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翠の龍4![]()
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レンは龍力を封じられてはいるが、大陸一の医師としての能力に遜色は無い。彼はあらゆる薬草に通じ、その匙加減で毒も薬も作り出すのだ。
龍力で治してしまえばそんな薬など必要無いと思いがちだが、それだけで完治させてしまうと再び同じ病気になるか、他の病気に直ぐなってしまう。なぜなら簡単に治してしまえば自己の治癒力が後退し、病気に対する免疫力が低下してしまうからだ。
そしてある程度、龍力で治癒しても薬を与えて自己の病気に対する抵抗力を強めていくのがレンのやり方だった。だからレンの薬に関する知識は高い。
これだけ大きな計画ではかなりの薬品を使っていると考えられた。
だが、その流通関係はイザヤでもつかめず今に至っているから実際、自分の感覚を頼りにするしかないとレンは思っていた。
最も有効なのは臭いだった。日中は生活の臭いで分かり難いが、深夜ともなれば手に取るように分かる自信がある。
夜陰にまぎれてレンは探した。翌日もその翌日もだ。
そして日中は出歩かず夜の為に体力を温存した。
サードは珍しく何も言わないが、何か言いたそうな顔はしていた。
しかし彼は寝たふりをしてはレンの後をつけて頃合を見計らって宿屋に戻っていた。
余程気になるのだろう。
そして今日も何時ものようにレンは出かけ、ついに当たりをつけたのだった。
そこは結構大きな治療院だった。
そこから薬品の臭いがしてもおかしく無いのだが、レンの嗅覚は怪しいと判断した。通常使用しないものの香りが混じっていたからだ。
治療院とは当たり前過ぎて見落としがちだ。確かに人の出入りも多く、公に薬品を出入りさせてもおかしいとは思わない。
レンは今すぐ、中まで探ってみようかと思案したが思いとどまった。
夜中だから逆に警護が厳しいだろう。もし、見つかったとしたら今の自分には戦うだけの力は無い。慎重を欠いて、敵を逃がしてしまう恐れは冒したく無かった。
逸る気持ちを抑え宿へ戻った。
翌朝、珍しく出かける様子のレンにサードが声をかけた。
「昨日の治療院に行くのか?」
レンは、はっと勢いよく振り向きサードを見た。
二人の間に緊迫した空気が漂った。
「何、調べてるんだか知らないが、あそこはヤバイ。止めときな」
「あなた!何か知っているのですか!」
「おっと、別嬪さんが怒ると迫力あるな」
レンはふざけた物言いのサードに詰め寄った。
「間近で見ると、ほんと!お前、綺麗だな。言い寄られて悪い気がしない」
「ふざけ無いで下さい!何を知っているのですか!」
「で?お前は何を知りたい訳?」
「それは――」
レンは言いよどんだ。この男を信用して話をする訳にはいかない。
「だんまりな訳?まあいいけどよ。こそこそ夜中に調べるぐらいだ、ヤバイ事に関わってるんだろう?お前が奴らの同業者とは思えないから何で?と思っちまったがな」
「同業者?」
「何だ!知らないのか?まぁ〜普通は知らないか。あそこは表向き善良な治療院だが、裏では昔っから闇の売人だ」
「売人?」
「そう。正規の販路では決して入らない薬を裏でさばいているのさ。それこそ毒なんか一番得意だし、平気で人体実験もやっている」
闇の売人ならイザヤの目を掻い潜っていても不思議では無かった。
それが仕事なのだから容易に正体をつかませないだろう。
しかし、あらゆる情報を統べるイザヤでさえ知らなかった事実を知るこの男はいったい・・・・
猜疑心が濃くなった。
「あなたは何故それを?」
レンは一歩、一歩、後ろへ後退しながらサードに問うた。
男のいつも人をからかうような表情が顔から消えた。
「さあな――そんな事はどうでもいいだろう?」
サードは低くそう言いながら、右頬の傷跡を撫でていた。
彼が敵なのか無関係なのか判断がつかなかった。
ただ言えるのは、あの治療院がかなりの確率で怪しいという事だ。
サードが敵ならば一刻の猶予も無い。既に遅いかもしれないのだ。
レンは、彼の制止を振り切り外へ飛び出した。
サードはすぐにレンを追いかけた。
そして治療院に飛び込もうとするレンを後ろから口を塞ぎ、力ずくで建物の影に引きずり込んだのだった。
「まったく!無茶しやがるお姫さんだな。大人しくオレの話を聞けって!」
レンは悔しい事に、体格の差と完治していない身体では押さえ込まれては身動き一つ出来なかった。
「何をしたいのか話してみろよ。話によっては協力してやる」
「・・・・・・・・・」
「まただんまりか・・・まあ〜話すにしてもオレは怪しすぎるって事だろうな・・・あそこの親玉はギルゲって言うイカレタじじいてよ」
「ギルゲ!まさか、生きていたのですか!」
「知ってるのか?奴を知ってるなんてお前、只者じゃないな?――はっ!また、だんまりか?いいけどよ。奴は地の龍のくせに人が苦しむのが三度の飯より好きなイカレタ野郎さ。そんな奴にオレはガキの頃、飼われていたと言う訳さ!まるで家畜のようにな!」
サードの赤い瞳が憎しみで燃えているようだった。
ギルゲは表向き立派な人格者だったが、その裏では悪行三昧だった。
無法化していたゼノア時代でも、彼の所業は死に値し処刑された筈だった。
民衆を震えあがらせたゲルドだったが、小さな村での出来事で一般的には知っているのは少ない。レンは地の龍の首座でもある翠の龍だから同族のどんな小さな昔の事でも知っているのは当然だった。
それにしてもそのギルゲと幼い頃、共に過ごしたとは想像を遥かに超えた辛苦を味わっただろう。頬の傷に触れながら話しをしていたサードの様子からして、その傷もゲルドがつけたに違い無い。頬の傷の他にも身体に残る多くの古い傷跡がサードの悲惨な過去を物語っているようだった。
レンは龍と宝珠が嫌いだ≠ニ言った彼の言葉を思い出した。
彼が宝珠だったから殺さず利用していたぶり続けたのだろう。
宝珠はその龍に与える力以外は龍に比べて非力な弱者だ。貴重なる者として崇拝されるのが一般的だが、中にはギルゲのように宝珠を絶対の支配化に置き、玩具のように扱う龍もいる。
同じ龍として嫌悪する部類の者達だ。
サードが自分を呪い、その責め苦を与える龍を嫌うのも当然だと思った。
サードの話は続いていた。
「――オレは奴の処刑のどさくさに紛れて逃げたが、絶対奴が死んじゃいねえと思って息を殺しながら暮らした。オレの直感は当たった。当たりたく無かったけどよ。やっぱりあの処刑こそ奴の謀で、まんまと昔の名を捨て此処で生きてやがった。昔と同じく闇組織を再開してな」
彼と言う存在が表に出て無かった理由がこれで明らかになった。
サードの過去を知ったレンは心が痛んだ。
そして彼の悲惨な過去に負けること無く強く真っ直ぐに生き、培った人としての大きさを思い知った。口は悪いが困っている者に手を差し伸ばさずにはいられない性格なのだろう。
その手を払いのけ続けた自分が恥ずかしかった。
「――申し訳ございませんでした」
レンから唐突に謝られたサードは目を見張った。
「はぁ〜何それ?」
「今までの非礼許して下さい。あなたは尊敬に値する人です」
レンから面と向かってそう言われたサードは思わず顔を赤くした。
風が吹く―――
レンは、ついっと空を見上げた。
そしてサードに視線を戻し、ふわりと微笑んだ。
「仲間が到着したようです。さあ参りましょう」
(仲間?)
結局、レンの目的が分からないまま風に導かれながら迷う事なく進む彼にサードは付いて行った。
店先で年寄りが火鉢にあたりながら、店番をしている平凡な小さな商店にレンは入った。
更にその奥の住居内へと進む。小さな木の扉を軋ませながら開けると其処には、見るからに気難しくて冷たそうな風の龍と可憐な宝珠がいた。
(もしかしてこないだ話してた宝珠を取った友達か?違うか・・・この宝珠少年みたいだしよ。話しでは彼女とか言ってたもんな・・・)
「レン様、ご無事で何よりでした。連絡はきていましたがお会いするまで僕、心配で・・・」
「ルカド、心配をおかけしまして申し訳ございませんでした」
ルカドは安心したのだろう、涙目になっていた。
サードは目のやり場に困った。
微笑みあう可愛すぎる宝珠と、綺麗すぎる龍の美しすぎる情景に天の神様も見とれてしまって雲から落っこちるに違い無いと思った。
そして目を逸らしていると銀灰の無感動な瞳とぶつかった。
「レン、この者が?」
「ええ、あなたに状況の説明は無意味でしょうが彼がサードです。しかし幾らあなたでも知り得ていない情報がありますよ。彼は今回の件、協力してもらうのが妥当だと提案します」
サードはイザヤの視線で真っ裸にされた気分だった。冷や汗が出る。
(こいつ、まばたきをしねえ〜ぞっとしやがる・・・)
イザヤは彼から視線を外すと淡々と答えた。
「承知した。話を聞かせてもらおう」
レンはサードの過去は触れず、その他の彼の証言を詳しく話し始めた。
「それで魔境の贄≠ヘまだ確認出来ていないと言う段階だな?」
サードは弾かれたように驚いた。
「今、何て言った?魔境の贄とか言わなかったか?」
イザヤはレンをチラリと見た。
「まだ話していません」
と、レンは答えてサードに説明し出した。
信じられないと言う表情で聞き終わったサードは、余りの重大さに口をつぐんでしまった。
彼らは中央からその件で派遣された役人だというのは、おぼろげだが分かってきた。
しかし力不足だろう?と思うしかなかった。
レンは戦闘能力に欠ける地の龍だし、それよりも微々たる力しか無い。応援のこの風の龍は迫力あるがお世辞でも龍力は並のようだし、宝珠付きでもお飾り程度の感じだ。
(新しくなった王は馬鹿か?あのゼノアを斃したって言ってたから期待してたのによ!まてよゼノア?)
「そっか!あのじじい、魔龍王を崇拝していたから復讐を考えたに違い無い!」
「崇拝?動機としては十分考えられる。いずれにしても証拠を固める時間は無い。状況証拠ばかりだが有ると信じて一気に形をつけよう」
イザヤの進言にレンは驚いた。
「何事も用心深いあなたから出た言葉とは思えませんね、イザヤ。――イザヤ?」
「―――アーシアが発症したとの連絡を先ほど受けた――」
「! まさか・・・あれは力無き人々だけに伝染していたでしょう?龍や宝珠にまで及ぶ事は無かった筈!」
「また変化している。今は力に関係無く体力の弱い者へと侵され始めた――」
レンは蒼白になりよろめいた所をサードが支えた。
「アーシア―――」
レンの表情が変わった。支えてくれたサードに礼を言い、毅然と立ちなおした彼には鬼気迫るものがあった。
今までも怒ったり、むくれたりした表情をサードはよく見たがこんなレンは初めてだった。
「イザヤ!すぐに手配を!」
「ああ。ラシードを呼んで一気に叩こう」
次元回廊を開く為にイザヤとレンは隣室へと消えた。
残されたサードはレンが動揺したアーシア≠ニ言う名の人物のことをルカドに聞いてみた。
「アーシア?彼女は僕達の愛してやまない人です。彼女の為なら皆、自分の命さえも投げ出しても構わないと思うぐらい大切な存在ですよ。でも最も今、心を痛めているのはもうすぐ此方へ来るラシード様でしょうね」
サードはピンときた。
「アーシアって宝珠だろう?ラシードって奴は別嬪さんの友達?」
「別嬪さん?ああ、レン様の事ですか。その通りですが・・・それが何か?」
(ふ〜ん。なるほどな。未練たらたらの宝珠ちゃんが死にそうだから、あんな顔をした訳か・・・)
サードはなんだか面白く無かった。
「あいつ綺麗だからあんな顔をすると別人みたいだったな。怒ったり、むくれたりしている方が可愛い」
「怒って、むくれる?レン様が?まさか、冗談でしょ?」
「冗談?とんでも無い。あいつは怒ってるか、むくれているか、どちらかの顔ばかりだったぜ。気難しいお姫さんみたいにな!」
「それこそ僕はそんなレン様を見たこと無いです。信じられません」
(へぇ〜アレが普通じゃない訳か・・・)
サードはそう思うと今度は少し嬉しくなってきた。