リネアは視線だけ動かして猛牙国の部族長達を見渡した。
族長は守護者を一、二名同行している。いずれも一族の長とそれを守護する者だけあって見るからに猛者揃いだ。この国では剛の者で無ければ上に立てないと言うのは本当らしい。リネアは今、天眼を開いているから彼らから発せられる覇気が良くわかる。その中でも一番強いのは王よりもサガンのようだ。漲る闘気と覇気は尋常でない感じがひしひしと伝わって来た。王の隣で黙って座しているが常にその覇気で相手を威圧しているようだった。サガンは誰もが認める次代の王だろう。

(それにしてもこの位置って良く見渡せるけれど向こうからも丸見えよね・・・)
天眼国の王座はそんなに高く無い。二、三段高いぐらいのものだ。ところが今リネアがいる場所はサガンの隣だが皆が立った状態で見上げるような高い所だ。
そして王達は座っているが部族長達はまるで今から戦にでも行くような格好で立っていた。腰には刀剣を下げ、手には大振りな得物を持っている者もいる。

(呆れた・・・武器の持ち込みは自由な訳ね。まあこっちは神獣付きだけど・・)
リネアの後ろには神獣エンライが時折あくびをしながら大人しく寝そべっていた。
王座の高さにしてもこの神獣にしても、これでもかと言うぐらいに力を誇示している。
リネアは何だか可笑しくて仕方が無かった。
天眼国でも王は一番力が強いものがなるが特別にそれを誇示するような事は無いからだろう。

(イエランが天眼を開いて大剣でも抜いて睨んでいる感じかしら?ふふふっ、もしそんなことをしていたら皆怖がって会議どころじゃないでしょうね・・・)
退屈なリネアが楽しく想像をふくらませていると顔も自然にゆるんでいた。
話に関係無くニヤニヤしている彼女をサガンは横目で見た。

(何ニヤケてるんだ?)
相変わらず意味が分からない女だとサガンは思った。おまけに女なら尚更だが普通の男でさえも竦みあがるような面々を前にして余裕たっぷりだ。最強を誇ると噂される天眼の軍を率いているというのはまんざらお飾りでは無いかもしれないとサガンは、ふと思った。

(それにしたって・・・)
集まった男達の三分の一は議題よりもリネアに気を取られている感じだ。金眼が・・・と言うよりもリネアの色香に上せて色欲丸出しだった。着飾ったリネアは確かに美しく完璧で媚びを売らず高慢―――
それは血の気の多い猛牙の男の征服欲を異様にかきたてるものだ。しかも始末が悪いことにリネアがそれを楽しむかのように彼らを煽っていた。下から丸見えを承知で欲情をそそる綺麗な長い脚をわざとらしく組み替えたり、上半身を傾けては胸の谷間を強調したりと見えそうで見えない仕草をしては男達の反応を楽しんでいる。

(何やってんだ!)
サガンはのぼせている男達をぎらりと睨んだ。睨まれた族長達は冷や汗をかきながら視線を逸らした。
それを確認したサガンはリネアにもその目を向けたが彼女は愉快そうに受け流しただけだった。

「おいっ、いい加減にしろよ」
サガンは堪らず声を落として言った。

「何の事かしら?」
「何の事だって?奴らを煽るなって言ってんだ」
「ああ、そう言うこと。だって退屈なんだもの。みんなの反応が面白くって」
サガンは呆れてしまった自分に指一本触れるなと啖呵を切る癖に男達の欲望がチラつく視線を集めるのは楽しいらしい。

「そんなに男漁りしたいなら真っ裸にして奴らの中に放り込んでやろうか?あいつらは喜ぶだろうよ。天眼のお姫様を犯れるなんて機会なんて無いだろうからな」
「まあ〜貴方って寛大なのね?自分が狙った獲物を他に渡すなんて、見直したわ。そうねぇ〜貴方とするより皆でする方が楽しいかもね。ふふふっ・・・」
脅し文句の効果も無ければ逆に自分より格下の男達の方が良いと言われたサガンは激昂して立ち上がった。呪の鎖がジャラリと大きな音を立てると王が振り向いた。

「どうした?サガン」
皆の視線がサガンに集まっていた。リネアは涼しい顔をしている。

(この女!どうしてやろうかっ!)
サガンはリネアの澄ました顔を屈辱に歪ませたい思いに駆られた。こんなに何もかも思い通りにならないのは初めてだった。サガンの手がリネアの首を掴んだ。周りは息を呑んだがリネアの表情は変わらない。片手で細い首など簡単にへし折れる・・・しかしそれをするのは自殺行為だ。

「―――貴方は私を殺せない。そうでしょう?でも・・・貴方を狙う者はいる。サガン、背中が無防備よ」
サガンが何?と思う前に二人の姿が消えた。
その二人が居た場所へ無数の刃物が弧を描きながら目的を失って、空を切った。
その襲撃もだが消えたサガンとリネアが皆の真後ろの位置に現れたのに全員が驚いた。

「お前・・・」
「また来るわよ」
リネアの言った通りに何処からとも無く空を切る音と共に刃物が飛んで来た。
そして再びそれらは目的を失う。二人の姿がまた一瞬のうちに消えた―――
リネアの得意とする瞬間移動だった。敵が何処に居ようとも姿が見えなくても心眼を持つリネアは放たれる殺気を読み難なく避けることが出来る。流石に自分一人の移動と違って俊敏さに欠けるが相手を霍乱するには十分だった。現れては消え、消えては現れる。その後を追うように刃物が飛んで来た。

「どこから投げているんだ!」
サガンは集まっている族長達を見渡したがそれらしい素振りの者は居なかった。

「中央、左の一番端。頭に黄色い羽を付けている男よ」
リネアの声に皆が一斉にその男を見た。部族長の守護者の一人だが特別にそんな素振りは無い。

「面白い技よ。目の錯覚を利用しているのでしょう。サガン、彼の目の前に飛ぶから両腕を切りつけてくれる?」
リネアがそう耳打ちした。

半信半疑のサガンだったが彼女の言う通りにその男の両腕を切りつけた。と言うよりも切り落としてしまった。

「ぐあっ―――っっ!」
男は両腕から鮮血を吹き出しながら転がった。そしてその男の切り落とされた手にはサガンを襲っていた刃物が握られていた。

一番驚いていたのはその男の同行者・・・族長ダウリだった。王族に弓を引いた一族が根絶やしにされた事件はまだ記憶に新しい―――こんな公の場所で堂々とサガンを狙ったのだ。自分は知らなかった、一族は関係無いと言っても通用しないだろう。
「なんと言うことだ!」
頭を抱えたダウリに影がかかった。顔を上げなくても分かる・・・サガンが目の前に立っているのだ。
一族の長であっても足が震える。一族の全てが明日には皆殺しになるのだ。誰もがそう思った。

「おい、何の申し立てだ?随分手荒な主張だな?」
サガンの低い声が恐ろしく響いた。
命を狙う奴らは幾らでもいるがこの部族に狙われる理由が思いつかなかった。

「死ね!死ね!死ねぇ―――!」
腕を切り落とされた男は血溜でのたうち回りながら狂ったように叫んでいる。凄まじい憎悪だ。

「うるさい!黙れ!死ぬのはお前だ!」
サガンは傷口を思いっきり踏みつけて怒鳴った。

「ぐえぇ―――っ」
「言え!何が目的だ!」
「わ、わしらは何も・・・」
どう言えばいいのかと口ごもっていると・・・

「おいっ!何やってる!」
リネアがのたうち回る男に近付きその頭に触れようとしているのを見たサガンが怒鳴った。

「狙われた理由を知りたいのでしょう?私が視てあげるのよ」
心眼か?と周りがざわめいた。

「何かに意識を乗っ取られている感じね。あっ!」
それが誰かと探ろうとしたリネアだったが男が心の臓を止めてしまった。
妖しい術を使
う敵と言えば例の一族しか今の所心当たりは無い。サガンが血眼になって追逐している危険な一派だ。
「これ関連?」
リネアは鎖を揺らしてサガンに聞いたが無視された。そして

「理由は関係ない。この責任は一族全てだ」
サガンの言葉に当然だろうと誰もが思った。憑依されたとしてもされる方が悪い。敵に付け入る隙を与えた責任は取らねばならない。皆の思考がリネアに流れ込む―――
そんな馬鹿なことがあって堪るかとリネアは思わず口を開いた。

「彼らに謀反の意思は無いわ。それをどうして殺すの?憎むべきは彼らでは無く――」
「黙れ!余所者が口を挟むな!」
「黙るのは貴方よ!」
族長達が皆、ぎょっとした顔をした。
サガンを怒鳴る女を初めて見たからだ。いや・・・男でも居なかった。

「馬鹿げているわ!何って野蛮なの!ちゃんと罪の重さを量ったらどう?何でもかんでも死罪だなんて頭が無い馬鹿がすることよ!」
「なっ!」
「見せしめのつもりでしょうがそれこそ相手の謀よ。敵への見せしめになんかならないわ。貴方を狙えば皆死罪。それも一族全て。それが敵の狙いよ。そういう思考が微かに視えたわ。今に次から次へと色々な部族から暗殺者が出てくる。もちろん操られてね。その度に一族を根絶やしにするの?」
それは本当の話だろうか?と皆ざわめいた。憑依していたと言う証拠は何も無い。リネアがそう証言しているだけだ。それがサガンの理由は関係無い≠ニ言った意味だった。不確かならば全て切り捨てるのが掟のようなものだ。その考え方は天眼を開くリネアにも伝わっている。彼らが心眼の力を信じないのは分かるが・・・王は黙してサガンに任せている感じだ。

「少しでも疑いのあるものは殺す!それだけだ!」
サガンが決定を下した。

「駄目って言っているでしょう!私は誰?金の天眼を持つ者よ!私の心眼の前では誰も嘘はつけない。言葉に出さなくても全てが視える。サガン、貴方に見せましょうか?蛇連鎖で繋がった今なら私と同じものが視えるわ」
天眼の力の正しさなどサガンには関係無かった。ここは猛牙国であって天眼国では無いのだ。どんなにその正当さを主張しても無意味なことだ。しかしそれに耳を傾けたらどう
だろうか?と言う気まぐれが浮んだ。本当にリネアの言う通りだったとしたら事は重大だ。あの一族ならそれくらいやりかねないだろうとも思う・・・それでも公の場での襲撃にけじめを付けないと収拾が付かない。特に今回は・・・
「お前が何と言っても事実は事実だ。何も変えられない!」
「じゃあ、私にこの一族をくれる?殺すならどうでもいいでしょう?天眼国に連れ帰ったら自慢出来るわ。猛牙族の奴隷なんて誰も持ってないもの」
「そんな馬鹿なことが出来るか!誇り高い猛牙の者が大人しく言うこと聞く訳無いだろう!」
「どうして?聞かなかったら殺したらいい。元々死んでいるものをどう扱おうと私の勝手」
美しい女の口から出たとは思われないような傲慢な冷たい言葉に皆がざわめいた。
そして思い出した事があった―――金の天眼を持つ若い女は一人しかった筈・・・交流の無い国でもそれくらいの情報は知っている。それは・・・

「・・・確か・・・天眼の王の姉。天眼軍の総帥・・・」
そうだ、そうだ、と皆が騒ぎ出した。

「ああもうっ!煩いわね!お黙りなさい!私はとても迷惑しているのよ!他国のゴタゴタに巻き込まれてこんな変な呪まで受けてそれこそどうしてくれるの?答えて頂こうかしら?ねえ、サガン?それとも王が答えて下さる?」
サガンのやることに父親である王は何も言わない。二人の意見がもし食い違った時は王の座を追われサガンがそこに座るだろう。既に力が逆転しているが息子であるサガンが父を立てている現状、力の均衡は保たれていた。王はサガンに視線を送った。それはお前に任せると言う合図だ。
もとより自分で全てするつもりだったサガンは父親の許可など必要ないことだった。

「それでお前は賠償として奴らをよこせと言いたいのか?」
(あら?やっぱり主導権は彼なわけね・・・)
「取りあえず今はそれが欲しいのよね。男達は腕力強いから使い勝手良さそうだし、女達は兵達への良い土産になるでしょうし、子供達は色々仕込めば役立ちそうだもの」
ご機嫌な様子で指を折りながら猛牙族にとって屈辱的な事を言うリネアを皆が、ぞっとしながら見た。それはまるで戦に負けたような扱いだ。

「奴らは死刑だ!お前にはやらん!」
「あら?彼らを助けるの?」
サガンが死刑だと言うのにリネアはそれが助けだと言った。確かに生きて天眼国で奴隷として使われるより死んだ方が良いかもしれない。サガンはようやくリネアの考えが読め
た。やらないと言って殺せばそれは情けをかけた結果になり、殺さなければ罪の清算にはならない。
「―――分かった。こいつら一族はお前にやる。好きにしたらいい」
リネアは満足そうに微笑むと一族の運命のやり取りを力なく聞いていたダウリに顔を向けた。

「貴方達は私のものになったわ。私の国はとっても寒いのよ。寒い場所に行ったことある?凍るくらい寒い場所へ」
男は辛うじて首を振った。

「あら、困ったわね。それじゃあ話にならないわ。昔ね、猛牙国の珍しい動物を贈物で貰ったのだけど外に連れ出したら死んでしまったのよね・・・暖かい国の動物は寒いのは苦手みたい・・・それじゃあつまらないから貴方達は此処にいて頂戴。私の用がある時だけ呼ぶ事にするから」
「!」
「そう言うことにするからサガン、取りあえず私のものだけど此処に置いて貰えるかしら?」
その場は静まり返ってサガンの答えを待った。

「この城に置くには多すぎる。そいつらの土地に置いておけ」
「・・・仕方ないわね。それで我慢するわ」
サガンの答えに皆が驚いた。結局リネアのおねだり(皆そう感じた)を聞き入れたようなものだ。

サガンから死刑宣告されてそれを免れたものを見た事が無かった。誰かの意見を聞くことも無い。
と言うよりも恐ろしくて意見を言う者はいなかったのだ。

その後は何事もなかったように進み閉会した。もちろんあの人身売買の黒幕やその他の処刑執行など血生臭い場面は多々あったが終了後の話題はリネアで持ちきりのようだった。


「おいっ!それで我慢するとはどういうことだ!俺様があんなに譲歩してやったと言うのに何様のつもりだ!こらっ!」
部屋に帰った途端、サガンが吼えた。

「私はリネアって言っているでしょう」
「名前を聞いているんじゃない!お前には関係ないだろうが!ここは猛牙国だ!俺のやり方に水を差すな!」
「この国って法国が大っ嫌いだったわよね。私達も好きでは無いけれど理由は違うと思うわ。貴方達は自分達が理解出来ない不可思議な力を毛嫌いしている。不可思議な力を使う私達はそれを理解しているから嫌う理由は無い。でも彼らの卑怯さを嫌っているのよ。貴方達みたいに理解出来ないものに目を瞑っていたら今に大きな壁に当たってしまうわよ。それが分からないの?確かに私には関係無いことよ。でもね、私は助けられるのに平気で何人も人が死ぬのを見ているような性格では無いの」
人の命を何とも思っていないようなサガンに言っても無駄だろうと思うリネアだったが言いたかった。
その時、誰もいない筈の部屋の隅に気配を感じた。
隠し扉から現れたのはサガンの忠実な部下タイトだ。

「サガン様も理由無く無闇に人を殺めたりなさいません。今回の件は苦しいお立場でしたから――」
「黙れ!タイト!」
「何、何?どういうこと?」
「煩い!何でもない!」
「教えてくれないのなら・・・」
「止めろ!」
止めろと言って聞くリネアでは無かった。天眼を開いたのだ。そこに視えたのは子供の頃のサガンとリネアが助けた族長だった。様子からすると教育係りのような感じだ。
―――しかもサガンがかなり懐いている様子が窺えた。

「成程ね・・・親しいからこそ厳しくしなければ示しが付かないと言う感じだったのね」
「ふん!」
そっぽを向くサガンを更に冷やかそうとした時だった。
リネアの顔が引き締まり瞳に強い光りが宿った。

「・・・やっぱり来たのね」
リネアがそう呟くと同時にサガンの下へ急を知らせる者が来た。

「サガン様!て、天眼国の者がお目通り願いたいと門前に来ております!」
「天眼?」
サガンはリネアを見た。

「私の副官サウルよ。彼の気配を感じるわ。追い返しても構わないけれどそれをすると面倒な事になるわよ。私達と対立したく無かったら丁重に迎え入れる事ね」
「追い返したら天眼軍でも引き連れて来るとでも言うのか?」
「そこまではしないわよ。それをしたら戦でしょう?私が危害を受けている訳では無いし、今の所無事なのだから」
天眼国とは穏便に済ませたい。事情を説明して本国へ報告して貰うのが一番だろう。サガンはその天眼の男を城の中に入れるのを許可した。



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