翠の龍5


 程なく、彼らのもとへラシードが現れた。
(これまた、迫力のあるお兄さんだな。火の龍か・・・まあ一番使えそうかな?)
サードは早速、レンの友でありライバルだったラシードを値踏みした。
彼には彼らが気配を殺すため龍力を抑えているとは知らなかった。だから後に彼ら本来の力を見た時は全ての価値観がぶっ飛ぶぐらい驚愕したのは言うまでも無い。

それから時を移さず、まさしく疾風か電撃のように彼らは敵本拠地を押さえた。
しかし追い詰められたギルゲは狂ったように大笑しながら魔境の贄≠撒き散らす装置を作動させたのだった。
それによりギルゲが今回の首謀者だと確定出来たがその装置を止める事が出来なかった。

「レン!これはいったい何だ!」

不気味に作動する機械を前にしたラシードが叫んだ。

「ああはっはっははは――もう手遅れだ!もうそれを壊しても間に合わん。ゼノア様見て頂けましたでしょうか?ゼノア様ばんざい――」
ラシードは喚くギルゲに力を叩きつけて黙らせた。

図太い神経で何にも動じる様子の無いサードが珍しく青い顔をして言った。

「雨だ・・・じじい!またこんなものを作りやがって!」
「この仕掛けを知っているのか?」
皆の視線がサードに集まった。

「畜生め!昔見た事がある。今に雨が降る・・・病原菌を含んだ死の雨だ!」
何かがこの建物から飛んで行ったが、それは特殊な周波で天候を操り雨雲を呼びその中に菌をばら撒いたのだ。

それぞれが外に飛び出ると空は暗雲が立ち込めていた。この地の気候からすれば雨と言うよりも雪が降る。死の雪だ!

三人の龍は誰に指示されること無く動き出した。ルカドも動く。

イザヤの龍力が右腕に集まり、白銀に龍紋を描き出したかと思うとルカドの力と交わり、強力な力を噴出させた。その龍力は風の結界を作り暗雲とこの街全体を隔離したのだ。
唖然とするサードは更に驚いた。
今度は、まぁ〜ちょっとは使えそうだと軽く見ていた火の龍が、その隔離された空間に紅蓮の炎をおこしていたのだ。
大気が、空が、灼熱に燃え始めていた―――

「ラシードは無茶をしますね。サード、私に力を貸してくれませんか?早くしないと病原菌どころか彼の炎で皆焼かれてしまいます」

「や、焼かれるって!ま、まさかお前、街を防御するんじゃ無いだろう?」
レンは、ふわりと微笑んだ。その顔はその通りだと言っていた。

そしてサードは見た。
いつも右手首に飾っていた腕輪が無く、その代わりに浮かんだのはレンの瞳と同じ翡翠色の龍紋だった。鮮やかに長く大きく刻まれたその証は、強い力を現していた。
そしてサードの珠力と交わった時、その翠の力が地を走った。
あらゆる生き物と建物を護る翠の盾となり、銀の龍と紅の龍の馬鹿げた力を凌いだのだった。

大気が焼かれ蜃気楼のように周りが揺れる中で、静かに力を放出するレンの姿にサードは見とれ感動していた。本当に綺麗だと思った――嫌悪する龍だというのに身体に満ちる何とも言えない感覚に恍惚とするしか無かった。
龍は宝珠に乞いし恋焦がれる≠ニ、人々は龍が宝珠を欲しがる様は、まるで恋のようだと揶揄するように言うが、その逆もありだとサードは思った。
宝珠は龍に恋焦がれる≠ワったくもって恋にも似た感覚だった。
前に心の奥で何か叫んでいた正体がようやく分かってきた。

(宝珠のオレがオレだけの龍を見つけたんだな・・・そういうことか)
やがて三人の龍達が力を引き、街に静けさが戻って来た。
サードはギルゲが決まって大事な物をなおす入れ物を見つけ彼らに手渡した。
その中には魔境の贄≠フ特効薬が隠されていたのだ。これで危機を脱する事が出来るだろう。

そしてサードはこの三人が新しい四大龍の称号を持つ者だということを知った。
あれだけの龍力を見せられたらそれ以外考えられないのは確かだった。
天龍王を支える龍の首座達―――

「まぁ〜しかし見事にオレ騙されたな。可愛らしい力を、ポッと出すだけの奴かと思ってたら四大龍の一人だったなんてよ。あ〜あ怖いねぇ」
サードの相変わらず勘に障る言い方にレンはムッとした。

その様子をルカドは大きな目を、ぱちくりさせて横に立つイザヤに囁いた。

「レン様もあんな顔をするのですね」
イザヤもチラリと見た。
「そうだな・・・なかなか面白い。認識を改めよう」
兄の答えにルカドは笑った。それはイザヤの固定情報に新たに加えられるようだ。

「で?傷の具合はどうだ?」
サードが急に真顔になって言ったのでレンの方が驚いた。

「治癒力は制御装置で抑えられていましたから治せなかっただけで、イザヤに解除してもらった時に完治させました――」
「そっか。良かった――じゃあ、もう帰るんだろう?」
「――ええ。あなたにはお世話になりました。お礼は後ほど改めまして」
「ああ、今度たんまり貰うよ。じゃ、またな」
サードはそう言うと手をヒラヒラさせて去って行った。

レンはその後ろ姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
煩わしく、とても失礼な男だ
ったが急にいなくなると何故か寂しく感じた。
短い間だったのに何年も共にいたような感覚だったのだ。

 
 天龍都も民衆を不安にさせる事無く収拾していき、レンもいつもの生活に戻っていた。
あのサードと共にいた日々と、比べ物にならない穏やかな日々だった。
怒ることも、イラつく事も無い。
頼りになる王と友らとアーシアの幸せそうな笑み―――

だが何かもの足りないものを感じていた――ほんの少しだけだが――

レンはその思いを仕事で埋めていた。
忙しく動き回るレンは他州で発生した案件を解決し、早朝、帰還したところへ青天城のカサルアからの呼び出しが来た。
前回もこのパターンで大変な目にあった事を思い出さずにはいられない。

珍しく苦笑いを浮かべたレンは急ぎ、青天城へと向かったのだった。

そしてまたも通された部屋は私室―――

重大な事がまた起きたのだろうか?と不安が過ぎった。

カサルアはまだ部屋に到着していなかったが程なく入室する気配を感じ、レンは立ち上がって礼をとった。
だがカサルアの他にもう一人の気配を察し、顔を上げると目を見張った。

「やあ〜別嬪さん、久し振り」
あのサードだ!

唖然とするレンを気にすることなく彼はペラペラと喋り出した。

「しっかし、久し振りに見てもやっぱり綺麗だよな?そんな格好してれば四大龍さまって感じだしなっ!」
横でカサルアが笑っている。

「サ、サード。どうして此処に?」
彼を良く見れば盛装をしていた。宝珠ならば当然だが彼が好むとは思わなかった。
しかし赤い髪は神馬の炎の
(たてがみ)のようで、その服装を引き立たせていた。
だが、ニヤリと不敵に笑う彼はやはり彼だった。

「お礼を貰いに来たのさ!」
「お礼ですか?それなら先日、届けましたでしょう?」
「ああ、アレ?あんなの近所の子供らにくれてやった」
「くれてやったって、そんな・・・」
レンが届けたものは簡単に人にやるような額では無かった。何にしようかと迷ったが結局、金子なら役立つだろうと思ったのだ。それを人にやったとは―――

「オレ、たんまり貰うって言ったよな?」
「足りなかったと言う訳ですか?」
「そうだな。あんな金なんかじゃ全然」
サードはいつの間にかレンの間近に立っていた。
「いくらだったら私の誠意を分かってもらえるのですか?」
レンは久し振りにムッとして冷たく言った。

「金?金なんかいらねぇ〜よ。オレはお前が欲しいんだよ。レン、お前だ!」
「なっ!」
レンは翡翠色の瞳を見開いた。
サードはその瞳を見つめ、レンの後ろに束ねた絹糸のような黒髪を指に絡めていた。
この場から彼を逃がすつもりは無いらしい。

「ば、馬鹿な事を!わ、私が欲しいなんて!」
「ああ?何か言い間違えたか?オレをお前の宝珠にしろ!と、言ってんだよ!」
それこそレンは更に驚いた。

「なっ!何を急に――」
「仕方ないだろう?ココがよ、お前がオレの龍だって言ってるんだからさ!」
サードは空いた手で胸を指差しながら答えた。

レンはもう、どう答えて良いのか困惑してしまった。

そんな二人のやり取りを楽しげに見ていたカサルアが、堪らず笑いだした。

「――陛下。笑い事ではございません」
レンはカサルアを横目で見て言った。

「いや、すまない、レン。余りにおかしかったからね。私も驚いたよ。夜が明けたと同時に門番に礼を取りに来た、王に会わせろ≠チて彼は怒鳴り込んで来たらしくね。普通ならそんな者は取り次ぎさえしないけれど、彼のこの格好にその珠力だろう?門番も只者では無いと判断したようで私との愉快な出会いとなった訳だよ」
レンは続きを想像してしまった。
きっとカサルアに会った瞬間レンをくれ!≠ニ、でも言ったのだろう。
サードならやりかねない―――

「おい、王さま!さっきも言ったがコイツに承知させるまでココにいてもいいんだな?」
「ああ、構わないよ」
カサルアは、にっこりと言った。

「話の分かる王様で助かったよ。オレは龍が大嫌いだが、あんたは好きになってやるぜ」
(えん)の宝珠にそう言って貰えるとは光栄だ」
レンの知らないところで二人は何やら取引したようだった。

(えっ?炎の宝珠?まさかあの――)
「王よ。今、炎の宝珠≠ニ、言われませんでしたか?」
「え?レン、まさか気づいていなかったのか?彼をひと目見て私はすぐに分かったよ。しかも史実通りの炎のような赤い髪と瞳――」
炎の宝珠≠ニは、それこそアーシアの伝説よりも古くから伝承されてきたものだった。
時折その宝珠は歴史上に現れる。
それは地の龍にとって最高の宝珠であり、契約の龍と共に聖なる炎を生み、この世を浄化し安らぎを与えると云うだ。それは生まれ変わりだとかそう言うのでは無いが皆赤い髪と瞳という同じ特徴を持っていた。
真実なのか?ただの物語なのか?いつの世でも囁かれていた。

「だから、レン。良いじゃないか?こんなに望んでくれるなんて押しかけ宝珠≠ニいうのも楽しいし」
「カサルア―――人事だと思って楽しむのは止めて下さい」
「オレは諦めないからな!お前をオレの龍にしてみせる!」
サードはレンの瞳を間近で覗き込みながら不敵に笑った。

「・・・・出来るものなら・・・どうぞ、おやりなさい!私は易々とあなたのものになど、なりませんから」
レンも不敵に微笑んだ。彼の挑戦を受けて立つことにしたのだ。

サードは楽しげに口笛を吹く――――

いつまでこの追いかけっこが続いたのか定かで無いがこの時代、炎の暴れ馬は世界を駆け巡り土地には豊かな恵みを――人心には安らぎを――与えたと伝えられる。
そしてその手綱を握っていたのは美しい翠の龍だったと史実に記されていた。



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