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翠の龍3![]()
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そして待ちに待った吹雪が止んだ。外は嘘のように青く晴れ渡っていた。
ザクリと雪を踏んでレンは一歩外へ踏み出した。
「で?ドコに行く訳?お供を探しに?」
レンは最初に自分の他にも誰かいなかったか?と尋ねていたのをサードは思い出したのだ。
推測したレンの身分からすると従者だろうとは思うのだが・・・
あそこまで焦って外に出たがった理由もそれなら分かる気がした。人命救助なら―――
しかしサードの予想は当たらなかった。レンは否と頭を振ったのだ。
「――先に進みます」
「へぇ〜以外と冷たいんだな。ま、どうせ取るに足らない従者って事か?」
「――優先順位です。もう既に、まる一日が経過したあの状況で、生存の可能性は低いと思います――」
「可能性が全く無い訳でも無いのに?あんただってあの状況で生きていっていうのにさ。はっ、本当に冷たい――」
サードは隠れ家の入り口を隠し終えるとレンを見て言葉が止まってしまった。
淡々とした言葉とは裏腹に、レンの顔は苦渋の色を浮かべていたのだ。
それは見ている此方がつらくなるような表情だった。
「――悪かったな。つまらん事言って・・・心配して無い訳ないのにな」
「いえ――」
サードがあっさりと謝るので、レンは驚いて口の悪い男を見た。そして更に驚く。
洞窟は薄暗く、分からなかったがサードの無造作に流していた長い髪は燃える炎のように赤かったのだ。
しかも瞳も赤だった。火の龍でもここまで赤い色はそういないだろう。
ラシードはその龍力に相応しく真紅だが、この男の赤とはまた違っていた。ラシードは紅玉のような透きとおった無機質で冷たい感じだが、目の前の男は本当に炎のようだった。その姿はまるで伝説の神々を乗せて天空を駆け巡ったと云われる炎馬のようだった。
「何じっと見てやがる?ふん!」
サードは器用に頭に布を巻きつけ髪をまとめて目立たなくしていった。いつもそうしているのだろう。ある意味神々しいと思ってしまった姿が何処にでもいる平凡な感じになっていた。
珠力も完全に抑え込まれていた。制御装置無しでここまで完璧に押さえ込むには余程の精神力が無いと無理というか、かなり疲労する筈・・・・力が大きければ尚更だ。
ここまで宝珠という事を隠す理由は何なのか・・・・嫌いだけでは理由にならない。
「で?ドコに行く訳?」
レンは尚更、この男に不審を抱いてしまった。
力もだがこんな印象的な容姿で、噂にも上らないのは十分用心に値した。
「あなたこそ、このような人里離れた所で何をする予定だったのですか?――これは失礼いたしました。私には関係ございませんね。どうぞ、ご自身の用事をお済ませ下さい」
サードは呆れたように大仰に溜息をついた。
「オレには関係無いから、さっさ、とドコかへ行って自分の用事をやれっ、て事かい?」
穏便に別れようと思っているのに、本当に勘に障る男だとレンは思った。黙って立ち去ればいいのについ反応してしまった。
「・・・・・あなたの言い方をすればそういう事でしょうか?」
「喧嘩するつもりはねえよ。オレはこの洞窟にある金になる苔を採取して坎龍州に行って金に換え、ガガラの薬を買いに行く途中だ。あれは坎でしか手に入らないからな。同じ方向なら一緒に行ってやるが、違うならココでお別れだ。お前に付き合う義理は無いから勝手にしたら?」
「・・・・・・・・」
「黙っているところを見ると同じ方向ってな訳だ。決まりだな。じゃ、早速出発するとするか?」
レンは、この失礼な男に反論したかったが何も言えなかった。
冷静に考えれば何の装備も無いまま自分一人でこの山を越え、目的地へ到達するのは難しかった。嘘か真か定かでは無いにしろ、この男は誠実に自分の目的を告げ、レンの行動を促してくれたのだ。粗野な男だが、目的地が違ったとしても何だかんだと言いながら同行してくれるような気もした。かくして龍力の無い龍と、宝珠である事を隠す宝珠の奇妙な二人組みは坎龍州へと急いだのだった。
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――青天城――
天龍王とイザヤにルカド。それにラシードとアーシアが今回の件で集まっていた。
「レンからの連絡は?」
「到着した連絡はございません」
「・・・・何か不都合が生じたのだろうか?」
その時、イザヤへ緊急の書状が来た。彼はそれを一読し、顔をあげた。
「レンが行方不明でございます」
「何?行方不明!何処でだ!」
「供を命じた配下の報告ですが、艮龍州の山岳地帯でガガラに襲われ、行方不明だと。供をしていたもう一人の者は助からなかったようですが、連絡をよこした者は運よく人家の近くに落下して一命を取り留めたようです」
「ガガラ?レンの力なら難なく回避出来ただろう――」
カサルアは、はっとして金の瞳を大きく見開いた。
「しまった・・・・・今度の制御装置には解除の呪が必要だったのに教えていなかった!」
「兄さま!馬鹿じゃない!何てことしたのよ!馬鹿馬鹿」
「アーシア落ち着いて」
激怒して立ち上がった彼女の手を引きながらラシードは言った。
「ラシード!落ち着いている場合では無いわ!」
「いいから落ち着いて。レンはそれぐらいで死ぬような奴では無い。死体は出て無いのだろう?ガガラや獣に食われたとしても骨までは奴らは食べないからな」
アーシアは食われたと聞いてぞっとしたが、ラシードは落ち着き払った声でそう言うと、イザヤを見た。
「その通りだ。一帯を調べたそうだがその痕跡は無かったようだ」
「なら大丈夫だ」
「ちょっと!大丈夫って!良くみんな笑っていられるわね?」
「アーシア、誰も笑ってないよ」
ルカドがみんなの顔を見回して言った。
「笑っているじゃない!自信たっぷりに!自分達だけ分かるって事でしょ!もう、知らないから!」
アーシアはプンとして椅子に座った。
ラシードは彼女のその様子に笑いを堪えながら見た。
「まあまあ、アーシア。嫉妬しない、しない」
「嫉妬?兄さま・・・兄さまが一番悪いんですからね!」
「はははは・・・そ、そうだね」
イザヤの咳払いで、カサルアもラシードも表情が改まった。イザヤに皆が注目をした。
「いずれにしましても、私が早急に向かいましょう」
「そうだな。イザヤ、お前が適任だろう。レンと案件を頼む」
「承知いたしました」
「それとラシードとアーシア。お前達も要請があれば直ぐに駆けつけられるように準備していてくれ。それで良いだろう?イザヤ?」
「はい。ありがとうございます。ラシード達までお約束して頂けるのでしたら何も言う事はございません」
「イザヤ、私達の仕事も残していてくれ。そうでないとアーシアが駄々をこねるからな」
「ラシード!駄々をこねるって、何よ!」
「ほら、こねてるじゃないか」
他愛も無い痴話げんかに成りつつある二人を残して、イザヤとルカドは出立した。
レンの無事を祈りながら―――
――坎龍州――
この土地は平野部が多いのだが年中冬季で覆われた州だった。気候には恵まれていなかったが地下資源に恵まれ、屋内の芸術方面が発達した豊かな州でもあった。
イザヤの予想では敵の所在は田舎では無く街の中だろうとの事だった。
街のど真ん中であっても、もともと野外で行動する人が少ないので、屋内でこもりっきりだったとしても誰も怪しむ者などいないだろうとの見解だ。しかも流通の中心地であれば何不自由無く材料や情報も集まり、秘密の研究をするのには最高の土地に違いなかった。
レンはその目的の地に立っていた。
何かと世話好きなサードのおかげで難なくこの地へと辿りついたのだった。
予定よりかなり遅れをとり、連絡を絶って随分経つ。皆、心配しているだろう。
レンはイザヤの情報網の一つでもあるごく普通のありふれた店の娘へ客を装って暗号文を渡した。こういった者達は全州どこにでも存在する。
結局、この地へ到着しても離れようとしないサードでさえもそんなやり取りをしているとは思ってもいないだろう。
「あなたはご自分の目的がありますでしょう?行かれたらどうですか?」
「到着したら、もうオレはお払い箱かい?用が済んだ娼婦より冷たいな」
レンはカッと頭に血がのぼった。
(娼婦だって?この男は!)
レンはもう完全に腹が立ってしまい、彼を睨むと無言で早歩きしだした。
「おいっ、待てよ!もうじき陽が暮れるけど宿に泊まる金も無いだろうが。大人しくオレについてきたら?」
レンは立ち止まって振り向いた。
「結構です!心配無用です!」
そう言い捨てたところに、見知らぬ酔った男がレンにぶつかってきた。
その拍子にレンとその男はもつれて転んでしまった。男は謝りながら立ち上がると、また通りをふらふらしながら歩いて行った。
サードは爆笑しながらレンに手を差し伸べたが、彼は無視して自分で起き上がった。
レンの懐には今の酔っ払いがもたらした城からの返信が入っていた。
これもイザヤが手配したものだった。
もうサードともめている場合では無かった。目立つ行動は避けなければならない。この男の事だ、何が楽しいのか分からないが追い払っても、追い払っても、騒いで付いてくるだろう。
(困った問題だ・・・)
レンは心の中で大きな溜息をついた。
仕方なくサードの好きにさせた宿では彼が譲らず相部屋となった。
そのサードも久し振りに酒が入って大いびきで寝入っていた。
レンは仄かに揺れる暖炉の灯りを頼りに暗号文を読んだ。
内容は自分が行方不明との連絡で、急ぎイザヤとルカドがこの地へ向かった、との事だった。
レンの安否はイザヤにも伝わるだろうが、彼らが到着するまでまだ数日かかるだろう。
その前に、ある程度調べておく必要がある。
レンは読み終えた暗号文を暖炉に投げ入れると、密かに部屋を出て行った。
扉が静かに閉まった時、サードはむくりと起き上がった。
「あいつ、こんな夜更けに何処に行く気だ?」
謎めいたレンの行動に彼は興味津々だった。そしてそっと後をつけ始めた。