
突然の噛みつくような口づけから解き放たれても身体は密着したままだ。
リネアは息を大きく吸い込んだものの整わない息のままサガンを睨んだ。
「どういうつもり!私に触れるなって言ったでしょう!」
「ああ、言ったなぁ〜指一本でも触れたら死んでやるとか言っていたよな?」
「そうよ!ちょっと下の手も抜きなさい!あっ・・・うっ、止め・・・はぅん・・・」
「遊んでる割に意外と狭いが欲しい、欲しいって吸い付いているぜ。ほらっ」
サガンは挿し込んでいた指を更に一本増やして中をかき回した。
「や、止めなさ・・・あっ・・・んっ」
サガンはリネアの反応を見て、ニヤリと口元を意地悪く上げると指を抜いた。
「最初に来たあの男がお前の婚約者だろう?しかもお前の本命はあの薄気味悪い心眼―――血の繋がった正真正銘の兄だ」
「なっ!」
リネアが顔色を変えるとサガンが再び、ニヤリと嗤った。
「当たりだな。ただ漏れだったぜ、お前の感情。兄と乳繰りあいたくってもなぁ〜そうはいかないのが世間と言うものだしな。特に王族ともなれば尚更。神の遺産を受け継ぐ五大国では禁忌中の禁忌と昔から決まっているんだからな。特殊な俺達の血が濃くなれば気狂いを生み、国を滅ぼす。天眼族なんか特に危ない感じだ。奴は知っているのか?お前の邪な気持ち?はははっ、知っていて当然か!心眼なんだからな」
リネアは再び硬直してしまった。幼い頃から、ずっと心の奥底に隠していたカルムへの気持ち―――
母親からの恐怖から救ってくれたカルム。
『さあ、おいで。もう大丈夫だから・・・助けに来るのが遅くなって、ごめんね。怖がらないで、私は君の兄カルムだよ。初めまして、リネア』
母親に刺され痛みに霞むリネアの目に映ったカルムは光そのもののようだった。
血溜でうずくまるリネアに、そっと触れ抱き上げてくれたのだ。当時、気が狂っていても・・・その鬼気迫る美しさを好んだ天眼の王の寵愛を受けるリネアの母に誰も逆らえなかった。
だから誰もがリネアの虐待を見て見ぬふりをしていた中、カルムが父王を説き伏せて彼女を助け出してくれたのだ。
悪夢のような場所から連れ出してくれ、愛を注いでくれる兄に恋をするなと言う方が難しいだろう。
そんな気持ちは当然カルムに知れている。だからカルムはリネアの為に心眼では違法とされる心の干渉を彼女に施したのだ。リネアがこの許されない恋で辛くならないようにと心眼を使った―――
だがリネアはそれにかかった振りをずっとしていた。
彼女の本当の強い想いをカルムは甘く見ていたようだ。だから術のかかりが浅かった―――
サウルとの婚約もカルムが心眼を使って勧めたものだ。リネアが彼を好きになるように仕向けたつもり・・・カルムに嫌われたく無かった・・・煩わしい妹だと思われたく無かった・・・カルムに嫌われる事がリネアにとって一番怖いことだったのだ。だからカルムの術にかかった振りをして自分で自分の心を殺し続けていた。だから自分でさえも本当に忘れていたぐらいだ。
しかし、ラーシュ事件で全てが壊れてしまった。
ラーシュの心眼の脅威を防ぐ為に用いたカルムの方法。
それはカルムの媒体となるものを移す口づけ―――
リネアは驚きと共にそれを受け、そして自分の気持ちを思い出してしまった。
呪文のように何年も心に言い聞かせたその想い。憧れ続けたカルムとの口づけが全てを思い出させた。
心を侵すものは重ねると危険だ。危険の度合いからしてラーシュの件を優先させたカルムは前の術を解いて防御に徹した。自分への想いが解き放たれた筈なのに表面上変わった様子の無いリネアにカルムは不審に思い不安が広がっていた。幼い頃と違って大人になり兄弟愛と男女の愛の区別がついたのだろうとカルムは思いたかった。だからラーシュの脅威が去り再び心を操ることを躊躇った。度を越えた心の干渉は間違えれば廃人になりかねないのだ。
そんな不安要素を抱えたままリネアを見送ったカルムだったのだが・・・
リネアの時間が動き出した。
「それ以上何か言ったら貴方を殺すわよ!」
「はぁ〜殺す?」
サガンは馬鹿にしたように言うと笑い出した。
「傑作だ!俺を殺すだと?お前が俺を殺せる訳ないだろうが!」
「殺せるわよ!今なら!それは貴方も十分分かっていることでしょう?」
だがサガンはそのリネアの言葉さえも笑い飛ばした。
今までそれがサガンの弱点となっていた筈なのに?
リネアが死ねばサガンも同じく死ぬ。簡単な答えでありサガンを殺すのに一番有効な手段だ。
何時でもそれを使えるとリネアは今まで彼を脅していた筈だ。
「脅しなんかじゃ無いわよ!」
「そうか?じゃあやってみろよ。だがな、俺も一人で死にはしない。自分の儚い運命を呪って何もかも一緒に殺してやる!」
「なっ!何言っているの!」
「言っておくが狂ってなんかいないぜ。俺は強欲なだけだ。俺様より長生きして良い思いをする奴らが許せない。未練を残さない為にも道連れにすればいいだけの話だ。そうそう、お前の可愛い子ちゃんも一緒に連れて行ってやる。ラナ?とか言っていたな。タイトが見つけたようだが?奴には命令している。俺に何かあれば全部殺して付いて来いってな!」
ラナの存在が知られてしまったようだ。リネアは毒盛り事件の時に迂闊にも彼女の名を出していた。
それをサガンは調べさせていたのだ。今までサガンに有効だった脅しが通用しなくなっていた。
(本気?それとも虚言?分からない・・・)
サガンの獣のような眼は狂気をいつも宿している感じだ。
あのタイトもサウルと同じく主と認めた者に狂信的に仕えているに違いないから命令は実行されるだろう。
サガンは嘘を言っていないとリネアは分かっていた。彼の心は嫌なくらい何時でも真っ直ぐで開けっ広げだ。しかしリネアも口先だけで死んでやる!と脅していた訳では無かった。サガンが恐れたようにリネアは自分の死を軽く考えている。長年閉ざし続けた想いの解放の反動は大きく、カルムが心配したように精神的に不安定だった。自分の生死などどうでも良いと思ってしまう程危ういものだ。
だがリネアの目を覚まさせたのは彼女の気質を見抜いたサガンの脅しだった。
常に自分は強くありたい。強くなって誰かを守りたいという願望―――
庇護欲をかき立てる存在はリネアの生きる意味であり糧のようなものだった。今まで庇護していたラナはもちろん、猛牙族の何の罪も無い力の弱い人々に危険が迫っているとなれば無視する事は出来無かった。フツフツと怒りが胸を熱くし、リネアの陰っていた瞳に強い光が宿った。
「この外道!この呪いが解けたら一番にお前を殺してやる!」
リネアのその瞳の強い輝きにサガンは、ゾクリとした。
(こんなに手応えのある女は久しぶりだ・・・嫌、初めてか?)
気持ちが異様に高ぶるのが自分でも分かった。目の前の獲物が誇り高く綺麗なものであればあるだけ踏みにじってずたずたにへし折ってやりたいと思う嗜虐心が沸き起こるのだ。
「外道で結構!俺には最高の誉め言葉だ!」
「・・・・・・」
リネアは、グッと唇を噛み締めた。激しい口づけでその唇は腫れている。
サウルを悲しませるなとカルムは言った。それは他の男に身を任せるなと言う事だ。女の子達との自慰的な戯れとは違うのだ。サウルという決まった相手がいるのだから当然の注意だろう。だから男の恋人は作らなかった。カルムが心配するからだったのだが・・・それにそのサウルとも肉体関係は無い。とてもそんな気分になれなかったのだ。
サガンにサウルの方が上手だとか言ったのは大嘘だった。平気な振りをしながらサガンの手管に今まで経験したことない刺激を感じていた。自分がその快感に流されそうで怖かった。
「覚悟しろよ。今までの礼はさせて貰うからな」
サガンはリネアの顎を掴んで顔を自分に向けさせると脅すように言った。しかしリネアは無言で睨み返してきただけだった。
「おいっ!何とか言えよ!今からたっぷりと可愛がってやるって言ってんだよ!」
「どうぞ、ご自由に」
「自由にだと?抵抗しないのか?」
「反抗しても無駄でしょう。人質を取られているようなものだもの―――別に減るものでも無いし好きにしたら良いわ。サウルには悪いけれど・・・どうせ本当に好きな相手と出来ないのなら誰としても同じ・・・下手な貴方でも我慢してあげるわ」
「なっ、お前!」
サガンは激昂して怒鳴ろうとした。しかしリネアの瞳を見てその言葉を呑み込んでしまった。さっきまで強く輝いていた瞳が彼女の言葉通りにどうでもいい虚ろな色を湛えていたのだ。まだ死んでやる!≠ニ息巻いていた時の方がマシだった。
「ちっ!」
サガンは強く舌打ちをするとリネアに背を向けた。
そんな状態のリネアを抱いても面白くも無いし征服感も味わえないと感じた。
嫌がる彼女を無理矢理抱く事に執念を燃やしていたサガンは急に気持ちが冷めてしまったのだ。
しかしこんな事は初めてだった。嫌がる女を抱くのは好きだが大人しくなったとしても少し興が冷めるだけでやることはやる。ところがリネアに対しては何故かそんな気持ちにはなれなかったのだ。
「どうしたのよ!さっさとしなさいよ!私が欲しいんでしょう?」
サガンは、チラリと肩越しにリネアを見た。
日に焼けていないなめらかな肌に豊満な胸・・・確かに欲情をそそる―――欲しいとは思う。思うが・・・自分の下半身の反応とは別に気持ちが動かなかった。絶好の機会だった昨晩のように・・・
「ちょっと!何か言いなさいよ!」
「―――死んだような女はつまらん」
「何よ・・・死んだようなって・・・死んでやるって私が叫んでいた時は、やらせろって煩かった癖に何?どうぞ、と言ったら止める訳?早く私を抱いて滅茶苦茶にすればいいじゃない!」
サガンが鼻で嗤った。
「お前は結局自分の行き場の無い気持ちを紛らわせたいだけだろう?はっ、そんなのに協力してやるつもりは無い!奴の顔を見て急に弱気になったんだろうがな」
サガンの言う通りだった。任務を終え天眼国までどうにか強く保てていた気持ちが解放的なこの土地に来て気分的に緩んでいたせいだろう。カルムに会ってその心が不安定になっていたのだ。
そしてサガンから抱かないと言われて逆に何故か心の奥がざわめいた。
「そうよ!ずっと好きだったのよ!誰もがカルムに近付くけれどそれは地位と容姿に惹かれていただけ!それなのに皆は心眼を恐れていた。結局本当にカルムを好きな人なんていないのよ!あれだけカルムに心酔しているサウルでさえも本当の彼を見ずに幻想だけを見ている!私だけ・・・私だけがカルムを・・・それなのに・・・」
「臆病者」
サガンが馬鹿にしたような声で、ポツリと言った。
「私が臆病者ですって?」
「そうだろう?一線を越える勇気が無かっただけだ。まぁ〜相手が同じ気持ちじゃなかったら大迷惑な話なだけだな。ははっ」
「大迷惑・・・」
リネアは瞳を見開くと真っ青になっていった。サガンの言う通りだ。リネアの想いはカルムにとって迷惑以外何ものでも無いだろう。リネアに注がれるのは妹に対する愛情であってそれ以上にはならないのだ。だからそんな事、サガンに言われなくても分かっている。分かっているのに言われると胸が押し潰されそうだった。
「・・・そんなこと・・・分かって・・・る」
胸が苦しく目頭が熱くなって来た。涙が込み上げてきたのだ。泣くなんて弱者の証明のような気がしていた。母親と離別してからは一度も泣かなかったのに・・・はらはらと涙が頬を伝って落ちる。
サガンは思わずまるで子供のように無防備に涙を流しているそのリネアに魅入ってしまった。
そしていつの間にか両手を広げて彼女を抱き寄せていた。
リネアも大人しくサガンの胸の中に収まっている。涙が止まらない顔をサガンの胸に埋めるように擦り寄っていた。サガンの腕の中は暖かく何故か安心出来てもっと涙が溢れてくるようだった。
「・・・おい、泣くな」
サガンの声は命令でも怒っているようでも無かった。どちらかと言うと少し優しい感じかもしれない。そんな声音は妹のユーシャぐらいにしか向けられないものだ。
だが泣くなと言われて止まるようなものでは無かった。
サガンは舌打ちをしながらもまるで外敵からリネアを守るように優しく抱いたままだった。
そしていつの間にか二人は抱きあったまま柔らかな寝台の上に横になっていた。しかしサガンはリネアを抱きしめる以外、何もしなかった。女と共に入った寝床で何もしないのは昨晩に引き続き二度目の珍しい経験だろう。
「俺はいったい何やってんだ?」
サガンは自分自身何をしているのかと思わず呟いてしまった。
女を組み敷いた時、自分が与える恐怖で泣き叫ぶのは痛快で心地よいものだが只、めそめそ泣く女は大嫌いだ。それなのにリネアに関してはそんな気持ちが湧かなかった。
リネアが幾ら泣いても兄妹の関係が無くなる訳でも無い。無駄な涙だとサガンは思って泣くなと言った。
そして彼女が泣く原因に憤りを感じたのだった―――