
リネアが翌朝目を覚まして起きあがると頭がズキズキしていた。
久しぶりに思いっきり泣いたせいだろう。まるで二日酔いした朝のような感じだが気分は晴れ晴れとしていた。それにいつの間にか飾りの多かった盛装は脱がされて夜着をきているようだった。
その肌触りが良く空気のように軽やかな夜着と同じように気持ちも軽かった。
(こんなに気分が良いのは久しぶり・・・えっ?)
リネアはサガンが居ない事に気が付いた。
部屋に視線を巡らせる必要は無かった。近くに気配を全く感じないのだ。
リネアは繋がっている筈の呪いの手枷を直ぐに見た。手首の忌まわしい鎖はそのままだった。
リネアはそれを確認すると何故か、ほっと胸をなで下ろしたのだが・・・
「タイト!近くに居るのでしょう!出てきなさい!タイト!」
リネアが誰もいない壁に向かって叫ぶと、その壁の前にはいつの間にかサガンの忠実な部下タイトが立っていた。リネアは寝台から飛び降りまるで置物のように立っている男に詰め寄った。
「これはどういう事かしら?」
リネアが差し出した右手に蛇連鎖の鎖は鮮明に付いていた。しかしその鎖の先がぼやけて消えているのだ。まるで空気中に溶け込んでいるかのようで異様に気味悪かった。
「効力が消えかかっているの?」
「いいえ。蛇連鎖の第二段階です。効力はそのままで連鎖に繋がれた者同士は今までよりは離れる事が出来ます・・・」
「今までよりとはどれくらいなの?」
「術の力でも違いますので、はっきりとは・・・」
「・・・本当に恐ろしい術ね・・・それで貴方が此処にいる訳が分かったわ」
タイトはリネアの護衛らしい。術にかかった二人が離れ離れになる事が一番危険だった。
煩わしい鎖が消えて自由に動き回れるようになればなるだけ油断が生まれ危険が増すからだ。
だからこの呪いの本当の怖さは今からだと言ってもいいぐらいだ。
「ところでサガンは―――えっ?上?」
リネアはサガンの気配を上に感じた。急いで窓辺に向かって顔を突き出すと空を見上げた。
目も覚めるような真っ青な空に、クルクルと円を描きながらエンライが数体飛んでいた。
その先頭に乗っているのがサガンだった。
「あ〜ずるい!自分だけ乗って!」
リネアがそう言ったと同時にタイトの目の前で姿を消してしまった。
タイトがまさかと驚いて窓から空を見上げるとリネアはサガンの乗るエンライの頭の先に立っていた。
驚いたのはタイトよりサガンだった。いきなり視界が遮られたと思ったらリネアが現れたからだ。
「おはよう、サガン。私を置いて空の散歩なんて狡いわよ」
着ているか着てないかのような薄い夜着のままのリネアは風にあおられて裸同然だった。
透けるような布が身体に纏わり付いて身体の線をくっきり描いていた。
相変わらずそれを隠す素振りもせずに堂々と立っている。
そしてその額には輝く金色の天眼―――
強すぎる陽の光を浴びて輝くようなリネアにサガンは思わず魅入ってしまった。
その時、エンライが吼えた―――
実際に足をつけていないリネアだったが自分の頭に気配を感じたようだった。
「おいっ!そこからどけ!爪で引っかかれるぞ!」
サガンはリネアに怒鳴りながら来いと言うように片手を差し伸べた。
それと同時に周りが気になったサガンは周囲に視線を流した。
エンライの運動は兵士達の飛行訓練も兼ねていた。その男達の視線は皆、リネアに釘付け状態だった。
その中の一人、錆色の髪の男がサガンに並ぶようにエンライを駆って前に出て来た。
「なかなか良い女じゃないか。サガン、それが噂の天眼の女か?」
その男は驚いたことにサガンと対等な口を利いていた。返事をしたのはサガンでは無くリネアだった。
「貴方、誰?いきなり私を女呼ばわりするなんて不愉快よ!」
此処に来て猛牙の男達の嘗め回すような視線に慣れたリネアだったが、この男の目は癇に障った。
しかも天眼を開いているのに何を考えているのか視えなかった。
今は呪術のせいで神経が過敏になり感度が良くなっている筈なのに・・・
(こういう場合はかなり腹黒で嫌な性格が多いのよね。でも・・・)
リネアはサガンを、チラッと見た。この嫌な感じの男を全く警戒した様子も無く、どちらかと言うとタイトのように信頼している感じだった。
「あ〜はははっ、さっすがに気が強いなぁ〜」
「ネストリ、手を出すなよ」
「おい、おい、お前の女に手を出したことがあるか?飽きたのを貰ったことはあっても先に手は出さないだろう?でもまぁ〜早く飽きて俺にくれ!見ているだけでイキそうなんだからさぞかしあっちもイイだろう?」
「―――さあな」
「??さあなって!お前まさかまだやって無いのか!」
答えないサガンにネストリと言う男は呆れた顔をした。
「おいおい、まさかだろう?お前、具合でも悪いのか?それともこの女は始末の悪い病気持ちか?」
「ちょっと!貴方!私が病気持ちですって?さっきから失礼な言動ばかり!許さないわよ!」
リネアの金の天眼が彼女の怒りと共に光り出した。
「ネストリ!からかうのはそれぐらいにしろ!この女は怒らせたら厄介だぞ!」
「へぇ〜サガンが手を焼くなんて驚きだな。ふ〜ん」
ネストリは一層興味を惹かれたようだった。
そしてリネアを再度嘗め回すように上から下まで見た後は大人しく後方へと退いて行った。
「あいつは何?」
リネアは今の男が何者なのか聞き質した。サガンが大人しく言いたい放題言われているのが不思議で堪らなかった。
「この数日、城を空けていた長兄だ」
兄と聞いたリネアは少し驚いたが猛牙国も実力主義の天眼国と同じだったことを思い出した。母親の違う王の子供達が何人いようとも生まれた序列に関係無く、最も優れた者が次代の王となるようだった。
「ああ、そう言えば・・・猛牙族は血族の結束が固く、ありがちな血族同士の覇権争いが無いと聞くわね・・・私達も似たようなものだけど・・・」
リネアは長兄カルムをふいに思い出してしまい、ズキリと胸に痛みが走った。どんよりとした銀色の雲がかかった天眼の空とは違う目が覚めるような青空の中、リネアの心だけ暗くかげるようだった。
「カルム・・・」
呟くようなその一言をサガンは聞き逃さなかった。そして胸の奥底で真っ黒な渦が巻いているような気分になってきた。
「おいっ!いい加減にそこから離れろ!怪我するぞ!」
リネアは、はっとしていつの間にか俯いていた顔を上げた。
暗く翳った心に強い陽射しを感じた―――
「―――ふふっ、怪我して困るのは貴方でしょう?」
「ああ、無知で馬鹿な女のせいで身体を真っ二つに引き裂かれたく無いからなっ!」
「ひ、引き裂かれる?」
リネアは、ぞっとした。確かにこの神獣の大きな鋭い爪をまともに受けたらそういう状態になるだろうと思った。
「さっさと部屋へ戻れ!そして部屋から一歩も出るな!」
「私に命令しないでと言っているでしょう!」
「うるさい!黙れ!お前は黙って俺の言う事を聞け!」
「い・や!」
リネアがそう答えた時、エンライがとうとう暴れ出してしまった。
獰猛な神獣の前足が頭の虫を追うようにリネアを狙って空を切った。
「あっぶな〜い!」
瞬間移動したリネアはサガンの後ろに現れた。
「おいっ!俺の背後に立つな!」
「だって此処が一番安全だもの。神獣も貴方を引っ掻きはしないでしょう?」
「俺は後ろに立たれると、ぶった切りたくなるんだ!」
「そうなの?ふふふっ、じゃあやってごらんなさいよ」
リネアはそう言いながらサガンの背中に抱きついた。
「気安く抱きつくな!」
「怒らない、怒らない。さあ、どんどん飛ばして頂戴」
「俺に命令するな!」
「?じゃあ、お願い」
「俺が何でお前の願いを聞かないといけないんだ!」
リネアの馴れ馴れしさに口ではそう言いながらも気分は悪く無かった。
サガンは片腕を伸ばして背中に貼りつくリネアを剥ぎ取ると自分の前に乗せ直した。
軽々と片手で持ち上げられてしまったリネアはまるで小さな子供のようだった。もしくはじゃれ付く猫の後ろ首を掴んで持ち上げた感じだ。
「痛いじゃない!もう少し丁寧に扱って頂戴!」
「いちいち煩い!大人しくしないならこの場で犯すぞ!」
「またそれ?昨日は結局どうぞ、と言ってもしなかった癖に!本当にそういう事しか頭に無いのね?性欲も獣並み!―――なっ、何よ!」
サガンが、じっと自分の顔を見ていることに気が付いたリネアが睨み返した。
「何見ているのよ!」
「よく動く口だな」
それが悪いの?、と反論しようとしたリネアの唇がサガンの唇で塞がれてしまった。
「うぅ・・・・・・うっっ・・・」
相変わらず噛み付くような口づけはリネアの抵抗を許さなかった。
有無を言わせずに歯列を割って差し込まれる熱い舌で口腔をかき回されると、頭の中をかき回されているような気分になった。顔をどんどん引き寄せられて首は後ろへとねじられたリネアは息が止まりそうだった。
移動して逃げようかと思ったが地面までどれくらいの距離があるのかが分からず躊躇してしまった。
目に見えない連鎖の鎖の長さが不明となれば無闇な移動は危険でしか無いからだ。
(・・・でも・・・逃げる必要もないか・・・)
昨日から決心がついている・・・そう思ったリネアは口づけを返し始めた。ざらりとしたサガンの蠢く舌をからめ取ると逆に押し返しだした。
「あふっん・・・っん」
舌と舌が擦れ合い口内の粘膜を探りあう。リネアはその貪るような口づけに身体を火照らせると手足の力を抜いた。サガンに自分の身体を委ねたようなものだ。
それを感じたサガンは口づけを突然解いた。そして、ふん、と鼻を鳴らしてリネアを軽く小突いて身体を離すと何も無かったかのように飛び行く先を見つめた。
(またなの?本当に身を投げ出す女は嫌いな訳ね。歪んだ趣味だわ!)
リネアは何故か腹立たしく感じてしまった。
可哀想な力無き者の為にこの身を獣に捧げようと覚悟していたリネアにとって大きな誤算だった。
仕方なくそうなるのだと言う大義名分のようなもの・・・サガンが言い当てた自棄になった心を認めたくないのだと言う意地・・・それらが腹立たしい原因だと思いたかった。
(そうよ!あいつから相手にされないからじゃないわ!)
リネアは貞操が守れるのだから喜ぶべきものなのにその考えさえ浮かばないようだった。
サガンから相手にされない事に屈辱を感じていた。
風のように飛ぶエンライの背中の上では風が肌を嬲るように通り過ぎて行く―――
「おいっ!な、何してんだ!」
サガンが、ぎょっとして腕の中にいるリネアを見下ろした。
彼女はいつの間にか向い合わせに座っていてサガンの剥きだしの胸に手を這わせていたのだ。
「流石に引き締まった良い体躯しているわね」
「な、なな!」
驚くサガンを無視したリネアは更に舌を這わせ始めた。たっぷりと唾液を滴らせて上目使いで舐める仕草は扇情的だった。逞しく隆起した胸に唾液の線を描かれリネアの唇が離れると風に嬲られ冷やりとした。サガンは自分の言う事を聞かない下半身に熱が集まり出すのを感じた。
しかし女から良いようにされるのは我慢ならなかった。
それに本当にリネアとはしたく無いのだ。それでも身体は正直で期待満々になってきた。
「止めろ!」
「そう?もう一人の貴方はそう思って無いみたいよ」
下穿きを持ち上げ始めたサガンのそれにリネアはそっと触れ、やわやわと揉みしだいた。
「は・・くっ・・・おい、止めろ・・・っ」
サガンの息が上がったような声を聞いたリネアは気持ちが昂ぶって来るようだった。
サガンの獣のような黄色い目が苦悶するように細められると尚更、ゾクゾクしてしまった。
可愛い女の子達に悪戯するよりずっと楽しかった。同性ならば何処が気持ち良いのか自分でも分かるから簡単だったが男となればそうもいかない。しかし誰に教えられなくても本能的に身体が動いていた。リネアは本能的にサガンを欲した。それはカルムにさえ感じた事の無い感情だった。
それでも違うのだと思い込もうとした。皆を自分が救ってやるんたと言う自己犠牲から生まれる悦びと、ただ滅茶苦茶にされて何もかも忘れたいと言う自虐な思い・・・
その全てを満たしてくれるのはサガンだ。狙った獲物を逃さないのはサガンだけでは無い―――
リネアは顔を上げて艶然と微笑んだのだった。