
「グルルグッ・・・この――っ!舐めた真似をしやがって!」
一瞬の沈黙の後、唸り声が怒号に変わった。
その暴発したようなサガンの感情が一気にリネアに流れ込んできた。それは息が止まるかと思うような圧倒的な熱を感じたものだった。
(な、何?これ?心眼を使ってないのに?く・・苦しい・・・)
リネアは本当に胸が苦しくなって来た。心眼は他人の心や感情を読み取ることが出来る。
しかしリネアの心眼の力は並で天眼を開いたとしてもこんなに強く感じ取ることは出来ない。
それに今は本当に何の力も使っていないのだ。
「あっあはははひっひひひ、ざまあみろ!それは導師様特製の蛇連鎖だ!これでお前は終わりだ!少し予定が狂ったが子供も女も同じ。弱みをぶら下げたお前が生き残れるか見物だ!導師様、やりました!俺らやりました!俺らの勝ちだ!」
暴漢は一気に叫んで自分の首を掻き切った。鮮血が吹き上がり男は倒れ込んだ。
サガンは、はっとし後ろを振り返って叫んだ。
「そいつらを死なせるな!」
しかし遅かった。兵達に捕らえられていた男達は目の前の男の絶命を合図に命を絶っていた。
「ちっ、しまった!これが目的だったとは」
サガンは胸を押さえているリネアが目に入った。
「おいっ、どうした!」
「し、知らないわよ。急に息苦しくなって胸が・・・何なの?これは?物凄く熱い・・・違うわね。怒りのような感情が一気に襲って来た感じとでも言うのかしら」
「ちっ、完全にハマったな。面倒な!」
「何?貴方、何か知っているの?それにこんな気味の悪い・・・」
自分とサガンを繋ぐ奇妙な鎖を自由な手で持ち上げて言った。外したくてもどうやったら外れるのか分からない。こうなったら切るしか無いだろう。
リネアは、ちらりと周りを見渡した。
「ちょっと、そこの馬鹿デカイ得物を持っている貴方。これを切ってちょうだい」
「馬鹿野郎!勝手な事をするな!」
サガンが、ぎょっとして怒鳴った。
「何よ。そんなに大声出さなくてもいいじゃない?貴方も不便でしょう?さあ、やって!あっ、そうそう、お・ね・が・い」
リネアは大きな斧を持つ豪腕の大男に魅惑たっぷりに微笑んで言った。
それにフラフラと釣られて近付いて来たその男をサガンが片腕で薙ぎ倒した。
「この馬鹿野郎!鼻の下伸ばして女の言うこと聞くんじゃねえ――っ!俺を殺す気かっ!」
「殺す?どういうこと?」
「いいか、女!よく聞け!これはな、厄介な呪詛だ!」
「呪詛?でも彼らは猛牙族でしょう?法族なら分かるけれど猛牙族が呪術を使うなんて聞いたこと無いわ」
「少数部族で他国では知られていないだけだ。奴らの呪術は生き物を使う。生きた贄を使って呪詛を完成させる性質の悪いものだ。やっと尻尾を掴んで根絶やしにしたと思ったのに生き残りがいたとはな!しかもこんな呪詛をかけやがって!」
リネアは何と無く理解して来た。
特殊な文化を持つその部族は迫害され、その報復で仇敵だったサガンを狙ったのだろう。
しかも自分達の命を最後に使って完成させたように見受けられる。かなり厄介な代物?
「それで?どういう呪詛なの?その説明がまだよ」
サガンは、ギラリと横柄な態度のリネアを睨んだ。自分に向ってこんな言い方をするものなどいない。
「女!生意気な口を閉じろ!」
「説明してくれたらね」
「ちっ、これさえ無ければ生意気言うお前の口なんか引き裂いてやるのに!」
「そう?これが問題なことは分かったわ。で?どういう事なのかしら?」
リネアは鎖の生えた右手を目線まで上げた。
彼女の黒曜石のような瞳とサガンの怒りで揺れる黄色い瞳がぶつかり合った。
「―――これはな、蛇連鎖と言う呪詛で奴らの得意とするものだ。その名の通り蛇を多量に使い最後の二匹になるまで共食いさせその怨念を閉じ込め更に違う生き物を贄にして完成させる。繋がったもの同士はお互いの感情はもとより全て共感し共有する。片方が傷つけば片方も同じように傷がつく。だからさっき俺の怒りがお前に行った。しかもこの鎖を切れば即死に直結だ!馬鹿馬鹿しい程単純で恐ろしい程効果的に相手の息の根を止めることが出来るんだ!分かったか!」
成程とリネアは思った。
自害した男の言動からすれば本当はサガンとその妹ユーシャを狙ったのだろう。サガンを狙っても返り討ちに合うのが関の山。彼を誘き出して弱点を作りそれを狙えば簡単に済むと言うことだ。
「回りくどく陰湿な謀ね。それで?この解除方法と効力の持続性は?」
サガンは再び瞳を大きく見開いた。
命の危険があると言ったのに冷静に聞き返してきたから驚いてしまった。
メソメソ泣かれても鬱陶しいが・・・
「なんて女だ。気に入ったぜ」
サガンはそう言うと鎖を掴んで勢い良く引っ張った。
それに引かれてリネアがサガンの腕の中へと無理矢理引き摺り込まれてしまった。サガンの剥き出しの熱い肌がリネアに触れた。そしてリネアは驚く間も無く顎を、グイッとつかまれ上を向かされた。
サガンのニヤけた顔が近づいて来たが、リネアは唾をその顔に吐きかけた。
「この野郎!何しやがる!」
サガンは怒鳴って掴みかかろうとしたがリネアが、スッと消えて鎖の長さだけ向こうに立っていた。
「私に変な真似をしてごらんなさい。舌を噛んで死んでやる!」
「はん?舐めた真似しやがって!そんな脅しで俺がビビるとでも思っているのか?」
「脅し?脅しなんかじゃないわよ。これは命令。貴方こそ天眼の女を軽く見ないことね。まだ質問に答えて貰って無いわ。解除方法と持続性・・・私が我慢しなければならない時間もしくは日にちを教えて頂戴。私は忙しいのよ」
「ベラベラと言いたい事ばかり言いやがって!お前は――」
憤って文句を並べていたサガンは急に黙り込み更に驚きに瞳を剥いた。
リネアの天眼を隠していた布が解けて風に乗って落ちてしまったのだ。もちろん額にはまだ開眼していた金色の瞳があった。
「あちゃ〜あ〜あ。えっと・・・」
あんぐりと口を阿呆のように開いたままのサガンがワナワナ震えだした。
「お、お前・・・天眼の王族か?あのいけ好かない野郎と血繋がっているのか!」
「いけ好かない?ああ、我が偉大なる天眼の王のことかしら?たしかに私の弟だけど、愛想が悪くてごめんなさいね」
「正体隠してコソコソと何やってやがった!」
「コソコソ隠れていた訳じゃないわよ」
リネアはそう言いながら周りに目を配った。ラナがいつの間にか居なくなっていた。
(逃げたみたいね・・・良かったわ・・・それにしても・・・)
困ったとリネアは思った。正体がバレて良かったものか悪かったものか・・・
「私は休暇を過ごしていただけよ。それに旅行者なら出入りを許可されている地区に居たのよ。色々言われる筋合いは無いわ。それに巻き込まれて迷惑しているのは此方だわ。だから逆に言いたいわね!どうしてくれるの?」
「こ、この――っ!言わせておけばベラベラと!どしてくれるだと!お前、自分の立場が分かってないな!」
「あら?立場は同じでしょう?これ、確か何でも共有するとか言わなかった?良いわよ、拷問でも処刑でも好きなようにすれば?」
「ぐ、ぐぅ――っ」
ラナを人質に取られる心配が無くなったリネアは大きく出た。彼女が囚われてしまったらそうはいかないだろう。
「私は天眼国の王姉リネア、この金の天眼に誓って貴方の勝手になんかさせない。もちろんこの呪詛をどうにかする事には協力するわ」
天眼族は誇り高く高慢だ。その中でも金の天眼となればもっとだろう。脅しでは無く誇りの為になら命ぐらい簡単に絶つに違いない。そんな事をされればサガンも同じく死んでしまうだけだ。
我慢ならない状況だがリネアの要求を呑むしかないだろう。
「来い、女!」
サガンは鎖をまた引いた。
「乱暴にしないで頂戴!」
「うるさい!ここで揉めても仕方が無いだろうがっ!城へ帰ってから話せばいい!」
「それはそうだけど・・・」
「おにいちゃま、おしろにかえるの?」
大人しくしていたユーシャだったが城に帰ると聞いて嬉しそうにサガンの脚に纏わり付いた。
「おねえちゃまも、ごいっしょ?」
(ふふふっ・・・やっぱり可愛い)
にっこり笑うユーシャにつられてリネアも微笑んだ。
「ユーシャ、お兄ちゃまはまだ話し中だ。お前はあっちに行っていろ」
「でもぅ」
「ユーシャ、―――おいっ、何笑ってやがる」
サガンはリネアが笑いを堪えているのが目に入った。
呪詛で繋がっているのに彼女の感情は伝わってこない。でも笑っている。
「ぷっっぷぷ・・・お、おにいちゃま・・・だって・・・ぷぷぷっ、自分のこと、お兄ちゃまって言った・・・ぷぷっ」
リネアは堪らず、とうとうサガンを指差し笑い出してしまった。
サガンは見る間に顔を赤くし激昂した。
「お、お前!」
「あはははっ、意外と可愛いところもあるのね」
ユーシャを見るサガンのまとっていた空気が瞬く間に変わる。怒気をはらんだ苛烈な空気が、すっと消えるのだ。
(訳の分からない男ね。それこそ足手まといにしかならないひ弱な子供なんか無視するか殺してしまいそうなのにね)
サガンは噂通りの乱暴者のようだ。猛牙族は血縁同士の結束が堅いと聞いているが女子供関係なく躊躇無く殺すという男が妹とは言ってもこんなに変わると妙な感じだった。
(でも考えて見れば・・・カルムも似たようなものよね・・・)
過保護な兄を思い出したリネアは、くすりと笑った。
「女!また何笑ってやがる!」
「女、女言わないでちょうだい。私にはリネアという名前があるのよ。敬称無しで呼ぶのはお互い様と言うことで許してあげるわ」
「なっ、ななっ!!」
サガンはリネアの高飛車な態度に怒りを通り越して言葉が出なかった。
「じゃあ、サガン、早く城へ案内して頂戴。もちろんあれで行くのでしょう?猛牙国の誇る神の遺産を体験出来るなんて天眼国でも私ぐらいでしょうね。ふふふっ、楽しみ」
「エンライをお前なんかに使わせない!」
「あら?そう。じゃあ、歩きかしら?私は構わないけれど貴方も一緒よ」
リネアは鎖を持ち上げて、にっこり微笑んだ。
サガンの反応が面白くてついつい余計な事を言ってしまう。それに二人を繋ぐ鎖が神経に食い込んでいるせいなのか妙に心眼の力が強くなっていた。まるで天晶眼を使っているかのようだ。その為か、身体に及ぼされる感覚は別だがリネアの感情は内に留める事が出来てサガンには伝わらせていない。
しかし一方通行で伝わるサガンの感情は生き生きと鮮烈でリネアを惹き付けるようだった。
サガンが更に怒り狂うかと思ったリネアだったが、予想に反して一気に大人しくなってしまった。
「女、俺をからかうのはいい加減にしろ。とにかく帰る。ユーシャ、来い」
少し腰を屈めて差し出したサガンの腕の中にユーシャは飛び込んだ。
それを片手で抱き上げたサガンは大人しく地面に伏せているエンライに向って歩き出した。
そして少し行った所で止まるとリネアを振り返った。二人を繋ぐ鎖が地面から離れてお互いを引き合う一歩手前の状態だ。サガンは何も言わないがリネアが付いて来るのを待っている感じだった。
何だか拍子抜けしたリネアだったが今この状態で打開策は無く従うしかないと諦めた。
そして大空を風のように飛ぶエンライの背に乗ったリネアは瞬く間に城へ到着したのだった。
その城は絶壁の頂上に位置し下に広がる密林を見下ろしていた。
リネアは上空から素早く周りを観察した。
城への出入りは数カ所に限られているようだった。その方法は絶壁の岩に掘られた足がかりと、手がかりになる上から吊された縄を使っての危険で不便なもののようだ。だがそれが危険な獣はもちろん利権を狙う部族の襲撃を防いでいるのだろうと容易に想像出来た。
それに神の遺産であるエンライがあれば何不自由なく行き来することが出来、城の防御も完璧だ。
それがこの土地で確固たる権力を維持出来ている理由だろう。
リネアは降り立った場所で眩しさに瞳を細めた。黄金色の支柱が並ぶ城は眩しいまでに輝き強烈な陽の光を弾き返しているようだ。
(かなり派手な造りね・・・目が疲れそう)
「ねえ、これって金箔?それとも黄金をそのまま使っているの?」
リネアは興味津々に柱を叩きながら聞いた。しかしサガンは相変わらず無視したままだ。
「ねえって!聞いているでしょう?答えなさいよ!」
リネアは腹を立てて鎖を引っ張った。何が嫌かと聞かれれば無視されるのが一番嫌いだ。癇癪を起こす方では無いが何故かサガンの態度に腹が立って仕方がなかった。イエランも良く無視する方だがまだあれは何時も無口な上に冷静沈着な性格だから仕方が無い。その正反対のような男がそんな態度を取れば気になってしまうのだ。
サガンの獣のような瞳がギラリと光った。それと同時に噴出すような怒りの感情が鎖からリネアに伝わって来た。そしてその影に隠れるような感情も・・・
「女!少しは黙っていろ!」
「ふ〜ん意外ね。結構動揺しているなんて。それくらいこの状況は大変と言うことかしら?」
リネアの探るような言葉にサガンの瞳が更に光って見開かれた。
リネアには秘めた感情が伝わっているのだ。確かにこの状況は非情に悪い。呪詛はもちろんだが相手がこのリネアだと言うのがもっと事態を複雑に煩わしくしているのだ。
彼女を猛牙国の抗争に巻き込んだ時点で此方が不利な状態だ。黒翔国の王女が突然不法侵入して来た時と状況は全く違うのだ。彼女のような行くあての無い敗戦国の王女とは違う・・・
天眼国の王姉となればそれなりに扱わなくてはならないだろう。
(あの女の時は天眼の王の戦利品だったあれを奪ってやろうと本気で奴の国と戦ってもいいと思った・・・)
しかしサガンは目の当たりにした金の天眼の力に戦慄を覚えてしまったのだ。勘と言う勘が危険信号を送って来たのだ。
(奴らに関わるな!直感に逆らえば生死に関わる・・・)
それどころか国の存亡にも関わるだろう。五大国の協定は天眼国を抑える為だけに存在するようなものだ。神の遺産を巡り国々が争って世界が混沌としていた時代に天眼国は動かなかったと聞く。
天眼国が動けば世界が変わる―――
彼らが動く前に国々は協定を結んで防波堤を築いたようなものだ。しかし・・・
「グォ――っ!」
「な、何?」
いきなり咆哮したサガンの大声に驚いたリネアは耳を塞いだ。しかも熱風のような感情が潜んでいた動揺を吹き飛ばしていた。
「女!来い!」
「ちょっ、ちょっと!待ちなさいよ!」
サガンは二人を繋ぐ鎖を短く持って、グイっと引くと城の奥へと大股で進んで行った。
それに引き摺られるようにリネアが進む。
サガンが通れば城の召使い達は慌てて平伏する。それこそ持っているものを放り投げて床に顔を擦り付けるように平伏すのだ。彼らが心底怯えているのが手に取るように分かる。
そして何処をどう通って行ったのかリネアには分からなかったが・・・今までより数段煌びやかな建物に到着した。
(・・・ここは・・・)
リネアはやっぱりと思った。
サガンの到着を聞き付けた着飾った女達がわらわらと出て来た。ここは女達を囲う場所だ。
天眼国の水晶宮にもそんな場所はあった。もちろん王専用の場所だったのだが・・・
(此処はこの人専用なのかしら?)
ユーシャを守り役に預けたサガンはそのまま女達の選別に入った。
「お前とお前。それとお前だ!」
女達が歓喜しサガンの腕に纏わり付いた。
「ちょっと、何考えているの!これの説明がまだなのよ!そんなことしている場合じゃないでしょう!」
「うるさい!黙れ!熱を冷ましてからだ!」
「熱を冷ますですって?」
「ああ、そうだ。繋がっているんだ、分かるだろう?俺がどれだけ興奮しているかってな?それともあんたが冷ましてくれるってかい?天眼のお姫様?氷の国のあんたの中に俺の熱棒を突っ込んでやろうか!さぞかし冷たくって気持ちいいだろうよ!」
リネアは息を呑んだ。こんな事を言われるのは生まれて初めてだ。誰からも性的な欲望を剥きだしにした言動や行動をされた記憶は無い。彼女の身分からすれば当然だろうがリネア自身そういう隙も作らなかった。鉄の女∞姫将軍≠ニ言われていたのにまるで只の女になったような感じだった。
「野蛮人!私に指一本でも触れたら死んでやるわよ!」
「だったら大人しくしてな!」
(なんて男なの!野蛮人!獣!馬鹿!)
リネアは歩きながら何十回も心の中で罵倒した。
それは制御しなかった為かサガンに届いたようだった。チラっと振向いて、ギラリと睨んで来た。
だからたっぷりと嫌味に微笑んで見せた。
「・・・・・・・・・」
それを受けたサガンの瞳が呆れているようだった。
(それにしても真昼から?ああ、嫌だ、嫌だ)
それからリネアの想像を絶するものが展開されたのだった―――