それはもともと義父様が悪かったのよ!ううん、それを止めなかった責任は皆にあるわ!」
海翔は柔和な顔を一変させた。
「美羽!あの男を義父と呼ぶな!父と呼んでいいのはあの清廉な王であった父上だけだ!そうだ!あんな下種なんか父と認め無い!ああぁ・・認め無いのに何故殺せなかったのか・・・美羽をあんな目に合わせていた奴なんか!それだけが・・それだけが後悔するばかりだ!そう、その父も混乱を招いた愚かな母も死んだ。天眼国の奴らが殺したんだ!」
美羽は最初の頃、兄を殺す命を出したイエランが憎いと思っていた。
国同士の諍いのきっかけは高暁だったのにだ。彼やそれに関わったものだけが罰せられて仕方が無いとしても、兄や殺された城の人々は関係ないのに、と思っていた。しかし最近ではその所業を止めなかった自分も含め、城の皆も悪いと思い始めているのが正直な気持ちだった。
憎しみは憎しみを生むのだと美羽は思った。目の前の兄は、自分では殺したいと思ったほどの父親と、愚かだと罵る母親が他人から殺されれば殺した相手を憎んでいる。
しかも天眼国と同じく、個人に対する怒りはそれが所属する全てを対象とするように―――
「駄目よ、兄様!憎しみは憎しみを生むしかないのよ。誰かに仕返しをしても、またその向こうから仕返しされるわ!終わらない怨嗟が続くだけよ」
「美羽!私に泣き寝入りをしろ!と言うのか――っ!」
美羽はびくりとした。
さっきから今まで見たことがない表情の海翔だったが、口調まで変わっているからだ。
「に、兄様?でも、でもね・・・」
海翔がまさかというような顔をして美羽を見た。そして彼女の肩を掴んだ。
「美羽、昨日も聞いたけれど・・・本当に天眼の王に心を許したんじゃないだろうね?優しくされて?まさか・・・」
「か、彼は優しくなんか無いわ!い、いつも酷いことばかりするし・・・私は・・・」
美羽の手が無意識に失くした筈の髪飾りに触れようとした。
(あっ・・・あの時・・・落としてしまったのよね・・・)
いつも可愛らしい音色で元気をくれた髪飾りは無い―――
イエランがその飾りを付けてくれた時のことを美羽は思いだしていた。初めは冷たく無愛想に・・・次は付けた後少し笑んでいた。それを思い出すだけで胸が熱くなるような感じがするのは気のせいだろうか?
美羽の様子に何かを感じ取った海翔の黒い瞳は、闇に沈んでいるようだった。
そして胸元の見え隠れする赤い跡に瞳を細めた。
「美羽?そうか・・・囚われたものはそうなるのが定め。君のせいじゃないとしても・・・奴にその身は汚されたんだね?ああ・・・どうして女はこんなにもそれに弱い・・・体を犯され、心まで犯されるように蝕まれたのか!美羽!」
「ち、違う!違うわ!」
美羽は兄が恐ろしくなって後ずさりし始めた。
「美羽!許さない!君は僕のものだ!」
「きゃ―――ぁっ」
逃げ出そうとする美羽の両腕を掴みあげ、片手でそれを束縛した海翔はそのまま悲鳴をあげる美羽の唇を奪った。
「うっっ・・・っぅ」
美羽は歯を食いしばり、海翔の舌の侵入を防ごうと必死になった。
海翔の残った片手で後ろ頭を押さえられたが、振り解こうと首を振る。
ガリっと美羽の唇が海翔の歯に当たって切れた―――
美羽は涙が溢れてきた。どうして海翔がこんなことをするのか信じられなかった。そして怖かった。
まるで無理やり言うことをきかせようとする猛牙国の王子のようだった。
同じようなことをイエランもしたが彼とは全く違うように思えた。
何故かは分からない。でも心の奥で違う!と言っているものがあった。
「・・・・美羽・・・口を開けて・・・僕達は兄妹じゃないんだ。だから一緒になって国を守ろう。愛しているよ。美羽・・・」
自分の唇についた美羽の血を舐めながら囁くように海翔は言った。
口調だけはいつもの優しい兄に戻っているようだった。
しかし兄妹じゃない≠ニ驚くような事を言った。美羽にとって海翔は兄であり血が繋がらないと言っても、兄以外考えられない存在だった。
「こんなのは嫌――っ!あうっ・・・・んんうっ」
叫んだ美羽の唇を容赦なく海翔は塞いだ。
叫び声は呑み込まれ、ぬるりとした舌先が入ってきてしまった。美羽は兄を傷つけたく無かったが、その口の中で蠢き始めた舌を噛んだ。
違う!違うのだ!
「つぅ――美羽!」
海翔は思わず美羽から手を離し、自分の口元の血を拭った。
「こんなの兄様じゃない!私の兄様はこんなことしない!」
「だから兄じゃないと―――」
美羽はしゃがんで小さくまるまって泣き出した。
肩を震わせて声を殺して泣く―――それは美羽が昔から一人で泣く時の姿だ。城の柱の影や庭の隅で、誰にも見つからないようにそっと泣くのだ。異端の姫≠ニ言われ肉親以外は本当に冷たかった。
海翔は子供だったが自分よりもっと小さな美羽を守る力が無くて、何時も悔しい思いをしていた。泣かせる大人が許せなかった。
(なんてことを・・・・)
海翔は頭から冷水を浴びたように正気に戻った。
この気持ちはまだ秘めているつもりだった。それなのに美羽を我が物とした天眼の王に、我を忘れるぐらい嫉妬してしまったのだ。そして今、自分が美羽を泣かせている。絶対に自分は彼女を泣かせないと誓ったはずなのに・・・・大切な美羽を泣かせてしまったのだ。
海翔はうずくまっている美羽の横に座った。そして身を寄せると頭を撫でる。子供の頃、泣く美羽を慰める言葉が見つからなくていつもそうしていた。泣き止むまで―――
美羽は頭に触れる懐かしい兄の手に涙が止まった。そして顔を上げた。
「怖がらせてごめんね。僕はどうかしていたよ。許してくれるかな?美羽?」
いつもの優しい顔の海翔が、すまなさそうに美羽を覗きこんでいた。
「兄様・・・良かった・・・いつもの兄様なのね」
美羽は、ほっとして涙で濡れた瞳を輝かせて微笑んだ。
だから海翔も微笑んだ。
(今はね・・・美羽、まだもう少し兄様でいてあげるよ・・・)
心の中ではそう呟いていた。
―――天眼国―――
「カルム!美羽が見つからないってどう言うことだ!」
「落ち着いて、イエラン。あのね・・・多分だけど法国の城の中だと思うんだよね。周辺はどこを視てもいないけどこの城だけが視えないんだよ」
「視えないとは?」
カルムは天眼を閉じてその額に濡らした布を当てた。
「大丈夫か?」
「ん――まぁ、少し疲れたかな」
「すまない」
カルムは見えない瞳を大きく開いた。
「驚いた!君からそんな愁傷な言葉をもらえるなんてね?くすっ、大丈夫だよ。心配ない」
そんなことは無いだろうとイエランは思った。天晶眼の力は素晴らしいがそれを使う者は自己の能力を容赦なく最大限に出すようなものだから見た目よりも負担がかかるのだ。
「それよりもさっきの話だけどね。城だけが遠見出来ないんだよ。なんというのか・・・私も初めてだからどう説明したいいのか・・・小さな光りの粒が渦を巻いているような?かな?私はこういう現象経験が無いけど年寄りに聞いたらどうかと思うんだけど。オベリーとかにでも・・」
そして早速連れて来られたのが七家でも最高齢のオベリーだった。
「ふむ。それは黒翔国の秘宝風魔鏡≠ナしょう。我が天晶眼と同じく神の遺産。風を操る鏡で、その力の他に防御のようなあらゆる力を反射して封じる力がございます。大昔、黒翔ともめた時にそれを見ました。天眼の力を弾くその時に、光の粒のようなものが視えます」
「風魔鏡?それは王族しか操れない筈だろう?」
イエランが言った。そういうのだけは知っている。
「さようでございます」
「分かった。時間をとらせた・・・下がってよい」
オベリーは低頭して下がって行った。
「・・・・確かに天翔城陥落の後、それは城内から見つからなかった。美羽に聞いても知らなかった・・・それが何故法国に?それよりもそれを発動させているのなら彼女はそこだろう。王族は彼女しかいないのだから」
「そうだね。どうしてそこにそれがあるのかは謎だけど間違いないね。でも城には乗り込めないよ。その力で弾き出される・・・」
どうしたものかと思い悩んだ所へ驚く使者がやって来たのだった。