「いい加減にしろ!」
大きく息を吸い込んで怒鳴ったサガンは真っ赤な顔をしていた。
激昂しているのだろうがそれがリネアには愉快で堪らなかった。

「真っ赤になって!サガン、可愛いわね」
サガンはもちろん誰からも可愛いなどと言われた事は無い。唖然としてしまって言葉が出なかった。
リネアは楽しそうにクスクス笑いながらも手の動きは止めなかったので、もうすっかり形をとった昂ぶりは放つ場所を求めて脈打っていた。

「お前!いい加減に――」
サガンは我に返ってもう一度怒鳴りかかったがリネアが、ぱっと手を離してしまった。
そしてくるりと回転してサガンに背中を向けた。

「おいっ!」
「なぁに?止めたから良いでしょう。他に何か?」
肩越しに少し振り返って答えたリネアは意地悪く微笑んでいた。

「俺の命令は聞かないんじゃ無かったのか!」
「クスッ、素直じゃないわね。続けて欲しいのならそう言ったら?」
「なっ!」
「無理ね。お願いは苦手だものね。お願いが出来るまでお預けよ」
サガンは息を呑んだ。
完全にからかわれている事に怒るよりも愕然としてしまったようだった。全く有り得ない経験だ。

(からかい過ぎたかしら?)
固まってしまったサガンを横目で見たリネアはそう思ったが気分は最高だった。
昔から力比べなどで強そうな男を負かす時は胸が空いた。今は天眼の力でねじ伏せて負かした訳では無いが似たようなものだった。

「サガン、賭けをしましょう。貴方は私がつまらないから欲しくない。でもやっぱり欲しくなってしまったら貴方の負け。その時は、お願い≠チて言うの。そしてこの呪が解けるまで貴方が私を欲しなかったら私の負け。その時は私が貴方の言う事を何か一つ聞く。どう?」
「ふん!なんだかんだと回りくどく言っているが結局、俺が勝っても負けてもお前を抱けるだけだろうが!馬鹿馬鹿しい!」
「そんなこと無いわよ。貴方がお願いしても私が拒否するもの。だから負けだと言っているでしょう?でも勝った時の希望がそれなの?私をいらない人が?矛盾しているわね」
「はっ!こんな事をしてお前に何の益があるんだ?」
「あるわよ。賭け事は楽しいし、貴方が私に懇願する姿を見てみたいもの」
「馬鹿馬鹿しい!お前の戯言に付き合う暇は無い!」
「私が決めたのよ。そうさせてもらうわ」
何を言っても切り替えし反論するリネアに呆れたサガンは口を噤んでしまった。
小賢しい女を相手にするのは無駄だと思ったようだ。しかしこれまた勝ったと思ったリネアは益々上機嫌になった。

「そうそうサガン、私の奴隷の所に連れて行って!」
「私の奴隷だと?」
「そうよ。私にくれた一族よ。ちゃんと色々確認しておかないとね」
「なんだと!」
リネアはにっこりと微笑んだ。

「でもちょっと着替えさせて。寝巻き姿では新しい主として威厳が無いもの。だから城に戻ってちょうだい。下まで降りなくて良いからちょっと低空飛行してくれない?」
「勝手言うな!」
「じゃあ、一緒に移動してしまうわよ」
リネアの金の天眼が妖しく光り出したのを見たサガンは舌打ちをして彼女の言う通りに下降し始めた。

「ありがとう、ちょっと行って来るわね」
瞬く間にリネアが眼前から消えたが、再び間をおかず戻って来た。着替えを手に持っている様子で夜着のままだった。そしてサガンの目の前で着替えだした。もちろん此処はエンライの背中・・・上空だ。

「ばっ、馬鹿やろう!こんな所で着替えるなっ!」
怒鳴ったサガンは後ろを振り向いた。同じく飛行訓練中の兵士達が注目しているのが見えた。長兄のネストリははやし立てるように口笛を吹いて直ぐ側までエンライを近づけていた。

「どうして?別に隠さなければならないようなものは無いもの」
「お前には恥じらいと言うものが無いのか!」
「恥らう?何が恥ずかしい訳?それとも私のどこか変?」
薄い夜着を頭から抜き取ったリネアは、ヒラヒラと風に乗せて飛ばした。それを見た後方の男達は拍手喝采だ。エンライの背中で眩しいくらいに透けるような白い肌に揺れる豊満な胸は扇情的で男達を刺激するには十分だった。

「ヒュー、いいぜ!お姫さん!眼福、眼福!」
「黙れ!ネストリ!」
サガンは怒鳴った。腹が立って、腹が立って、しょうがなかった。

(この女!何を考えてやがる!娼婦より始末が悪い!)
リネアは男達の視線を楽しむように勿体つけながら着替えた。と言うかサガンの反応が愉快で堪らなかった。苛々しながらはやし立てる男達を怒鳴っては睨んでいるのだ。

「ねぇ〜サガン、後ろを留めて」
胸を半分包むくらいしか無い端切れのような着衣は後ろ留めだった。リネアは髪の毛を片手で前にかき寄せると背中をサガンに向けた。

「何で俺が!」
「俺がしてやろうか?お姫さん!」
横から口を挟んで来たネストリだったがサガンに睨まれて肩を竦めた。しかしサガンが留める素振りは無かった。

「留めてくれないの?じゃあ、いいわ。他の人にお願いするか――」
リネアが他に頼むと言い出した途端、サガンが乱暴にそれを留めた。大きな手だが意外と器用なのには驚いた。

「引き裂いて剥ぎ取るだけが得意かと思ったけれど着せるのも上手なのね」
先に大笑いしたのはネストリだった。

「あはははっ!サガンにそんな口利く女はお姫さん、あんたが初めてだ!怖いもの知らずだな!」
「黙れ!ネストリ!」
「そう?私は怖く無いもの。どちらかと言うとサガンは可愛いかしら?」
ネストリは堪らんと言うと身をよじって爆笑した。

「ネストリ!」
「怒らない、怒らない。可愛いサガン。あっ!」
リネアが子供をあやすようにサガンを諌めていたがいきなり彼を指差した。

「な、何だ?」
「それっ!私の好きな首飾り!また付けて!駄目じゃない!」
「はあ〜誰がお前のだ?うるさい!」
「それ気にっているのよ!真ん中に星が浮かび上がる碧玉なんて珍しいもの」
「全く!ガタガタ言いやがって!」
サガンは自分の首から乱暴にそれを外すとリネアに差し出した。しかしそれをかけてもらうのが当たり前のようにリネアは頭を突き出している。首飾りをかけて貰ったリネアは満足そうに微笑んで今度は大人しくサガンの前に座り背中を彼の躯に預けた。

「おいっ!引っ付き過ぎだ!」
「だって怖いじゃない?こんなに速く飛ぶ獣の背中よ。落ちたら大変だもの」
「さっきまで、散々動き回っていただろうが!怖いものなんか無いって言っただろう!」
「きゃ〜怖い。こわ〜い」
リネアはわざとらしく声を上げて今度はサガンの胸にしがみ付いた。その胸がビクリと一瞬上下したようだった。

二人のやり取りをネストリは呆れて見ていた。サガンらしくない様子にただただ驚くばかりだった。

「・・・嘘だろう?あのサガンが?」
女に翻弄されている姿もちろん初めてだが、悪態つきながらもそれを許している感じに驚いていた。

(サガンの奴・・・まさか?・・・へぇ〜これはいい・・・)
ふと過ぎった胸騒を感じる妙な思考にリネアが視線を上げた。

(ネストリ?)
リネアは精神統一してネストリを探ったがやはり、はっきりとした思考までは読めなかった。

「・・・・・・・・・」
「おい、何を考えている?」
リネアの心の動きは隠していてもサガンは何かを感じたようだった。

「・・・何でも無いわよ。さあ、私の奴隷ちゃん達の所へ行ってちょうだい」
「行かんと言っているだろう!」
「ふ〜ん、それならいいわ。サガンのお兄さ〜ん、私を乗せて!」
エンライの背中でまた、すっと立ち上がったリネアはほぼ並行して飛んでいるネストリに向って叫んだ。
サガンはその態度に腹を立てるとリネアの手を乱暴に掴み引っ張った。

「何するのよ!」
「黙れ!飛ばすから黙って座っていろ!」
「連れて行ってくれるの?」
サガンは返事をしなかったがエンライに合図を送ると、上半身をリネアに少し傾けて低姿勢をとった。
そしてリネアは稲妻のように飛ぶエンライの全速力を体験したのだ。息が出来ないくらいの風を受け、瞳を開けることさえままならなかった。悪戯ではなく本当にサガンにしがみついていなければ吹き飛ばされてしまいそうだ。
垣間見たサガンはそんな中、両目を開けて真っ直ぐ前を向きエンライを自在に駆っている。陽の光を浴びた褐色かかった金の髪が後ろへ踊り、幾重にも重ねた金の首飾りも狂ったように踊っていた。

リネアはその姿に目が離せなかった・・・何故か胸が熱くなる・・・その感覚を拭いたくなって何か喋ろうと口を開こうとした時、空気が喉に詰まり咳き込んでしまった。
激しく咳き込むリネアにサガンが、チラリと視線を送った。そして風の抵抗から彼女を守るようにリネアの後ろ頭を抱きこんで自分の腕の中に寄せた。サガンの逞しい胸と腕の間で挟まれたような感じのリネアは苦しく咳き込みながらもとても心地良かった。何時まででもそうしていたいような幸せな気分を感じた。守られているような感覚は最近ではすっかり忘れていた。幼い頃、カルムが守ってくれていた感覚と似ているかもしれないとリネアはふと・・・そう思ってしまったぐらいだ。

(・・・そう言えば・・・昨日の朝目覚めた時、こんな感じじゃなかった?あの夢の後・・・)
カルムに助けられるいつもの夢とは少し違ったような目覚めだった。

(今と同じ・・・心地良い鼓動と体温を感じたような??)
色々と考えているうちに風が弱まって来た。目的地に到着したようだった。エンライが降下出来る場所を探して旋回を始めた。それを悲鳴と共に人々がエンライを指差し右往左往し出した。彼らはサガンが前言を撤回して処刑に来たのだと思ったようだった。降り立ったリネアとサガンの前には逃げ遅れた人々が蒼白になって立ちすくんでいた。

「あらあら、サガン。みんな怖がっているわよ。仕方ないかしら?みんな連れて来ちゃったし」
リネアは後続のエンライに乗った兵士達を見て言った。

「ふん、俺は今から皆殺しにしても構わないんだからな」
「ふふふ・・・強がり言って。駄目よ、私の何だから勝手は許さないわ」
ネストリが揶揄するように口笛を吹いた。

「その話、本当だったんだな。こりゃあ、驚いた!で?やっぱり殺すのか」
 ネストリは残忍に舌なめずりして微笑んだ。
「するわけ無いでしょう」
冷やかな視線を送ったリネアは族長ダウリを探した。すると向こうから走って来るダウリを見つけた。

「サ、サガン様!」
ダウリも蒼白だった。昨日の真夜中に帰って来て一族会議を終えて一息ついていたところにエンライの羽音―――生きた心地がしなかった。

「ふん、こいつがお前達を見たいと言うから来ただけだ」
ダウリはサガンの横に立つ天眼の軍神リネアを見て胸を撫で下ろした。
彼女は自分達を助けてくれた恩人だ。天眼の奴隷という不名誉な罰を与えられたと思っていたがそれは只の口実だということを密かに伝えられた。
信じられないことだったが彼女なら信用出来るとダウリは思った。
それでも一族は不安気な様子で話を聞き、信じないものも多数いた。その意見が割れた中にリネア達が現れたのだ。

「ダウリ、皆を全部此処に連れて来て並べて頂戴。子供、男女、分けてね」
「しょ、承知した」
集められた一族全ては言われたように並べられた。人数にして二、三百人はいるだろう。その列をゆっくりとリネアは歩きながら店先に並ぶ商品でも眺めるようにじっくりと見て回った。そして時折目に留まった屈強な男の大胸筋や上腕部分に触れてみたり、可愛い娘に微笑んだりと忙しい。
その様子をサガンは苛々しながら見ていた。彼女に触れられた男達が立場もわきまえずに好色な目を向けるのに腹が立つのはもちろん娘達にさえムカついてしまった。

そして一通り見て回ったリネアはとても上機嫌だった。

「サガン、良いものを貰ったわ。ありがとう。男達は予想通り屈強で頑丈そうだし女の子達は美人揃いだわ。これなら天眼でも十分役に立つでしょうよ」
物品扱いされた者達はざわめいたが同行していた兵士達は顔を見合わせていた。

おい、あれは本気だったんだな∞そうみたいだ∞ぞっとするぜ・・・天眼族の奴隷だろう?女達は慰みもので男達は苛酷な労働・・・馬牛のような扱いをされるらしいぜ
「こいつに気に入られて良かったな、ダウリ。そうじゃなかったら今頃ここは血の海だろう」
サガンが冷めた口調で言うと辺りは、しんと静まり返った。
死と奴隷・・・どちらが良いのだろうかと思ってしまいそうだった。ダウリは段々と大丈夫だという自信が無くなって来たのだが・・・



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